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LastDarkness
作:風美



69:終焉の始まり


   all prologues of the LastDarkness
              ―終焉の闇 失堕の花園―

           死骸を火葬にして灰を川に投ぜよ【エンゲルス−遺言】


 私たちは未だ、統率者たる者を迎え入れていない。失堕した神々は個々の戦闘能力には秀でているが、連携などを知らぬ悪魔憑きばかり。世界への憎悪と欲望を満たすために、とりあえず手を結んでいるといった状態だった。
 私は考える。本当に、我々がこの世界を統べることが可能なのか。欧州の魔術結社の支配体制は揺るがせた。それは、魔術結社側も連携という概念を取り入れていなかったからだ。魔術師の旧来の体勢は、各々の領地を各々で統轄するやり方で維持されてきた。その考えが、魔術結社側から抜け切っていなかったのである。
 だが、これからは、そう甘くいくとは思えない。
 半分以上の戦力を壊滅させられた魔術結社は、全戦力を集結させ、ひとつの組織として動き出すだろう。裏から支配していた領地を併合し、面世界のEUのような魔術師連盟が完成する。それが、必然と思われる流れだった。

 イギリスの魔術結社――ニュー・ブリテン王国騎士団。

 フランスの魔術結社――薔薇十字結社。

 ドイツの魔術結社――神聖プロイセン同盟。

 ドイツの魔術カルテル――キリングゲート家。

 イタリアの武装宗教集団――法王庁教皇騎士団。

 ポーランドの魔術カルテル――シャミール家。

 これら大勢力が同盟を結ぶ用意をしているとの情報が、私の情報網に引っかかったのは先月中頃のことだった。もう、奴らはお互いの情報交換と戦力補充を終え、万全の体制を整えているだろう。対するこちら側の悪魔憑きは八十六。戦力を集中させて確固撃破するのが最善の策なのだが、こちら側が連携してひとつずつ敵を倒していけるかは、甚だ不安にさせてくれる。
 私はこの組織に足りないと感じているものがある。
 総てを統べる悪魔の王。
 何処かに居るはずだ。七つの大罪を支配し、六つの魔王を配下に置く魔王が――。

 虐殺の王にして傲慢の王――ルシフェルが――。


    †


 御剣蒼夜はふと、薄青の空に目を向けた。
「どうなさいました、坊ちゃん?」
 小脇に控えていた執事、佐々木流水が蒼夜の目の前で立ち止まる。流水は老齢ながら未だに頑強な体躯を持っていて、平均的な体格の蒼夜よりひと回りも大きい。陽射しが遮られ、黒い影が自分にかかる。
「いや……」
 言葉を濁す。蒼夜が手にした小太刀は血に濡れていた。流水が手にした野太刀も血に濡れていた。お互いに返り血を浴びて、鬼面と化しているのは言うまでもない。それでも、敵は一向に減る気配を見せない。
 真昼間からの襲撃。
 一体何者が、と思った。だが、その名前を聞いて妙に納得した。
「失堕した神々、か……」
 有象無象の黒い影は、敵側の使い魔なのだろう。およそ五十体。性能を切り捨てて、個体数を増やした雑兵だった。これが、悪魔の持つ基本能力『軍団の王』なのだ。
 蒼夜は小太刀を順手に持ち帰る。雷鳴閃を発動させ、プラズマの刃を刃先の延長に出現させた。ひと薙ぎで十二体の影が蒸発。すかさず足元に金属の針を出現させる。味方を盾にして突撃してきた影は、数百の針に穿たれて消滅した。
 流水が野太刀を振り回す。対象領域そのものを破壊する出鱈目な剣術が、雑魚どもに襲いかかる。射程の概念そのものを延長された斬撃が、影を両断する。
 蒼夜はひたすら、ただ作業的に敵を葬っていく。
「そういえば、今日はお前の孫の誕生日だったんじゃないのか?」
「……いえ」
 流水は押し黙る。
 戦闘中に交わすべき会話ではないから、流水は黙ったのだ。蒼夜はそう思った。
「あのようなクソガキに、佐々木を名乗る資格はありません。あれは開祖の遺訓を破り、ただ己の強さだけを求道する馬鹿者ですからな」
「喧嘩したのか……」
 年甲斐もなく、五十歳も年下のガキと喧嘩したらしい。そんな執事を見て、蒼夜は戦闘中なのに頭痛がした。


