35話 休日
奏たちが現在いるのは大陸南西の小さな農業国家、ランデル国の中にある街、リストの冒険者ギルドの訓練場の一角にギルド職員とともにいる。ギルド職員たちに軽い状況説明をして、街の領主から使者が来るのを待っているところだった。これだけの人数が訓練もせずに訓練場の一部を使っているため、周囲の冒険者も一部何事かと見物しているものもいる。特に綺麗な女性が多いことから男性冒険者が多く見ている。女性の半数はただでさえトラウマで男に対して怯えてしまっているのに注目を浴びてさらに萎縮してしまっていた。
しばらくしてようやく領主の使者が到着した。使者は二人で、一人は眼鏡をかけた男性で、もう一人は金属鎧に身を包んだ明らかに護衛とわかる男性だった。二人が歩み寄って自己紹介を始める。正直事が事だけに女性を派遣してくるかと思ったがどうやら違ったようだった。
「お待たせしてすみません。私はここ、リストの領主、リース=リストの元で文官をしています、クーダと言います」
「俺は護衛のブルドだ。俺のことは基本的に気にしなくていい」
「私は冒険者のミユです。こちらは私の従者のカナデです」
「それでは詳しい話を聞かせていただきますか?」
そしてミユによって、先ほどよりも詳しい説明がなされた。説明の間は誰も口を挟むことなく黙って聞いていた。
「なるほど、これに何か間違いはありませんか?」
クーダはギルド職員に尋ねると
「はい。数人に別室で確認したところ今の話と矛盾しているところなどはありませんでした。また、確認の為、現在冒険者に向かわせているところです」
三人いたうちの一人、眼鏡をかけた細身の女性ギルド職員が答える。
「わかりました。今回ミユさんたちが討伐した盗賊は厄介なものでして、お分かりかと思いますが冒険者や騎士を殺さずに仲間にするというタイプのものでして我々も手を焼いていました。ですのでそろそろ本格的に討伐の準備を進めていました。お二人にはリース様から褒賞金が、ギルドからも報酬が貰えることでしょう。今回は本当にありがとうございました」
そして次の話に入ろうかという時、ずっと黙っていた女性たちの中から声が上がる。
「待ってよ! この人は私たちを殺そうとしたのよ。この人は犯罪者よ!!」
それは奏によって街へ向かう際に魔獣、灰狼の餌にされかけた少女だった。同じような目にあった子らも同調する。
「ふむ、こう言っていますがどうでしょうか?」
「それは理由が……」
クーダが奏に真実か問いかけ、場には緊張した空気が流れる。ミユが弁解をしようとするが、奏がそれを止める。
「ええ、ええ、それは事実だよ。別に僕は彼女らが死んでも構わないと思っていたからね。だけど心外だね。君たちの願いを叶えてあげようっていう善意からだったのに」
「その願いとやらを聞いても?」
「彼女たちは歩くのが疲れたから灰狼でここまで連れて来ようかなと。彼女は水浴びしたいから水浴びさせてあげたしそこの彼はお腹が空いたから食料をあげた、ただそれだけだよ」
「ふざけないで! あんなのどこが善意なのよ!!」
「あんなものが食料なはずないだろ!!」
「彼の言っている事は事実でしょうか?」
クーダは少女たちの意見を聞き、彼女たちのされた仕打ちを聞きつつ、他の女性たちに尋ねた。
「はい。彼の言っている事は正しいです。私たちは彼女たちによって盗賊から救われました。そしてできる限り救出可能な者を全員ここまで連れて下さいました。盗賊から救われた今、私たちは奴隷ではないですが似たようなもので今は彼女たちの所有物です。それなのにこの子達は自分勝手に振舞いました。殺されないだけマシだと言えましょう」
それまで目を閉じていたクーダは目を開けて口を開く。
「……なるほど、分かりました。彼のしたことは酷いですね」
その言葉に少女たちは目を輝かせる。しかし、とクーダの言葉は続く。
