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学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第0話【ナギ/ユズハVSカナタ/エイジ】
 扉を一歩入ると、突然目の前が明るく照らされた。眼前に広がる円形の広場には、石畳が敷き詰められていた。その広場の真ん中には男が二人。彼らは随分背が高かったが、まだ幼さが残る。高校生くらいだとナギは判断した。
 彼は唇を噛みしめ、後ろに立つユズハにちらっと視線をくれてから、無言で彼らに近付いた。

「初めて見る顔だね。今日の相手は」
「何言ってんだよカナタ。あれ、超有名人だって」
「え?なに?有名?」

 ナギは何もわからないまま、対峙している男子高校生らしき2人組にひそひそとそう噂されて、何だか不愉快きわまりなかった。
 2人組の学生は私服だったが、この椿山学園の高等部の生徒であろうことはナギにも容易に予想できた。この学園の施設内に、関係者以外の人間がいるとは考えられ無かった。

「ひそひそ話してんじゃねえ!てめえら、目上の人にあったらまずご挨拶だ!そして名前を名乗れ!さらに事情も説明しろ!」

 2人が自分より20cmは背が高そうなのも、ナギの怒りを増幅させる。
 後ろに立つ黒髪を少し伸ばした少年は、ナギのことをよく知っているようだった。ころころと表情が変わり、いやな感情も、良い感情も全て発進しているようだった。
 前に立つカナタと呼ばれていた少年は、常に緩い笑みを浮かべたまま、起伏のない話し方で相棒に答えていた。明るい色の髪はおそらく天然なのか傷みこそ無いが、手入れが行き届いていないようだった。相棒の黒髪の少年が、服装含めて随分身なりに気を使っているので余計にそう見えてしまったようだ。

「ナギ……。子供に対して大人げない。それに、お前も端から見たら高校生くらいにしか見えねーって」

 ナギの後ろから現れたのは、視線の先にいる高校生達同様、彼より20cm近くは大きい男性だった。彼が「相棒」として選んだ田所柚葉だった。
 童顔で、美しい少年の様相を残しているナギに対して、ユズハは年相応の精悍な青年だった。深夜1時という時間にも関わらず、二人ともカジュアルながら、髪の先からつま先まで、隙のない格好だった。
 身長も顔も話し方も立ち居振る舞いも、随分個性的な二人だったのに、同じブランドの服を着るなど、似たようなものを身につけていることに黒髪の少年は妙な違和感を感じていた。
 目の前に立つカナタがどう思っているのか気になった。ちらっと表情を伺ったが、彼はあまりにもいつも通り微笑んでいたので、溜息をつき、ぼやきながら説明を始めた。

「有名だって……知らないのかよ?あれ、建築の中緒先輩だよ。女どもが騒いでるだろ?あの派手で判りやすいイケメン顔!ちっこくて細くてちょっと女顔なのが余計騒がれるし。しかも服装含めてモデルみたいで目立つし」

 ちっこくて細くて、という言葉にウソ偽りのない体型ではあったのだが、はっきりそう言われると不愉快なナギ。後ろでユズハが声を上げて笑っていた。

「建築ってことは、うちの学部生ってこと?1年?」
「いや、確か院1。外部からの転入で……」
「ふうん、うちで外部からって珍しい。でもなんで大学院の人に騒ぐの?オレ、知らないし」
「院っつっても近いだろ?同じ美術科なんだし。お前、ホントにいろんなことに疎いよね。疎いっつーか……」

 カナタとその後ろにいた彼の「相棒」らしき人物の噂話に、とうとうナギがきれた。最初から喧嘩腰ではあったが。

「お前ら、人の話を聞いてたか!?挨拶しろ!名前を名乗れ!事態を説明しろ!」

 カナタはナギの目の前に現れてから初めて、その穏やかな笑顔を崩し、目を丸くして驚いた顔を見せた。ちらっと、後ろに立つ相棒の顔を見てから、再び笑顔でナギの質問に答え始めた。彼の相棒は不愉快な表情を隠そうともしていなかったのだが。

