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LastDarkness
作:風美



プロローグ


 ある夏の日のことだった。
 空きやだった隣家に清水家が引っ越してきた。
 朽葉悠斗、当時五歳。母親曰く、テレビの特撮ヒーローに見向きもせず、図書館で借りた純文学を読みながら、国会の生中継を『ふっ、大人は馬鹿ばかりだな』と鼻で笑う子どもだったらしい。
 ……自分のことながら気色悪いガキだと思う。
 清水家は母親と娘の二人家族。
 悠斗少年は父親のいない家族のことを最初こそ不思議がったものだが、次第に打ち解けて行った。とは言え五歳児同士で恋心なんて芽生える訳はない。
 と言うより、清水家の娘さんは完全にアウトオブ眼中。
 清水家の若奥さんは黒髪の未亡人で、近所の高校に入って学生になっても十分通用する。それほど若々しくて、おまけに美人である。悠斗少年は毎晩『どうすれば清水家の未亡人をモノにできるか』について真剣に考えているのであった。
 そんな少年の初恋に気付いた清水家の娘さんは、焦燥感を募らせて行った。五歳児に女の勘があるのか、甚だ疑わしいものだが、少なくとも自分にこれっぽっちの関心も向いていないことは自覚していた。
 内気だった少女は公園デビューに失敗し、番長格の七歳児に目を付けらた自分を救ってくれたのが悠斗少年だった。
 髪の毛にガムを付けられたり、スカートをめくられたり、かくれんぼで放置プレイ。これらを客観的に見ていた大人はこう評した。
『あら、あの子はあの女の子のことが好きなのね』と。
 しかし、たかが五歳児にそこまでの判断能力はない。
 少女にとって番長は恐怖の象徴。番長が狙っている女の子だから、他の子は何だか話し難い。なら女の子と遊べば良いのに――と、そこまでの思慮が行かないのが(しつこいようだが)五歳児である。
 そもそも、この公園をシメる番長は惚れっぽい性分で、遊びにくる女の子をことごとく苛めてきた。だから、女の子が寄り付かなくなったのである。
 このままだと少女もこの公園を去ったのだろう。
 その前に話しかけたのが、悠斗少年だった。
「ねえ、君のお母さんの名前って何?」
 それが少年の第一声だった。

 初恋は実らないものだ。
 でも少女はポジティブシンキング。
 無意識に恋敵である母親にすがり付く少女。『どうすれば悠斗君の子どもができるかなぁ?』などと訊ねてみると、母親は微妙に笑みを引き攣らせる。親としてはあまり……と言うか絶対に答えたくない質問である。
 母親は冷静とは言い難いが沈着な性格なので、この手の質問に対してのシミュレートは万全を期していた。
『私はどうやって生またの?』と訊ねられれば、『それは橋の下から拾ってきたからお母さんにも分からないの』と答えられるほどである。
 ここで冷静ではない母親の性格が仇となった。ちょっと方向性を変えただけの質問に、完全に思考が真っ白にされてしまう。
 母親は百科事典を持ち出し、はしたない知識を愛娘に教え込んだ。『大丈夫、最初は男がリードしてくれる』なんて、もう放送コードを度外視した言葉まで出てくるほどである。
 まあ、(しつこいが)ただの五歳児に理解できる訳がない。
 そんな母親の言葉の中で、少女が理解したことがたった一つ。
『お互いのことを良く知らずに、そんなことをしては駄目ですよ』と。
 なので、少女は自分の秘密を打ち明けることにした。まずはお互いのことを良く知ることが先決だ。

 清水涼子、二十七歳、未亡人。ブラのサイズはDカップ。好物は白玉あんみつ。苦手な物はゴキブリ。他にも汗やガソリンなどの不快臭が苦手で、異臭がする物体の半径十メートル圏内には近付こうともしないらしい。
 清水――えーっと、誰だっけ?
 悠斗少年は清水家の娘さんの名前を覚えていない。呼びかけるときは『おい、お前』なので、特に問題はなかった。
 少女との会話の内容は『最近思うんだけど、自殺マニュアルを有害図書にするのはどうよ?』だとか、『あの汚職議員、愛人を五人も囲っていたらしいぞ。もし涼子さんに手を出していたらと思うとゾッとする』だとか、『アニメの第一話って作画に気合入ってるから面白いけど、ストーリーは意味不明だと思わないか?』と実に多彩である。
 そんなボキャブラリーに富む少年に、少女は知性を感じて両目をキラキラとさせている。少女は少年が背中に薔薇の花を背負っているように見えていた。無論、錯覚であることは言うまでもない。
「あのね、私の家系って」
「ああ、火の車なのか。なおさら涼子さんが心配だな」
 と言う五歳児。その家計ではない。
「魔法使いなんだよ……って、ええっ!? 火の車って車が燃えてるの?」
「ガソリンが入っているから良く燃えるはずだ。いや、最近は電気で動いているのか」
「ガソリンって飲み物?」
「ドリンクと響きが似ているが、飲んだら死ぬな。まず間違いなく」
 平然と答えながら、悠斗少年は会話の中の違和感をどうするか迷った。『魔法使いだと? さては貴様、電波か?』と言っても、どうせ理解できないのだろう。子どもは全員電波のようなものだし、と常々考えている少年である。
 しかし、家系ということは涼子さんも――なのだろうか。
 ならば、それは捨ててはおけない。
「見せてみろ」
「うんっ!」
 少女は満面の笑みを浮かべ、右手を大空に伸ばした。
『大地を潤せ、典雅の水!』
 局所的な大雨が二人に降り注ぐ。
「で、俺を濡らしてどうするよ?」
「あ、あはは……」
 ずぶ濡れにされて不快そうに口元を歪める少年に、少女は引き攣った笑みを漏らした。


この小説を読む上での注意点みたいなもの。

後書きは最新話のみ。古いものは消してしまいます。
自分の場合なのですが、読んでいる途中に後書きが入り、
話が中断してしまうのが嫌いなので。

以上、初めての方はよろしくお願いします。






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