「しかし、あなたたちはこちらの女性が言ったように奴隷でこそないですが、確かに現在はこちらのお二人の所有物です。今回非があるのは明らかにあなたたちですので私たちからは特に何もありません」
「なっ! おかしいだろうが!! 俺の家は由緒正しい貴族の家系だぞ! 使用人の分際で!!」
「そうよ! ふざけないで!! こんなのはおかしいわよ!」
クーダは役に立たないと思い、ギルド職員へ視線を向ける。
「あなたたちの状況には同情しますし、私も同じ立場になれば同じになるかもしれません。しかし、他の方を見てみると、足を失った方もいます。彼女たちのほうが厳しかったでしょう。しかしそれに耐えてここまで頑張って来ました。それも考えずあなたたちは自分本位に行動しました。こちらからも何もいう事はありません」
そこまで言って少女たちはうな垂れる。
「さて、寄り道しましたが、話を戻しましょう。現在彼女たちに関しての処遇の決定権はあなたたちにあります。彼女たちは如何しますか?」
「全員奴隷として売る方向でいいんじゃない?」
「え? 奴隷にですか? 皆さん家に帰してあげるのではなく?」
「そうだよー。何でムーちゃんが奴隷になるのー? お家に帰るよー」
「……奴隷嫌だ。……お家に帰りたい」
「この俺が奴隷に!? ふざけるな!!」
奏の言葉にミユが何故?という顔をする。そして少女たちは奴隷という言葉に反応して反論する。他の女性たちは予感があったのか悲しそうに表情をゆがめるも誰も口出ししない。
「そんなんじゃ僕らに対してメリットはない。それに家がない、というか家族がいない人はどうするの?」
「それは私たちで何とか……」
「僕たちに人を養う余裕はさほど無いよ。いつまでも面倒見れるわけでもないし。それなら奴隷にしてすっぱり縁を切っていたほうがまだマシだ。お金も手に入るし」
「私もそのほうがよろしいかと思います。ただ、身分の高い方はもしかしたら直接交渉になる可能性もあります。一応そのような家柄の方の家には連絡を入れさせていただくので、もし必要ならリース様かギルドが立会いもしますが」
「ふーん。面倒だね。まとめて売れたらいいのに。ま、最終決定権は主人であるあなたにあるよ。ただで帰すも奴隷として売るも自由だ。好きなほうを選ぶといい」
そしてミユに決定権が委ねられる。ミユはしばらく考えて、
「……私と、しては……やはり、奴隷にせずに家に帰してあげたいです。」
ゆっくり、搾り出すように口に出す。それに奏は目を閉じて薄ら笑いを浮かべるだけで何も言わない。
「分かりました。では彼女たちは我々やギルドが責任を持って家へ送り届けましょう。家族がいなくなり、生活ができない方も、リース様に掛け合ってみましょう。確実とはいえませんが悪いようにはしないでしょう。そして私たちからの褒賞金も上乗せさせてていただくように報告しておきます。私たちからできることはこれくらいです」
「ギルドも同じです」
「では無事に話が終わったということで。……ああ、最後に」
そう言ってクーダは何とか奴隷にならずにすんだことに安堵していた少女たちへ視線を向ける。
「今回のことを報告をするのは構いませんが報復などしようものなら我々ができる力を使って阻止しますのでそのことは覚えていてください」
そして奏たちは女性たちからお礼を言われて別れる。そのまま報酬を受け取りに行く。領主からの褒賞金は後日ということになった。少女たちは最後まで奏に対して憎しみのこもった視線を向けていたが、何も言うことなく連れられていった。
奏たちが報酬を受け取ると既に外は暗くなり、ギルドに併設された酒場は酒を飲んでいる冒険者であふれていた。とはいえ全員ではなく普通の食事を取っているパーティも複数ある。彼らは夜の依頼を受けるためであったり夜、有事に備えての念のため地元冒険者の持ち回りの警戒であったりする。
奏たちは早く宿を取れるのであれば取ろうとギルドを後にしようとする。しかしここにいるのは奏たちが盗賊を討伐し、報酬をもらったことを知っている冒険者たち。奏たちの前に女性冒険者のパーティが進路を塞ぐ。
