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LastDarkness
作:風美



30:災厄の魔剣


 三人に囲まれてもなお、孤独なる神は余裕のある立ち振る舞いで一同を圧倒していた。上下左右、四方八方、どこにも隙が見付からないのである。しかも、迂闊に背を向けた瞬間、葬られる気がするのだ。
 最初に攻撃したのは一番未熟な咲夜だった。
「行きますっ! 『黒炎壱式、夜燕』」
 漆黒の弾丸が、邪神に放たれる。咲夜の形相は決死を通り越して悲壮感さえ漂っていた。悠斗がこうなってしまったことが、相当辛いようである。
 先に仕掛けられなかった緋芽と草薙は己を恥じた。
「まったく……。これは、私らしくないですね」
 草壁は自嘲して、鋼鉄の左腕を振り抜いた。
 左の魔剣『スルトの魔剣レーヴァテイン』が、遠距離から爆風を発生させる。疾風と灼熱の巨塊が咆哮を上げて悠斗に襲いかかる。
 邪神は二方向からの攻撃に、左右の目を走らせた。その背中に五色の光線が肉薄する。光の速さ、299,792,458 m/s で突き刺さる光線は、視認した瞬間に直撃する。すなわち、腕や目線などを読み取って攻撃の方向を予測できなければ喰らってしまうのである。
「吾も続く! 一気に畳みかけるぞ!」
 邪神は背中の傷を即座に修復しながら、迫りくる二つの攻撃を迎撃する。
『死守せよ、嫉妬の王レヴィアタン
 霧散させないところから、余裕が失せたことが分かった。緋芽は草壁に目配せする。以心伝心とは言わないが、意思は伝わったのか草壁は白兵戦に転じた。
「ここで一つ、私の狂言に付き合って貰いますよ」
『跳躍せよ、色欲の――』
「逃がしません」
「――ッ! おのれ!」
 草壁の左の剣が、詠唱する暇を与えない。
「現代において、将棋の棋士ほど不幸なものはないそうです。時代が戦国の世なら、その頭脳を生かして天下さえ左右できたはずなのに、毎日毎日退屈な模擬戦ばかりさせられる。仮想の戦場で名人という仮初めの最強を奪い合っているのですよ」
 朽葉悠斗の頭脳こそ、現代の戦場で生かされるために与えられたものだろう。彼が魔術の世界を知らなければ、その頭脳はいつまでも腐っていたはずだ。だからこそ、活躍の場を与えられた頭脳は輝かしい。
 その輝きを奪っているのが、目の前の存在である。
「知らぬ! そのような戯言、聞く耳は持たぬ!」
 左の剣が振り下ろされる。直感的に危機を覚えた邪神は大きく後退して回避しようとした。
 そこを、咲夜の魔術が追撃する。
『黒炎弐式、黒死蝶』
 数匹の蝶々が邪神の身体に触れた瞬間、連鎖的に爆発した。
「戯言を弄していたのは貴方の方ですよ。朽葉悠斗はずっと、貴方のことを恐れていました。なのに、逃げれば命までは取らないですか? そして、現在貴方は私たちのことを殺そうとしている。言行一致していないのですよ」
 草壁が鋭く踏み込み、左腕の魔剣、『アールヴの魔剣ティルフィング』が放たれる。
 その左腕は触れた物質を零下273,15度まで低下させる性質がある。
 邪神は冷徹な表情を怒りに震わせ、高々と叫んだ。
「何たる恥辱! 何たる不遜! この上、うぬらごときに我が秘法を見せねばならぬのか!」

