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LastDarkness
作:風美



43:刀剣の魔法使い


 四発の炎弾が放たれる。火炎系の魔術で、かなり高度な芸当だった。
 結界を張りながらこれだけ戦えるなら上出来だろう。草壁は半ば感心しながら、ただ右腕で殴り付けた。炎も人間も、ただ殴るだけですべてが終わった。
「さて、まずはこれで一人目ですね」
 草壁はぐったりした術者に『魔封じの手枷』をかけると、九重香澄が運転する車のトランクに放り込んだ。
「次は貴方の番ですよ」
「……そうですね」
 咲夜はホテルを見上げながら退屈そうに頷いた。


    †


 垂直に立てた刀を背中に回す――その異様な構えに悠斗は必殺を見たらしい。
 悠斗の表情が真剣になる。八双に構えられた刀が、悠斗の感情と魔力に反応して燃え上がる。
 緋芽は蒼夜の背中に魔術を放つべきか迷った。緋芽の攻撃が回避されれば、その攻撃はそのまま悠斗に向かう。奇襲用の布陣が仇となっていた。かと言って今さら立ち位置を変える訳にもいかず――。
「では、私の相手をして頂けませんかな、お嬢さん?」
 気配もなく背後に初老の剣士が現れる。
「なっ、貴様はどこから――!」
 湧いて出てきたのか、と言おうとして絶句する。地上七階にある部屋の窓が開け放たれていたのだ。外から侵入したのである。
「我が主に加勢は必要なさそうですし、少々手持ち無沙汰でしてな。この老木で宜しければ、お相手致しますぞ」
 提案でありながら、有無を言わせぬ口調。
 緋芽は苛立ちを抑え、両手に魔力を集めた。
「後悔するなよ、老人」
「ほほう、これは威勢の良い小娘ですな」
 老人は異様に長い刀を抜刀した。以前に見た悠斗の胴田貫よりも長い野太刀である。備前長船長光三尺三寸だった。
「佐々木流水、参りますぞ!」
 ゆっくりとした踏み込み、誘いをかける動きだった。
『楽、赤龍!』
 緋芽の攻撃を潰して反撃に移る、後の先を取る戦い方だ。そこまで読んだ緋芽はまず陰陽術を撃ってみた。遡る火炎が流水に襲いかかる。
「おお、これは珍しい。陰陽術ですか」
 まずはどう躱すか、様子を見ていた緋芽は我が目を疑った。
 老人が剣を振り下ろした瞬間、まるでそこには最初から何もなかったかのように火炎が消滅した。しかも、緋芽の着物が縦に裂けて下帯まで寸断されてしまったのである。
「貴様、今何をした?」
「それをお教えするほど私は耄碌しておりませんよ」
「抜かせ! 『哀、黒龍!』」
 続いて押し流す濁流が佐々木流水に襲いかかるが、またしても流水はそれを消滅させてしまう。が、今度は緋芽も予測していた。背後に飛びながら、左手で魔法を打ち込む。
「――むっ」
 床を転がり光線を回避する流水に右手で二撃目を打ち込んだ。三段構えの連続攻撃である。しかし、今回は刀が振られていないのに光線が消滅する。
「なるほどな。お主の魔法、段々と分かってきたぞ」
「さて、そのはずは御座いませんが……」
 と言うが、流水は表情を隠しきれていない。
 おそらく、空間をリセット、あるいは消滅させてしまうものだろう。流水の表情から見るに、刀を振らずに空間を消滅させるのは最後の手段だったはず。連続で使用するのは難しいのだと判断する。
 刀を振り魔法を使って一度、刀を振らずに魔法を使って二度。
 三度目は――攻撃が通る。
「これで終わらせるぞ、老人!」
 両者は睨み合い、同時に動き出した。
『怒、白龍!』
 流水の左方、壁から無数の刃が突き出す。無効化するために剣を振れば、正面からの緋芽の魔法を喰らってしまう。流水は右に移動するしかない。
 流水には攻める余裕が残っている。
 だが――攻めさせない。右手で魔法を打ち込み、五色の光線が流水を射抜こうとする。
 光線が消滅し、振り下ろされた刀から伸びる斬撃が緋芽を襲った。
『怨、黄龍!』
 それを、土色の壁で防ぎ――。
 同時に攻撃した。
「なんですと!」
 防御に使った壁で、そのまま攻撃する。流水は魔法で消すしかない。
 緋芽は不敵に微笑んだ。左手の主砲を流水に向ける。
「これで王手だな。魔法に頼りすぎるなよ、老人」
 一度悠斗のように言ってみたかった緋芽である。