「なあ、あんたら今日近くの盗賊討伐して報酬たくさん貰ったんだろ? ウチらも行こうと思っていたんだよ。しかし先越されちまったよ。なあその報酬で酒おごってくれないかい?」
「少しくらいいいだろう?」
顔は赤らみ、息も酒臭く、だいぶ酔っているようだった。奏たちは早く宿を探さなければならないため無視したいが、ドアが塞がれているためどうすることもできない。
「しかしあんたら若いのによく盗賊を倒せたね。しかも二人かい? あんたらのランクは今どのくらいだい?」
女冒険者の言うことは最もだ。盗賊の規模からして二人で討伐なんて高レベル冒険者でなければできることではない。
「私はつい先日Dランクになりました。奏さんは……」
「僕はGランクだよ」
それを聞き周囲の者たちが眉を上げたり首を傾げる。
彼女が高レベル冒険者でなく高ランク冒険者と尋ねたのは単純にレベルとともにランクもあげるというのがほとんどでレベルを上げてからランクを上げるなんて二度手間をするものはほぼいないからである。
「どういうことだい? いくら何でもGランクでは足手まといにしかならないと思うが……?」
「あれか? レベル上げてから最近冒険者になったってことか?」
周囲では疑問が浮かぶ。
「いやいや、僕なんてそんなんじゃないよ。僕の主が強くてね。僕はアイテムボックスが使えるってだけで拾ってもらったんだよ。いやーそれにしても今回は上げてもらえると思ったら寄生しているだけじゃ無理だったかー」
奏は苦笑いとでもいうように弁解する。実際今回奏のランクが上がるかと思われていたが既に各ギルドにロッタ村支部から通達がいっていたようで個人での討伐でなければ認められないと言われた。
これには驚いた。しかし詳しい話を聞かせてもらうと、ロッタ村支部からは毎回依頼に出るたびに戦闘では常に避難し、荷物持ちしかしていなかったことを村のほとんどの冒険者が見ていたことから安易にランクを上げないほうがいいとのこと。
奏はこれに怒りをお覚えるよりも滅ぼしたのにここでも妨害するのかと感心してしまった。
確かに荷物持ちをするものがいないとは言わない。しかし彼らは冒険者ではない。ダンジョンや門の付近で冒険者たちと自分たちで交渉している。冒険者はランクが上がると義務が生じるが同時に様々な恩恵を得られる。それゆえ奏のような行動しか指定いないものはおいそれとランクを上げることはしない。
奏のその言葉を聴いてほとんどのものは寄生かと考え、将来有望だと感じた見目麗しいミユに注目する。皆勧誘しようと思うが牽制しあって動けない。
その時奏たちに近づく影が。
それは体中に包帯を巻いたりしている女性の集団。奏たちが助けた女性の中にいた冒険者だった。
「今回は本当に助かったよ。ありがとう。良ければお礼として食事でもおごらせてくれないか?」
その言葉に奏とミユは顔を合わせるが、せっかくだしということで一緒に食事をすることになった。宿の方はもうこの際厩を覚悟することにした。
奏たちに最初に話しかけていた冒険者たちは話がどんどん進んでしまい置いていかれ他の冒険者に冷やかされていた。
酒場の一角に陣取ると注文する。
「今日は好きなだけ頼んでいいよ。さてさっきも言ったが改めて言わせてもらうよ。本当にありがとう。正直あそこであのまま一生を終えると思っていたからね」
「ホント。冒険者はもう続けられないけど助かっただけましだよ」
これは左腕を失くした者の言葉。だがそこに悲壮感などは無かった。
「それよりもさっきの話はどういうことだ?」
突然声を落として話が続けられる。
「さっきのというのは……」
「もちろん、この少年のランクに関してだよ。Gっていうのには驚いたがどうして上がっていないんだ?」
「それは私も思った」
「ああ確かに」
皆が皆疑問に首を傾げる。