「……あー、えっと、すみません、先輩。はじめまして。えっと、オレが『騎士ナイト』の橘彼方、後ろにいるのが『キング』の木津詠持です。高等部美術科2年で……、えっと事情……?」
  
 カナタがバカ丁寧に、しかし、しどろもどろに説明をはじめる。辺りを見渡しながら、最後に後ろに立つエイジの顔を見て助けを求めるが、彼はむっとした顔のままだった。
 彼が困ってしまったのは、彼もよく判っていないからだ。それが、彼の台詞を詰まらせる。それをナギはいらいらしながら聞いていた。早く本題に入れ!と念じながら。

「めんどくさいな。もういいだろ?事情知らないわけないだろうが、ここにいるのに?」
「うーん……そうだね」

 イライラしていたのはエイジも同じだったらしく、カナタの暢気な返事を受け、やっと笑顔を見せる。

「じゃ、そう言うことで。『審判ジャッジ』!」

 突然、ナギ達とカナタ達のちょうど中間の位置から光があふれはじめ、一瞬、彼らの視界を奪った。目が慣れてきたときには、彼らの膝下くらいまでが水に浸かっていた。そして、彼らの足下にたゆたう水は、石造りの床の上を流れ、彼らから離れるほどにその勢いを増し、50mほど先の壁際で滝のようにして下層へと流れていた。
 ナギの目には、円盤状の板の上を水が流れ、壁と円盤状の床の間の2mほど離れた隙間に滝が落ちて行っているように見えた。

 さらに、今までなかったはずの、巨大な円柱が彼らの間に立っていた。

「なんだこれ?!さっきまでなかったろうが!説明しろ!」
「ナギ、それより、これは……」

 ナギの後ろで、ユズハも驚いた顔を隠すことなく辺りを見渡した。添えていた指でトントン、と軽く顎を叩く。

「おかしいだろう?ここは……」
「その通りだ!こんな、演出にしてもいきなり水が流れるのとか、この柱!」
「ボードの起動を」

 ナギの叫びを無視して、エイジが柱に向かって大声で話しかけた。
 彼の声に答えるように、水面から光が円柱に向かって走って集い、その光は柱全体を光らせた。その光は、月のない夜空に向かって伸びていき、まるで天に昇るようにも見えた。

「……天井が、ない?だって、ここは……」

 ユズハの呟きももっともだった。彼ら二人が入ってきたのは、この巨大な学園の敷地内にある、学園を囲むようにそびえ立つ12の塔の一つ。確かに、高い塔だったが、外から見る分には30階建てのビルくらいの高さしかない。この円盤状の水面は、その塔の面積をめいっぱい使ってるように見えるが、それにしたって、彼らには塔を昇ってきた記憶がないのに、この水は一体どこへ落ちているのか?落下する音が聞こえないことも、ナギの疑問を増していく。

『カードの確認を行います』

 柱から聞こえてきた。機械音が混じっていたが、女の声だった。ナギはその声に妙な違和感を抱き、そのことをユズハに告げる。しかし、彼にも判らず、その違和感だけが彼の心に残った。

「……どこにいるんだよ?」

 違和感の正体を、『彼女』の場所だと考え、辺りを見渡し、声の聞こえる場所を探す。

「そう言えば、どこにいるんだろうね、審判て。こう言うもんだと思ってた」

 カナタの何気ない呟きに、ナギがいぶかしげな顔をする。

「お前、変わってんね」
「よく言われます」

 ナギに対してニコニコと応対するカナタに、エイジがつっこむ。

「カナタ、敵に愛想振りまくなって言ってるだろ?騎士、代わる?」
「いや、ゲームは別だから。大丈夫」

 そう言って、カナタはエイジにも微笑んだ。
 真正面に立つ二人を睨みながら、ナギは後ろに立つユズハを手招いた。彼がナギに顔を近付ける動作をする際に、体を屈めたことにむっとしながらも、耳打ちをする。

