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LastDarkness
作:風美



45:報われない想い


 大泉大悟は無言で携帯電話を眺めていた。かつて、自分が生者だったときから愛用していた携帯電話。聖と一緒に選んだものだった。
「たしか、これを選ぶだけで二時間もかかったんだよな」
 その後、契約やら何やらで時間を取られ、結局は半日を浪費した。あのときの大悟は不機嫌顔を通り越して無表情の境地に達していたらしいが、今となってはしのび笑いでもしたくなる思い出だ。
「……だがまあ、高望みはしないでおこう」
 大悟は右手の指を覗き見る。人差し指の爪が腐って剥れかけていた。
 ……もう、あまり時間は残されていないか。
「克己君の調子はどうでしたか?」
「焦ってたよ。んで、キレてたなぁ、あれは」
「でしょうね。まさか、貴方が生きているとは思いますまい」
 倉渕祐作は純白のミラーシェードを外し、上気した息を整えた。
 サンドバッグを二日間殴り続けていたのだ。正気の沙汰ではない。だが、これが祐作にとってのウォーミングアップなのである。ただの準備体操に過ぎないのだと、彼自身が語っていた。
「『輪廻転生ネクロ・ファウスト』には二つの使い方があります」
 どちらとも死者を操る秘術なのだが、片方は自我のない奴隷。もう片方は自我を残した部下である。ただし、倉渕祐作の拳で殺害した者しか操れないという条件がある。
 奴隷の場合、祐作自身が割く魔力は大したものではない。百人単位の聖騎士を従わせても、また祐作の魔力は余りある。
 しかし部下にする場合、祐作の魔力では二人が限界だ。
 ロボットの理論の一つに、ある程度の発達したAIを搭載した方が運用しやすいと言うものがある。死者を操るにしても、生前の人格を流用した方が性能が高い兵隊が出来上がった。
 命令には絶対服従――。
 これは大悟の脳裏に刻み込まれたプログラムのようなものである。
「……で、準備運動したってことは、そろそろ打って出る訳か?」
「ええ、ちょっと厄介なことになりましてね。悠斗君が奇策を練ってくれたようで、川崎先生の立場が危うい。アカデミーを内部から切り崩すつもりでしたが、まだるっこしいことは止めにします」
「早くしてくれよ。もう、俺の身体も長くねえからな」
 祐作は不気味に微笑んだ。
「ええ、今晩にでも始めようかと思っていますよ」
 祐作は嗤う。
「さあ、宴を始めましょう」
 両手を広げ、歓喜に震える。


    †


 九重香澄は大鍋に盛ったうどんを、人質になった蒼夜の部下たちに振舞った。
 あまりにも適当な食事だったが、人質という立場から非難は上がらない。だがそれも、今日明日までの話だ。それ以降になると、奴らは人質という境遇に慣れて立場改善を要求してくる。
 悠斗と草壁、咲夜と緋芽はもう屋敷を出ている。
 蒼夜も不機嫌な顔で出て行った。
「……涼二さん」
 香澄は人知れず、溜息を吐いた。

 あれは台風が到来していた日――。
 例年のごとく河川が増水し、家屋が水浸しになり、飛行機のダイヤが乱れ、土砂崩れで死傷者が出る。今年最大の台風と言っても良いほどで、しかし屋敷に篭っている香澄には無関係だった。
 その頃から、香澄は密輸入した武器を改造して販売する、武器承認のようなことをしていた。トランクケース型のパンツァーファウストや携帯電話型のデリンジャー、外国車に戦車並みの強度を与えてみたり、摂取してから一ヵ月後に死亡する毒薬を開発してみたこともあった。
 しかし、勝手に商売を始めたためか、縄張りを荒らされたと勘違いした暴力団に目を付けられた。国内で頭角を現し始めていた魔術カルテルと抗争しており、収入源が激減していた組だった。
 屋敷への襲撃――。
 罠によって蜂の巣にされる任侠者たち――。
 しかし、その中に魔術師がいたのである。魔術カルテルと対等に渡り合うには、『目には目を、歯には歯を』。魔術師には魔術師を。古臭い矜持を捨て切れない暴力団にしては、進んでいる組織だった。
「一般人の癖に、思いのほか手こずらされたな」
 黒スーツの、他のヤクザ者と変わりない格好をした男だった。
 元々ヤクザに生まれるべくして生まれてきたようである。少なくともオカルトの頂点、神秘学を実戦してきた魔術師には見えなかった。
「覚悟は出来いるだろうな?」
 そう言って、男はニッと笑った。
 大体、後のことは予想できた。
 香澄を女として、痛め付けるのである。今までは懐に隠していたデリンジャーで何とかなったが、魔術師相手に銃弾が通用するとは思えない。
 なら――。
 香澄は諦めた。なるべくして、この結果である。
 なら、素直に受け入れるしかないだろう。
「ふむ、私としてはもう少し粘ってくれるかと期待していたのですが……」
「誰だ!」
 突如、割って入った第三者の声。
「おやおや、知りませんか? 私、これでも中々有名なのではと思っていたのですがね。もしかして自意識過剰でしたかね? いえ、別に知らなくても取って食べたりはしませんよ。もっとも、ここ数日マトモなものは口にしていないのでカニバリズムに走りたくならないことはないのですがね」
 否定の連続って、難しいですよね――。
 スーツを着た男は、自分の言葉に困惑しているらしい。
 異様な男だった。ギラギラと怪しく光る瞳、落ち窪んだ眼窩、削げた頬。しかし、胃の腑が凍えそうな圧倒的な存在感を持った男である。
 しかし、男は隻腕だった。左腕が無いのである。
「私、草壁涼二と申します。どうぞお見知りおきを――」
「草壁……涼二……?」
 香澄は無意識に男の名を紡いでいた。

