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LastDarkness
作:風美



25:魔王を喰らう


 刀を持ったまま村内を歩き回るのも物騒なので、悠斗は自宅に引き返した。
 腹ごしらえに台所に入ると、草壁涼二が微妙な顔をしてラーメンをすすっているところだった。
「美味いのか?」
「………不味いです」
 そんな会話を交わしながら、悠斗も自分の分を用意する。お湯を注ぐだけで高カロリーと過剰な塩分を摂取できる便利な食料である。災害時の非常食にもなる文明の恩恵なのだが。
「不味いのか?」
「ええ、不味いです」
 低血圧なのか、今朝の草壁は無口だった。普段は饒舌なので、どこか違和感がある。
「……おはよーございます」
 寝ぼけ顔の仙石和希が台所に姿を現し、流し台で顔を洗い始める。男三人が集まれば、このようなものだ。
 昨日、草壁との取引に応じた悠斗は住居と食料を約束した。倉渕祐作と戦ってくれるなら安いものだ。アカデミーにバレなければ、どうにでもなる。
「一つ聞いても良いか?」
「プライベートですか? それともビジネスですか?」
「どちらかと言えばビジネスだ」
 草壁が頷いたのを確認して、悠斗は質問した。
「以前のことだがアンタ、倉渕祐作のことを『利害が一致すれば協力することもある』と言っていたよな? ってことは、アンタが『魔術カルテルへの仲介』を、倉渕が『それに見合う何か』を提供し合ったと言うことになる」
 悠斗は一度、間を置いた。
「アンタは何を受け取った?」
 そもそも、倉渕祐作が魔術カルテルへ斡旋されなければこのような事態に陥っていなかったのだ。悠斗にとって、現在油断ならない人物は『倉渕祐作』『草壁涼二』『川崎美野里』の三人である。
 この間まで、川崎美野里とは両者の利害が一致していた。悠斗は戦力、美野里は住居の提供である。
 これは、現在の悠斗と草壁との関係に似ている。悠斗と草壁の関係が成り立っているのは、川崎美野里が悠斗の戦力を必要としなくなったからだ。
 草壁は沈黙する。少し考えをまとめ、やがて口を開いた。
「……魔法庁の、機密文書ですよ。内容は言えませんが」
 どうして倉渕祐作がこのような物を手にしていたのか分からない。しかし、それは魔法庁の上層部を揺るがすには十分な情報だった。あとは黎明の魔石というキーが手に入れば、一つの組織が地上から消えてなくなる。
 草壁はこのようなことを、簡潔に伝えた。
「すると、アンタの目的は黎明の魔石ってことか」
「それほどの価値があるのか疑問なのでしょうね。そう、あれはただの強力な魔力の塊でしかない。しかし、あの厳重な封印の内側にはたしかに魔王の魔力が納められているのです」
「魔王の魔力か……」
 たしか、その魔力は古代の魔獣や魔王の従者が守っているのだったか。その魔力を手に入れるにしても、苦労に見合う価値があるとは思えない。
 いや、待て。
 どうして価値がない物を、それほど大切に守っている?
「……まさか」
 この男は神殺しの大罪人である。
 なぜ殺した?
 なぜ喰らわなかった?
 神よりも価値のあるものが目的だったならば――。草壁は聡明な男だ。目先のご馳走に食いつくほど短慮ではない。
「お前、魔王の魔力を喰らうつもりなのか!?」
「ええ、そうなんですよ」
 草壁はラーメンのスープを飲み干し、紳士的に微笑んだ。


    †


「すいませんね……」
 草壁涼二は無言で部屋を出て行った少年に謝罪する。
 この一言にどれだけの意味があったのか、草壁自身にも分からない。自己満足だと断言するには、たった一言で草壁の心が救われすぎている。だが、朽葉悠斗にとっては必要のない一言だった。
 草壁は早速、悠斗を裏切ることになるのだから。
「私の目的のため、貴方を利用させて貰いますよ」
 草壁は背広の胸ポケットから携帯を取り出した。
 悠斗は今日、おそらく姫川咲夜と接触する。
 ある程度のことは事前に調べを入れている。そのことは、草壁にとってはさして関係はない。姫川咲夜が戦力になるなら歓迎するが、手駒の一つにカウントしておくほど草壁は楽観的ではなかった。
「ああ、もしもし。ええ、私ですよ、私」
『ああ、そうか。私か。で、どこに振り込めば良い?』
「『私私詐欺』ですか? そんなつもりではないのですよ。貴女も面白くない皮肉を言いますね」
『用件を言え』
「ええ、たしかに。そんなことはどうでも良い。私たちには世間話をするほどの信頼も、無駄口を叩ける油断さえも許されませんからね。お互いに、水と油のように交じり合わない存在と言うのも厄介なものです。これでも、こちらは歩み寄っているつもりなんですがね」
 電話口の相手が沈黙する。
 草壁は言葉を切った。そして、事態を動かす一手を放つ――。
「朽葉悠斗はこちらの手に落ちました。以上です――」
 義手の握力に負け、携帯が粉々に砕け散った。
 通話が切れ、手の中に痛みが残る。すでに感じなくなった痛み。
 ……幻痛だ。耐えられないことはない。
「さて、川崎美野里。貴女はどう動きますか?」







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