    †


 一人目の魔術師と遭遇した場所を元に、香澄がノートPCで五人の術者の位置を計算する。五芒星を基盤とした結界魔術で、中心がビジネスホテルだと分かっていれば後は簡単だった。
 二箇所目には結界を張る魔術師と護衛の魔法使いが待機していた。
「魔法使いは私が潰しますから」
 草壁はそう言い置くと、一人の黒服に立ちはだかった。
 咲夜は嘆息し、一度ホテルを見上げてから魔術師と対峙する。
 本音を言うなら悠斗と一緒に戦いたかった。だが、魔法を使えない咲夜では役不足だった。悠斗はすべてを語らないが、咲夜はそういう立場なのだ。
 ……まだ、あの人の隣は貴女に任せます。
 心の中で着物の少女に語りかける。
「では、始めましょうか。『黒炎弐式、黒死蝶』」
 咲夜は周囲に蝶々を展開し、魔術師に突撃させた。


    †


 御剣の向こうで戦闘に及んでいる緋芽を視界に納めながら、悠斗と蒼夜は無言の時を過ごした。このまま守勢に回るのは面白くない。この膠着状態を打ち崩せる策を、悠斗の思考は探し続ける。
「三大魔法一族の一つ、御剣家の歴史は平安まで遡る。だがまあ、戦国時代以前のは大した歴史じゃねえ。宮廷陰陽師の血脈を受け継ぐ八神ほど華々しくねえし、ひたすら戦闘術を研ぎ澄ませて暗殺業を営んでいた朽葉ほど薄汚くない。ただの在野の陰陽師の子孫だよ」
「……九州全土に渡って判図を広げたと聞くが」
「だからそれは、戦国時代以降なんだよ。平安貴族やらとは無関係ってことだ。んで、俺の家は応仁の乱より先、急激に勢力を広げていった訳だ。つまり――」
 小太刀の剣先が、ピクリと動いた。
 ――来る!
 悠斗は床を蹴った。蒼夜は動かない。
「御剣は武士の一族と言うことだッ!!」
 蒼夜は不動の体勢で、列迫の気合を発した。
 二歩目で『爆ぜよ、破砕の力』と叫び足元を破壊する悠斗。衝撃波で空中に舞い上がり、宙返りしながら背後を取ろうとする。