 瞬間、世界が裏返った。

 空間が崩壊し、視界に亀裂が入る。天地落雷、大空から稲妻が降り注ぎ、大地が隆起し溶岩が噴出した。そして、邪神の目の前に、巨大な亀裂が生じた。
 邪神は空間の亀裂に片腕を突っ込み、おもむろに引き抜いた。
 現れたのは禍々しい剣である。両刃の直刀で、西洋剣のようだった。
 だが、決定的に違うのは色合いである。血塗れた真紅の西洋剣で、鈍い光沢を放っている。触れれば斬れそうという次元ではなく、触れれば存在ごと否定されそうな、禍々しい剣だった。
「あれ……は……」
「知っているのですか?」
 喉からあえぎ声を出した緋芽に、草壁が問いかける。
「あれは……越王勾践が作らせた、八振の剣の一つ。しかし、だが……なぜ、ここに滅魂が……」
「我が秘剣『滅魂―紅覇―』。その効果の恐るべきは、触れた者の魂を消滅させるところ。斬られれば、それが致命傷ではなくとも死に至る」
 邪神は剣を青眼に構えた。
 三人は同時に後退した。
「そして、我が魔法は『刃桜繚乱じんおうりょうらん』」
 圧倒される。ただの剣一つを見せられただけなのに。
 さらにこの上、魔法が出てくるのである。
 邪神は歩くような速さで草壁に踏み込んだ。鋭さが足りなかったので、咄嗟にどうすれば良いのか草壁は判断に迷わされる。防御のために右腕の義手を持ち上げると同時、真紅の魔剣が斬りつけられた。
 鋼鉄を切り裂き、肘の辺りまで刃が通り抜ける。
 切れ味に驚くきながら、しかし、それだけではないことに草壁は肌があわ立っていた。手首から肘までの部分がズタズタに切り刻まれているのだ。
 ……これが生身なら死んでいた。
「―――っ、逃げろ!」
 緋芽は無為の内に、叫んでいた。こんな化物には敵わない。一度でも斬られれば、そこで終わりだなんて、これ以上ない八百長試合だ。
「緋芽さん、危ない!」
 悲鳴を上げた咲夜が見ていたのは、彼女に接近する真紅の刃だった。
 いつの間に、空間跳躍の魔術を使ったのだろう。草壁を追撃せず、相手を斬りかえるなんて、完全にこちらの予想を裏切っている。まさか、このタイミングで緋芽に襲いかかるとは――。
『黒炎肆式、影麒麟』
 咄嗟に働いた咲夜の機転が、数秒だけ緋芽を救った。
 漆黒の麒麟が、斬撃の被害者になる。その間に、緋芽は二十メートルの距離を稼ぐ。草壁が遠距離から左腕の砲撃を打ち放ち、邪神がそれを斬り払う。それでさらに二秒、時間が出来た。
 ――これを、いつまで続ければ良いのだ。
 先の見えない戦い。先にこちら側が絶望するのは明らかだった。
『黒炎参式、闇朱雀』
『怨、黄龍!』
 二人の魔術。光を拒絶する凶鳥朱雀が羽ばたき、地響が起こって石柱が突き出した。上下からの挟撃。しかし、悠斗の姿をした怪物は、たった一つの魔術で戦局を玩ぶ。
『叛乱せよ、貪欲の王アマイモン
 朱雀が転進し、咲夜のところまで撤退する。もちろん、ただ戻ってきた訳ではない。主人を裏切り、手打ちにせんと凶鳥は襲いかかる。
 緋芽のところにも、同様の現象が起こっていた。足元が隆起し、石柱が突き出して着物を裂いた。何とか回避できたのは、あの魔術を見るのが二度目だったからである。
「どうするのだ! これでは万策尽きたと言っているようなものではないか!」
「事実、尽きてるでしょう。起死回生の一手があるなら、教えてもらいたいところですねぇ!?」
