37:串刺処刑
朱色の拳に殴られ、緋芽の身体が宙に舞った。後方からの狙撃に徹していた咲夜が受け止める。あまりの衝撃に咲夜の体勢が崩れ、二人とも地面に転がった。
「おのれ!」
アリスは三つ又の槍、トライデントを形成してアレクに突き出した。
だが、アレクは左手で裏拳を放って槍を粉々に砕いてしまう。その左手を覆い隠すように展開した血液は、まったくの無傷だった。
「……どうして?」
以前、アリスが兄と戦ったときは二人の武器は互角であった。アリスの矛はクロードの盾を貫かなかったし、クロードの矛はアリスの盾を貫かなかった。矛盾の話の最後は商人が黙り込むだけだったが、その先は矛と盾の破壊なのではないか――と思えるような戦局だった。
真紅の鎧をまとったアレクは侮蔑の笑みを浮かべる。
「それすら分からない者に、『血液水晶』を継承する資格はない!」
アリスは答えられなかった。アレクの言葉は間違っていない。自分の魔法すら使いこなせないのに、何が次期当主だ。
しかし、キリングゲートの一族で『血液水晶』をこのように使う者なんて見たことがなかった。
「どう言うことだ!? そんなもの、見たことも聞いたこともないぞ!?」
「……当たり前だ。私自身、この魔法の奥義に至ったのは最近のことだからな」
アレクの拳がアリスに迫る。
『楽、赤龍!』
それを阻止する緋芽の陰陽術がアレクに襲いかかった。しかしアレクは火炎球を一瞥、取るに足らないものとばかりに盛大に無視する。
「アリス!」
緋芽の叫び声は届かない。アレクの拳がアリスの腹部を貫いた。
火炎球がアレクに直撃、しかしアレクは微動だにしない。不敵に微笑み、アリスの腹部から右腕を引き抜いた。
「アリスさん!」
咲夜が悲鳴を上げる。速度に長ける壱式の『夜燕』を放つが、それすら防御することなく防がれてしまう。幽香の炎を突き抜けてきたのだ。生半可な威力ではまったく意味がなかった。
「ごふっ」
アリスが口から血を吐き出し、地面に膝を付いた。
歓喜の笑み。それがアレクの表情に浮かんでいる。
「ようやく、私の悲願が成るのだ! 何度この娘に邪魔をされたことか! しかし、これでようやく、キリングゲート家が手に入る!」
「貴様!」
緋芽が魔法を放つ。青色のレーザーが鎧兜に弾かれる。
そして、あと五歩のところまでアレクが迫っていた。咄嗟に幽香が火柱を発生させ、三人はその中に撤退する。
「無駄だ!」
しかし、それすらあの鎧には意味を成さないと言うのか。
アレクは火柱に右手を突っ込んだ。
「……待ちなよ」
「――っ、何者だ!?」
アレクは新たな乱入者の声に、弾かれたように振り返る。
背後では金髪碧眼の少年が妹を介抱していた。
アリスの傷口の血液が凝固している。『血液水晶』で止血したのだとアレクが気付くのに、さほど時間はかからなかった。
大空から支倉沙希が舞い降りる。
「ありがとうございます、先輩。運搬係に使ってしまって」
「妹さんのことは任せて。私が病院に連れて行くから」
「……お願いします」
クロードは小ぶりのナイフを手にしていた。
アリスの血液から作り出したナイフである。
†
昼休みを知らせるチャイムが鳴り、半数以上の生徒が食堂に向かう。クロードは鞄から弁当箱を取り出した。同じクラスの茜崎克己が声をかけようとしたところで、教師に呼び出されている。
川崎美野里だった。
クロードは溜息を吐く。
「……ご愁傷様」
友人の不幸に苦笑し、クロードは弁当を片手に屋上に向かった。
悠斗がいないので、どうも気が締まらない。クラスは別なのだが、自分にはあれほど気が許せる友人はいないのではないか――と思う。そんなことをあの友人に言ったら鼻で笑われそうだが。
屋上のドアを開け放つ。耳に心地良い金属音、そして全身に吹き付ける風。
「支倉……先輩?」
唖然とするクロードの声に、支倉沙希は優雅に微笑んだ。
「久しぶり――じゃないわね。まだ半月も経ってないし」
「そうですね」
思わず、胸が高鳴った。予想外の事態に混乱するクロード。
そんな矢先、沙希はこう言い出したのである。
「じゃ、行こうか」
「は?」
質問も反論も抵抗もすべて空しく、クロードの手は沙希の手に繋がれた。
直後、二人の身体が宙に浮き上がる。どんどんと地上から離れ、やがてグランドにいる人々の姿が黒い点にしか見えなくなった。あまり上がりすぎると酸素が薄くなるので、加減が難しいらしい。
『空飛死鳥』
それは重力無効化の魔法だ。重力の束縛から解放された物体は、高速で回転運動している地球から吹き飛ばされる。よって、完全に無効化する訳ではない。しかし宙に浮き上がる程度ならお手の物なのだ。
沙希は折り畳み傘を広げた。
「って、どこに行くんですか!?」
「まあ、それは着いてからのお楽しみってことで」
「ぼ、僕はこれから授業があるんですよ!? 昼食だってまだですし!!」
「あー、私に掴まってないと危ないわよ。しがみ付いた方が良いんじゃない?」
言うが直後、沙希は風属性の魔術を使用した。突風が折り畳み傘に直撃し、重量が風船並みに減じていた二人の身体が吹き飛ばされる。
「こ、これ……! 時速100kmぐらい出てないですかねっ!?」
「うーん、多分200か300は出てるんじゃない?」