    †


 蒸し暑い一日だった。
 背後からたらたらと垂れ流されるブーイングが、いちいち作業の流れを止めてしまい、佐々木秋水しゅうすいはどうにも居た堪れない気持ちになって、つい刀の鍔口を切ってしまった。
「おい! 何をする気だにゃー!」
「いや、ウザイから叩き斬ろうかなーと思ったからさ」
 あんまりなストレートな物言いに、ヘンテコな口調の友人、茜崎克己が涙目で抗議する。
 くたびれたワイシャツ、砂ぼこりで煤けたスラックス、ゆるゆるに巻きつけられたネクタイなど、もう色々と諦めているのではないかと思われる格好をしている。髪を染めるのも面倒になってしまったのか、克己の髪には黒と茶色が入り混じっていた。
 彼の幼馴染が今の姿を見れば、迷うことなく拳骨を落とすはずだ。
 だが、現在、山岸雪子は実家の方に戻っていて、夏休み中に帰宅する見通しは立っていない。彼女も寮生活で溜まった鬱屈から解放されたい学生の一人だったらしい。まあ、まだ同じクラスになって半年も経っていないし、雪子とはそれほど親密な付き合いをしていないので、詳しい事情は分からないのだが。
「さて、問4に入ろうか」
「むー、なになに……? 火属性魔術の三つの概念を答えよ?」
「典型的な基礎魔術理論の問題だね」
「むにゃー、わかんねー!」
 頭をかきむしる克己を放置して、秋水はルーズリーフにペンを走らせる。祖父から贈られた万年筆が、黒いインクを紙に乗せる。意味もなく、『紙』は『神』だ、と語った祖父の言葉を思い出した。
 火属性基本概念は『燃焼・放熱・変化』である。物は燃え、熱を放ち、形を変える。複雑な定理を暗記しても、すぐに実戦簿記で役に立つことはないように、この基本概念も暗記したからと言って何か得する訳でもない。だから、典型的な基礎魔術理論なのだ。
 部屋のドアが開け放たれた。
「ごめん、遅れた!」
「おせえぞクロード! 罰ゲームとして今日一日はノーパンで過ごしたまえー!」
「どうしてもと言うなら、克己が僕のパンツを脱がしなよ」
「にゃんだとー!? 誰がすき好んで男のパンツを脱がさにゃならんのかにゃー!?」
 秋水は「ウザイ」と一言呟いて、万年筆を克己の腕に突き刺した。「うぎゃああああ」と耳をつんざく悲鳴が響き渡り、クロードが痛そうに顔をしかめる。秋水はそ知らぬ顔で、広げたノートに文字を書き連ねていく。
「顔に似合わずエグイことをするね、佐々木君は」
「秋水で良いぞ、串刺し公」
「串刺しって……えっ、それって僕のあだ名なの!?」
「ああ、すまん。『朱剣』だったか」
「……そこまで知ってるんだ? 流石は佐々木家の嫡子。ただ者じゃないみたいだね」
「……………」
 取り合うのも面倒なので、秋水は二人を放置する。
 ただ、佐々木と呼ばれることに抵抗があった。祖父の言葉が……「お前には佐々木を継ぐ資格はない」……が記憶から蘇える。苦々しい思いが胸中に広がり、そんな思考をかき消すかのように、課題に没頭する。
「無駄話はそろそろやめようか」
「だな」
「えー、もっとお話したいにゃー」
 こうして三人で夏季休講中の課題を消化することになった。
「って無視!? 無視ですかにゃー!?」
「「………………………」」
 無言の時間が過ぎる。
 午後六時を示す時計の鐘が、男子寮内に鳴り響いた。
「克己は、さ……」
 ボソリと、か細い声でクロードが呟いた。
「山岸さんとは、どうなの?」
「むにゃ!? ど、どどど、どうして雪子っちが出てくるのかにゃー!?」
「まだみたいだね」
 溜息を吐く金髪に、克己は「クソッ、それが彼女持ちの余裕って奴かよ!」と叫んだ。
 初耳だった。あの朴念仁のクロードから、まさかこのような色恋沙汰について聞かされるとは。オマケに彼女持ちとは恐れ入る。朽葉悠斗が退学した先輩や、新しく入ってきた後輩と妖しい関係になっているのは、風の噂で聞いたことがあったのだが。
 そうか。
 この金髪には彼女がいるのか。
「って、秋水君!? どうして刀を抜いているの!?」
「いや、ウザイなーって思ってつい」
「"つい"じゃないよ!」
 妙に平和な、そんな時間だった。
 そんな時間も、不意に終わりを告げる。