「どう思う?ユズハ。あいつら、あの子達と年も同じだし、面識ある可能性もなきにしもあらずって所じゃねえ?」
「そうだな……。ただ、美術科と普通科だしな。考えにくい。可能性は無いとは言いきれないけど」
「だな」

 トントン、とユズハが顎を叩く音が、ナギの耳元で響く。

「……ここは?審判とか、カードとか、この妙な舞台装置とか?」
「まあ、誰かバックがいるにしても、高校生が考えるにしては大がかりだしな。学園内の施設だし。あいつらは『経験者』らしいけど、ここのこの装置について、あんまり詳しいわけじゃないみたいだな」

 そうは言うものの、彼が目の前の『高校生』を僅かとは言え疑っていることは、ナギには十分伝わっていた。

「でも、オレ達よりはここのことを知ってるはずだ。お前はもうちょっと観察してろ」
「そうだな」

 ナギの予想通り、彼の言葉にユズハは頷いた。ユズハは彼の耳元から離れ、再び彼から一歩下がった位置で腕を組み、顎に右手を沿えた。

『王エイジ、騎士カナタ。各6ポイントずつ獲得、今回が7ゲーム目になります。相違ありませんか?』
「ありません」

 王と呼ばれたエイジが、柱の声に答えた。

『挑戦者である2名は名前の申請しか行われておりません。王と騎士の申請を行ってください』
「……挑戦者って、もしかしてオレ達か?!」

 柱の言葉に、ナギがとりあえずつっこんだ。そこに人がいないのに、つっこむのはおかしいなあと思いつつ。

「他に誰がいるんですか、先輩?」

 嫌味たっぷりの口調で答えたのはエイジだった。

「冷静な判断ありがとよ。で、王と騎士って何?」
「……何でここにいるんですか?」

 素朴なカナタの疑問に、後ろでエイジも頷いていた。

「知るか、呼ばれたから来たんだっつーの!誰でも良いから説明しろ!」
「……呼ばれた?」
『申請を行なってください』
「無視かよ!」

 ナギの叫びも、エイジの疑問も無視して審判がナギ達を急かす。
 とりあえずナギは目の前にある柱に裏拳でつっこみをいれんばかりの勢いで手を伸ばしたが、途中で痛いだけだと思って、手を引っ込めた。しかし、この柱はこれほどまでに光を放っているのに、全く熱を持っていなかった。

「あ、じゃあ『王』を俺で、『騎士』をナギで」
『申請を受け付けました。位置についてください』
「だ−っ!何でお前が王で、俺が騎士?!」

 勢いよく振り返り、ユズハと自身を交互に指さし叫ぶ彼に、ユズハは冷静かつ笑顔で返事をする。

「うん。俺のが偉いから」
「ぜんっぜん、偉くないっつの!」
「俺のが年上だし!」
「たったいっこじゃん!うっわ!!なんか超不愉快!!」

 冷ややかに眺める高校生二人に気付かず、いい大人が指さし、怒鳴りあう。

『武器を取ってください』

 その声に、ユズハもナギも柱の方へ振り返った。審判の言葉は機械的だったにもかかわらず、彼らはまるで傍に女性がいるような感覚を覚えた。
 その感覚に、ナギの感じた違和感とは別に、ユズハは疑問を持った。
 明らかにこの『柱』、しかも自分たちと同じ目線の位置から声がする。しかし、機械を通している声ではあるが、スピーカーらしきものはなく、人もいない……。ユズハの疑問が、彼の頭の中で明確になってくる。

