LastDarkness(33/68)縦書き表示RDF


LastDarkness
作:風美



32:傀儡師


 ゆらゆらと黒煙が立ち上っていた。姫川咲夜は黙々と魚を焼いている。その焼き加減が最悪で、もう見ていられなかったのだ。
「お前、料理したことないだろ」
「どうして分かったんですか?」
 キョトン、と……目を瞬かせる咲夜。
 こちらは早朝から異臭を嗅がされて慌てて飛び起きたと言うのに、暢気というか平和というか、とにかく変わった女だ。
「つーか、いきなり焼き魚とはハードルが高くないか? 最初は卵からだろ」
「洋食ですか? そちらの方が難しいと思うのですが……」
「卵だから洋食ってのはどうよ?」
 悠斗は欠伸を堪えながら魚の残骸を処分して、冷蔵庫の中身を点検した。姫川神社の離れは、それほど損傷が多くないので調理器具の類は揃っている。材料も咲夜が買い込んだのだろう。三日分はある。
「カップ麺で十分だと思うんだけどな……。まあ、仕方ないか。大人数でインスタント食品を食うのは、かなり不気味な光景になりそうだ」
「料理、できるんですか?」
「できないことはない――ってレベルだが」
「……むぅ」
 咲夜は頬を膨らませる。
 悠斗はその間にフライパンにハムを落として卵を割り、目玉焼きを量産した。これと白米だけでは不十分だろう。サラダを用意するにしても、あと一品、何かが欲しいところだ。
「大根でも煮込むか。時間がかかるんだよな……」
「悠斗さん、ずるいです!」
「は? なんだよ?」
 見ると、咲夜は涙目になっている。
「男の人が料理をするなんて、間違ってます! 女の人が作ったご飯を、黙って食べていれば良いんです! 私が焼いた魚が食べれないって言うんですか!」
「いや、そんな無茶苦茶な……」
 あんな炭素の塊、どうやって口に入れろと言うのか。
「それに、お前は家に帰らないで良いのか?」
 一家全員が行方不明になって、それから咲夜がどうやって生活してきたのか、悠斗はまだ聞いていない。おそらく、親戚などに引き取られているのだろう。悠斗はそう考えていた。
 今ならまだ間に合う。これ以上、悠斗と一緒にいるとその運命を引きずってしまいそうだった。だからこそ、このまま一緒にいるべきではない。いっそのこと、拒絶してしまえばどれだけ楽になれるだろう。
「私は……、帰りません」
「いや、だからな……」
 突き放したかった。
「私はずっと、空っぽでした。あの事件で姫川咲夜は死んで、死体になって日々を浪費していました。その私を引っ張り上げたのが貴方です」
「俺は何もしてない」
「いいえ!」
 だから、その意思の篭った瞳で見詰められるのが苦しかった。
「同じ苦しみを共有した人。貴方なら私の空洞を埋めてくれる。そう思えるのです」
 買いかぶりすぎだ。だが、悠斗は笑わずにはいられなかった。
 どうしてこう、自分の回りには馬鹿正直なほど良い奴ばかりが集まってくるのか。
 悠斗は大鍋に大根と人参、牛蒡と春菊を放り込んで、醤油と味醂をぶちまけて、鍋に蓋をした。会話にも蓋をかけた。完成するまでもう一度、寝ることにしよう。そして、考えをまとめることにしよう。
「俺の許可なく死ぬな。それさえ守れるなら、後は好きにしろ……」
 これで、また一つ、背負ってしまった。
 また、死ねない理由が出来てしまった。


    †


 沿岸部のコンビナート、その一角に廃工場がある。かつては高度成長期の流れに乗って、鉄工業が大いに栄えた地域にある――残骸だ。今では麻薬の製造工場が乱立し、そのすべてを魔術カルテルの構成員たちが守っている。
 麻薬取締警察、厚生省の麻薬捜査官、その何れも踏み込めない空間である。
 その入り口に、百人の魔術師たちが清冽していた。全員が銀色に輝く西洋鎧を帯びている。両手で長大な槍を支え、密集した布陣を形成している。
 魔法庁の正規兵(表向きの戦力)だった。
 魔法を保護し、魔術による犯罪を防止する。本来はそのような平和的な業務を請け負っているが、すべての者が対話に応じることはない。中には全力で抵抗する者たちも存在する。
 それらを殲滅する――聖なる騎士たちである。
「……愚かな」
 聖騎士たちを、工場の屋根から見下ろしている者がいた。
 銀メッシュの髪、白いシェードで両目を隠し、白コートを羽織っている。両手には白金の手甲ガントレットを装着し、底の厚い軍用ブーツを履いていた。ブーツは特注で、やはり白色にカラーリングされている。

 ――倉渕祐作。

 元国立魔術アカデミー生徒会執行部部長。
 現在は魔術カルテルの幹部である。

「ねえ、愚かですよね?」
 祐作は片手で携帯を保持していた。
「彼らにとって僕たちは悪なのだそうです。では、彼らが善なのでしょうか。いいえ、断じて否。善の反対が悪だなんて、短絡的な考え方はこの際です。捨て去りましょう」
 屋根から飛び降りる。
 騎士たちの視線が集まった。
「善=悪なのです。彼らが善で、彼らが悪です。僕たちが悪で、僕たちが善なのです。善悪とはすべてを一まとめにしようという画期的なアイデアなのですよ。僕たちこそ、真の悪にして善なのです」
 祐作は携帯をポケットに仕舞った。騎士たちの背後から、三人の戦士が現れる。いずれも祐作と同年代。二人が少年、一人が少女である。
 祐作は右手を頭上に伸ばし、パチンと指を弾いた。
「幕を降ろせ、喜劇は終わった」
 それが合図だった。膠着が壊れ、騎士たちが槍を構えて突撃する。精鋭たちの密集隊形ファランクスが、祐作に迫る。背後の三人は、全身を貫かれていた。
 魔術的に強化された超重槍ホーリーランス。それはまさに必殺の武器。ひとたび貫かれれば、その傷から流れる血は止まらないという、魔法庁の切り札――『神殺槍ミストルテイン』である。重量からの立ち回りの難しさが難点だが、集団で攻撃の壁を形成するとき、それはいかなる魔法使いも制圧する最強の矛になる。
 ――すべてが詭弁だ。
 祐作は両の手を握り締め、空気を振り抜いた。
 空気の弾丸が、五人の騎士を喰らい殺す。「魔法か!」と身構える騎士たちに、祐作は大声を上げて笑いたくなった。これのどこが魔法だ。鍛え抜かれた肉体から生み出される、自然現象の一つなのに。
 武術には遠当てという技がある。先を見ずに鍛え続ければ、人間の身体はこれぐらいのことができる。魔法や魔術がなくとも、人間の身体を壊すのは容易いことなのである。
「ああ……。なんて脆いんだ」
 槍で貫かれた三人の戦士たちが、ゆっくりと立ち上がった。
 祐作の拳で粉砕された騎士たちが、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、もっと戦おう」
 祐作は両手を鳴らし、騎士たちに突撃した。

 この日、魔法庁の騎士たちが全滅。
 そのすべてが倉渕祐作の私兵に加えられた。

 ――『輪廻転生ネクロ・ファウスト』、倉渕祐作。

 その両腕は空気を打ち抜くためのものではなく――。
 人形を手に入れるためのものなのだ――。







ネット小説ラ ンキング>現代FTシリアス部門>「LastDarkness」に投票
ネット小説の人気投票です。投票して頂けると励みになります。(月一回)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう