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LastDarkness
作:風美



15:燃える拳


 茜崎克己は青年の背中に声をかけた。
「おい、逃げるのかよ?」
「勝負は決した。もはや負け犬に用はな――なにっ!」
 背後を振り返った朽葉海斗は、両目を大きく見開いた。必殺の一撃で葬ったはずの巨大魚が、両断された部分を接続しながら起き上がっているのだ。
 克己はノートPCに修復命令を打ち込みながら、海斗に笑いかける。
「まさかこのバハムートを斬っちまうとは思わなかったぜ。ジェラルミン製の装甲なんだ。ちっとは自信を持っても良いんじゃねえか?」
「……何故だ?」
「おいおい……何故って言われてもな。コイツは生きてないから、としか答えようがないんだが……」
 克己は魔術を使えない。たまたま魔法を手に入れてしまっただけだ。だから克己は本来の魔法の使い方を理解していないから、このバハムートやスカイフィッシュが正しい使い方なのか分からない。
 磁力を操る魔法。
 同磁界の金属を繋げ、反発する力を利用して動く金属の生物たち。
「……そうか。なるほど」
 海斗は溜息を吐くと、刀を鞘に仕舞った。
「どうやら貴様は凡人でも常人でも達人でもないようだな」
「じゃあ俺って何者なんだ? ――って、おいおい! なんで刀を納めてるんだよ!」
「俺の目的は果たした。傭兵は信用第一だからな。ただの学生に邪魔されて任務を失敗したとなっては、俺の名が汚れることになる。だが、貴様はただの学生ではないようだ」
 戸惑う克己に、海斗は微笑みかけた。今までの無表情とは異なる、生きた感じのする表情だ。どちらかと言えば、悠斗よりも人間味のある性格をしているかもしれないと克己は考えさせられたほどだ。
「一つ、気を付けておけ。俺の雇い主、草壁涼二は――」
「ああん? 今度は何だよ?」
「良いから聞いておけ。草壁涼二は野心家だ。だが、あの男は誰かに操られた道化でしかない」
「って、まさか――黒幕が別にいると言うのか!?」
 克己は耳をそばだて、絶句した。


    †


 黒衣がひるがえり、銀色の光が閃く。悠斗が握っているのは全長1メートルの大刀、胴田貫である。物体強化の魔術で補強しているので、生半可な衝撃では曲がりもしない。
「――はぁっ!」
 それを片手で受け止めたのは、黒スーツの草薙だった。
 左手の義手が刃を握り込み、膝蹴りが悠斗を襲う。
『斬撃、闇の剣!』
 二人が密着した状態から、悠斗は魔術を放つ。漆黒の剣が現れ、敵を切裂こうとした。
「無駄ですよ」
 しかし、剣は草薙の身体に触れるとあっと言う間に霧散する。スーツは切裂いたようだが、身体はまったくの無事だった。
「……気を付けろ、悠斗。あれが『神域汚辱ダーティー・サンクチュアリ』だ」
 開け放たれたドアの向こうから、廊下側のこちらに声をかけたのは川崎美野里だった。ソファに腰を下ろし、身動ぎ一つせずに観戦している。
「草薙の皮膚に触れた魔術や魔法は魔力に分解される。お前の物体強化もアイツに触れた瞬間、解除されるぞ」
 悠斗は一つ頷き、胴田貫を青眼に構えた。チラリと背後を見ると、不機嫌そうな顔をした緋芽がいる。
 先ほど悠斗が取り乱したことを咎めているのではない。あの頼みごとをしてから、彼女はずっとこの調子だ。
「一つ言っておこう。草薙涼二は神を殺している」
 美野里はそう言うと、自分の役目は終わりだと肩をすくめて黙り込んだ。
 草薙は両手を構える。ボクシングのようだが、指が握り込まれていない。総合格闘術の一つだと推測しながら、悠斗は仕掛ける気を窺っていた。
「なるほど……神殺しか」
「怯えたましたか、少年?」
 悠斗は答えず、斬りかかる。気迫の篭った一撃だった。

