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LastDarkness
作:風美



40:道化は踊る


 茜崎克己は翌日の昼休みにアカデミーに帰還した。死体が回収された旅館入口にタクシーを呼び寄せ、そこから二時間と数万円を費やしてしまった。経費として魔法庁に請求できるのだろうかと不安になる。
「……御剣か」
 日本三大魔法一族『八神』『朽葉』『御剣』。
 おそらく、長男は神喰いなのだろう。蒼夜は"普通"の魔法使いだと思うのだが、悠斗のような例外もいる。何にせよあの歳で指揮官に納まっているので油断はできない。
 鞄を肩に引っかけて教室に入ると、クロードが目線で挨拶した。
 ――どうして戻ってきた?
 克己は舌打ちし、席に着いた。周囲の者が奇異の視線を向けてくるが、それは「ああ、またアイツか」という確認のものだ。大遅刻しても、自分のことを気にかける者はいない。
「これ、三時間目の中級魔術理論で出された課題。こっちは四時間目の魔法史のプリントだから。課題は来週の月曜までに提出しろって。テストにも出すとか言ってたわよ」
 いや、一人だけ……。
 自分のことを気にかけてくれる者がいたようだ。
「ふーん、サンキューにゃん」
 ふざけた感謝の言葉に、山岸雪子は眉根を寄せた。
「昨日、何してたの?」
「んー? ダルかったからサボっただけだぜよ?」
「……じゃあ、今日の遅刻は?」
 雪子の険悪な声色に、周囲の生徒たちがチラリと目を向ける。雪子やそんな彼らの様子に苦笑し「うわ、怖ぇ」と気の抜けた返事を返した。
「今日もダルかったに決まってるじゃんよー、雪子ちゃん♪」
「……なら、昨日川崎先生に呼び出されてたのは?」
「そりゃ、おいらの素行不良の注意に決まってるぞなもし?」
 嘘の上塗り。克己は薄っぺらな笑みを浮かべた。周りの誰もが自分の言葉を疑わないだろう。幼馴染の雪子でさえ、この軽い言葉に騙されているのだ。
 そこまで徹底して奇人変人を演じたのは克己自身の意思である。
 だが、悲しかった。
「つかよぉ、そんなに口煩く文句ばかり付けやがって、テメエは俺の嫁か? 嫁なのかにゃー?」
「なっ、ばっ、馬鹿なことを言わないで! 私は生徒会の一員として、学校の風紀を正すために……」
「ああ、もう良いって。俺なんかを説教しても、お互い得にならんぜよ」
 克己は席を立った。
「次の授業、俺は移動教室なんよ。じゃー、ばいびー♪」
「まっ、待ちなさい! もう、克己の馬鹿!」
 最後の小言が、余計に昔を思い出させて悲しくなった。


    †


 レンタル期間が過ぎ去ったレンタカーが、山奥の松林の深部に停車した。温泉旅館から自動車で二時間、都心部からなら五時間はかかるだろう辺境の地にログハウスが建てられていた。
 近隣には中規模の町があるので食料や生活用品には困らない。
「私が三つ持ちますから、悠斗君は二つ頼みます」
 日持ちする食材とレトルト食品を大量に詰め込んだスーパーのビニル袋が合計五つ。草壁が率先してトランクを開き、三つの袋を片手で持ち上げた。
 車のキーをかけようかと提案しようとしていた悠斗は肩透かしにあった。時々、草壁の両腕が義手だと言うことを忘れそうになる。それだけ、違和感がないのである。
「大したものだな。何キロまで持ち上げられるんだ?」
「さて、どうでしょう? 少なくともこの自動車程度なら持ち上げれそうですがね。となると、1、2トン前後でしょうか」
 私生活で困っているところを見せてくれれば、草壁が身障者だと言うことを意識できるのだが。
 そう言えば、温泉で困ってたか。風呂は不便なのだろう。
「この両腕の試運転をするときに、厚さ2センチの鉄板をぶち抜きましたよ。生身より義手の方が性能が良いんですね。でもそれも――」
 悠斗の脳裏に純白の少年が浮かんだ。
「倉渕祐作の身体能力の前では、児戯に等しい」
 滑らかに鼓動する黄金の肉体。鋼鉄を彷彿させる屈強なる筋肉。人間の限界を超越し、さらなる高みに到達した物理的な暴力。あらゆる奇跡も神秘も、その力の前では陳腐に霞んで見える。
 こと、殴り殺すという点で倉渕祐作ほど優れた人間はいない。
「……そもそも、倉渕家の魔法は治癒だったのですよ。しかし、どうしたことか私の甥は血系魔法を継承しなかった。甥は生者を癒すのではない。死者を癒す魔法を発現させたのです」
 これが、悠斗と草壁の世間話である。
 ログハウスの玄関にはカードキーの差込口があった。しかし、草壁はカードキーには見向きもせず扉を開ける。カードキーに触れた瞬間、ドアの向こう側に貼り付けられた指向性対人地雷クレイモアが炸裂する仕組みだ。
 続いて靴箱を開き、中の天井にあるボタンを押した。もし何もせず通り抜けようとすれば、壁の向こう側から蜂の巣にされるのである。AK47カラシニコフの中古品を改造した仕掛けらしい。
「物騒な屋敷」
「ええ、私もそう思いますが仕方がないことなのですよ。この館の主は、このように罠を設置することで自衛するしかないのですから」
「分かり切ったことを説明するなよ」
「これは失礼しました」
 道化じみた仕草で肩をすくめる草壁。
 二人は七個目の罠を解除し、地下室に潜り込んだ。そろそろスーパーの袋を持っている両腕が痛くなってきたのだが、これでようやく到着だ。
「遅かったわね。さあ、早く仕度しましょう」
 現れたのは緑色のパジャマを着たセミロングの黒髪の女性。両足が失われており、電動式の車椅子に腰を下ろしている。草壁涼二の義手の製作者にして、このログハウスの主――九重香澄だった。
 悠斗は袋を一度床に下ろすと腕まくりをした。さて、これから夕食の仕度をしなければならない。この居候集団で料理ができるのは自分だけなのだ。


