02:魔術師の戦い方
新入生を倒せという課題があるなら。
上級生を倒せ――なんて課題もある。
校門で綾香と分かれた悠斗は、クラス表を確認してから隠れ場所を探した。帰宅したいのは山々だが、上級生は規定の時間まで校内に留まらなければならない。中には『○○(個人名)と協力して○○(個人名、大抵は教師の名前)を探し出せ』のような課題もあるので、新入生のすべてが敵ではないのだが。
……今年こそは平和な日常を。
悠斗は頭痛に耐えながら図書室に入った。まさか、このような場所で暴れる馬鹿はいないだろう。貴重な魔導書を燃やしでもすれば、学園側が怒り狂うからだ。とりあえず、この場所なら奇襲は避けられる。
と考えていたのだが……。
図書室の入り口で魔導書を開いていた少女が、不敵に微笑んでいた。
「場所を変えないか?」
金髪に碧眼の西洋人である。それにしては体格が小さくて(特に胸囲が)小動物のようだった。西洋人のすべてが大柄というのは偏見なのだろう。
『図書室に入った者を、五人倒せ』
少女はふふんと鼻で笑った。
「ちなみに、もう三人倒しているぞ。この学校の生徒も大したことはないな」
少女の慢心が手に取るように分かる。
悠斗は苦笑するのを我慢し、屋上に足を運んだ。
吹き抜ける風が、春の陽気を感じさせる。
悠斗が振り返ると、少女はもう臨戦態勢に入っていた。
「アリス・キリングゲート。キリングゲートファミリーの長女だ」
「……なるほど」
――クロードの妹ってことか。
二日酔いのために朝食を残していた金髪碧眼の少年を思い出し、悠斗はまたも苦笑する。それが感に触ったのか、アリスはむっと眉をひそめた。
「子どもだと思って侮るなよ。キリングゲートの血系魔法は――」
「『血液水晶』だろ?」
「―――!」
両目を見開いたアリスは一歩退いた。心理的に揺さぶりをかける単純な手法に、こうも簡単に引っかかってくれるとはアリスも人が良い。
「どうしてそれを!」
「ドイツの魔術カルテルを牛耳っているキリングゲート家には、代々受け継がれた魔法がある。血液の流動操作、個体と液体の状態操作、個体にした血液に金属並みの強度を与える物体強化を付与する血系魔法。中々強力な魔法だよな」
「うるさいッ! もう黙れ!」
「黙ったまま魔術が使えるなら黙ってやるさ」
「――もう良い! 行くぞ!」
「せっかちだな」
『打ち砕け、水龍の尾!』
悠斗は上方から襲い掛かってくる圧力に、軽くステップして避けた。直後、先ほどまでの立ち位置に濁流が降り注ぎ、コンクリートの地面が砕け散る。
「まあ、落ち着けよ。話は最後まで聞くものだ」
「うるさい、黙れ! 私を動揺させようとしても無駄だぞ!」
……こんなもので十分か。
悠斗はそれまで浮かべていた不敵な苦笑をかき消した。
『鍛えろ、練金の力』
足元に落ちているコンクリート片を掴み取る。先ほどアリスの魔術で砕かれたものだ。
『刺され、水龍の牙!』
降り注いだ液体が、一本の槍になって悠斗の心臓を狙う。直撃すれば死んでしまうほどの一撃だった。
しかし、悠斗はコンクリート片で水の槍を受け止めた。
「容赦のない攻撃だ。だが、問題はない」
「馬鹿な! ただの物体強化だと!?」
「どんな魔術も使いどころさえ誤らなければ役に立つものだぞ。これは覚えておくと良い」
厚さ三十センチの鉄板をも貫いてしまう魔術だが、使いどころを間違っている。アリスが冷静だったなら、一本の槍ではなく数本の矢を放っていたはずだ。
「まあ見てみろよ。『鍛えろ、練金の力』」
砕け散って手の中に残ったコンクリート片は、小粒なものが五つ。そのすべてに物体強化を行き渡らせる。
「またそれか! 芸のない奴だな!」
「そんな考え方だから、大技ばかりに頼ってしまうんだ」
一発の大技よりも十発の小技の方が役に立つと言うのが悠斗の自論だった。人間相手には大口径の輪胴式拳銃よりも、装弾数の多い自動拳銃の方が実用的である。それと同じだけだ。
『爆ぜよ、破砕の力』
「っく、『塞げ、水龍の鱗』」
悠斗が投擲したコンクリート片に、アリスは咄嗟に防御のための魔術を使う。
アリスの足元から水流が吹き上げ、それに衝突したコンクリート片が爆発する。だが、アリスのところまでは届かない。
「ふっ、どうだ。これが実力の――なっ!」
水流が消え去った瞬間に、さらに一つのコンクリート片がアリスへ飛来する。
「余所見してると怪我するぞ……って、もう遅いか」
ただ単純に、投擲のタイミングをずらしただけだ。しかし、コンクリート片は防御をすり抜けてアリスに直撃した。
†
魔術を誰から教わったのか――
そう訊ねると、帰ってくる答えは様々だ。『お父さん』『お母さん』『親父』『オカン』『お爺ちゃん』『お婆ちゃん』『くそ爺』『くそ婆あ』『叔父さん』『叔母さん』etc...
