51:最終戦争
「考えたことはないか?」
風のように横切った少年の背中を一瞥し、大泉大悟は語りかけた。
「魔術とは何か、魔法とは何なのか」
「その質問に、意味などがあるのでしょうか?」
ふに落ちない顔色の草壁に、死したはずの少年は自嘲的に話す。
「当然、"ない"に決まっている」
魔術、魔法という不思議な力に対する疑念。
その真実を得るために、古来より魔を研究する者がいた。しかし、未だ純然たる解答は得られていない。
「アンタも答えなど得られないと諦めた口か」
そう、何千年と積み重ねた歴史が"無駄"だと証明しているのだ。魔術や魔法が発動する原因、構造、真相、本質、何れも人間程度の英知では届かないものなのだ。
「どうしてこんな話をしたのか、分かるか?」
大泉大悟は嘲笑う。
魔術師は"智"を追求する限り、魔術師になれる。
よって、自己の魔術・魔法に対する分析でさえ、常に考察しなければならない。敵の魔術・魔法も同様である。
「なあ、草壁涼二。俺はアンタの魔法を知っているんだ。だが、それでは不公平だよな? これでも俺は相対する武人には礼儀を払わなければならないって教え込まれているんでね」
「その言い方だと、貴方が武士のように聞こえるのですが」
「ああ、そうさ」
笑いながら、大悟は右腕を天に翳した。
腐食した肉体が、最後の輝きを放つ。最早、この戦に意味などなく、されど双方ともに求められる結末は、片方の滅びである。
「だから、俺の魔法も教えておいてやる」
暗闇に眩い閃光が走る。光が晴れたとき、その右手には一筋の槍が握られていた。
一本だけではない。
周囲の至る所に、槍が現れていた。重力を無視し、宙に浮く槍の穂先が、悉く草壁を狙っている。
「……これが『最終戦争』ですか」
「ハッ、驚いたか!? 俺の魔法は『あらゆる物質の構造を解析し、情報を保存。あらゆる物質を創造し、保存された情報を基に再現する』というものだ。他にも『低級重力操作』や『物質強化』などの特典も付いているけどな。要約すると物質のコピー&ペーストってことになる」
――\"つまり、アンタの天敵ってことだ"
あらゆる魔術魔法を無効化する魔法の死角――物理的攻撃。
大泉大悟は、最初から草壁涼二を足止めするために用意された駒だった。
「なるほど、それが貴方の魔法ですか。いやはや、これは驚いた。まさしく最終戦争。魔術戦を想定した我々が、最も苦手とする相手ですね」
しかし、草壁の口調には僅かばかりの動揺さえ見られない。
それどころか、口元には微笑みさえ見られた。
「ふふっ、馬鹿らしい。元生徒会長と言うから期待してみれば、この程度でしたか。これでは悠斗君が決着を付ける前に、片付いてしまいますよ」
「――試してみるか?」
「どうぞ、ご随意に」
大泉大悟はその手の槍を投擲した。それが合図になり、周囲の槍、その数五十本を超えた針の集団が、草壁に襲いかかる。
絶対に逃れられない、死角という死角を潰した攻撃。
刹那、地面が壊れ、爆炎が拡散した。
アスファルトの破片が周囲に飛び散り、巻き起こった砂煙で視界が覆われる。
指向性を持った槍の大群は、あっさりと破壊され砕け散った。
「この程度で私を倒せると――なっ!」
視界が回復したとき、そこには大悟の姿がなかった。
「強さってのは慢心に繋がる。それは俺もお前も例外ではない」
代わりに、五千丁のアサルトライフルの銃口が草壁を取り囲んでいた。
「お前の失敗は三つある。俺の得物を槍と決め付け、その数を百以下だと決め付け、自分で視界を潰した。情けないな。これが『破魔』か」
「………これが本物の『最終戦争』ですか?」
「気付いたところでもう遅い」
大泉大悟は軍楽隊の指揮者のように右手を振り上げた。
そして、数億の銃声が漆黒の背広を切り裂いた。
†
気迫が込められた初太刀を、ガントレットを装着した拳が弾き返した。
悠斗は押しては引く波のように返す刀で喉を抉る。その意図を見破った祐作は、片足で地面を蹴って宙返りし、左足で下から刃を蹴り上げた。
祐作はそのまま腰を捻り、空中回転蹴りを放つ。
頭蓋を狙ったその凶襲。
『爆ぜよ、破砕の力!』
魔術を組み込んだバックステップを入れて衝撃を緩和する。しかし威力は殺し切れず、ビルの転落防止柵に軽く背中を打ちつけた。
「これで、20%」
その呟きが悠斗の耳に届いた瞬間、敵の拳がすでに眼前に迫っていた。
古武術の縮地。それと気付く前に、悠斗の身体は経験と直感で、首を右にずらし寝かせた刀を祐作の胴体に突き込んだ。
祐作は左手で刀を掴み、左の肘を悠斗の顎に叩き込む。
「これで、40%」
一瞬意識が飛びそうになったが、歯を食い縛り現実に留まる。
まだ倒れられない。祐作は実力の半分も出していないのだ。
『両断、闇の斧』
振り下ろされる漆黒の斬撃。剣よりも射程が短く、その分威力が大きい闇の魔術が祐作に襲いかかる。
「……ふむ」
祐作は顎に手を当てて思案し、煩わしそうに左の裏拳を振り抜いた。
斬撃は方向性を歪められ、地面に落下する。衝撃で少しの粉塵が舞い上がる。
『貫貫貫、ダークランス』
体勢を崩し、刺し貫く――。体勢が崩れているなら、それも成功していただろう。
しかし、祐作の体勢はまったく崩れていなかった。
祐作は余裕の笑顔を浮かべ、片足で"とん"と地面を叩き――。
――20メートル上空まで浮き上がった。
祐作は右手を床に付いて着地し、背転。
「これで、60%」
と、無為に呟く。
これが序戦。倉渕祐作がお遊戯気分で繰り広げた戦闘であった。
化物――そう呼ばれても仕方がないような身体能力。倉渕祐作の真の恐ろしさは、その圧倒的は白兵戦闘能力にある。一切の魔術魔法を用いず、また、戦場においては一切の策略も用いず、その身一つで軍隊クラスの先頭集団を撃破する。
倉渕祐作の肉体は、すでに人間を超越していた。
あらゆる余計なものを省いた身体は、種として完成しているのである。
「魔術とは何か、魔法とは何か。多くの魔法使いたちが、この命題に取り組んできました。ですが、未だ解答は得られていません。当然です。これは、これは術者自身が取り組まなければならない命題なのですから」
祐作は微笑み、右肘を引いた。
「僕は魔術を不要なもの、魔法を取るに足りないもの排除するものと定義しました。僕は本当に邪魔なものは、この肉体で取り除けば良いと思っています」
倉渕祐作には、それを実現させるだけの能力がある。
――次に来る一撃は"遠当て"。
身構える悠斗に、右拳が打ち抜かれた。
「これで、80%」
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