「そう言えば、失堕した神々のことを聞いたことがある?」

 空気を読まないクロードが、すべてをぶち壊しにしたのである。


    †


 さらさら、さらさらと……。
 山林の中、水深の浅い川が流れている。僻地にある山林。その奥地に山寺があった。
「陰陽五行、水の理」
 何気なく、呟いてみる。その行為にどれだけの意味があったのか、本人にも分かっていない。ただ、このような景色を見ると、無意識に意識してしまう。この世界の法則を解読する自分たちの矮小さと罪深さを。
 山寺の境内。ホウキで砂ぼこりをかき集めてからバケツで水をぶちまける。
 八月。暦では初秋に入るのだが、まだまだ真夏真っ盛りと言ったところだ。
「……さて、修行でもするかな」
 狩衣を着た青年――八神真治は眠たげにぼやいた。
 無人の寺で時間の感覚を忘れて、修行僧か世捨人同然の生活を送ってきている。特にやらなければならないと言うことはない。縁側で日向ぼっこしながら昼寝するのも魅力的である。
 それとも、そろそろ山を降りてみるか。
 クロードをからかうのも楽しそうだし、克己と喧嘩するのも一興である。悠斗と将棋を指すのも良いかもしれない。百合は……まだアカデミーに在籍しているのかは分からないが、彼女を口説くのも面白そうだ。
 ……でもまぁ、すべてが幻想なのだが。
 真治の存在は皆を苦しめる。三男とは言え八神家の嫡流に生まれた真治は、どのように動いても政治的影響力を持ってしまうのである。あのままアカデミーに籍を置いていたならば、悠斗やクロードたちが八神派だと誤解されてしまう。
 八神家の魔法庁への影響力は、思いのほか大きい。
 友達を勢力争いに巻き込むのは忍びない。

 さぁっと、風がそよぐ。

 真治は目を細めた。
「侵入者、か……」
 先ほど、山の全域に張られた結界が――破られた。
 結界としての防御力はさほどのものではないが、侵入者を探知することに長けた結界である。侵入者にとって、これほど都合の悪い結界は存在しない。おそらく侵入者は探知されるのを恐れて結界を破壊したのだろう。
 これを破壊するためには『御剣流結界術』を破れるほどの実力が求められる。
 真治は狩衣の袖口から、短冊型の紙を取り出した。
『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』
 結界からこの山寺までの距離はおよそ五百メートル。
 最低でも一分の時間的猶予がある。
『娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す』
 その詠唱は二十秒。
 超一流の魔術師が二十秒も詠唱を行う魔術である。
『驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し』
 それは、高次元展開型結界魔術だった。
 指定領域に侵入した者の魔力をワンランク、ダウンさせる効力を持つ、八神家の中でも真治にしか使えない結界魔術である。
 八神家の三男でしかない真治は、良くこう呼ばれることがある。
 八神の神童。八神の麒麟児。八神家初代当主、八神元春の再来――と。
『たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ』
 八神家の陰陽術は、紙に八卦を書いた、特殊な符を使用する。八卦とは乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八つの文字とその組み合わせで物事の吉凶を判断する占術である。真治はこの八文字の中から状況に合わせて最適なものを選択する。
 このため、八神の魔術は魔力消費が異常に少ない。
 どんな魔術でも最善・最短の工程で構成されるのだ。占いにより魔術作成の過程が最適化され、構成速度と消費熱量が自動的に調整される。
 そして、結界が完成する。
『八神流結界術、六十四卦祇園精舎』