『良いから、お前は黙ってオレについてこい』

 そう言ったナギの無茶を止めるために、彼についてきたが……。

「武器?」
「ホントに何も知らないんですね、先輩は。ずっとこの学園にいたわりに」

 後ろからエイジに背中をこづかれ、ついさっき、彼からナギについて聞いたことを思い出した。

「俺は先月、院から入ったばっかだよ」
「……そうみたいですね、そう言えば」

 一瞬、カナタは『しまった』と言った顔をして見せたが、いつものことらしく、すぐ笑顔に戻って話を続けた。

「それなら知らなくても無理はないですね。とりあえず、この柱に手を突っ込めばいいんですよ、こうやって」

 カナタがナギの目の前で、光る柱に手を伸ばす。彼の手が肘まですっぽり柱に吸い込まれた。
 その手を、彼は再びゆっくり引き出す。

「……何だよ、その剣……。それをどうしようって言うんだ」

 カナタは彼の身長ほどありそうな、大剣を手にしていた。こんなものが一体どこから現れたのか、ナギには理解不能だった。
 こんな柱に、何が隠されてるのか?大体、この光は一体?
 考え出すとキリがなかった。ただ、考えすぎるのは恐怖になる。
 ナギは僅かながら、この柱に恐怖を抱きはじめていた。

「良いから、ナギ、お前も同じようにとりあえず手を突っ込め」
「え?!……ああ」

 ユズハの言葉に促され、強張った表情のまま、ナギは柱に手を入れた。
 武器らしいものを手に掴み、引き出すが、出てきたのはただの棒だった。おそらく材質は木材だろう。真っ青に塗られていた。長さは3mほどだろうか。ナギの倍……とは言わないが、それに近い長さはあった。

「なんで!どういうことだ?!何であのガキがでかい剣で、俺がただの棒!?てか、こんなに長いの、邪魔なだけだし!?」
「知りませんよ、審判は公平ですから」

 笑顔のままそう言ったカナタを、ナギは睨み付けたが、彼は動じない。 

『光が消えたら、開始になります。王は玉座に移動してください』

 審判の声と共に、エイジとユズハの後ろにそれぞれ一つずつ、肘掛けのついた椅子がせり出してきた。エイジが自分の後ろの椅子に座ったのに習い、ユズハも同じく、自分の後ろに現れた椅子に腰掛けた。
 彼らが着席したのを合図に、柱の光が弱まってきた。そして、最後の光が、落ちた。その瞬間、カナタが水の抵抗に逆らい走り、ナギに突進する!

「ちょっ!待て!その剣は危ないだろ!?」
「ナギ!良いから戦え!ルールに従え!」
「ルール?!どういうことだよ?」

 カナタはまるで自分の手足のように、巨大な剣を使いこなしていた。膝までつかる水が多少動きを鈍くしていたが、ナギは紙一重でその切っ先をよける。しかしその後をカナタの剣は確実に追いかけてくる。

「カナタ!少しスピード落とせ!様子を見ろ!」
「了解!」

 エイジに答えるカナタの表情は、驚くほど生き生きしていた。
 彼は攻撃の手は緩めず、速度だけを落とす。剣は確実にナギの胸元に向かって突き出されたまま、僅かだが、ゆっくりと動いた。
 ナギは突然変わったリズムにタイミングを狂わされ、カナタの剣に一歩近付く羽目になってしまった。しかし、ぎりぎりの所で体を反らせ、着ていたデニムジャケットに切り傷をつけただけですんだ。

「ナギ!いったん退け!」
「……なんでだよ!?意味が判らん!」
「良いから退け!ルールも判らず、むやみに暴れるな!」
「五月蠅い!お前が来い!大体、ルールって何だ?」
「だから、それを説明してやるというのに!俺は動けん!」
「でも、退くのは嫌だ!」

 急にカナタの動きが止まった。ナギの姿が彼の視界から消えたからだ。
 ナギはカナタの後ろに回り、かがんでいた。そのままカナタの足を掴んでひっくり返した。
 床には水がたまっているとはいえ、カナタは肩を強く打った。

「ユズハ!どうしたらいい?」
「武器を持ってる相手に、何をむちゃくちゃしてやがる、このバカは……!!」
「文句言ってんな!俺が聞いてんだ!」

 水面から音を立てながら立ち上がるカナタは、剣を使わず、お返しとばかりにナギの足にスライディングした。
 しかし、ナギはやはり紙一重の所でよけてしまう。
 どうやら、傍目には剣を持って、ナギに斬りかかるカナタが優勢に見えるが、そうではないらしい。
 カナタの顔から、笑顔は消えていた。消えていたにも関わらず、彼の顔は生気に満ち、輝いていた。彼は再び剣を構え、ナギとの間合いを詰める。しかし、その剣はことごとくかわされてしまう。本当に髪の毛一本の距離で。その微妙な距離が、カナタをいらだたせていた。