    †


 温泉旅館で百人斬りの後――。
 悠斗とクロードはほとんど言葉なく、静かな時間を共有した。アカデミーの近くでクロードを下ろし、草壁の運転で悠斗たちはアリスの病院に向かう。
 アリスとの面会は、悠斗一人だけだった。アリスは草壁のもとから去った経緯もあり「顔を合わせても気まずくなるだけですよ」と草壁は辞退。犬猿の仲の咲夜と会わせても良いことにはならないだろうと思い、悠斗は草壁に緋芽と咲夜を街に連れて行き衣服を調達するよう頼んだ。
 姫川神社での生活の頃から、この二人には衣服不足という問題があった。仙石和希は緋芽の着物もあの世に持って行ってしまったし、家出同然の咲夜は制服を着たまま生活する訳にもいかず、姫川神社に残されていた衣服で日々を凌いだ。
「まあ、別に構いませんが……」
 と安請け合いする草壁にザマアミロと内心微笑む悠斗である。女の衣服にはとにかく金がかかるのだ。緋芽の着物なんて数十万円が吹き飛ぶのである。
 ちなみに――、幽香とはアリスと面会する前に別れた。親友の沙希のところに戻ったのだと草壁と緋芽は考えているようだが、悠斗には考えがあった。
 アカデミーの動向を窺い、何かがあればすぐに動き出せるように見張りを頼んでおいたのだ。
 悠斗は草壁の目が倉渕祐作に向いていることを見抜いていた。当面の敵は倉渕の魔術カルテルだ。だが、倉渕と内通していると思われる川崎美野里を無視するのは危険だ。
 加えてアカデミーには戦力不足という問題がある。外部から見れば過剰な戦力だが、四面楚歌の状況では心もとない。健一郎、克己、クロード、ミハイル――と層々たる顔ぶれだが、川崎美野里と朽葉海斗は確実に敵に回る。克己は誰側に付くのか怪しく、ミハイルは動き出すか分からない。
 だから幽香には学園近くに寄宿している沙希のもとへ身を寄せさせたのである。


 短冊切りにした牛蒡と人参を圧力鍋に放り込み、醤油味醂で味付けする。一味唐辛子を大量に投入し、キンピラ牛蒡を気取ってみる。我流だが、まあ悪くはない出来栄えだった。
 ちなみに、九重香澄はと言うと――。
 機械が延々と吐き出す白いうどんを鍋に放り込んでいるだけである。一時期この屋敷に身を寄せていた草壁が「毎日ざるうどんでした」と涙声に語っていたことがある。
「うどん、好きなのか?」
「いえ、それほどでは……。ですが、水と小麦粉だけで勝手に作ってくれるので。足りない栄養素はサプリメントで補えば良いだけですし、空腹を満たせれば食事をするという目的を達成しているとは思えませんか?」
「思えません」
 キッパリと断言する悠斗。香澄は不満げに眉根を寄せた。
 念のためにカレーうどん用のルーを買っておいて正解だった。まさか、あの話が事実だとは思ってなかったのである。食事に口煩い草壁を黙らせるためには確実に必要になる。
「しかし、兵器開発とうどん製造機かよ。天地の差はあるぞ」
「発明が趣味ですから」
 と言いながら、香澄はうどんをすくい上げる。
「先ほど貴方に好きなのかと尋ねられて、それほどではないと答えましたね。あれ、訂正しておきます。本当はあまり好きではありません。うどんとは病気療養食にもなりますよね? 私は昔から病弱で、母は毎日のようにうどんを作っていました。食べ飽きて、嫌いです」
「なら食うなって」
「習慣になってるんですね。それと、意地になっているんですよ。意味も何もないですけど、人間ってこんな詰まらないことを支えにしないと生きる気力さえ失われてしまいますからね」
 その意地に巻き込まれる者のことを考えて欲しい。
「でもな、草壁は絶対に嫌がってるぞ。アンタが意地を張るのは結構だが、料理のできない女ってのはマイナスだな。前時代的な考え方かもしれないが、男ってのは女の手料理が食べたいものだぞ」
「……涼二さんが?」
 香澄はポッと頬を赤らめた。
 ……おいおい。
 無表情というか冷徹。幽香と似ていると思っていたのだが、感情表現が苦手なだけらしい。十歳年上の女から惚気させられるのは勘弁して欲しい。
 と、その様子を咲夜がジッと見ていたのだった。
「私が手料理を作ったら、悠斗さんは喜んでくれますか?」
「その前に食べれる物を作れるようになれよ」
 咲夜は無言でキンピラをつまみ、半泣きになった。男が料理をできるなんてズルイということなのだろうが――本当に勘弁してくれ。







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