 ――発動。


    †


 街中のオープンテラス付きのカフェでは、二人の女性がコーヒーブレイクを楽しんでいた。一人は背が高めで身体が引き締まっている若い女性、支倉沙希。そしてもう一人が髪をポニーテールにしている小柄な少女、三條百合である。
 百合は空を見上げていた。
 冴え渡った蒼穹のスカイブルー。曇りひとつない大空に、ふと違和感を覚えたのだ。
「……真治……君?」
「どうしたの?」
 沙希が首を傾げながら問いかけると、百合の瞳が揺れた。
 ただごとではない気配がする。これはもう、沙希の直感だった。
「そんな……そんなことって――!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ。さあ、深呼吸をして……」
 百合は首を横に振った。
「真治君が……死んだ……?」
 沙希は手からティーカップを落とした。


    †


 最近西洋で勢力を伸ばしている魔術結社、失堕した神々。
 その実体は悪魔憑き(神憑き)の集団である。彼らは世界に散在する悪魔憑きを仲間に引き込み、組織の力を拡大して、魔術の世界を自らの手で牛耳るために活動している。
「楽しかった……な」
 年のほどは二十五歳前後の青年だった。くせっけのある茶髪、頬にはそばかすが目立っていて、大人しそう……と言うより気弱そうな青年である。
 青年は右手の血に濡れた剣を見下ろした。
「また、やっちゃった……」
 足元の死体を見下ろす。よく分からない日本の衣服を着た、自分よりもひと回りも年下の青年だ。幼さを残した顔は、まだ少年と言っても通用するだろう。
「どうした、バアル?」
 背中にかけられた声は、少し音程が外れていた。
 振り返る。
「どうしたって、何が?」
「い、いや、何でもない」
 自分を見る目に恐怖が宿っていた。それが、青年には理解できない。
 同行者はラテン系の青年で、自分と同年代だったのだが、彼はなぜか自分に話しかけてこない。ラテン系は陽気だと聞いているのだが、彼だけ例外なのだろうか。
「仕事も終わったし、さっさと帰ろうか、ハルファス」
「ああ、分かった」
 ラテン系の青年は頷き返すが、そこから動かない。
 どうも、自分に背中を見せたくないらしい。仲間なのに、どうしてそこまで警戒するのだろう。
「お、おい、バアル」
「……ん?」
「帰らないのか?」
 そう言われて、ごもっともなことだと納得する。
 だが、まぁ……。
「帰るよ。でも、その前にやることがあるから」
「――え?」
「君みたいな弱虫は、ちょっと嫌いかな? じゃあね」
「まさか――おい! やめ――っ」
 ゴッ、と音がした。首の骨が叩き切られたのだ。目視さえ許さぬ瞬速の剣戟である。おそらく彼は、苦痛も感じずに逝けたはずだ。
 そう、彼は弱虫だった。力がなくとも自分に誇りを持って胸を張っている者もいるだろうに、彼はその程度の自信すら持てないのだ。だから、先ほどの戦闘でも怯えて遠くから眺めていただけだった。最低でも敵の逃走経路を防ぐ程度はやっておくべきなのに……。
 そのような者が、失堕した神々に所属しているのだ。
 許せるのか? いいや、許せないに決まっている。
 だから殺した。彼は自分たちには必要ない。
「リリスも、そこのところが分かってなかったからね。アモデウスには悪いけど、やっぱり僕は勇気のある人と友達になりたいなぁ」
 青年はぼぅっと視線を彷徨わせた。
 この国にはどんな悪魔憑きがいるのだろう。せめて、自分に怯えない者が欲しい。できればそんな人と友達になれたら良いと思う。
 青年はクスリと笑うと、剣を鞘に収めて山寺から去って行った。