「ムキになってんな!!とにかく際まで追いつめろ!」

 エイジが叫ぶ。しかし、席を立つ気配はない。その様子を、ユズハはじっくり観察する。彼も同様に、席を立つことはない。

「……審判がいるってコトは、とりあえず何か勝敗を決めるってコトだよな……?しかも、あの大剣……棒はともかく……殺し合いってコトか?」

 顎を指で叩きながら、呟くユズハ。しかしその後、軽く首を振った。それはあり得ない、と。
 この場所は何かがおかしかった。だけど、ここはあくまで学園内だ。学園内で殺人なんか起きたら、いくら何でも問題になるだろう。そんなことが、怪しげな塔とは言え、学園内の施設で行われるだろうか?
 しかし、こうして『審判』がいて、ゲームが始まった。何かしらの決着はつけないといけないはずだ。
 その決着とは?それが、ユズハには判らない。どうすれば勝つことが出来るのか。やるからには、勝たなきゃ意味がない。
 そのために、ナギに言えることはただ一つだった。

「ナギ!良いからとりあえず、勝て!何とかしろ!まず、その剣をたたき落とせ!」
「おう、任せとけ!最初からそう言や良いんだよ」

 そのナギの言葉を聞いて、ユズハは大きくため息をついた。コイツがバカで、良かったのか悪かったのか、と……。
 がむしゃらに勝利へと邁進する彼の姿を見たら、不思議とユズハの心は軽くなった。
 これがただの喧嘩なら、ナギが負ける可能性は、ほとんどない。少なくとも、ユズハはそう思っていた。

「カナタ!」

 エイジがカナタを案じて叫んだ。彼が思わず立ち上がってしまいそうになったが、何とか座り直していたのをユズハもナギも見ていた。
 たった一瞬、カナタの攻撃の手が緩んだスキに、ナギは再びカナタをひっくり返していた。そして、今度はカナタが起きあがってくるたびに、彼を蹴飛ばした。
 それを執拗に、何度も繰り返す。

「お前、案外根性あるね」
「……だって、まだ負けじゃないのに!」

 体格で言えば完全にカナタに負けているナギが、まるで子供をいじめるようにカナタをあしらっていた。ほとんどいじめのようだった。

「だってお前、もう戦えないじゃん、ぼろぼろよ?」

 起きあがりこぼしのように何度も立ち上がってくるカナタに飽きたのか、ナギはしなやかに体全体をバネのようにして弾ませ、彼をボールのように力強く蹴り飛ばした。その勢いで、カナタは10mあまり吹っ飛んでしまった。
 そのまま、あわや滝つぼに転落してしまうかと思われたが、カナタは何とか持ちこたえた。

「……危ない危ない」
「大丈夫か?カナタ。まだ戦えるか?」

 不安の混じった声で、遠くで痛みに耐えているカナタに向かって叫ぶエイジの様子を、ユズハもまた遠くからではあるが、じっと観察していた。
 自分は、こうして座っているのがルールだと、彼は理解していた。

「平気平気。負けてないんだから」

 痛む体を引きずって、立ち上がった。その目の前には、カナタの剣を持ったナギが立っていた。

「……え?いつの間に?」

 カナタの言葉を無視して、ナギは剣を滝に捨て、彼の脛にローキックを浴びせた。蓄積された痛みと相まって、カナタは再び頭からその場に倒れた。

「ユズハ!剣が消えた!」

 ナギはカナタを踏みつけながら、部屋の端から叫んだ。

「剣が消えた?お前が落としたんだろ?」
「違う……落ちてったけど、途中で消えた!なんで?!」

 ナギが滝の落ちる先に目をくれたとき、カナタが後ろから飛びかかってきた。そしてカナタは、ナギを滝に落とそうと、彼の髪の毛を掴み、引っ張った。
 バランスを崩し、二人揃って上半身を滝につっこんだ。しかし、上になっていたのはカナタだった。

