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LastDarkness
作:風美



62:封じ込める魔法


 他者の目には、二人の立ち位置が入れ替わっただけのようにしか見えなかっただろう。
 それほど朽葉悠斗とヘルマン・ガーランドの斬撃は素早かった。悠斗が振り抜いた小太刀は縦に一閃、返す刃で横に一閃。ヘルマンは五連続の突きを放っていた。刃同士が衝突して、停止した瞬間に反射した光だけが斬撃の証明である。両者とも神速の域に達していると言っても過言ではない。
 ヘルマンには意外だったらしい。
「小太刀の方が上手に使うんだね」
「……何のつもりだ?」
 悠斗は声に怒気を込めて言う。
 たった数回剣を合わせただけで分かった。ヘルマンの剣術は昨日と"同じ"なのである。今晩のヘルマンは形代ではないはずだ。性能の劣る身代わりで襲撃をかけるほど、悠斗とクリスは舐められているのだろうか。
「それは――こう言うことっすよ!」
「―――っ!」
 背後からの声に、咄嗟に身体が反応して、悠斗は飛びずさった。
 だが、もう遅い。地面がスケートリンクのように凍り付き、周囲に分厚い氷の壁が立ち塞がる。
 ……嵌められた。最初から、こうするつもりだったのだろう。ヘルマンの目的は悠斗とクリスを引き離すことだった。だから本気で剣を打ち合わずに、悠斗の立ち位置を誘導したのだ。
「ヴィルヘルム・ツヴァイク。ドイツのドレスデン出身、二十三歳。よろしくっす」
「誰が自己紹介しろと言った?」
「いや、これが騎士の作法なんすよ。仕方ねえでしょ?」
 氷の内側には何もない。しかし、人の声がしていた。
 この声の主がヘルマンの背後にいた青年なのだろう。
『斬撃、闇の剣』
「無駄っすよ」
 闇色の刃が縦に振り下ろされ――氷の壁に衝突した瞬間、その方向性が捻じ曲げられた。
 結論から言うと、悠斗の魔術が反射したのである。咄嗟に身を捻って回避するが、刃は背後の壁にぶつかって再び悠斗に襲いかかる。どうやらこの壁は魔術を反射するようだ。
「――!? 『斬撃、闇の剣!』」
 同じ魔術で闇の刃を相殺する。
「賢明な判断っす」
「……褒められても嬉しくない」
 やや疲れた顔をした悠斗を、見えているのかいないのか、ヴィルヘルムはケラケラと笑う。
「もう分かったっすよね? 俺のスペシャルな魔法『氷鏡世界ミラー・ワールド』はあらゆる魔術・魔法を跳ね返す氷壁っす。ちなみに、空間転移の魔術は使えないっすよ。ちゃんと調べてあるっす。アンタの転移魔術の範囲は"見える"範囲の二十メートル以内っす」
 悠斗は舌打ちした。氷の壁だからと言って、透き通っている訳ではない。
 白く濁っていて、とても壁の外に転移できる状態ではない。下手に魔術を使えば壁にめり込んであえなく"死亡"することもあり得る。
「氷ってのはミネラル分や二酸化炭素を含んでいると白く固まるっすよ。俺は学者じゃないっすから関係あるのか分からないっすけど、ドライアイスは真っ白っす」
「なら――物理的衝撃はどうだ!」
 悠斗は思いっきり氷壁を蹴り付けてみた。
 だが、やはりビクともしない。
「無駄っすよ、無駄。その壁の厚さは三十センチっす。ぶっ壊したいならアサルトライフルでも持ってきやがれって感じっす」
「くそっ! どうすれば――」
 こうしている間も、クリスに危険が及んでいる。ヘルマンは悠斗と戦うつもりはなかったのだ。
 守ると決めたのに。約束したのに。どうして、こんなことになる――。
「ちくしょう。また守れないのかよ」
 もし自分がクリスと関わっていなければ、こんな事態にはなっていなかったのではないか。悠斗は小太刀を壁に叩き付けた。何が守るだ。結局自分はいつも空回りしているだけじゃないか。
 力があれば――。
 もっと俺に力があれば――。


