05:封印された女神
幼少時代、父親に拳銃を向けられたことがある。恐怖心を克服するための訓練で、父は頭の横を狙って引き金を引いた。だが、キリングゲート家の長男を殺す訳にはいかないので、その狙いは甘かった。
幼少時代、妹に拳銃を向けられたことがある。トラウマを植えつけるための調教で、妹はクロードの股間を狙い打ちにした。下僕候補を殺す訳にはいかないので、弾丸はゴム弾だったしその狙いは甘かった。
拳銃が下手糞だったので太股や膝に命中していた。
とは言え、股間に命中すれば生殖機能を失うことは間違いない。
クロードを不能者にしてしまうということは、キリングゲート家の長男が自分の血を残すことができなくなるのだが、五歳児に(以下略)だった。
六歳のクロードは父親に泣き付き、妹を引き離してくれと懇願する。
その願いが叶い、クロードは無事日本への留学を果たしたのである。
――ドイツの実家では妹が着々と実権を握っていったのだが。
クロードは今日何度目かになる溜息を吐いた。
それを聞かされる度に、妹のまなじりがつり上がっていくのだが、鈍感な少年はそんなことには気付かない。
「まさか、アリスがアカデミーに入学していたとはね」
「悪いか、馬鹿兄貴。と言うか死ね」
「死なないよ。でも、実家はどうしたの? キリングファミリーの実権を掌握したんでしょ?」
キリングゲート家の後継者はクロードだったのだが、それも三年前までのことだ。
クロードの両親は一度も実家に戻ってこない軟弱な長男よりも、仕事の手伝いをしてくれるアリスの方が有能だと判断し、一家の後継者を娘にすげ替えた。まあ、クロードには魔術カルテルを仕切るほどの力量がないので、それで良かったと思っているのだが。
「仕事は信頼できる側近に任せてる」
「それで大丈夫なの?」
「一家から逃げ出した貴様に、一家を案じる資格はない」
「……まあ、そうだろうね」
クロードは今日何度目かになる溜息を吐いた。
――でもね、アリス。僕だって逃げてばかりだった訳じゃないんだよ?
その声は、妹には届かない。
†
「ところで朽葉先輩ってどんな魔術が使えるんですか?」
二人でアカデミーの私有地、雑木林を探索しているとふと思いついたように綾香が訊ねた。悠斗は微弱な魔力の残滓を追いかけながら、どのようにこたえるべきか考える。
答えたくない――は駄目だろう。
来年もう一度決闘する(予定)の相手なので、あまりこちらの手の内は明かしたくないのだが、これから共闘するのに下手に誤魔化せば、信頼関係に亀裂が生じてしまう。
「斬ったり刺したり潰したり?」
「なぜに疑問系なんですか? そんなことじゃなくて、属性ですよ属性。私の場合は風属性ですけど、先輩は無属性しか使ってないじゃないですか」
「あー……」
悠斗は悩んだ。
その程度のことなら悠斗のクラスメートに聞けば分かるだろう。自分はそれなりに有名なようだから、綾香の同級生にも知られているかもしれない。
まあ、このぐらいなら教えても構わないか。
そう思って口を開こうとして――。
「―――ッ! 危ない!」
悠斗は地面に綾香を押し倒した。
「えっ、ちょ、先輩!? いきなり何をするんですか!!」
「いいから黙ってろ!」
「えっ、まさか――」
魔術による砲撃――カウントダウン開始。
5、4、3、2、1……。
魔術による防御は間に合わない。
最善の選択として、悠斗は綾香を押し倒した。
「――来るぞ!」
「えっ、ええ!? まって、先輩! まだ心の準備が!」
下のほうから意味不明な罵詈雑言が飛んでくる。直後、真紅色のレーザーのような光が悠斗の真上を通り抜けていった。右から左に薙ぎ払われた極太レーザーは、周囲の大樹を薙ぎ払い、辺りを更地にしていく。
――なんて破壊力だ。
我知らず身震いする。
「ふむ、今のを避けたか。中々の反応だな」
「褒められても嬉しくないな。どうせ手加減していたんだろ?」
「……まあな」
相手は憮然として言う。小柄なアリスよりも、さらに小柄な少女だった。日本人形のような黒髪の少女である。薄紅色に牡丹が入った模様の着物を着ていて、絵巻に出てくるお姫様のようだった。
「……事実、お姫様のようね」
「でも、ただの姫様と侮ってたら殺されるぞ。こいつ、結構やばい時代を生きていた神様らしい」
「か、神様!?」
素っ頓狂な声を上げる綾香に見向きもせず、少女は悠斗にだけ視線を向けて面白そうに笑った。
「なるほどな。この時代でもそれなりの術師はいるようじゃの。ところで、神武の子孫はどこにいる?」
「聞いてどうするつもりだ?」
「無論、殺しに行くだけじゃ」
悠斗は目を見張った。神代の女神とも言うべき姫さんが、どうして天皇一族に恨みを持っているのだろうか。天津神と国津神の対立時代の神様ほどに危険そうではなさそうだが。神武以降は神というより人だから、神武天皇の建国時代のお姫様と考えるべきか。
「……なるほど、そりゃ恨むわな」
「どう言うこと?」
「吾平津姫に所縁ある者ってところか?」
綾香は意味不明だと言わんばかりに肩をすくめ、少女の反応を窺った。すると、少女の唇が震えているではないか。
「………吾の母様だ」
悠斗は頷いた。母親が捨てられて、怒らない娘はいない。それは神のような存在でも同じことだ。
「神武天皇が駒宮神社にいた頃の妻、吾平津姫がこの姫さんの母親のようだな。ちなみに、吾平津姫は神武天皇が宮崎に行くことになって身を引くらしい。と言っても、有名な人物じゃないから伝承は不確かだし、実在していたのかも不確かなんだがな」
説明不足を咎めるように悠斗を睨み付けた綾香に、悠斗は面倒そうに言う。
「でも、目の前にいるじゃない、その娘が」
「……はぁ。あのなぁ、この世界では神様ほど不確かなものはないんだよ。神社に祭られているなら存在しているし、祭られていない神様は存在しないんだ。で、何らかの超常現象が発生したり災害が起こったら神様の所為にされることがある訳。別に妖怪でも悪魔でも構わないが、肝心なのはそのときに器になる入れ物があるということだな」
「……まったく意味が分からないんだけど」
「天変地異が発生。大昔の人たちは思った。あの災害は神様が起こしたのだ。信仰心から魔術が発動。神様が物語から実体化した。オーケー?」
「あー、何となく分かったかも……」
「でも、あの神様は天皇家に害為す者だから封印された。オーケー?」
「……オーケー」
「と言う訳だ。さっさと終わらせるか」
悠斗は少女に振り返ると、両手で頬をパシンと叩いた。
待っていたぞとばかりに、少女が右手からレーザーを射出した。 |