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LastDarkness
作:風美



10:透明な爆弾


 PM4:56分、周囲は夕闇に覆われている。春先にしては冷え込む一日だった。
 この10分の間に女子寮の玄関を通ったのは山岸雪子だけだ。
 すぐに戻ってきた雪子の表情が印象的だった。出て行くときは焦燥、戻ってくるときは怪訝。
 ――そろそろか。
 アリス・キリングフィールドは携帯の着信履歴を確認した。その一番上には登録していない番号がある。朽葉悠斗の番号だった。
「……関係ない」
 アリスはその下の番号をプッシュする。
 おそらく、朽葉悠斗は読み切っているのだろう。雪子に詳しいことを相談していたら、もっと時間がかかっている。朽葉悠斗にはできるだけ長く雪子を屋外に連れ出して欲しかったのだが、賭けは失敗のようだ。
 ――上手くいけば戻ってくる雪子を捕獲できたのだが。
 アリスに与えられた任務は山岸雪子の捕縛だった。
 今年の生徒会は、昨年ほど恐ろしい存在ではない。むしろ天地ほどの隔たりがあると言えるだろう。革命時に書記を務めていた立花健一郎だけが生徒会に残り、他は身を退いた。二人が学園を去り、二人が行方不明になったのだ。
 今の生徒会は抜け殻だ。警戒すべきは立花健一郎だけである。
 その立花健一郎の急所は、山岸雪子なのではないかとアリスは考えていた。
『はい、もしもし。ああ、貴女ですか。ええ、こちらの首尾は上々ですよ。これも仙石君のお陰ですね』
「その仙石からの報告ですが、校内の閉鎖は完了したとのことです。学生寮の閉鎖は残り二分ほどかかるそうですけど」
『ふむ、さすがの仙石君でも間に合いませんでしたか。『不視爆殺インビシブル・ランドマイン』は便利ですが、準備に時間がかかる点をどうにかしないと実戦では使えませんね。まあ、彼の成長は草葉の陰から見守ることにして、こちらもそろそろ始めましょうか』
 ――草葉の陰って……まだ貴方は死んでいないでしょうに。
 あの人は殺せない。あの人はすべての魔術師の天敵とも言える。
「了解、皆に指示を送ります。あと……」
『藤森君のことですね。彼が先走るのは予想通りですけど、結果はどうなりましたか?』
「電話が繋がりません。彼の身に何かあったと考えるのが宜しいかと」
 どうして分かったのだろう。少し驚きながら、アリスは答えた。あの人の頭脳は自分程度では計り知れないところにある。そんなことは、とうの昔に痛感していた。
『藤森君の任務は何でした?』
「茜崎克己という不良生徒ですが……」
『ああ、なるほど』
 電話口の向こうで彼が嗤った。
 何か問題のあることを言ってしまったのかもしれない。アリスは不安になった。
『なるほどなるほど、これは面映いことになりましたね。ですがこれは仕方がないかもしれません。面白い、ですが歯がゆい。彼の見た目は無能そのものですからね。ですがあれは特別です。そう簡単には倒せませんよ。魔術が使えない魔術師ですから』
「魔術が使えない?」
『ああ、いえいえ、こちらの話です。ですが、茜崎君と接触したら逃げることだけを優先するように皆に伝えておいて下さい。あれは立花健一郎や朽葉悠斗並みの化物ですから』
「はい」
 アリスは頷いた。
「では失礼します」
 アリスは電話を切ると、部下たちの番号をアドレス帳から呼び出した。


    †


 一つ、分かったことがある。
「……ああ、そこは通行禁止だからさ。悪いけど今晩は余所に泊まってくれないかな」
 辺りはすでに薄暗く、そろそろ夜が到来する。そんな時間帯、男子寮の入り口の傍にある縁石に、一人の少年が腰を下ろしていた。少年の視線は携帯ゲーム機にしか向けられていない。
 中学生ぐらいの少年である。茶色く染めている髪が、童顔に似合っていた。
 寮の入口で足止めされていた男子生徒たちが困惑して、お互いの顔を見合わせている。
「大丈夫、明日になったら何事もなかったかのように今までの生活に戻れるよ。あははっ、革命のときに何もできなかった君たちにはそれがお似合いだよね。本音を言うと全員皆殺しにしたいところだけどさ。ああ、そんなに怯えなくても良いよ――」
 少年は携帯ゲーム機から顔を上げた。
 その雰囲気に呑まれ、生徒たちが後ずさる。