「よし!そのまま落とせ!カナタ!」

 エイジの叫びに答えるように、カナタの手に力が入る。ナギは水浸しになりながら、必死に落とされないように踏ん張る。しかし、腕力では完全にカナタの方が上だった。

「ナギ!落ちるんじゃねえ!てか、相手を落とせ!そうしたら、勝ちだ!!お前の勝利だ!」

 ユズハはナギにそう叫んだあと、小声で「……多分」と呟いた。

「……んだよ!それがルールってヤツ?……この!……ぐっ……」

 頭を捕まれ、何度も滝につっこまれる。ナギは身を守るのでとにかく必死だった。カナタがナギの腰を掴み、落としにかかる。 
 ナギの体が一瞬、持ち上がった。

「よっしゃ!」

 喜びにも似た声を上げたのは、持ち上がりフリになったはずのナギだった。彼は持ち上げられたまま床に向けて手を伸ばし、水中からあの長い棒を取り出した。手をひねらせ、棒をカナタの足下で一回転させ、彼を背中から倒れさせるのに成功させた。水が跳ねる音と共に、床に体を強打した鈍い音が響く。
 カナタの手が放れた瞬間、ナギはカナタの頭の側に着地した。水の抵抗を感じていないかのような動きで。左足を下げ、両の手をしなやかに動かし、持っていた棒でカナタの肩を押し、滝つぼへ押しやった。カナタの体からは水の当たる音がはっきりと聞こえるのに、ナギはまるでそんなものは無いかのように、優雅に舞うように戦っていた。 
 カナタは壁に激突し、そのまま溝の奥底へ落ちていったその姿は、その最中で消えた。

「消えた……どこに行ったんだ?」

 消えたカナタの行く先が気になった。不安にもなった。
 しかし、ナギは理解していた。ユズハが言った以上、これがルールだと言うことを。
 戦いが始まってしまった以上、勝つしかない。負けるのは絶対いやだった。状況が判らないのが、とにかく不愉快だった。

『勝者、ユズハ・ナギ組。勝者には各1ポイントずつ与えられます』

 床面にたまっていた水が、審判の声と共に、勢いよく壁面に流れ落ち、床材が露わになった。それと同時にナギの握ってた棒は手から消え、代わりに掌に痣のようなものが表れていた。その痣は数字の「1」と読めた。

「うわー、今まで負けなしだったのに、負けるとは思ってなかったな。しかもこんなちっこい人に。出てくるならそっちのおっきい人だと思ってたのに」

 いつの間にか、エイジとユズハの座っていた椅子も消えていた。エイジが頭をかき、困った顔をしながらゆっくりとナギに近付いてきた。

「くぉら。友達じゃねえのか?あのカナタってヤツは。心配したらどうなんだ?」

 エイジがナギの側に寄る前に、ナギは彼の目の前に駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。そして、見上げながら睨み付けた。その鬼気迫る迫力に、ひょうひょうとした様子のエイジも一瞬たじろいだが、負けじとナギを真正面から見据えた。

「あんだけ痛めつけといて、あんたが心配とか言う?」
「言う。俺はアイツの敵だったけど、お前は味方だったはずだ。しつけの悪いガキは嫌いだ」

 そう言い放ったナギの胸ぐらを、エイジが掴み返した。

「心配なんか、してるっつーの!あんだけぼこぼこにしやがって。やり方がやらしいんだよ!」

 さっきまでとはまるで表情が変わって、ナギを必死で睨み付けていた。そんなエイジに、ナギはしばらくの間、彼に胸ぐらを捕まれたまま黙っていたが、

「何回ぶっ倒しても、いちいち起きあがってくる方が悪い。フツー起きあがったとこを倒されたら、もう二度と起きあがろうなんて思わないだろうが」
「カナタはそう言うヤツなんだよ。あいつはああ見えて神経図太いんだよ、図々しいんだよ、変なところで根性座ってんだよ!」
「人間、引き際が肝心だっつーの!」

