36話 リース
奏が奴隷商とあってから2日は休息、その後は1日置きに依頼と休息を、時には2日の休息を挟んで受けようという話になった。これは普通の冒険者のペースであり、奏たちもそれに準じようということだった。
その間に変化として起こったのはあまりない。強いてあげるとすれば奏に二つ名がついたくらいか。
不名誉の。
『Gランクのカナデ』、それが奏につけられた二つ名。由来はGランクは基本十日前後でランクアップする。Gランクは冒険者でも研修のようなもので未だに上がれない奏につけられた蔑称。他にも寄生であったりハンターの面汚しなどもある。
寄生などは貴族にも見られるが報復を恐れるなどから表だっていうことはない。それ故貴族でもないむしろ『非民』と一部では謗られる奏に非難が集中する。
盗賊を討伐して街に来たときの他への冒険者の対応および個人での討伐をしないことによるランクの変化なし、これらのことから冒険者の間ではもっぱら噂になり、嘲笑や侮蔑の種となった。最近ではよく男娼になったほうがいいと薦められる。その後に片目を包帯で隠していることをからかわれるのまでがセットとなっているが。
それでも盗賊討伐で助けた冒険者などは奏にも普通に接してくれる。
盗賊討伐から2週間ほどたって呼び出しがあった。その日もギルドにいき、依頼を選んでギルドに処理してもらおうとしたところで受付を担当した男性職員から領主から呼び出しがあるとのこと。
その日の依頼をキャンセルしてサブの武器を修理のために預けて領主のもとに行っている最中である。
「やっぱりこの前の盗賊のことかな?」
「そうでしょうね。あれから何もありませんでしたし」
奏たちは今街の中でも比較的きれいな道や家が並ぶ通りを歩いている。ここは領主の屋敷が近く商人もある程度の良品を扱っているものが多い。そしてここは他の通りよりも巡回している兵の数が少ないが、一組の中の人数は多い。奏たちの特徴と呼び出されたことがが行き渡っていたのだろう、一瞥するだけであった。とはいえ最低限の警戒は怠っていなかったが。
奏たちが受付でもらった手書きの地図を頼りに地方の街の中では豪華だと感じる屋敷の前に辿り着く。門の前にいた兵に声をかける。二人のうち一人が中に入り人を呼んでくるので奏たちは待っていた。待つことしばらく、以前も応対をしたクーダが兵と一緒に出てきた。
「お待たせして申し訳ありません。また、ご足労いただきありがとうございます。それではリース様も御礼をしたいとのことなので行きましょうか」
リストの領主、リースの屋敷は廊下などには最低限の飾り物しか置いていなかった。これはもともとランデル国は農業国家で他国に比べて貧乏であるため、最低限あればいいと一族代々伝わってきたものである。 しかし他の領主は税をガンガン上げて贅沢するものも見栄を張るものもいる。
リースの仕事部屋に行くまでにクーダがリースに関しての話をする。
リースは最近親から家督を譲ってもらったばかりであり、年は21歳である。貴族の年齢としては結婚しないと危ない時期だが本人はまだそこまで考えていないようで親はその強情な態度に既に諦めている。さすがに子孫がいないのは困るため、23歳までには結婚するように約束はしている。リースは地方領主でもあるため、文官としてだけでなく、武官としても育てられてきた。そのため、先の盗賊には頭を悩ましていた。なんせ盗賊は食料や金目のもの、性欲処理のための女性の捕縛、どれも許されざる行為だが、それよりも討伐に来たものを仲間に加え、戦力増強をしていたのが厄介だった。これにより盗賊の正確な数も戦力も把握できず、領民の不安は増すばかり。リストの街といっても領地はそれだけに収まらず近くの村や町もいくつか含まれる。そこの領民も守らなければならない。その重圧で倒れる寸前までなっていた。それが今回奏たちのおかげでその重圧から放たれた。
余談だが知らせが届いたときには安堵で倒れてしまっていたとのこと。
クーダが二階にある部屋の一つで止まるとドアについていた輪を掴みそのままドアを叩く。
「リース様、先の盗賊討伐の功労者であるお二人を連れてきました」
「……分かったわ。入って」
声の主は何とも疲れた調子で返事をするとクーダがドアを開ける。そのまま中に入りドアを開いて奏たちにどうぞ、お入りくださいと会釈で合図する。
ミユ、奏の順に部屋に入る。部屋の中には奥に設置された机の上に紙の束を脇に整理している女性がいた。女性は長い髪をまとめて左肩のほうに流している。その表情は疲れているようで、でも奏たちが来たので笑顔を浮かべて隠そうというのがうかがえた。