    †


 レイピアと刀が交差する。
 クリスは冷静な表情を取り繕って、動揺しているのを悟られないようにしていた。
「ハハッ、そんなにニーズヘッグのことが心配なのかな?」
 悠斗は突如現れた氷のドームに覆い隠されてしまった。クリスはいつまで正気でいられるか自分自身でも分からなかった。悠斗の無事を確かめられないまま、こうしてヘルマンと剣を交えているが、その剣は普段より格段に遅くなっている。
 ヘルマンは高笑いしながら細剣を引き絞り、放たれる弓矢のように刺突を打ち込む。
 冷静に剣先を逸らしながら、クリスはヘルマンの懐に飛び込んだ。その気配を察したヘルマンは機敏に背後に飛びずさる。敵ながら流石である。あのまま攻撃を止めていなければ、右腕が宙を舞っていただろう。
「さっきからニーズヘッグって言ってるけど、それって悠斗のことなの?」
「おやおや、知らなかったのか? そうさ。それが朽葉悠斗の異名だよ。西洋の一部にも広まってるんだけど、まだ悪魔リリスの耳には入っていなかったと見える」
「どう言う意味なの?」
「『嘲笑する虐殺者ニーズヘッグ』たる所以は、国立魔術アカデミーで起こったある事件にある。ある男が学生たちに狂信的な思想を植え付けて叛乱を起こし、選ばれた十人の学生がその鎮圧にあたった。その中で最も活躍したのが朽葉悠斗。そこの彼はたった一夜で二十人以上の学生を殺害したらしいよ。それも、嘲笑しながらね」
「………………」
「どうかな? 失望した? それとも嘘だと否定する?」
 クリスは刀をヘルマンに向けた。何て笑い方をする少年だろう。悠斗よりもヘルマンの方が、よほど似合っている異名だとクリスは思った。もし悠斗が嘲笑していたとするなら、それは自虐の笑みだったはずだ。
「失望しない。嘘だとも思えないから否定もしない。だけど、覚悟は決まったわ」
「……うるさいな」
「貴方の話を聞いても、私の心は変わらない。それどころか、もっと悠斗を想う心が強くなった。同じ学校の仲間を殺さないといけなかった悠斗の境遇は、決して『虐殺者』として軽蔑されるべきものではないと思う」
 いつの間にか、肝が据わっていた。
「……るさい」
「貴方こそ黙りなさい! 貴方に悠斗を否定する資格はない!」
「うるさいっつってんだろうがッ――!!」
 二つの怒気が激突する。
 クリスの刀とヘルマンの細剣が鍔迫り合いに持ち込まれた。二本の剣は火花を散らしながら、互いの額のわずか数センチまで刃を進める。
 その均衡が、片方に傾いた瞬間――。
『光の使徒――斬撃、光の剣!』
『嵐の奔流と化して飲み込め、紅竜!』
 三本の光の剣が出現し、クリスに襲いかかる。そして、クリスの周囲の地面から広がった炎は竜巻のように回転しながら光の剣を迎撃した。
 しかし、これはただの光の剣ではない。
「甘いんだよ!」
 炎の竜巻に激突する瞬間、光の剣は進行方向を転じた。
 この剣はヘルマンの意思によって操作されている。クリスはそう判断すると、新たな魔術を練り始めた。その間も剣はクリスに直進しているが、火柱もヘルマンに向かっている。
『光の暴徒――断断断、ライトハルバード!』
『竜の咆哮と化して噛み砕け、紅竜!』
 鞭のような変幻自在の炎が曲がりくねって光の剣を叩き落す。
 ヘルマンの方では出現した巨大な斧が炎の竜巻を両断していた。
 ――光の使徒が魔術の操作、光の暴徒が魔術の強化。
 事前に悠斗からかなり強力な魔術師と聞いていたが、想像以上だ。
「ふざけやがって――偉そうに説教垂れてるんじゃねえよクソが! 人ひとり殺せば殺人鬼だろうがボケ! そこに善悪を持ち込むな! 主観を持ち込むんじゃねえ!」
「人殺しはすべからく悪者のような言い草ね。なら、貴方の場合はどうなの?」
「俺はキリスト教徒だから許されるんだよ! 全部! 何もかも! あの教会の十字架が肩代わりしてくれるのさ! ハハハッ、それがイエス様の贖罪だろうが!」
 クリスは呆れ果てた。どのように成長すればこのような傲慢な考えが育まれるのだろう。まったく共感できない考え方だ。理解したくもない。いずれにせよ狂っている。
 そうでもなければ、本物のキリスト教徒がぶち切れるようなことを臆面切って言える訳がない。
「……貴方、根本的に十字教徒ではないようね」
「だから、うるせえって言ってるだろうが!」
 こうなると、猪を相手にしているようなものだった。
 クリスはレイピアと刀を合わせながら、魔術を詠唱する。
『嵐の奔流と化し――!』
 しまった――と驚愕の顔をするヘルマン。
 しかし、もう決着は付いていた。
 そのとき、クリスは思わず口を押さえ込んだ。
 ――声が出ない!?
 魔術の詠唱が停止する。その隙にヘルマンは剣を払って脱出した。
「熱くなりすぎだ、副隊長」
 金髪の中年男が、少年に軽蔑の視線を注いでいた。
「騎士の礼儀により名乗らせて頂く。俺はハインリヒ・ベッケンバウアー。『無音世界サイレント・ワールド』によりあらゆる魔術を拒絶する魔法使いだ」







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