 ――とは言え、これから死ぬ人に教えても意味なんて有りはしませんが。

 草壁涼二と暴力団の男との対決は、勝負にならなかった。
『冷たき水よ、刃となれ!』
 軽く踏み込む草壁に、男が魔術を放つ。
 薄い水の刃は、草壁に触れた瞬間霧散した。
「『神域汚辱ダーティー・サンクチュアリ』です。便利でしょう?」
 草壁は笑いながら、右腕で男の喉元を握り締めた。男は声帯が押さえ込まれ、発音ができなくなる。魔術の詠唱を封じ込め、そのまま気管を絞め殺した。
 絞首刑の死因は酸欠ではない。
 首吊り台を使い、高所より落下する衝撃で頚椎をへし折り確実に殺すのである。苦しそうな殺し方だと思われがちだが、残酷な殺し方なら現代まで残っていないだろう。電気椅子に取り変わっているはずである。
「さて、死にましたかね? まったく……片腕だと不便なものです。ところでそこの貴女、無事でしたか? 私、貴女に仕事の依頼があるのですよ。いえいえ、今すぐにではないのですがね。それよりも、何か食べ物が欲しいのですが」
 隻腕の男は矢継ぎ早に要求した。


 草壁の依頼は義手の製作だった。私生活で困らない範囲で構わないということだった。だが、内心では期待していたのだろう。香澄に依頼するということは、つまりが兵器開発である。
 そして香澄は草壁の期待以上の成果を収めた。
 それはおそらく、認めて貰いたかったのだろう。香澄は全身全霊をかけて義手を製作した。最高の義手を提供することによって、草壁の身体に九重香澄という一人の女を刻み込むために――。
 報われない想い。
 香澄自身、そう思っていた。


    †


 レンタカーの座席は六つ。
 運転席に草壁、助手席は無人。それはまあ、仕方のないことだと思う。
「なあ、緋芽」
「なんだ、悠斗?」
「せめて、移動時間だけでも休みたいという考えは贅沢なのか?」
 咲夜と緋芽が悠斗の隣に座りたがるのは、車に乗る前から明白だった。その程度のこと、予測できない悠斗ではない。だから二人には中央の席を使って貰い、悠斗は最後尾の座席で横になろうと考えていた。
 考えていた……のだが。
 隣に座っているのは緋芽。
 なんと、運転中に席を移動しやがったのである。
 横になってまどろんでいた悠斗。その腹部に強烈な衝撃が襲いかかる。慌てて飛び上がる悠斗が見たものは、着物の裾を踏んで転んだらしい神様だった。
 てへっ、と笑う緋芽に、怒りは湧かなかった。
 このようなやり取りを楽しんでおくのも、悪くない。最悪、こうして些細なことに腹を立てることもできなくなるかもしれないのだ。この中の誰かがいなくなっても不思議ではない。
「……最終決戦だぞ」
 ボソリと呟く。自嘲的な笑みがこみ上げてくる。
 悠斗の心の動きを知ってか知らずか、緋芽は淡く微笑んだ。
「なんだ? らしくないぞ。お主はいつものように皮肉っぽく笑っていれば良いのだ。さもないと、逆に吾らが安心できん。またあの傲慢な神が出てきては敵わんしな」
「流石に二度も同じ轍は踏みたくないな……」
 悠斗は苦笑する。
「まあ、お主なら大丈夫じゃろ。心を強く持てとは言わん。その代わり、誰かに頼れ。吾でも良いし、そこの小娘でも良い。そうじゃな……女を抱けば、覚悟が決まると聞くが、試してみればどうだ?」
 と、意地悪く笑う緋芽。
 そう言う考え方も、あるのだろう。
「だが、抱いてから後悔することも、あるんだぞ」
 愛さなければ良かった。
 今でも悠斗はそう思う。自分なんかに関わらなければ、死ぬことはなかった。大悟会長の言葉通り、力を持つ者が惚れた女は人質にされる可能性が高いのである。咲夜か緋芽が人質に取られれば、悠斗は手も足も出なくなるだろう。
 ……どちらにせよ、先に倉渕祐作を始末しなければならないか。
「もう止めよう。こんなことばかり考えていると憂鬱になる」
 悠斗は景色を眺めた。過ぎ去るのは町並み。平穏に生きる住人たち。
 ぼうっと眺めていると、欠伸が出てきた。
「悪い。ちょっと膝、借りるぞ」
「ふむ、それも良かろうて」
 緋芽は苦笑し、悠斗に膝を預けた。
 今はまだ、これが限界。
 緋芽の膝枕で、悠斗は睡魔に身を任せた。







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