12:俺を殺せ
気付いたときには、もう決定的に、あまりにも致命的に、すべてが終わっていた。
場所は女子寮の一室。背後から「動くな」と言って喉元に刃物のような物を押し当てているのは、黒いコートを着た二十代後半の青年だった。
小奇麗なマスクの青年で、白いハチマキをしている。
「何者ですか?」
「答える義務はない」
……まあ、そうでしょうね。
襲われる原因なんて分からない。自分が生徒会副会長だからだろうか。
どうも良く分からない。良く分からないといえば、先ほどの一件も良く分からなかった。朽葉悠斗が一枚噛んでいると言うことなのだろうか。
「お前は立花健一郎用の人質にされる。立花を排除するまでは生命の安全を保障しよう。だが、抵抗したり事態を余計に悪化させると俺が判断したなら、そのときは俺自身の手でお前の命を終わらせる」
どうして襲われているのか。
やはり、立花への人質なのだ。
「どうやら間違いないようですね」
「なんだと?」
「いえ、独り言です」
青年は訝しげに眉をひそめながら、刃物を仕舞った。背後から刃を押し当てられていたのでその全長は分からなかったが、どうやら日本刀のような物らしい。
「じゃ、早速始めようぜ」
もう一つの声に、雪子は慌てて振り返った。青年の隣には三十代のサングラスをした男性が嫌らしい目付きをして笑っている。サングラスをしているので目付きが分からないはずなのに、なぜだか嫌らしい目が思い浮かんだ。
「俺は気が進まないんだがな」
「じゃあ参加しなくても良いんだぜ?」
「ああ、そうさせてもらう」
「――ッチ、勝手にしやがれ」
男は青年に罵声を浴びせると、雪子の片に右手を置いた。
瞬間、背筋が泡立った。これからされること――脳裏に浮かぶ明確なイメージがそれまで冷静だった雪子を戦慄させる。
「いやっ、離して下さい!」
「ははっ、さっきまで澄ました顔をしていたのにな。これだから無駄に頭が良いと困ってしまう。自分がどうなるか、予想したんだろ?」
下卑た視線にさらされ、雪子はうつむいた。
「人質に逃げられたら元も子もないからな。お前は立花に惚れてるんだろ? 惚れてる男のためならって、余計なことをされたら困るんだよ。だから、抵抗する気力がなくなるまで痛めつけろと言われてるんだ」
――私が立花君に惚れている?
そんな馬鹿な。そんな馬鹿なことはない。健一郎はいつも違う誰かを見ている。自分ごときに振り向かせられる相手ではない。
「まあ、役得って奴だな。俺は雇い主に忠誠を捧げてる訳じゃねえからよぉ、こんなときに褒美を貰わないと裏切っちまうかもしれねぇ。その褒美ってのがお前だよ。分かるかぁ、おい?」
男がニヤニヤと笑みを浮かべる。そのとき、青年が窓の外を見てから後ろに飛んだ。
「―――っ!」
窓ガラスが割れ、ヒュッという風切り音が室内を駆け抜ける。
銀色に光る物体が、男の右腕を切り落とした。
「ぎゃあああああああああああッ!!」
悲鳴を上げながら、男は青年の背後に隠れた。すぐに自分で止血するのは、さすがはプロといったところだろう。
青年は刀を抜刀し、銀色の物体に振り下ろした。だが、物体は縦横無尽に浮遊し巧みに屋外まで逃げ出した。
「雪子、こっちだぜよ!」
屋外からの声に、雪子は駆け出した。一瞬だけ逡巡し、窓から飛び降りる。その背中を何者かが抱きとめた。
「……克己?」
「無事だったかにゃー?」
そこにはふざけた顔をした、金髪の幼馴染がいた。
巨大な爬虫類にも魚類にも見える飛行生物に跨っている。その周囲を三つのナイフのような物体が飛び回っいた。克己は片手のノートPCを絶え間なく操作している。
「どうして? えっ、これは何!?」
「そのリアクションは最高なんだにゃー」
克己は大声で笑うと、窓の向こうからこちらを見ている二人の男たちに視線を向けた。
†
悠斗は気絶した少年を周囲の生徒たちに任せると、自分の部屋に戻った。一階の角部屋にたどり着くまでに戦闘の物音が聞こえていたが、まず部屋に戻るのが先決だろう。緋芽のことが心配だった。
そんな心配、する必要がなかったのだが。
悠斗の部屋は無事とは言い難い状況だった。大小のレーザーが壁を貫通し、土の壁が床から突き出し、爆発の残滓が残っている。スプリングが飛び出したベッドに退屈そうに腰掛けていた着物姿の少女は、悠斗に右手を向けていた。
「なんだ悠斗か。間違って攻撃するところだったぞ」
まあ、それはそれで面白そうだがな――と緋芽は笑いながら右手を下ろす。
床に転がっている魔術師たちは死んではいないようだが、片腕を失っていたり腹部に大穴が開いていたり、すでに虫の息の状態だった。
「手加減してやったのだが、思ったよりも弱かったのでな。少しでもさじ加減を間違ったら防御を貫通してしまう。まったく……この時代の術師の軟弱なことよ。それに比れば悠斗は歯ごたえがあったのだがな」
そう言って、緋芽は挑発的に笑う。誘っているつもりなのだろう。もう一度戦えば自分は勝つと言いたげな表情である。
「あの時は2対1だっただろ」
「あんな小娘は勘定に入っておらん」
綾香のことを言外に敵ではないと言っているのだろうが、『風魔の魔眼』は悠斗たちの戦友にも匹敵する魔法だ。
潜在能力は抜群だと思うのだが。
「で、この襲撃者は悠斗の敵なのか?」
「俺だけが目標なら別の場所で襲ってるだろ。アカデミーの生徒全員を襲撃する理由がない」
「……なるほど」
緋芽は頷くと、足を組んだ。着物姿なので色々と見えそうで見えない物があるのだが、相手の見た目が幼女なので気にしないことにする。
「今凄く失礼なことを考えていなかったか?」
白い目をする緋芽を適当に宥めて、悠斗は服を着替え始めた。
ジーンズとシャツの上に、ケプラー繊維を二十枚重ねた強度を誇る漆黒のロングコートを羽織り、胴に太いベルトを巻き付ける。
「で、どうするのだ? お前のことだからこのまま黙ってやられる訳ではあるまい」
緋芽が腰を下ろしたベッドの下から皮のシースに収められた剣を取り出し、ベルトに差し込んだ。
「悠斗? まさか、死ぬ気ではなかろうな?」
「……かもしれないぞ」
「なんだと!?」
悠斗は緋芽を見据えた。
緋芽の表情にあるのは――怒りだ。不躾な悠斗の言動に、心の底から激怒してくれているのである。まさか、ただの居候がそこまで想ってくれているとは――。
――なら、託してみるか。
俺の命運を。
「一つ、頼み事がある」
「なんだ? 吾を抱きたいのか?」
「……茶化すな」
溜息を吐く悠斗に、緋芽は不満そうに頬を膨らませた。
「もし俺が魔法を使ったら、その時は俺を殺してくれ」
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