    †


 指先に焔が燈る。腰の軸を捻り、回転を加えて投擲された蝋燭サイズの炎は、銃弾の速度で飛翔する間に、五十センチまで膨れ上がった。
 炎はそのまま一つの人影を呑み込み、あっと言う間に一つの命を滅ぼした。
 中島幽香は無表情に、五本の指先に炎を生み出す。
 敵側から悲鳴が上がる。小規模の魔術カルテル『黒錬』の構成員たちが、我先に逃げ出そうとしていた。幽香は逃げる者には構わず、前方の四角い建物を見上げた。
 三階建てで、こちら側からは六つの窓が見えている。一階は入口だけで、窓は取り付けられていない。二階に三つ、三階に三つの窓があった。そこから、六つの銃口が幽香を狙い定めている。
 距離は五十メートル。
 魔法による攻撃では、建物が消滅してしまう。幽香の魔法は威力は凄まじいのだが、精度に欠けているのだ。幽香は狙撃手を一人づつ"砲撃"することはできても"狙撃"することはできない。
 すかさず魔術を詠唱。
『赤く赤く、爛々と』
 三発の火炎球が、天頂から三階の窓を爆撃する。炎は三階の床を突き抜け、二階を灼熱地獄に代えると、一階で燃え広がった。六人の狙撃手のみならず、その他大勢まで焼死したことだろう。
 だが、幽香は何の感慨も抱かない。
 価値のある命、価値のない命を語るつもりはない。中島幽香の人生は"朽葉悠斗"のためにある。ただ、それだけだ。その他大勢の、悠斗に関わらない者が死んでも、何とも思わない。思えないに決まっている。
 その生き方は、どこか歪だった。
 朱色に近い色をした茶髪の少女は、ゆっくりと歩を進める。彼女の周囲の空気に触れ、金属製の入口が勝手に熔解した。入口で待ち構えていた魔術師たちは、それを見ただけで戦意を失い、及び腰になっている。
「どうして『火炎魔人フレア・ギガンテス』が我々を襲撃するのだ!?」
「……お前は?」
「『黒錬』の主力、安川刑だ。どうせ知らんだろうが『消魔』と呼ばれている」
 小振りな眼鏡をかけた、三十代に入る前の男性だった。剃り跡の残った顎は青々としている。どうやら『異名持ち』のようである。ならば、中々の実力を持っているのだろう。
 それでも、その程度では『火炎魔人フレア・ギガンテス』には敵わない。
『悠久の凍土を切り開け、白き刃よ』
 刑が右手を軽く振ると、虚空から白い刃がその手に現れた。
「……そう。やっぱり抵抗するんだ」
「抵抗しなければ死ぬのだからな。当然だろう?」
「嘘」
「――ッ!」
 ボソリと呟いた幽香に、気圧された刑はわずかに後退りする。
「お前が魔術カルテルの主力?」
「ああ、そうだが……」
「安川刑。失堕した神々の構成員。アマイモンって呼ばれている。間違いない?」
「……ふふっ」
 安川は刃を構えた。
「なるほど。すでに其処まで知っていたか。ならば話は早い。早々に始末させて貰うぞ!」
「……化けの皮が剥がれたね、悪魔憑き」
「貴様の灼熱は通じん!」
 刃を振りかぶる刑に、幽香は左腕を向ける。手の平から拳大の炎が生み出され、高速で射出される。同時に右腕で地面を焼き払う。部屋中を覆い隠す炎が、煙幕の役割を果たした。さらに、この炎で相手の酸欠を目論む。
「効かんぞ!」
 だが、炎は幽香の意識を離れ、瞬時に収束する。
 やがて炎は安らかに立ち消えた。
「ふははっ! どうだ、私の『統制支配デッド・エリア』は! あらゆる魔法の支配権を奪い、我が物のように操る秘法! これが、あらゆる魔法を越えた魔法なのだ!」
 大量の炎は刑の左手に集められている。支配権を簒奪する魔法。刑が命じれば、その炎はすぐさま幽香に襲いかかることだろう。
「……なるほどね。悠斗の『七つの大罪』と同じ性質を持ってるんだ?」
 幽香は苦笑した。
 問題ない。どれだけ幽香の炎を集めたところで、幽香に炎は効かないのだから。
 幽香は一度、魔法を解除した。周囲に立ち込めていた火の粉や、刑の左手に集められた炎は魔力の供給源を失い、自然消滅する。
「おやおや、何をするつもりだ?」
「本気モードに入っただけ」
 右手を宙に向ける。
 ――そこに、炎が生まれた。
 クリムゾンの炎ではない。
 蒼い炎。
 オリエンタルブルーの炎だ。
「こっ、これは!?」
「赤い炎は燃えていない。小学生でも知ってるよ」
 幽香は蒼い炎を振り下ろした。
 支配権を奪う暇もなく、安川刑は蒸発した。