「今日は来てくれてありがとう。僕はここリストの領主を任されているリースよ。仕事がたまっていたから綺麗ではないけど、席に座って」
リースは椅子から立ち上がり奏たちの前に立ち、部屋の中央に設置された応接用のソファに案内する。
「本日はお招きいただきありがとうございます。私はミユです。こちらは私の従者の奏です」
「奏です」
自己紹介を終え、ソファに腰掛ける。
メイドがお茶を持ってきて一礼して下がる。そのメイドは奏たちが先日盗賊に捕らえられていた女性の一人であり、身寄りがないためここで働くことを決めた女性だった。
「自由にしていいわ。あなたたちは私にとって感謝しきれないんだもの。ずっと悩みの種だった盗賊が討伐されたんだから本当にありがとう。」
「いえ、街による途中でしたし。しかしお忙しそうでしたが私たちを招いてよろしかったので?」
ミユが机の上の書類とリースとを見比べて尋ねる。そのことにリースは少しお茶を口に含み、
「それについては問題ないわ。僕がしていたのは、盗賊のせいで進まなかった書類仕事や事後処理だから。それよりも来てもらうのが遅れてごめんなさい。領内の村の様子の視察だとかでゴタゴタしてしまったの。それにしてもたった二人でしかも若いとは聞いてたけど、ここまで若いとは思っていなかったわ。僕と同じかそれよりも若いんじゃない?」
「確かにこちらのカナデはまだ10代ですが私はエルフなので一応長く生きていますよ。それとカナデの従魔も手伝ってくれたことも大きいですね」
「まぁそうなの! 確かに名を轟かせる傑物はその頃からだったり、もっと若くから才能が見え始めるというから将来が楽しみね。……それはそうと、これは聞いてもいいのかわからないのだけれど、いえ、失礼であるのでしょうけど」
途中までは盛り上がっていたリースだが、声の調子を落としわずかな戸惑いを持っていたがすぐに振り切り、下げた顔を上げた。それに合わせて今まで壁によっていたクーダがリースのすぐ傍まで移動する。雰囲気も一気に変わった。
「僕たちは情報を各地から集めているわ。可能な限り遠くまで。特に今回のような活躍をした方が我が屋敷に足を踏み入れるものであれば念入りに。もちろんあなたたちのことも調べたわ。これは単純に興味からなのだけれどカナデさんに関して調べていたらどうも評価が2つに分かれているみたいなのよ、それも極端に。部下たちの報告からで僕も片方はデマだと思っているけれど、これを見てほしいの。これがどういった経緯でなのか説明できる範囲でいいから聞かせてくれる?」
リースが見せたのは奏に関する評価が書かれた調査書だった。一つは奏が助けた者たち、リースの部下、奏と話す露天の商人・ギルドの職員たちのもので、もう片方はそれ以外の冒険者の噂、接していないギルド職員、それを聞きつけた商人であった。内容を読めば確かに極端であった。
「これに関して私から説明させていただきます」
そしてしばらくの間ミユによる説明が続く。
「なるほど、そういうことなのね。僕からギルドに一言言おうか?ギルドは基本的に権力を受け付けないから聞くかどうかはわからないけれど」
「いえ、カナデ自身が別に構わないと言っているので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そう、それならいいわ。ふーん、嫌がらせが始まったのは登録したロッタ村で、か。ねえ、最近ロッタ村がモンスターの襲撃にあって壊滅したらしいのだけれど、何か知らない?」
その話にミユはついカナデのほうに視線を送ってしまった。それは知っていると肯定するようなものでリースも確信を得た。
「やっぱり、知っているのね。あそこまでの魔物が多種で群れるなんてあまりないことだから少しでも情報が欲しいのよね」
「……いえ、私たちも詳しいことはあまり。私たちはもともとお金がある程度貯まったから別の場所に移ろうと考えていたところを魔物の群れが襲ってき」
「嘘ね。ほとんど本当の事なんでしょうけど嘘が混じっているわ。悪いけど僕『直感』スキルがあるから、変に嘘つかないほうがいいわよ。嘘を吐くのであればやましいことがあると見なして法的措置を取らなければならなくなるわ」
『直感』スキルがあるといわれて奏にどうしましょうかと顔を合わせる。
「はあ、ここからは僕が話しますよっと」
手を軽く挙げてミユから引き継ぐ。普通の相手であれば声の調子などを操作すればいいが『直感』スキルがある相手には奏も打つ手がない。