 刹那、部屋中の壁や床、天井から大量の剣が突き出した。

「――これは!」
 天井に触れるほど飛翔していた悠斗は背中を襲われることになった。
『防御、闇の盾!』
 咄嗟に背後に防壁を展開する。
 しかし、これで正面の防御ががら空きになった。
「しまった!」
 この展開を読んでいたのだろう。ここまで自分の戦い方を分析し、瞬時に攻守を計るとは思わなかった。事前に研究されていたのだと思い至る。
 しかも――。
「我に宿りし金山毘古神カナヤマヒコノカミよ! 天地開闢、此処に魔を断つ剣と成れ!」
 蒼夜の持つ小太刀の刀身が伸び、全長四尺(120センチメートル)を超える大刀になる。刀身から紫電が迸り金色に輝いた。
『雷鳴閃!』
 刀が振り下ろされ、空中の悠斗を断たんとする。
 三重詠唱でも――防ぎ切れない。
「――っ、『死守せよ、嫉妬の王レヴィアタン!』」
 無数の鱗が展開し、長くなった蒼夜の太刀を受け止めた。
 瞬間、脳髄に灼熱が流れ込む。シナプスが焼き切れ、赤熱した鉄を内臓に押し込まれる感覚。意識を失うほどの吐き気が悠斗に襲いかかった。
 しかし、今はまだ倒れられない。時間稼ぎできる内に後退する。
 火花が迸り、鱗の壁が砕け散った。
「今のを防ぐとはなぁ。ったく、呆れるほどの悪運の強さだぜ」
「……お前、神喰いだったのか」
「まあな。御剣家の長男は生まれつき病弱でな。神を受け入れた瞬間、精神よりも先に肉体が壊れるらしいってことだ。仕方なく次男の俺に矛先が向いたのさ。だがまあ、肩身が狭くなって不便なものだぜ」
 聞く者が聞けば贅沢な悩みである。だが、穢れていないとは言え神を取り込むのはかなりの精神を消耗する。海斗や蒼夜のように平然としている方が稀であって、咲夜などは精神が不安定になった所為で悠斗に依存しているのである(と悠斗は考えている)。
「……金山毘古神カナヤマヒコノカミか」
 たしか火之迦具土神ホノカグツチノカミを生んだときの火傷で苦しんでいる伊邪那美神イザナミノカミが吐き出したヘドから生まれた神である。鉱山や陶器の神なのだが、御剣の魔法から見るに剣神と考えるべきだろう。
 刀に電撃が走ったのは、神の力を引き出した魔術。
「魔法は、金属生成か?」
「ご名答。御剣家が秘術『白刃乱舞ソード・オブ・カオス』はどうかな?」
「大した切れ味だ。だが、二度は通じない」
 蒼夜はニッと笑みを浮かべた。このときの悠斗と蒼夜の間には、敵意はなかったのだろう思う。
 それでも戦いを止めないのは、互いの全力を見てみたいからだった。
「次の一撃で終らせたいのだが、どうだ?」
「良いぜ。来いよ。お前の全部を俺に見せてみろ!」
 蒼夜は四尺の太刀を正眼に、悠斗も二尺一寸の太刀を正眼に――。
 お互いの全力を賭けて、最後の立合いが始まった。
 蒼夜は片手を刀の柄から外し、小刀を作り出して投擲する。金属生成の魔法を持つなら、この程度のことは造作もないだろう。
 悠斗は首を捻って回避し、そのまま直進する。
『刺刺刺、ダークスナイプ!』
 続いて放たれる『闇の矢』の三重詠唱。無数の鏃が蒼夜に襲いかかる。
 しかし――。
「まだだ! まだお前の全力には足りねえ!」
 蒼夜の全身から剣山のごとく刃が突き出し、すべての矢を弾き返した。
 まるで針鼠だ。傍から見れば、みっともない格好。だが、悠斗は尊敬の念さえ覚えていた。目の前の青年は、もう全力を出し切っている。あとは自分だけだ。
「行くぜ! 『雷鳴閃!』」
 紫電を散らす刃が迫る。
 蒼夜の顔に浮かぶのは勝利。雷鳴を帯びた剣撃が悠斗の頭部に叩き込まれる。
『跳躍せよ、色欲の王アスモデウス!』
 死の直前、悠斗の姿が掻き消えた。現れるは蒼夜の背後。
「っ、小癪!」
 蒼夜の背中から先ほどよりも大量の刃が突き出し、一枚の壁と化した。
 隙間だらけだが鋼鉄の防御である。悠斗の刀は蒼夜に触れることすら敵わない。
 しかし悠斗は――刀を振り下ろした。
「なんだと!」
 一直線に振り下ろされた刃光が、無数に分裂したのである。
 蛭子の持つ魔法、『刃桜繚乱』。
 『魂滅』の剣こそ無いが、これだけでもかなりの威力である。無数に分かれた刃の光が蒼夜の剣を一枚一枚叩き壊していく。
 金属の粉が大気に広がった。
「……俺の……負けか」
 ズタズタになった背広を羽織った青年は、寂しそうに呟いた。







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