「それは……。実は私たちが以前いた場所、冒険者登録した場所でのことですが、結構閉鎖的な村だったんですよ。それで登録の際に奏さんが『非民』であることを知り嫌がらせが始まりまして。今のようなことになりまして」
「なんだい、そりゃ? 確かに閉鎖的な村や他の街だとこの国でもそんなことはあるし他の国でも国ぐるみであったりするけど。『非民』の話なんてほとんど迷信だろう?」
「『非民』は得体が知れないって言っても生まれた場所がわからないだけなのに。私たちがギルドに抗議しようか?」
事情を聞いて憤慨する冒険者たち。それに対して奏は涼しい顔で
「気持ちだけで十分。それに例えくだらない話でも根付いてしまえばどうにもできないし。ランクも別に無理してあげなくても良いかなって考えてるし、いざっていうときに義務なんて無いわけだし」
「でも報酬は少ないでしょ?」
「そこはご主人様に頑張って頂く方向で」
「それは構いませんが」
「そこまで言うならいいけど……何かあったら私たちに言うんだよ。私たちは返しきれないくらい恩があるからいつでも味方するよ」
「ありがとうございます」
「でもあれだけ強いのに……。勿体無い」
「相手が勝手に油断してくれるのであればそれに越したことはないからね。構わないよ」
「なんか話を聞いてると言葉遣いとかから主従が逆に感じるね」
「確かに」
そしてその日はたくさん奢ってもらい別れた。ちなみに奏たちは結局泊まる部屋が見つからず、厩で寝ることになった。女性冒険者たちも一緒だった。
日が高くなって奏たちはやっと起きた。もともと街への移動と盗賊殲滅、被害者の護衛など連続して動いていたため今日から数日は休みにする予定であった。
奏たちはまず宿を探す。そしてその後自由行動にした。奏はアリアとともに店を回る。ほとんどは武器屋防具屋、露天などの冷やかしであった。たまに食べ歩きをする程度である。既に盗賊の武具防具はギルドで買い取ってもらったため、報酬以外にもそれなりにお金がある。食料のほうは奏がずっと持っている。奏たちが歩いていると、ふとあるものが目に入った。
本屋である。この世界、紙の生産は盛んに行われているが奏が知る現代のものに比べると若干分厚い。また製本技術もある程度発達しているが、現代のような『洋式製本』は一部の地域でのみ使われ、昔の日本のような『大和綴じ』や『四つ目綴じ』のように紐で綴じられているものがほとんどである。それ故普通の本はそこまで高くない。高い本は魔法に関する本であったり、学術に関する本などである。
奏もアリアの読み聞かせのために、いくつか本でも買うかと思い本屋へ入る。
本屋の中はあまり人が居らず閑散としていた。本も高いものと安いものは分けられていたようだが、ジャンルなどは特に分けられていなかった。
本屋の店主も奏が店に入ってきたときに一瞥して声をかけるだけで椅子に座ったまま動くことはなかった。
奏もむやみに話しかけられても困るため自分で本を適当に探す。アリアも一緒に見ているが文字が読めないためにあまり興味があるといった風ではない。
本を探してしばらく、いくつか子供に読み聞かせるようなものを手に取り、魔法に関して何か面白そうな本はないかと高い本の置かれたスペースに向かう。ほとんどの本は魔法に関する研究成果のレポートや研究者による推測ばかりで特に気になるものはない。奏が諦めて清算しようとするとき、ふと視界をかすめる一冊の本。その本からは魔力が放出されていた。気になって手に取るが、魔力を放出する以外におかしなところは見受けられない。一応ミユに聞いてみようと一緒に買うことにした。
本屋を出ると特にすることもなくなり再び散歩へ。とはいえ街の中を歩くのはクラスメイトに裏切られる前の王都での買い物以来なので珍しさが強い。何より場所によって特産品や服装などが異なるため見ていて飽きることが少ない。王都は大陸でも中央部にあったため寒暖の差が激しく、服装も日本の冬と夏のようにはっきりしていた。逆に今奏がいるランデル国は海沿いであるため雨が多く、また、地球で言う赤道付近なためか温度が高く、皆薄着か、肌が焼けないように袖や裾の長いものを着ている。それ故赤道低気圧気候と同じであり植物もそれに近く、森も様々なものが生い茂っていた。