    †


 水面が陽の光を照り返し、キラキラと輝いている。見る者の姿勢や角度、波の揺れなどで光の加減が変わってくる。そんな些細なことでも面白いと感じることができる。
 来宮聖は縁側に腰を下ろし、屋敷の庭を流れる川を眺めていた。
 女性としては平均的な体格でありながら、彼女は少しやつれていた。痩せ細っていると言える。だが、これでも先月よりは大分良くなっている。数年前までは持病のため、入退院を繰り返していたのである。
「体調は?」
「今週はまだマシかな。大丈夫だよ、隆太君。私なんかに心配なんて要らないから」
「そうか……」
 自分を卑下する聖に溜息を吐きつつ、隆太は彼女の隣に座る。
 無言で川の流れを見詰めながら、この前のことを考える。
 先日の対ミハイル戦で、隆太はわずかながら手傷を負っていた。あのときは、とりあえずカマをかけてみただけなのだが、ミハイルの反応からして大体は予想通りのことになっているのだろう。校長の陰謀説は、まだ想像の範疇から抜け出せていない。
 これから少しずつ、証拠を固めていくしかないだろう。悠斗を納得させられるだけの証拠があれば、他の者も自然と彼に従うはずだ。
 ミハイル・アレンスキー・ナザーロフ。あれには勝てる気がしない。中島幽香の火炎並みの大火力である。隆太には荷が重すぎる。
「隆太君は……えっと、その……」
「何だ?」
「……あの、その、ね」
 隆太は言いよどむ聖を、時間をかけて見守った。
「……いつになれば戦いが終わるのかな、って思ったの」
「終わり、か」
 果たして、魔法使いの戦いに終わりはあるのだろうか。いつまでも争い続けるだけなのではないか、と隆太は思う。目の前の敵を倒しても、また新しい敵が湧いてくる。だから隆太は敵を殺して、殺して、殺し尽くしてきた。
 それが先の革命で『瞬刃』と呼ばれた隆太であり。
 アカデミーを退学してから『殺戮の光』と呼ばれた隆太である。
「終わりがあるなら、俺は救われるよ」
 刃物は斬るために存在する。それが隆太の存在意義だ。
「隆太……君……?」
「ああ、いや、すまん。ちょっと頭冷やしてくる」
「あ……うん」
 だが、時に考える。聖と一緒に、誰にも干渉されない場所で、平和な一時を過ごしても良いのではないか、と。たしかに、一理ある。だが、それでも隆太は敵を斬り続ける。敵を探して敵を斬る。その考えを捨てきれないほど、隆太は人の命を奪い過ぎた。
 もう、戻れないのだ。

