07:不穏の気配
黎明の魔石――太古の魔王のものと思しき魔力が込められた宝石。
その膨大な魔力は一流の魔術師数千人分にも相当し、現金価値にすれば1兆円は軽く超える。一般人にとっては無価値の石ころだが、魔術師であれば喉から手が出るほど欲する一品である。
封印の解除には問題点があったが、それも魔力循環装置で解決したように思われていた。しかし、実際には膨大な魔力を抽出することができず、代わりに出てきたものは大量の魔獣だった。
研究者たちは魔術師だったが、魔石本体を守り抜くのに手が一杯で、魔獣退治はアカデミーの学生、キリングゲート兄妹が行った。
過去の文献を漁ることにより、新たな事実が色々と浮かび上がる。
魔石の封印を解除するには、当時の魔王の従者を倒さなければならない。これは魔王自身が自分の魔力を悪用されることを嫌ったからであろう。
だが、魔獣はもう退治された。これで封印を解除できるはずだ。
そう思っていた研究者たちは、またまた裏切られることになった。
今度は失敗してから気付いた訳ではない。文献から問題点に気付いただけまだマシだろう。
封印は五つの段階に分けられており、最初の段階が獣姿の魔獣――言わば最もレベルが低い存在だったのである。封印解除までに五回、魔王の従者を倒さなければならない。
五段階目には魔王の腹心が現れるそうだ。
魔王の腹心とは、当然ながら魔族である。
アカデミーは封印を解除するには、最低でも二百人の犠牲者を出すと判断した。それほどのケタになると、黎明の魔石の封印を解くのも諦められる。それよりも、悪用されると危険なので厳重に保管するべきだ。
かくして黎明の魔石は国立魔術アカデミーの、校長と一部の教師にしか知らされていない場所に安置されることになった。
――以上が黎明の魔石を廻る、長い動乱のプロローグである。
†
ジャージ姿の少女が、バイクの後部にまたがった。
振り下ろされないように、自分に身体にしがみ付けよと言うと「どうして?」と素直な疑問が帰ってくる。
「これは変な形をした馬なんだ」と答えなければならない自分にひたすら自己嫌悪しながら、市街地までバイクを走らせた。
少女の浮世場慣れした容姿に、周囲の人々の視線が集まる(ジャージ姿だが)。
見た目、十二歳そこらのガキなのだが、日本人形のように整った顔をしているのである。いや、日本人形と言うよりも雛人形か? ともかく、地面に届く寸前の髪は現代では見られないものだし(本当はもっと長かったのだが悠斗が切った。すごく殴られた)、それだけで注目度は上がると言うものだ。
「ふむ、で吾たちはどこに向かっているのじゃ?」
「とりあえず服屋だな。お前の我が侭のせいで、こんな場所に来る破目になった訳だが、迷惑をかけている自覚はあるのか?」
「………♪、………♪」
「……こいつ」
少女は初めて見る景色に好奇心全開である。
地底に届くような唸り声を上げつつ、朽葉悠斗はバイクをある店舗の入り口の前に停めた。
「ほう、なるほど。これが服屋か」
少女――緋芽は目を輝かせた。色取り取りの着物が陳列されたこの店舗は、まさしく緋芽のためにあると言えた。
こんなに喜んで貰えるのなら、知り合いから恥を忍んで借りてきた女物の服を投げ捨てられても……許せないよなぁ。
それに、現代において着物はかなり高価なのである。特価商品の浴衣ならともかく、単衣とか袷とか、小袖とか肌襦袢とか、まさか十二枚重ねて着るような十二単はないだろうが、そんな聞き覚えのない物が高価でないはずがない。
「ふむ、とりあえずこの店を買い上げるぞ」
「すいません、こいつ、まだ子どもなんで」
「子どもって言うなー!」
店員さんが微笑ましそうに笑う。「可愛らしい妹さんですね」と声をかけられ、なんとなく苦笑した。
見ると、隣で緋芽が頬を膨らましている。
「まあ、一週間分で七着ぐらいなら買えるから心配するなよ。お兄ちゃん、これでも小金持ちだからな」
「自分で言っていてキモいとか思わんのか?」
「……ごめん、自分でもちょっと思った」
緋芽は容赦しなかった。
自分で着れるものにしておけという悠斗の言葉に従いながら、この店で一番高価な物を七点もお買い上げになられたのである。……万札が数十枚も吹き飛ぶところを見るなんて始めての経験だ。
どうして自分がこんなに苦労しているのだろう。何だか泣きそうになる。
とりあえず、戦闘などで切り裂かれないように注意しておこう。
固く決意する悠斗であった。
†
立花健一郎は本校舎の四階にある生徒会室で、紅茶を飲みながら書類を片付けていた。副会長の山岸雪子が淹れてくれた紅茶は非常に美味である。だが、目の前の書類はひたすらに血生臭い。
……どうして世間は平和にならないのか。
思い出されるのは昨年の出来事である。本来は生徒会の指示に従うべき執行部たちが、突然反旗を翻したのだ。生徒会と執行部の対立は、一月から三月までの三学期の間、学生たちが授業を受けられないほど発展していった。
全面戦争だった。
執行部の長は魔術師の選民思想を妄信する過激派で、同時にすぐれたアジテーターでもあった。執行部を自らの私兵に洗脳し、表向きはアカデミーの自治をもっと生徒に認めろと言いながら、内心ではどのようにしてアカデミーの実権を握っていくか思案しているような男だ。
――倉渕祐作は優れた男だった。
その上、生徒会の連中はアカデミー側が選んだ手駒で、アカデミー側の意思が上手く反映されるようになっていると、平然と嘘を吐くほどだった。それを生徒たちが信じてしまうのが問題だったのだ。
「朽葉君、君が作ったのは平和だったのか?」
ティーカップを机に置く。書類を手に取った。
「それとも、つかの間の安泰だったのか?」
アカデミーを自主退学した倉渕祐作が、国内の魔術カルテルの幹部にのし上がっている。書類にはそう書かれていた。
魔術カルテルとは、魔術を非合法の商売に用いる、ある意味でヤクザよりもたちの悪い連中である。中南米の麻薬カルテルを、内側から支配したことから魔術カルテルと呼ばれている訳だ。
麻薬売買を筆頭とした暴力的な仕事を、マフィアや暴力団から奪い取った魔術師たちの組織。今、世界中の警察が魔術カルテルに悩まされている。
「彼を殺しておけば、このようなことにはならなかった……!」
そもそも、一般人は魔術の存在を知らないのである。彼らがこれ以上増徴すれば、いずれは魔術の存在を秘匿するのが難しくなってくる。
『罪を償えるなら、許してやる。償えないようなら俺の手で終わらせるさ』
「……その言葉を信じているよ、朽葉君」
健一郎は口の中の苦々しさを誤魔化すため、紅茶に手を伸ばした。
――倉渕君、君はまた革命を起こすと言うのか。
視界の片隅で心配そうな顔をしている雪子を確認しながら。
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