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LastDarkness
作:風美



14:勝利と敗北


 兄弟喧嘩は自傷行為から始まった。
 クロードはナイフを取り出し、刃先を右手に突き立てた。同時にアリスも右腕を傷付ける。二人の右腕から赤い血が流れ出て、雫が地面に落下した。
 地面には死体四人分の血液が溜まっている。
 二人の血液を吸い込んだ血だまりは、支配権をめぐって拮抗した。
 クロードが集めた血液は200リットル。
 アリスが集めた血液も200リットル。
「実力は互角か……。この国で怠けていた訳ではないようだな」
「僕もそれなりの不幸を味わっているからね」
 アリスが集めた鮮血が、三つ又の槍に形を変える。西洋の武器、トライデントと呼ばれる長得物である。
 アリスは槍を手にした。
「その言葉、私に勝つまでは認められないな」
 クロードが集めた鮮血が、六角形の盾に形を変える。西洋の防具、カイトシールドと呼ばれる騎士盾である。
 クロードは盾を手にした。
「認めなくても結構だよ。不幸自慢は趣味じゃないんだ」
「……馬鹿兄貴の癖に、口が上手くなったものだな。以前は父に怯えて妹の陰に隠れている軟弱者だったのに」
「何年前のことを言っているのかな? 八年あれば人は変わる。そんなことも分からないぐらい愚かだったとは思わなかったよ」
 挑発的な言動をするクロードに、あくまで冷静な表情のアリスが槍を放った。
 トライデントとカイトシールドが激突する。鋼鉄の強度を持つ二つの武具は、同時に砕け散った。
 水属性の魔術では、数トンの質量が扱える。だが、二人の武具はたかが数十キログラムだ。……なのに、どうして血液凝固の魔法を使うのか。
 その理由は速度にある。

 武具が崩壊し、再構成されるまでの時間――0.3秒。

 クロードが形成した武器は重量のある西洋剣、ファルシオン。
 アリスが形成した防具は小型の丸盾、バックラー。
 二つは衝突し、同時に崩壊する。
「中々やるな。馬鹿兄貴の癖に」
「馬鹿馬鹿言わないでくれないか。定期テストでは優秀なんだ」
「減らず口を――ッ!」

 武具が再構成されるまでの時間は――0.2秒。

 アリスが形成した武器は反り返ったアラビアの剣、シャムシール。
 クロードが形成した防具は縦長の大盾、タワーシールド。
 二つが激突し、やはり同時に破壊する。
「こう実力が拮抗していると、勝負が付かないね」
「降参して逃げ出しても構わないんだぞ。こちらにも追いかけるほどの余裕はないんだからな」
「……困ったな」
 クロードは武器を形成しながら呟いた。
 一瞬の内に引き分ける攻防を、数十回繰り返す。『血液水晶ブラッディ・クリスタルシェイド』の持ち主同士が戦ったことなんて、今までになかったのでどうも調子が掴めない。
 こんなとき、悠斗なら魔法に頼りすぎるなと言うのだろう。
 だが、魔術を使うにしても詠唱している間に斬られるのがオチだった。
 卑怯な手を使えば、今すぐにでも決着を付けられる。
 ――だが、喧嘩するにしても正々堂々としたい。
 こんな方法を使って勝てば、反則負けだと思われるかもしれない。たとえ他人に許されても、クロードの良心が許さない。
「でも、悠斗なら――」
 卑怯だと思われる一手こそ、最善の一手なのだと言っていたことがある。
 クロードは気を引き締めた。二つの武器が崩壊するのを見計らい、新たに武器――いや、防具を形成する。
「……チェックメイト」
「――なっ!」
 新しい防具はアリスの武器を破壊した。クロードの手には、まだ防具が握られている。
 それは武器とも防具とも言える物だった。
 武器破壊の剣にして盾――ソードブレイカー。
 刃こそ鈍重だが、先端は鋭く尖っている。クロードのソードブレイカーが、アリスの喉の薄皮一枚を切裂いた。


    †


 バハムートと聞くと、空を飛ぶ竜を思い浮かべる者がいる。だが、それはゲームなどから植え付けられたイメージで、神話では地面でのたうつ巨大な魚として描かれている。
 茜崎克己の『地を這う大海魚バハムート』は、魚と竜の二つの性質を併せ持っている。と言うより、魚として作ってみたのだが攻撃方法が体当たりだけだったので、急遽口と牙を凶悪にして首を長くしてみたのだ。ついでに短時間だが空を飛ぶための羽を付けている。
「『電海竜王エレク・リヴァイアサン』、茜崎克己だな?」
 克己と相対しているのは、雪子を捕獲しようとしたときの青年だった。
「……人に名前を尋ねるときは」
「『真空迅雷カッティング・ボルト』、朽葉海斗だ」
 克己の言葉を遮って青年は名乗った。無機物である『切裂き空魚スカイフィッシュ』の気配に気付いた人物だ。油断していて戦える相手ではない。
 ……って、ちょっと待て。
「お前、朽葉って言ったよな?」
「貴様の考えていることは想像が付く。だが、俺と朽葉悠斗に血の繋がりはない」
「本当か? 朽葉って珍しい苗字だぞ」
 怪訝そうに眉をひそめる克己に、海斗は無感動に言った。
「ただの義兄だ」
「……マジかよ?」
 海斗は無言で斬りかかった。
「っておい!」
 バハムートが巨体を動かし、胴体で刀身を受け止める。
 克己はノートPCを開き、スカイフィッシュを突撃させた。
 華麗なフットワークで回避する海斗の動きは、たしかに悠斗と似通ったところがあった。剣捌きも言われてみれば似ているような気がしてくる。
「なるほど。それが貴様の本当の口調か」
「オマケに心理戦まで仕掛けてくるのかよ!?」
「何なら物体破壊で跳躍して見せようか?」
 海斗の口調に冗談の響きはなかった。ただ淡々と真実を語っているようである。こちらを動揺させる腹積もりではなさそうだ。
「剣術と魔術を掛け合わせた実戦剣術、朽葉流の動きはお家伝来のものだからな。真似をしているのは義弟の方だ」
「――って、ちょっと待てよ。どっちが朽葉家の後継者なんだ?」
 てっきり克己は、悠斗が朽葉の本流だと思っていた。
 海斗は意外そうに目を見開くと、小さく苦笑する。
「俺が本流で、悠斗はただの養子だぞ。なんだ、聞かされてなかったのか? 剣術も魔術も駄目だったアイツが井の中の蛙をやっているらしいが、悲しいことにそれは本当だったらしい」
「悠斗を井の中の蛙だと!?」
 克己は激昂し、スカイフィッシュを三つ同時に動かした。
 異なる方向から高速で接近する攻撃は、まず人間の視覚では追いきれない。必ず一つは命中する攻撃である。
 だが――
「――遅い」
 たった一度、朽葉海斗が振り下ろした日本刀が、すべての飛行魚を叩き落した。
「……今何をした?」
「これが朽葉家の魔法、『真空迅雷カッティング・ボルト』だ。我が家の家伝書に『その太刀筋、凡人には見えず、常人には見切れず、達人にはかわせず』とある。どうやら貴様は凡人だったようだな」
 海斗は刀を鞘に納めると、踵を返した。
 次の瞬間、バハムートの胴体に亀裂が入り、真っ二つに分解した。







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