「――受動的な魔法は能動的な殺戮に向かないんだよね」

 少年は寮の入り口、門の向こう側にいる。
 門の外側には、片足を失った生徒が五人もいた。少年の忠告を聞かなかった馬鹿者である。怒って足を踏み出した者や、少年の無垢な表情に騙されて注意しようとした者たちだ。
 一つ分かったことがある。
 それは悪意ある存在が国立魔術アカデミーに襲い掛かっているということだ。
「僕の任務はアカデミーと学生寮の閉鎖。学生寮から増援がかけつけてくると、アカデミーで仕事をしている人たちが迷惑するんだよね」
「倉渕祐作の知り合いか?」
「知り合い? いや、実際に顔を合わせたことはないなぁ」
 少年は肩をすくめると、言い聞かせるように呟く。
「あのねぇ、RPGロールプレイングゲームで言えば倉渕祐作は中ボスなんだよ。倉渕はあのお方に上手く利用されてる道化ピエロってところさ」
「なら貴様らがラスボスなのか?」
「アンタって馬鹿なの? そんな訳ないじゃん」
 少年は携帯ゲーム機をポケットに仕舞った。
「主人公は僕たち。倉渕祐作が中ボス――協力者だけど途中で向こうから裏切るって設定ね。そしてラスボスは君たち魔術アカデミーなのさ。しかしまさか、ここまで鈍いとはねぇ。頭脳労働では右に出る者がいないのが朽葉悠斗だったと聞いているんだけど」
 悠斗は考えた。相手は自分のことも知っているらしい。そして、真っ向から悠斗の敵だと言い切っている。言動は挑発じみているし、悠斗が飛び出すのを待っているのかもしれない。
 迂闊に動くと危険だ。少年は自分の魔法のことを受動的だと評した。つまり、動かなければ被害はない。
 ……逆に言うと、身動きが取れないのだが。
「あははっ、頭も腕も足りないみたいだね。完全に『不視爆殺インビシブル・ランドマイン』の術中に嵌ってるよ」
「……なるほど、そのようだな。確かに貴様は頭も腕も足りないようだ。しかし、一つ思ったのだが、そこまで無知だと逆に爽快に見えるんだな」
「はっ、何言ってんの? 君馬鹿? 馬鹿なんでしょ?」
「貴様の指導者は魔法名を隠せと教えてくれなかったらしい。インビシブルは不可知、ランドマインは地雷。つまり、見えない地雷か。地雷というものは乗せられた足が退かされることにより爆発するはずだが、この地雷は触れただけで爆発するようだな」
 実験体のような役割をさせてしまった五人の生徒には気の毒だが、これでこの少年を攻略する目処が立った。
「失言だった。お前らはラスボスなどではない。しかも、思ったより弱いらしい。たった一手で詰んでしまうお前と違って、倉渕祐作は二百八十三手まで持ち堪えたからな」
「……どうせハッタリだろ?」
「さあ、それはどうかな」
「君の前言、撤回させて貰うよ」
 少年は笑みを消した。全身から殺意が吹き出し、悠斗に襲い掛かる。
『刺突、闇の矢』
 悠斗は右手を前方に振り払った。幾本もの黒い矢が飛び出し、空中で爆発する。少年の魔法と相殺されたのだろう。
 見たところ、少年の魔法はただ地雷というだけの物ではないらしい。地面だけではなく空中にも展開できるし、ある程度なら動かせるようだ。
『刺突、闇の矢』
『刺突、闇の矢』
『刺突、闇の矢』
 初手、ひたすら撃ち続ける。
 撃って、撃って、撃つ。矢を弾幕のように展開し、地雷を掃討していく。
「は? ちょっと待てよ!? なんだよそれ、反則だろ!?」
「どこが反則だ? 気持ちは分かるが諦めろ。お前の失敗は俺をただの頭脳労働者だと思い込んでいたことだ」
 絨毯爆撃は人道的な問題で批判されて、近年では巡航ミサイルなどの精密爆撃に取って代わってきているが、無差別かつ広範囲に渡る爆撃を仕掛ける側は、相手側計り知れないプレッシャーを与える。
「うわあああああああああああ!!」
 少年は踵を返して逃げ出す。
 その背後から、四本の矢が両手両足を射抜いた。闇の矢は貫通と同時に消滅し、少年の傷跡から間欠泉のごとく鮮血が噴き上がる。
「降伏しろ。悪いようにはしない」
「分かった! 分かったから助けて!」
 やはり、見た目どおり子どもだったようだ。
 これで情報を引き出せる。黒幕のことが分かるかもしれない。悠斗はそう考え、溜息を吐いた。
 ――去年の自分なら、たとえそうであっても殺していた。
「……俺も随分と甘くなったものだ」
 悠斗は自嘲的に笑うと、周囲の生徒たちに手伝ってもらって少年の治療と拘束を済ませた。







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