奏もローブで日射しを避けてはいるが暑いため中は可能な限り薄着にしている。その気候故か先程の防具屋も金属製のものは一つも置いてなかった。
「暑い」
途中、露店で買った果物を絞った飲み物を口に含みボヤく。周囲の奏の呟きが聞こえた住民はお前は働いていないくせにとでも言うように視線を向けるが直ぐに自分たちの仕事に戻っていった。
「そこのローブの方、宜しければうちの商品見ていきませんか?」
奏がグダッていると横から声がかけられる。
視線を向けるとそこには豪奢な衣服に身をまとった太った男が。その後ろに男と女の護衛らしい人影もあった。
「商品って? というかここは?」
「ん? こんなところまで迷い込んでしまいましたか?ここは街の裏の通りですよ。お嬢さん一人では危ないです場所ですよ。私はここで奴隷商を経営しています」
その顔にはいかにも商人といったような深い笑みが張り付いていた。
いつの間にか裏の通りにまで行っていたのかと思い、引き返そうとする。
「ふふ、どうですか? 今なら戦闘に特化した物や顔の整った男もいますよ? 他にも巨根を持つ者もいますし。宜しければ見てみませんか?」
「…………。いや、悪いけど僕男なんだけど。男とか趣味でもないし」
「……これは失礼しました。こう言っては何ですが女性のような顔つきでしたのでてっきり……」
「間違われるのには慣れたから構わないけど。あまりお金もないし買えないからいいよ」
「お待ちください。ここであったのも何かの縁。見たところ冒険者か旅の方だと思いますが、見るだけでもいかがです? 戦闘に特化したものがいるのも事実ですし」
「? どうしてそんなに必死に引き止めるの? ただの迷子に過ぎないのに」
「端的に申し上げるならば勘ですね。状況を読む力も商売には大事ですが時たま起こりうる直感というのはそれよりも侮れない。とはいえこれが外れることのほうも多いですが。私としてはできる限りこの直感を信じるようにしています。これが理由としてはだめですか?」
そう言い終えた商人の目は揺るぎないもので奏の視線から逸らすことはなかった。
「……そうだね。勘は大事だ。冒険者でもそれは変わらない。お金はあまりないからたぶん買うのは無理だろうけどそれでもいいなら見させてもらうね」
「それで構いません。お得意様になるならそれに越したことはありませんし、もし欲しい物がいるなら稼いで買ってくれるでしょうし、そうでないにしても私たちが損することは無いのですから。ではご案内させて頂きます」
奴隷商の案内に奏はついていく。ちなみに順番としては奴隷商、女性の護衛、奏、男性の護衛の順であった。これはあくまで保険としてのことであり、奏が変な事をしても対処できるようにだ。
「でも意外だね。冒険者の僕にも敬語なんて」
「それは当然です。奴隷とは大抵は安くないものばかりです。それをいかに買っていただくかでいけば我々が敬語で話し、ある程度下手に出て気分よくしていただき、財布の紐を緩くしてもらうのが楽ですからね。何より粗野な話し方ではもし貴族以上の身分の方が来たときにうっかり出てしまいかねません」
「そんなこと話していいの?」
「ええ構いませんよ。こんなことを聞いて帰るのであればその方の商人に対する考え方が違ったというだけですから」
「そういえば意外といえば奴隷以外にも色々と売っているんだね」
「それは当然です。奴隷に着せる服を購入する方などもいますし、何より奴隷が常に売れるというわけでもありません。たまにまとめて買われる方もいますが多くはありません。その間の経営や、奴隷の世話や食事にかかる費用などもありますからね。他のことをしないと潰れてしまいますよ」
