48:鋼鉄の意志
自動車が、停車する。
国立魔術アカデミーまで残り数キロ。車を走らせられたなら、あと十五分ほどで到着していただろう。しかし、草壁はブレーキを踏んだ。
悠斗は顔を上げた。
視界を覆い尽くすのは有象無象の屍兵士。
「合計で二百ほどですか。ご苦労なことです。完全に包囲されていますね」
「……降りるぞ」
このまま車内にいれば、兵士たちに距離を詰められて身動きが取れなくなったところで魔術の砲撃を受けて、一斉に殲滅される。
あの倉渕祐作のことだから、おそらく指揮官を用意しているはずだ。
「足止めか、悠斗?」
「だろうな」
緋芽は確信を以って訊ねたようだった。
「こんな場所で俺たちを襲撃する理由が、それ以外にないからな。でもまあ、これで大まかな状況が把握できる。おそらく、もうアカデミーでは戦闘が始まっているはずだ」
「だからこそ、私たちを足止めする必要があるのですか」
「嫌な性格ですね、その倉渕というお方も」
咲夜の皮肉に、草壁が肩をすくめる。
「自慢の甥ですから」
「……なるほど、大体分かりました」
草壁が自慢する物なんてロクなものではない。咲夜はそう思ったのだろう。肩眉を上げて、溜息を吐いた。
……さて、どうしたものか。
悠斗は腰に佩いた刀に目を落とし、続いて屍兵を見回した。
敵兵の数は続々と増え続けている。これだけの死体をかき集めた倉渕祐作の妄執にゾッとしながら、悠斗は思考していた。
「……吾が残ろう。あと、この小娘も置いていけ」
緋芽が咲夜を示しながら呟く。
「それで良いのか?」
「良いも何も、貴様らが吾らの主体ではないか。お主や草壁が残っても仕方がないと言うものだ。それに、吾ほどの術者が死体ごときにやられるとでも思うのか?」
「いや、それはないか。お前なら大丈夫だな」
「ああ、当然だ」
不敵に微笑む緋芽に、悠斗は頷いた。
†
何度電話をかけても繋がらない。山岸雪子は発信履歴が溜まった自分の携帯を眺め、大きく嘆息した。
放課後の生徒会室。窓の外は暗く、校内で明かり点っている部屋はここぐらいだろう。
いつもならこんな時間まで、書類を整理する必要はない。
この日は生徒会長の立花健一郎まで不在だった。連絡の一つもしないとは健一郎らしくない。
……まあ、克己の場合はいつものことなんだけど。
今日提出しなければならないはずだった中級魔術理論の課題を、あの馬鹿はいつものように仕上げなかったらしい。雪子は学級委員でもないのだが、生徒会副会長という肩書きから教師に呼び出され、あの馬鹿の尻を叩いてくれと懇願されていた。
「……仕方がないか」
雪子は電気を消し、部屋を施錠すると、職員室に向かった。
不意に、視界の片隅で蒼白い光が散った。
銀色の巨人と戦っているのは稲妻の剣士。
「あれは、あの時の……」
先月の草壁涼二の襲撃時、雪子を攫おうとしていた傭兵だった。
再び稲妻が散る。巨人の右腕が空に飛んだ。
「―――ッ、克己!」
気が付くと、雪子は走り出していた。
†
呪詛返し――それは呪術を見抜き、破壊し、そのエネルギーを逆探知して術者の身体を破壊する秘術。
鋼鉄の巨人兵という全身全霊の魔法を破壊されて、吐血で済んだのなら安いものだった。
だが、それはここが戦場でない場合に限ってのことだ。
「残念だったな」
克己を絶望させるためだろう。海斗は『|アトランティスの支配者』を完膚なきまでに破壊する。原型を留めないように細切れに、刀でミキサーにかけている。
「貴様の魔法は評価に値する。魔術が使えないという欠陥がなければ、俺を追い詰めることもあったかもしれない」
要は運がなかったのだ。
海斗は無造作に歩み寄り、刀を振りかぶる。
……ッチ、ここまでか。
克己は舌打ちした。
思い出されるのは幼馴染の泣き顔だった。
自分が死んだら泣いてくれるのだろうか。
……どうして俺は魔術が使えないのかねぇ。
茜崎克己はただの中流家庭の出である。父親は普通のサラリーマン、母親はスーパーでパートをしている。家計が火の車なのは子ども心に感じていて、その内離婚するだろうことは分かっていた。
魔術なんて非日常が介在する余地はない。
そう、それだけなのだ。
何もなかった。有るのは普通の日々、平凡な日常だけ。
――隔世遺伝ですね。
ある日突然茜崎家に現れた魔法庁とやらの役人はこう言った。
話を聞くと、どうやら克己の先祖に魔法使いがいたらしい。しかしその子どもには魔法使いとしての資質が現れなかったのだと。
克己は先祖帰りだった。
「なんだ、結局は俺が怠け者だっただけじゃないか」
アカデミーの友人たちは幼少の頃から魔術の英才教育を受けてきた者ばかりだった。今さら自分が頑張っても、十数年というハンデは想像以上の壁がある。スタート地点が彼らより離れていた克己は、魔法を工夫することで魔術の空白を埋めようとした。
「魔術を使えない魔法使い……。ハッ、なんて皮肉なあだ名だ」
それは蔑称。魔術を切り捨てた克己への嫉妬。
「なあ、朽葉の。俺の『電海竜王』の特性は知っているよな?」
磁力を操り、鋼鉄の塊を繋ぎ合わせて神界と深海の獣を意のままに従わせる魔法。
周囲には海斗によって細切れにされた鉄がひしめいている。
「……刺し違えてやるよ、『神雷』」
「……何を言っている?」
海斗は口の端から血を流しながら呟く克己に不審な目を向ける。
次の瞬間、周囲の鉄塊が浮き上がった。
一つ一つの鉄にS極とN極を設定したのである。
その中央には克己と海斗の姿があった。
「まさか!」
……自爆。
これで終わり。茜坂克己という道化の幕を下ろすには、ちょうど良い。
「鋼舞え! ――『鋼鉄の狂想曲』!」
二人に金属の竜巻が襲いかかり、その戦いに終焉が訪れた。
|