 エイジに胸ぐら捕まれたまま、ナギはデコピンを食らわせた。

「大体、俺にはまだ、何が何だかわかんねえ。あのガキはどこ行ったんだよ?明らかに消えたぞ、あの時」
「わかんねえのに、闘ってたのかよ……変なの」

 額をさすりながら、エイジが呟く。

「だから、最初に説明しろって言っただろうが!!」

 部屋が再び暗くなっていく。

「何でこの部屋、電気もないのに明るくなったり暗くなったりするんだよ。天井もなかったはずなのに」
「知らないよ」
「知らないって、このガキャ……!ユズハ!何かわかんねえのかよ!観察しろっつったろ!?」
「だから、俺だってお前と同じなんだから、知るわけないだろ。……なんか窓が現れたぞ。いや、扉か?」
「出口だよ」

 エイジがため息をつき、歩き始めながら言った。
 ホントにこの人達、何も知らないんだな、というのと、この何も知らない人たちに負けたのかという思いで。

「おい。心配してるわりに、さっきのガキを探さないのかよ」

 真っ先に「出口」に駆け寄ったエイジに、ナギはその場を動かず、不愉快そうに声を掛けた。

「『ボード』から落とされた『騎士』は、塔の外にいるんだよ」

 エイジはナギに答えつつ、出口に向かう足は止めなかった。そして、大急ぎで扉を開けた。

「あはは。ごめんね、負けちゃった」

 塔の入り口の横で右肩を庇いながら、カナタは座り込んでいた。顔と体はすり傷だらけだったが、何故か濡れたあとはなかった。
 カナタの違和感にナギが気付いたとき、初めて自分も濡れていないことにも気付いた。

「仕方ねえって。良いから、さっさと医務室行くぞ。相当蹴られてたしな。肩も強く打ってたし。いや、背中か?」
「そうだね。ちょっと痛いや」

 誤魔化すように笑うカナタを、無理矢理エイジは背負った。彼が我慢しているのは、充分すぎるくらい伝わっていた。

「俺、このゲームで初めて負けましたよ。先輩は強いんですねえ」

 笑顔でそうナギに話しかけたカナタの下で、エイジがナギを睨み付けていた。

「先輩はよせ。気持ち悪い。お前、撤退する根性もつけた方がいいぞ」

 エイジの視線から、思わず目をそらす。ユズハに助けを求めてみたが、彼は黙っていた。

「お互い様です。次は、負けませんから。また当たると良いですね」
「カナタ、もう喋るなって……」

 カナタはまだ何か言いたそうだったのだが、エイジは無理矢理彼を連れ、学園の方に戻っていった。

「……何だったんだ、この塔は?学園の敷地内だろうが?施設ってことだろ?」
「さあね。何というか、説明のつかんことが多すぎるな。大体、呼ばれたからってのこのこ出かけるか?お前は。大体、誰にどうやって呼ばれたんだ。俺はそれすら聞かされずにここに来てやってんだぞ!お前が来いって言うから!」
「……言わなかったっけ、俺?」
「言ってない!」

 ナギの顔前で、眉間のしわと両目を寄せ、彼を睨み付けた。
 思い出したように、ナギはジャケットの胸ポケットを探る。

「あれ?お前、ジャケット切られてなかったっけ?あのでかい剣でさくっと。あとすらないな?」
「切られてたっけ?俺がそんなミスをおかすかな?」
「お前ね、そんだけ傷だらけで余裕があったとは言わせないぞ?」
 
 ナギはユズハの言葉を無視して、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。まるで彼が塔の中で握っていた棒のように、真っ青な紙だった。ポストカードくらいのサイズの和紙のようだった。

 そこには白い文字でこう書かれていた。

「ナカオマドイとヒジリの秘密を知っている」
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