 緋芽と草壁の苛立ったやり取りを完全に無視した邪神は、剣を横に寝かせた。
 見たところ『刃桜繚乱』は斬った空間の周囲をミキサーにかけるようなものなのだろう。しかし、効果範囲がイマイチ分からない。草壁の片腕を見るに、最低でも半径五十センチ以内で剣を振られた時点でゲームオーバーのようだった。『滅魂』の剣がなくとも、十分恐ろしい魔法である。
「おい、小娘! 貴様の魔法はどうなっている!?」
「……支配権は、火之迦具土に握られているみたいです。人格を放棄するなら、何とかなるかもしれませんが」
「怪物同士を争わせて、で残った奴とまた戦えと?」
「……いえ、そんなつもりでは」
 緋芽は舌打ちし、邪神と向き合った。そもそも、あの穢れた神は何者なのだろうか。古代中国の秘剣を使っていることから、日本神話の一角を担っていることすら怪しいのだが、もしかすると海外の神なのかもしれない。
 どちらにせよ、絶対絶命だったが。
「でも、手がない訳ではありませんよ」
「……………………本当か?」
 唐突な咲夜の言に、緋芽は胡散臭げな顔をした。
 魔術師としても魔法使いとしても究極に達していて、どんな傷でも自己治癒が働き、神話屈指の魔剣を所有している。これほどの神をそう簡単にどうにかできるなら、緋芽は神の名を返上しても良かった。
「私も自信はありませんが、試してみる価値はあるかと……」
「なら、賭けてみるか」
「いえ、賭けるほどのものではありません」
 咲夜は首を傾げる緋芽に微笑み、邪神と向き合った。
 その整った唇から、祝詞のように言葉が紡がれる。
「古来より、怒れる神には生贄が捧げられました。天変地異を起こし民を困らせている神々を、ただの一人の人間が命を賭して説得することで、その矛を収めさせることができました。ただの人間と侮ることなかれ。私たちでも決意と覚悟次第で巨石に等しい神を動かせるのです」
「まさか――お主は!」
 咲夜は振り返らない。ただ、邪神を相手に微笑んでいるだけだ。
「ここで、私が貴方様に命を捧げればその矛を収めて頂けますか?」
「………………」
 朽葉悠斗の表情が静かなる怒りから無表情に移行する。
 考え込んでいるようだった。
「我を神と、生贄を捧げる価値のある神と申すのか?」
「……貴方は神としてさえも認められなかったのですね?」
「ああ。捨てられた流浪の神、蛭子とは我のことよ」
 緋芽は活目した。火之迦具土のことを弟神と言っていたが、まさしくそれは真実だったのだ。神生みの最初に生まれ、島流しにされた神々を最も憎悪するべき病弱なる神である。
「我が出来損ないとされた理由に、生まれた瞬間から穢れていたことにある。それも当然、あの二人の親神は交合の仕方を間違ったのだ。正乗位で交わるべきところを、後ろから獣のように交わったのよ。当然、マトモな神などは生まれぬかな」
「哀れな。ならば、私が命を捧げましょう」
「意味のないこと。我はすでに邪神。今さら生贄の一人や二人では収まり切らぬ。百を殺し、千を殺し、万を殺す。それが我なのだ。それ以外のことなど、何一つ関心がない」
「でも、試してみる価値はないでしょうか?」
 咲夜は両目を閉じた。その手には、最初の戦いで悠斗が使っていた小刀が握られている。切っ先が心臓に向けられ、なお咲夜は笑みを浮かべていた。
 邪神が自害させるつもりもないとばかりに剣を振りかぶる。
 緋芽が我を取り戻し、魔法を発動しようとした。