そして、二人は悠斗たちが宿泊している温泉旅館まで辿り着いたのである。
†
クロードはナイフを逆手に構えた。
二人の戦いは、音もなく始まった。朱色鎧の青年は鉄壁の守りを持つためか、余裕を崩さない。アレクの大柄な巨体に反し、ほとんど丸腰のクロードはちっぽけに見えた。
よってアレク・キリングゲートも勝負にならない――と思っていた。
光の矢と化した拳を、クロードはそのナイフで受け止めたのである。
「―――っ!」
アリスの武器は破壊された。クロードが操るのはアリスの血液から生成した武器である。しかし、アレクの拳と同様に、かすり傷ひとつ負っていない。
「『血液水晶』の本当の使い方、見せてあげるよ」
奇しくもアレクと同じ言葉を吐き、クロードはナイフを構えなおした。
そもそも『血液水晶』とは、赤血球96%、白血球3%、血小板1%で構成される液体と、血漿成分――水分96%、血漿蛋白質4%、そのほか微量の脂肪、糖、無機塩類で構成される血液を操る魔法である。
その本質は流動操作、状態操作、物体強化にある。つまり血液を物理法則に反して動かし、自由に液体から個体へと変化させ、なおかつその血液を鋼鉄並みの強度まで強化する。
しかし、それに甘んじていては『血液水晶』も宝の持ち腐れ。
「血液に含まれる血球成分と血漿成分の比率は45:55。若干血漿の方が多い訳だけど、面倒だから半分ずつと考えてみよう。血漿成分の大半が水分だから、血液の半分は水ということになる」
「―――っ、それぐらい私でも知っている!」
アレクが拳を打ち込む。迎え撃つは刃渡り20センチのナイフ。
「つまり、より強い武器を作るなら血漿成分は必要ないってことさ。血球成分内の赤血球は鉄分とヘモグロビン。強化するなら水よりも鉄だよね。ちなみに――」
クロードのナイフが真紅から漆黒に変化した。
「その鎧、かなり脆弱なんだけど分かってる?」
「なっ!」
拳を弾き返したナイフは無傷。しかし、アレクの拳を包み込んでいた血液は粉々に砕け散った。アレクの拳も血漿成分を除外し、鋼鉄以上の強度を持ち合わせていた武器である。
「分かってないよね、そんな色をしているんだから」
クロードはナイフを順手に返し、砕け散った拳に振り下ろした。
刃先が人差指と中指の間から肘に通り抜ける。
「ぐああああああああああ!」
いつものクロードでないことは誰の目にも明らかだった。普段の彼はこれほど淡々と退屈そうに、後遺症の残る怪我をさせるような少年には見えないのである。虫も殺せないような――とは言えないが、穏やかな波のような性格なのだ。
「血液が赤いのは鉄と酸素が結合して、酸化鉄になっているからだよ。なら、邪魔なのは血漿だけではなく酸素ってことになるよね。さらに言わせてもらうと、丈夫な鋼鉄は少量の炭素が含まれているんだ。炭素鋼って知ってる? ピアノ線も炭素鋼なんだよ」
「……クロード・キリングゲート」
「なにかな?」
「その力、そのお前の力は何なんだッ!?」
アレクは引き絞るように話した。両目が血走り、溢れる憎悪が少年に向けられる。
「紛い物の魔法で満足している君には分からないよね」
君だけじゃなくて、当主以外は全員紛い物なんだけどね――とクロードは語る。
「ま、紛い物? この私が?」
「なんだよその鎧、全身を覆い隠してみっともない。部屋で怯えているガキの方がまだマシだ。で、ちょっと他人より強くなったから主殺しに踏み切る訳か?」
「だ、黙れ! 私を愚弄するとは――」
「君こそ、黙りなよ」
クロードは吐き捨て、ナイフを投擲した。
「―――ぐッ!」
刃先がアレクの左肩にめり込み、ナイフが液体化して傷口に流れ込む。
そしてクロードは踵を返した。緋芽と咲夜が無意識に距離を取った。
「止めは刺さぬのか?」
「いいえ、刺しましたよ」
緋芽が怪訝にアレクに目を向ける。長身の偉丈夫はガクガクと震えていた。股下から液体が零れ落ち、地面に水溜りを作っている。
あれほどの人物がいきなりどうしたと言うのだ。この怯えようは尋常ではない。
「見たことがあるようだね。そう、父さんが裏切り者を始末するときに使っている」
「待て、やめてくれ! もうお前に手を出さない! 妹にもだ!」
「これからのことなんて関係ないよ。あるのは君が造反したという事実だけじゃないか。だから、反省する必要はない。好きなだけ怯えてくれ」
振り返らず言い放つ。
『串刺し公の処刑』
「いやだああああああああああ!! やめろおおおおおおお!!」
アレクは泣いていた。目から鼻から水を垂れ流して懇願する。
クロードは右手を持ち上げ、指をパチンと弾いた。
――瞬間、アレクの身体が破裂した。
吹き上がった血液がシャワーとなって大地を潤す。きつい血臭にすでに真っ青になっていた緋芽たちはさらに眉をしかめた。
唯一、幽香だけが普段と変わらず無表情である。
「クロードは……悠斗の友達? それともキリングゲートの次期当主?」
「あの一家からは勘当されたような身分だよ。悠斗と喧嘩をした記憶もないね」
「……それなら良い」
そこにいたのは、気弱そうな少年だった。
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