 ――図星。

 それを見た草薙は嘲笑する。まだまだ若いと馬鹿にされているようだった。
 事実、悠斗は怯えていた。まだ物体破壊こそ使用していないものの、草薙は悠斗の切り込みを左手の義手一つで捌いている。時に受け流し、時に叩き落し、時に掴み取る。
 悠斗には剣術の才能はない。魔術の才能もない。魔法も出来損ないだ。だが、努力だけは人一倍してきたつもりだ。
 血の涙も滲むような努力を重ねてきた気迫の剣術を、草薙は鼻で笑いながら左手の義手で掴んだ。
「しまった!」
 草薙の生身の右手が刀身に触れる。刀に込められた魔力が抜け落ちた。
 ――物体強化の魔術が解除されたのだ。
「やはり朽葉家の出来損ないでしたか。期待していたんですがね。とんだ時間の無駄でし―――っ!」
『両断、闇の斧!』
「――っく、小癪な!」
 草薙は舌打ちしながらバックステップを取る。だが、そこも悠斗の魔術の射程圏内だ。漆黒の大斧が、頭蓋を叩き割らんと振り下ろされる。
 目標は草薙の義手だった。彼の戦闘では、いかに物理攻撃を防ぐかが課題なのだ。魔術を身体で無効化し、金属製の義手で物理攻撃を受け止める――言わば鉄壁の守り。しかしそれなら、身体には物理攻撃で、義手には魔術で攻めれば良いだけの話だ。
 見たところ、草薙は何の魔術も使用していない。
 魔術を無効化してしまう性質のために、おそらく自分自身も魔術を使えないのだ。
「義手を魔術で破壊してから、身体を物理攻撃で破壊する――ですか?」
 驚愕の表情を浮かべていた草薙は、ふっと息を吐いた。
「開放、レーヴァテイン!」
 義手を斬撃に合わせる。――馬鹿なっ、と絶句する悠斗の前で、義手から赤色の炎が噴出し、魔術が相殺された。
「――驚いていますか? これが私の剣『スルトの魔剣レーヴァテイン』ですよ。見ての通り、私の魔法は私自身の魔術を封じてしまいますからね。ですから、魔法を使っているときでも攻撃できるように工夫を重ねた訳ですよ」
 あまりにも迂闊。自分の弱点を知っているなら、その対策をしているはずなのに。普段の自分なら気付いていたのに、どうして見抜けなかったのか。
「私の能力で魔法は魔力に分解され、この義手に蓄えられる。この義手は魔力の貯蓄と、魔力のエネルギーを熱エネルギーに還元する機能を備えています」
「まさか、お前は左腕を――!」
「ええ。貴方の想像する通りだと思いますよ」
 草薙はくくっと嗤う。左腕の義手を愛おしそうに頬ずりし、狂気の笑みを浮かべた。
 ――自分の左腕を切り落としたのだ。
 ただ、弱点を克服するために。
「馬鹿な……そんなことが……」
「だから貴方は出来損ないなんですよ。朽葉家の面汚し、不完全な魔法使い、一族の崩壊を招いた子ども。そう言われた理由が良く分かります。ですが心配はいらないようですよ。これからの朽葉家は海斗君が支えていくそうです」
「……その言葉、撤回しろ。さもなくば、殺す」
「――は? 私を殺すと? 貴方程度の人間が私を殺すと?」
「もう一度言う。撤回しろ」
「……愚かな、ククッ、なんと愚かな」

 ――声を上げて、笑い始めた。

「クハッ、ハハハッ! ハハハハッ!」
 草薙は目を丸くし、数秒間の硬直から立ち戻った。俯いて苦しそうに声を絞り出した少年を、心底面白い喜劇を見ているかのように爆笑した。
「……悠斗、本当にやるのか?」
「………………ああ」
 それまで不機嫌そうに様子を見ていた緋芽が、不安げに訊ねた。
 コクリ、と……それまで黙っていた美野里が頷いた。
「使うなら勝手にしろ。だが、周りは巻き込むな」
 その言葉に、悠斗の身体が一瞬硬直する。
 その隙を逃す草薙ではない。
「余所見している暇があるんですか!」
 左腕が腹部を直撃し、呼吸が詰まった。吹き飛ばされながら、悠斗はイメージする。門の向こうで暴れ狂う三頭の獣を御する方法を――
 そのとき、場違いなほど聞きなれた声がした。悠斗の脇を高速で通り抜けた黒い影が、草壁の義手を切り落とす。
「朽葉流殺法――円水」
「……まさか」
 自分と同じ黒コート姿、日本刀を手にしている二十代後半の青年。
 草壁は相手の顔を見ると、驚愕を通り越して笑い出した。
「まさか、あの朽葉家の『神雷』が裏切るんですか!?」
「雇い主があまりに酷かったからな。申し訳ないが、この度は金銭にてアカデミーに雇われることになった。それに――」
 朽葉は刀を八双に取った。
「――俺の大事な義弟を傷付けた」
 暴れ狂う紫電が草薙涼二に叩き付けられた。







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