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LastDarkness
作:風美



21:ある男の決意


 裸電球がぶら下がった陰湿な室内には、五人の男たちが剣呑な雰囲気を放っていた。早い話が殺気である。中央にいる一人の男を仕留めるために、四人がかりで挑んでいるという光景だ。
 男たちは拳銃を構えていた。
 それでは魔術師ではないのか――と言うと、それは断言するべきではない。彼らが取り囲んでいる男は、あらゆる魔術を無効化してしまう怪物である。風の噂では、神を殺したと囁かれるほどだ。

 『神域汚辱ダーティー・サンクチュアリ』、草薙涼二。

 現在、どの組織にも所属していない『異名持ちネームド』の魔法使いである。

「例えば、このような話があります。いえ、魚獲りの一つですよ。ペットボトルをぶった切り、出れなくなるように返しを作ってエサを放り込んでおくんです。いわゆる罠ですね。これを幾つも用意しておいて、魚がいそうなポイントに放り込むんですよ。すると、魚が中に入り込むんです。もちろん、逃げられません」

 ――差し詰めエサは私で、魚は貴方たちでしょうか。

 草薙は慇懃に頭を下げた。
「ところが、エサには両腕が付いていました。無力だったはずなのに……。貴方たちの落胆は私ごときには計り知れませんがね。おっと、脱出しない方が身のためですよ? ……って、もう遅いようですね」
 草壁が嘆息したとき、ドアに張り付こうとした男が爆発した。
 彼らは知っていた。草壁の部下の一人に、ネームドクラスの魔法使いが二人いたことに。一人は彼の元から去ったらしいが、もう一人の行方はまだ知れないと。
「仙石君の魔法も、中々上達してきましたね。朽葉悠斗と出会わせたのは、ある意味正解だったのでしょう。ところで私、そろそろ退屈してきたのですが?」
 草壁は両腕を回しながら言う。鉛色の義手が、左右揃っていた。
 まだ誰の魔術も無効化していないので、その義手に魔力は蓄えられていない。刺し違えるつもりだったなら、この男たちにも勝機があっただろう。だが、彼らの実力は魔術アカデミーの卒業生程度のものである。
「貴方たちの所属はどちらなのでしょうか? 魔法庁ですか? それとも魔術カルテルなのでしょうか? ああ、答えないのならそれでも構いません。どうせ、どちらもこの私が叩き潰すのですから」
 部屋に轟音が響き渡り、裸電球が左右に揺れる。
 壁の一面が焼け焦げ、男の一人が消滅していた。
 いや、良く見ると壁に人の形の焦げ後が残っている。
「今回の義手は、改良版でして。左の剣、『スルトの魔剣レーヴァテイン』は私自信の魔力が供給可能になっています。さらに、攻撃範囲も広がっていますから、一度に何人も殺せて安心ですね」
 あくまで上品な草壁の笑顔に、男たちは凍り付いた。
 比喩ではない。文字通り、一人の男が凍り付いていた。草壁が右手の手の平を男の方に置いただけである。
「そして右腕の義手、『アールヴの魔剣ティルフィング』は触れた者から零下273.15度まで熱量を奪い取ってくれるのですよ。俗に言われる絶対零度ですね」
 炎の魔剣と氷の魔剣。
 この二つを見せられ、残された一人は完全に戦意を喪失したていた。と言っても、そんなものは両腕が揃った草薙を見たときに失せていたのだが。
「まずまずの仕上がりでしょう? 前回の敗北で、私は少しばかり反省したのですよ。あの神に左腕を奪われたときに剣を手に入れたですが、あの時に右腕も落としておけば良かったのです。どうして今頃気付いたのでしょうか? これは慢心だとは思いませんか?」
「ひっ、ひぃっ!? や、やめ……っ!」
 最後の一人も、草壁の右腕によって凍らされてしまった。
 ……さて、今彼は何を言おうとしていたのでしょうか。
 草壁にとって、命乞いとは聞き飽きたものであったが、今日は気分が良い。頼みごとの一つや二つ、聞いてやっても良かったとさえ思っていた。もっとも、生かしてやる気はなかったが。
「相変わらず"正常"に狂った人ですね」
「これが、戦場で必要な狂気なのですよ。ある程度自我が崩壊しても、常人であることに留まれる者だけが戦場で生き残るのです」
「そう、正常に狂うことは大事なことなのです」
 普段よりもさらに饒舌になっている草壁に微笑みかけているのは、車椅子に乗った女性だった。両足の膝から下が失われている。緑色のパジャマを着ていおり、セミロングの黒髪を一つにまとめていた。
「例えば災害が発生したとき、スーパーやコンビニなどの店に泥棒が入りますよね? 彼らはただ己の生命のために狂ったのです。これが、正常な狂気です。この狂気は、ひたすら宿り主を生かすために、狂わせてくれる」
「では、正常ではない狂気とは?」
「正常ではない……つまり、異常なのです。異常性とは言葉通り、常人には理解できない概念のことですね。シリアルマーダー、理由なき殺人鬼。カニバリズム、飽食の時代から逆行した人肉食趣向」
 女性は車椅子から降りると、凍り漬けにされた男の身体を検分し始めた。
「他にも、行きすぎた女性権利拡大主義者、過保護になりすぎた教育者、研究に没頭しすぎた学者が持っているもの。それが、行きすぎた狂気、異常なのではないでしょうか」
「つまり、何事もほどほどに……と言うことですね。ほどほどに狂え……と」
 女性は頷き、車椅子に戻った。
「何か分かったのですか?」
「いえ……問題はないか調べていたのです。これでも、私が用意した義手なのですから」
 彼女の名は九重香澄。草壁の義手を用意した技術者だった。
 魔術と魔法についての造詣は深いが、知識だけのようである。しかし、その理論だけを吸収して魔力を込めた宝石を用意し、特殊な能力を持つ武器を作ってしまうのが彼女の頭脳の恐ろしいところだ。
 朽葉悠斗の頭脳が状況分析と戦略構成にあるなら、九重香澄の頭脳は構造分析と器物創造にあると言えるだろう。
「貴女には色々とお世話になりましたね。最後に無粋な客人を招いてしまい、申し訳ありません。ですが、まだまだ私にはやらなければならないことがあります」
「死体なら研究材料になるので問題ありません。ですが、もう行ってしまうのですか?」
 香澄は草薙に潤んだ瞳を見せた。普段は女らしいところを何一つ見せない彼女だったが、気持ちが昂ぶったときだけこのような瞳をするのである。
「この場所は、中々に居心地が良かったですよ。でも、長居すると離れられなくなりそうですからね」
「…………戻ってきますよね?」
 すがるように言う香澄に、草壁はどう返答するか迷った。義手を破壊されれば、もう一度来訪するだろう。だが、そのような無粋なこと、紳士を気取る草壁には言えなかった。
「ええ、勿論です。神と魔法のつまらない遊びにいつまでも踊らされている私ではありませんからね」
 もう川崎美野里や倉渕祐作の手の平で玩ばれるのは飽きた。
 そろそろ、相手の予想外の行動に出てやろう。草壁は香澄と口付けを交わすと、覚悟を決めた男の顔をして部屋を後にした。







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