 だから、敵を殺す。『瞬刃』は血を求めて彷徨い出す。

 隆太は懐の匕首を確認し、屋敷の外に足を運ぶ。二人の様子を窺っていた影が離れていく。二人きりで話したいと言うことなのだろう。
 幸いまだ聖は気付いていない。
「これが噂の悪魔憑きって奴なのかね……?」
 たった一人で敵陣に攻め込んだ気概は評価しよう。
 だが、『瞬刃』を相手取るなら、最低でも十五人は用意しやがれ、と言いたい。
「どちらさんかな。新聞勧誘はお断りだぜ?」
「いえいえ、すぐに終わりますから」
 陰湿な男だった。草壁涼二もどちらかと言えば陰湿な顔をしていたが、こちらの男には草壁にあるような信念のようなものが感じられない。ただ、ひたすら深いだけの闇がそこにあった。
 できることなら、お近づきになりたくない相手だ。
 アカデミー校長、弥栄玄一の陰謀には、コイツらも関わっているのか?
「……悪魔ベルゼブブが使徒、グリード・ボテッキアと申します」
 イタリア系の名前である。
 グリードは懐から短剣を取り出した。
「遅い」
 その手首を、隆太の刃が切断する。
 瞬間、グリードの頬がにぃっと吊り上がった。同時に隆太も両目を見開く。斬られた腕が瞬時に再生したのだ。傷痕ひとつ残さない見事な治療である。
「痛いですねぇ……」
「……段々と気持ちよくなるさ」
 宣言と同時、七条の銀の光が大気を切断する。
 滝川隆太の魔法『銀河斬光プラチナ・カッター』である。その仕掛けは『斬撃』の概念を付与した光を飛ばす……というところにある。刃を飛ばすのではない。光に触れた対象に"斬られた"と言う概念を与えるのである。
 この魔法が通用しない例外は、草壁涼二の魔術・魔法無効化か、今は亡き川崎美野里の存在率の操作である。他にもミハイルのように膨大な雷を展開し、光が届かないようにすれば、斬撃概念を回避することもできる。同様に、幽香の炎でも回避ができるだろう。
 だから、最強の魔法ではない。
 いくら光の速度で敵を切れるとは言え、その光が届かなければどうにもならないのだ。
 だが、ほとんどの状況で、この魔法は必殺になる。
 隆太はひたすらグリードを斬り続ける。斬られ続ける度に、グリードが即座に傷口を回復させるが、その度にまた光が煌き、血飛沫が舞った。
「……悪魔憑きと言っても、所詮はこの程度か」
「何がです?」
「いや、そろそろ分かるだろ」
 グリードは短剣を片手に隆太を斬り付けようとしているが、動きがまるで素人同然だ。
 ……ただ、傷が回復するだけの雑魚じゃねーか。
「なにっ……!? こ、これは!」
 やがて、グリードの膝が折れる。隆太は特に意外でもなかった。まさか、ここまで阿呆とは思ってなかったので、その点については驚きだが。
「超回復って知ってるか?」
 切れた筋繊維が修復されると、以前よりも筋繊維が太くなる。それが、肉体を鍛えるということだ。隆太は何度もグリードの肉体を切り刻み、超回復を促進させていた。超回復自体は魔法で行えるとはいえ、鍛えられた筋肉を動かすのは、体内のエネルギーである。そんな状態で戦闘を続ければ、栄養失調に陥るのは必然だった。
 さらに、血を流しすぎて貧血になっていることも、体力の消耗を加速させている。
「貴様は無敵ではなかった。そう言うことだ」
「ひっ、や、やめ――!」
「喚くな。大人しく消えろ」
 隆太は匕首を振りかぶる。
 その時、甲高い男の声が響き渡った。
「その必要はないよ」
「―――ッ! 何者だ!」
 咄嗟に背後に飛び下がる。黒い影が、隆太の視界を過ぎった。
 ドッ、と血柱が立ち上る。グリードの首が叩き落されていた。
 なんて速さだ。自分の目では追い付けなかった。隆太は冷や汗を流した。
「バアルって言えば分かるのかな? まあ、そんな感じだよ」
 そこには、剣を携えた茶髪の西洋人が立っていた。

 悪魔バアル――。
 ソロモン七十二柱の魔神の一柱で、東方を支配する魔王アマイモン第一の配下にして、六十六の軍団を率いている、剣術の達人である。


GW中に何とか一話上げられましたね(汗)
更新速度の低下が著しい。読者様に見捨てられないか心配になってくる今日この頃。新人賞用の作品とか、部活とかでこちらまで手が回らないのです。みっともない言い訳ですが。

いよいよ新章開始――。失堕した神々編です。
まだ増えるのかよ登場人物(汗)しかし死亡率も上がって参りました(さらに汗)登場して瞬殺とか何だよ、めっちゃ強そうだったじゃん八神真治君。とまあ、ツッコミどころは今回も満載でお送りしております。つかクロード、死亡フラグ立ってないか?

つか文字数が多いです(今回は)






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