奏が話せる範囲の全てを正直に大まかに話す。その際リースの表情の変化が面白く、ついつい笑ってしまっていた。
「……なるほど、詳しい事情はわかったわ。別にロッタ村は隣の領の村だし、僕の領の領民に被害が無いようにする調査だったから咎めるようなことはしないわ。元々商人が訪ねた時に魔物がうろついていたっていう情報もあったし。それよりもそこまで正直に話してもらってこちらとしては有難いのだけどあなたは同時に危険だと感じたわ。あなたはしばらくここに滞在するのでしょう? 少なくともリストの領土にいる間ではあまり問題を起こしてほしくないから上手く付き合うコツなんかがあれば教えて欲しいわ」
「上手く付き合うコツ、ね。…………とりあえず基本的なことを守ればいいんじゃないかな。自分がされたら嫌なことはしないとか。あとは命の危険のあるものとか僕の家族に手を出さないとか? 家族って言うのはこの魔吸蜘蛛のアリア。大事な娘だ。ギルドの事は別にミユがいるから収入に困らないから放っておいてもいいし。僕自身諦めてるし。まあ度が過ぎれば行動に移すとは思うけど。だから基本放置でいいと思うよ」
奏がアリアの紹介をするために奏が脱いだローブに包まっていたアリアを見たときはリースたちは咄嗟に身構えたが安全だと判断し、すぐに警戒を解いた。
奏の要求は難しいものではない。しかし大まかに理解はできても、その細かな線引きは個人によって異なるものであり、一概にこれとは言えない類のものでもある。リースはそのことを踏まえて自分の中で整理して奏たちに向き直る。
「分かったわ。無茶な条件がなくてホッとしたわ。では今言われたように気を付けることにするわ。可能な限り僕は友好な関係で終わりたいし。じゃあ話が前後してしまったけれど今回の盗賊討伐の褒賞に関して話をするわね。……調査した結果あそこには100程の盗賊がいるのがわかったわ。中には依頼の途中で寝返った冒険者や巡回中の兵もいたみたいね。それで迷惑かけた分やうちでいくつか買い取った武器も合ったりするから、それら込みで金貨4枚と銀貨50枚を予定しているのだけれどそれでいいかしら? 何か意見があるのなら遠慮なく言ってね」
奏自身この世界に来て最初にお金について習ったが、その後ほとんどの時間をお金とは関係ない場所で過ごしてきたため金銭感覚にあまり自信はないためミユに譲るが、ミユはでミユで元々エルフは基本が狩猟と採集でありあまりお金を必要としないため馴染みがなく相場がわからなかった。
二人は小さいお金であればギルドの報酬や露天などの買い物で価値はわかるが、金貨のように大きいものになるといまいちであった。
「ええ、それで構いません」
「じゃあ、それでよろしくね。もしも時間があるのであれば夕食を招待したいのだけれどどうかしら?」
「いえ、申し訳ないのですが本日中に預けていた武器を取りにいかなければならないので」
ミユが申し出を断るとリースは残念そうに体をソファに預けるがすぐに姿勢を戻した。
「そう、せっかくだしいろいろと話を聞きたかったけれどそれじゃあ仕方ないわ。これからも頑張ってね」
その言葉を最後に奏たちは屋敷を出た。
褒賞金はひとまず奏が『アイテムボックス』に保存することにした。
奏たちがいつもの雑多な道へと戻ると体をほぐすように伸びをする。
「あー、疲れた。それにしても勧誘とかされると思っていたけどそういうのは無かったね」
「それはやはり本人が危険視していたからではないでしょうか。カナデさんは気まぐれな性格であるように感じますから何かの弾みで手がつけられない事態になることを危惧しているのではないでしょうか。だからルーさんたちの言っていたような勧誘が無かったのではないでしょうか?」
「あ、ね」
奏は納得という表情で頷く。奏自身、昔--裏切られる前に比べて思考がこの世界に染まったからか危険であるという自覚はある。以前は法で縛られていたから我慢すればほぼ一線を越えてこなかったが今は法があるとはいえ気を抜くと形だけのものとなり自身を守るためにいつどんな理由で爆発するかも分からない。
ちなみにミユの言う「ルーさん」は奏たちが助けた女性冒険者たちのうちの一人で奏たちと一緒に依頼をこなしている。彼女たちは現在は元のパーティ、クランに戻ったり、男と組んでいたものは男が盗賊になったため新たに彼女たちで組み直したりしている。中には軽い男性不信に陥ったものもいる。