 しかし、剣は振り下ろされ――。

 1万度の灼熱が、邪神を包囲した。

「また殺すの?」
 元々色素が薄かった、茶色いセミロングの髪が爆風に揺れる。
 相変わらずの無表情。奥底では悲しんでいても、誰にも理解されない炎の少女。
 中島幽香が朽葉悠斗を抱きしめた。
「瑠璃のときみたいに人間としての尊厳も与えずに殺すの?」
「……あ」
 邪神が両手を振って、振り払おうとした。だが、幽香は離さない。
「また、悠斗の所為で誰かが死んじゃうんだよ?」
「……あ、……ああ」
 段々と振り払う力が弱まっていく。
「何なら私から殺してみる?」
 ビクリ、と悠斗の身体が痙攣した。

「――っ、まさか。冗談は休み休み言え」
「なっ、我が宿主! まだ半月は寝ているはずであろう!」
「黙れヒル野郎。いい加減、その喋り方はウザイんだよ」
 奇妙な現象だった。
 一つの口で、違った声が言い争いをしているのである。
 緋芽は絶望していた目を輝かせた。
「悠斗! まさか……本当に、悠斗なのか!?」
 悠斗は苦笑した。それまでの、嫌味たらしい嘲笑とは異なる。
「人をお化けのように言うなよ。まあ、似たようなものか。それよりも――」
「分からぬ、分からぬ!! 分からぬ分からぬ分からぬ!!! どうして貴様が目を覚ます!? どうして余裕のある顔をする!? まだ、身体の主導権の大半を我が握っているのだぞ」
「あ〜……そうみたいだな。手足が動かねえ」
 最後の抵抗とばかりに喚き出した邪神に、悠斗は舌打ちして吐き捨てる。
「幽香、お前は黙って見てろよ。お前ほど手加減が下手な奴はいないからな。俺ごと滅ぼされたら洒落にならん」
「うん」
 幽香は頷き、数歩後退した。
「おい、草壁。そのぶっ壊れた左腕はまだ使えるのか?」
「殴り合いは出来ませんが、絶対零度は作れるみたいですよ」
「なら緋芽、俺に黒龍を使え」
 言われた瞬間、緋芽は無意識に身体が動いていた。
『哀、黒龍』
 それほど自分が浮かれていたのかと、思う暇さえなかった。悠斗を攻撃することすら意識から離れていた。ただ、ひたすら歓喜していたのだ。
 青く澄んだ水流が悠斗に襲いかかる。
『叛乱せよ、貪欲の王アマイモン
「草壁、凍らせろ」
「了解しました」
 一瞬で、高度な駆け引きが行われた。悠斗の周囲に触れる直前、水の支配権を奪う邪神の魔術が凍り漬けにされて不発に終わる。
「咲夜、参式を氷に撃て」
「はいっ! 『黒炎参式、闇朱雀』」
 漆黒の朱雀が氷壁を打ち砕く。粉々に砕かれ破片と化し、周囲に飛び散った。
「緋芽、魔法を頼む」
「ああっ、行くぞ!」
 緋芽が両手を構え、五色の光線を打ち出した。氷が鏡面反射を起こし、光が幾筋にも分散する。そのすべてを防ぐことは、邪神でも難しかった。
「ぐっ、ああああああああああああ!!!」
「草壁、爆炎を放て。咲夜、影麒麟を突撃させろ」
 二人が指示に従い、氷の塊に火炎を同時に打ち込む。
 氷が一瞬で蒸発し、水蒸気と化す。水が極度に熱量を持った物質と接触するとき、水蒸気爆発が発生する。衝撃波が周囲をなぎ払い、悠斗の身体を吹き飛ばした。全身が骨折。しかし神の力で治癒が始まる。
「お、おい! 我が宿主! 貴様は我ごと己自身を葬り去るつもりなのか!?」
「そのつもりなんだが、それがどうしたんだ? まさか今頃、心中したくないと叫びだすのか? 神ってのはそれほど情けない存在だったんだな」
 悠斗の挑発する声に、悠斗自身が真っ青になる。
 今までの善戦が、悠斗の戦略が加わっただけでこうも劣勢に貶められたのである。心中するつもりでも、そうでなくても、このまま戦って勝てる相手ではないことは明白だった。
「わ、分かった! 今回だけは我の敗北にしておく。だから、自殺しようとは思わないことだ!」
「おやおや、良いのか? 折角死ねる機会なんだ。神ってのは不死身で不便だと思っていたんだが、俺の勘違いか?」
「黙れ、戯言を弄すな! 我はもう寝る! しかし良いか!? 貴様がまた落ちそうになっていれば、その身体を貰い受けるからな!」
 悠斗は「ああ、勝手にしろ」と呟いた。もう、身体は自由に動いた。
 しかし、全身の骨折が完全には癒えていない。
「悠斗!」
「悠斗さん!」
「悠斗悠斗悠斗悠斗、ああ、悠斗だ!」
「たしかに悠斗さんなんですけど……」
「悠斗! この馬鹿者めが! どれだけ心配させれば気が済むのだ!」
 駆け寄る二人に、皮肉っぽく笑い返した。それが、悠斗らしい笑みなのだ。







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