つまり、その大半が身内なのである。
その原因に、血系魔法というものがある。それは代々その家に継承されていく魔法で、魔術とはまったく異なったものだ。
そもそも、魔術と魔法はどう違うのか。
それを説明するのに、言葉はあまり必要ない。
魔術は努力によって習得することができるが、魔法を持っているかどうかは生まれたときに決まる。魔術には詠唱が必要だが、魔法には詠唱が必要ない。
この程度の違いしかない。
話を戻そう。
魔法使いは魔術師である。血で継承される魔法を守るために、魔術を覚えていると言っても過言ではない。魔法使いの一家に生まれた者は、生まれたときから魔術の英才教育がスタートする。
だから、魔術の指導者は身内なのである。
百合原綾香は吹き飛ばされる少年に、哀れみの視線を送った。
「……強すぎ……る」
――いいえ、それは貴方が弱すぎるのよ。
「でも、ごめんなさい」
血反吐を吐いて倒れる新入生の少年に、心の中で重ねて謝罪する。同じクラスになったら嫌だな、と思いつつ周囲を見回すと、見物していた野次馬たちが弾かれたように後ずさった。
「……これで八人目」
「じゃあ俺が九人目になろうか? でも、俺はさっきまでの奴らとはちが――」
そう言った少年は、その言葉通り吹き飛ばされて地面に突っ伏した。
「……これで九人目」
「って、おいおい。どうやって攻撃したんだよ?」
背後で見物していた――たしか茜崎といった少年が口を挟む。
「詠唱なしってことは、魔法か?」
「ええ、その通りです。でも、トリックの内容は教えられませんからね」
綾香はふっと微笑んだ。茜崎は笑みを引きつらせる。
場所は校門からそう離れたところではない。校舎と校門の中間地点といったところだ。
『新入生とのエンカウント率が高いからここがお勧めだにゃー』との茜崎のアドバイスに従ったのだが、十分で九人を倒せたことからその言葉は間違いではなかったようだ。
「でもまあ、あいつならどんな魔法でも見破ってくれるけどにゃー」
動揺したことをひた隠しにして、ふざけたように笑う金髪の少年。
――あいつ?
綾香は内心の動揺と若干の好奇心を悟られないようにしながら、通りすがりの新入生に視線を集中させた。
「……十人目」
「うおおっ! もうちょうど折り返し地点なんだにゃー!」
茜崎が飛び上がる。その肩に手が置かれた。
朽葉悠斗だ。肩に担いでいた金髪の少女を茜崎に乱暴に投げ渡すと、周囲を見回して肩をすくめた。
「ちょ、この女の子は何者ですか!?」
「負傷者の治療は生徒会の仕事だろ?」
「もしかしてこの女の子と戦ったの?」
「……………まあな」
悠斗は茜崎から視線を外した。
「それにしても、中々頑張ってるみたいだな。死屍累々とはこのことか」
「そうなんだな。それも魔法で一撃必殺……いや、一撃一殺なんだぜよ?」
「……ふむ」
顎に手を当てて面白そうに笑う悠斗に、なぜだか綾香は苛立ちを感じた。侮られている、そう思ったのだ。
百合原家の血系魔法は本来長男に受け継がれるはずのものだった。それを受け継いでしまった長女は、いつも分不相応だと言われ続けてきた。
――いいでしょう。
それなら見せてやる。自分がただの魔法使いではないことを。
「そこの貴方、少しよろしいですか?」
「んっ、俺?」
呼び止められた少年は、立ち止まって周囲を見回した。綾香は両目を細めて視線を手中する。
「何か用……って、うわぁ!」
「……十一人目」
何が起こったのかも分からず吹き飛ばされ、ガクリと倒れる少年。生徒会の助っ人が担架で少年を運び出す。
その様子を見ていた悠斗が、ボソリと呟いた。
「なるほどな」
興味を失ったように踵を返す。
「……えっ?」
綾香は困惑した。驚愕もせず、恐怖もしない。
ただこの場所から立ち去る動きに、綾香は訳が分からなくなった。
――どうして?
無性に悲しかった。その程度の実力かと鼻で笑われたような気がした。自分は間違ったことをしたのだろうか。
「まっ、待ちなさい!」
気が付けば、綾香は彼を呼び止めていた。 |