奏たちが立ち止まったのはとある武器屋。周辺の店と比べると小さく寂れている。人の入りもあまり多くない。しかしこの店は一部の冒険者には評判が高い。多くはここよりも大きく綺麗な武器屋に行くがそこは一定の質以上ではあるが、均一の大量生産が多く、それぞれは細かくまではあわせてくれない場合が多い。それに比べてここは個人で経営しており、冒険者一人ひとりの要望も聞いてくれるため、奏たちは利用している。
ここにはミユのサブの武器である杖と奏の投擲用ナイフを受け取りに来ていた。ミユの杖は単純に魔物に叩きつけた際での衝撃での杖の状態の確認。奏のナイフは備品の補充と重さの調整などである。
「こんにちは、デュールさん。朝にお願いしてましたけどどうでしょうか?」
その声に反応したのは服は煤で汚れ、頭にタオルを巻いた20代の男性だった。彼は一人で飾られている商品の手入れをしているところだった。
「うっす、預かってすぐに親父が取り掛かってたんで終わっていると思うっす。ちょっと確認してくるっす」
そしてデュールは裏手に向けて親父ー、親父ー、朝預かったものはどうっすかーと大声でたずねていた。その声は大きく奏たちは顔をしかめる。デュールの呼びかけからしばらくデュールよりも縦にも横にも一回りほど体格のでかい男性が出てきた。男性の作業着、頭にタオルを巻くといういでだちは同じだがデュールと違って伸ばしたボサボサの髪、髭でこの店にふさわしいという感じがする。
「親父、お客さんが待ってるから早くしてっす」
「うるせえい!! そこまで言うんだったらお前も運ぶの手伝えい! ったく、いつまでたっても気が利かねえい。だから店を任せられねえ」
ここの店主にしてデュールの父親でもあるデューラは手に杖とナイフを持ってきた。
「おう、杖のほうは大丈夫だったぜえい。ナイフのほうは確認してくれえい」
奏はナイフの1本を受け取る。投げるには重すぎず、かといって程よい重さがある何の飾り気もないナイフを軽くポンポンと上に投げてはキャッチを繰り返す。全てのナイフを確認し終えると奏は満足そうにベルトを腰に装着する。ナイフは全てが同じという重さではないがほとんど変化はない。何より無駄な装飾で利便性が阻害され、無駄に重くならないことがいい。人気のある武器屋は何かと見栄えを良くしようとするため観賞用のものを薦められることもある。その煩わしさといったらなかった。
「ん、全部大丈夫そうだ。ありがとう、お金は前と一緒?」
「おう、そいつあ良かったぜえい。料金も前と一緒だ。他に何かあるか」
奏がお金を置いて周囲を見回すがすぐにめぼしい物はなかったのか断りを入れた。
奏たちがデューラたちに見送られて店を出ると日が傾いていた。奏たちはそのまま出店で夜食をとってその日は宿に帰った。
「ふう、なかなかに厄介そうな人が来たものね。世の中には意図せず問題を起こす人と問題に巻き込まれる人がいるけれどあれはどちらかね。一応監視させておくとしても、他に対策打っといたほうがいいかしら? はあー、やっと悩みの種がなくなったと思ったらまた新しいのがくるなんて……」
明かりに照らされた横顔には疲れが浮かんでいた。彼女はカップに注がれた冷めた紅茶に口を付けると再び机の上の書類に目を向ける。しかし、それもすぐに外へと向けられる。
「『非民』、ね。確かに僕の領でも端に行けば快く思っていないでしょうし国によっては殺されるっていうこともあるけれど。そもそも非民って戦争や魔物の襲撃で住む場所を失ったスラムや奴隷たちとどう違うのかしら? 彼は最近ロッタ村に来て冒険者になったってことはそれまで森に住んでいた? ……エルフと一緒に? でもそれなら冒険者登録の際にそれを言えばまだマシなわけだから、そうじゃない……。彼はどこから来たのかしら? ああもう考えても駄目ね。もう寝ましょう」
リースは書類を整えて置き、部屋を出て行く。
彼女と同じ疑問を持つ者は過去にも少なからずいた。しかし、彼らのほとんどがそれに関して知ることはなかった。『非民』と認定された本人が口を閉ざしていたり記憶を失っていたり、語ることすら許されずに命を落としたり。
それ故今では元いた場所を何らかの理由で追われた者という認識の者もいる。つまりただの『災いの種』、『厄介者』。
そう認識する者が増えたがために嫌悪はしてもほとんどの都市部では気にしないものも増えてきた。事実、都市部では冒険者の中にも高ランクの非民が少なからずいる。
しかし、『非民』を気にしない地域でも何らかの大災害が起こってしまえば『非民』のせいにされてしまうことも少なくない。
『非民』の中には戦争で居場所を失ったものもいるかもしれない。しかし事実は明確になっていない。
ただ、奏がこれを聞けば一言、「召喚者じゃない?」とそう答えただろう。