それもそうかと呟きながら周囲を見渡す。ここには服だけでなく、簡易な薬、食料があった。そしてそのまま奥の部屋へ行く。そこには机と椅子が並べられていた。
「ここは奴隷に関する売買の際に使用する仕事部屋です。どうぞお掛けください。……ではまず初めに奴隷に関して、奴隷の売買に関して、奴隷の扱いについての説明をさせていただきます」
それから話は続いた。
奴隷は借金奴隷、犯罪奴隷、戦争奴隷に分けられる。借金奴隷は借金が返せずに奴隷となったもので借金を返せば解放されるし運が良ければそのまま就職もできる。
犯罪奴隷は犯罪を犯した奴隷で解放されることはない。
戦争奴隷は戦争で親が亡くなった子が奴隷狩りにあったり、敗戦国の人が奴隷となる場合である。今はどちらかというとモンスターに村を襲われ、身寄りのない子供が盗賊などに捕らえられて裏で奴隷商に売られて奴隷となる場合が主となっている。
奴隷は奴隷主の所有物であり、必ず首輪をつけなければならない。それ故首輪をつけるという行為はここではファッションとして流行ることはない。これには契約魔法がかけられており、服従となるが、どこまで服従させるかは奴隷主しだいである。奴隷の起こした問題は奴隷主の問題になる。
奴隷の売買に関しては一括払いのみであり、その際に証文を必ず作成する。
奴隷の扱いに関しては地域によって異なるが、奴隷が死んだ場合は所有者が処分する。
借金奴隷に関しては性奴隷もいるが大抵は労働奴隷であり、死なせないために度々奴隷商や衛兵が様子を見るようにされている。しかし借金奴隷を嵌めて永久奴隷とするものも後を絶たないことは問題である。他にも細かい説明がなされる。
「それでは説明は以上になります。質問などはございませんか? ……では奴隷はどのように見ますか? この部屋に条件に合いそうなものを見てもらうか、直接見るかがございますが」
「直接見る方で。その方が良さそうだし」
「そうですか。わかりました。付いてきてください」
奏の言葉に頷き、扉に手をかける。奴隷商が扉を開くと薄暗い部屋に案内される。
「ここからは部屋が分かれていまして、左手前が男の戦闘奴隷、奥が男の性奴隷、右側手前が女の戦闘奴隷、奥が女の性奴隷です。性奴隷には教養を兼ね備えた物と子供などの戦闘向きではない奴隷も含まれています。見なくてもいいものはありますか?」
「取り敢えず……全部見てみるよ」
「分かりました。ではまずは男の戦闘奴隷から見ましょうか」
奏たちは部屋に入るとムワッとした熱気と汗臭い臭いが充満していた。
扉が開き奏に視線が集まる。その視線のほとんどがギラギラしたものであり、見定めているように注目している。
「見た感じ特に気になるのはないかな」
「そうですか。では次に行きましょう」
そして男の性奴隷の部屋に向かう。男の性奴隷の部屋は熱気は先ほどと同じだが臭いが違った。
こちらは奏を見るものは全体の半分ほどで奏を見るものは目を爛々と輝かせていた。
「こちらには夜の活動には男性のみ、女性のみ、男女とも可能と分けられているので気に入った物が合わないこともございますので御了承下さい。きちんと買う時には説明いたしますしこれは女の性奴隷も同じです」
「別に性奴隷が欲しいわけでもなかったし、特に気になるのもいないしここもいいや」
そして次の部屋へと向かう。女の戦闘奴隷の部屋は甘い匂いが充満していたが、中にいるのは他と比べて圧倒的に数が少なかった。
それも当然だろう。女性で戦闘奴隷になれるのは冒険者や騎士、エルフなどの狩猟種族といったものくらいだからだ。
いくら才能があろうが中途半端な強さであるなら奴隷商がわざわざ育てるなんてことはない。あったとしても、家系的に有名なところの子女があるくらいである。そもそも才能なんて試してみないとわからないし、運が悪く奴隷商の元にきたのだ。奴隷商にとってその道を歩んできたわけでもなし、才能を見抜くことなんてそうそうできることじゃないからそんな無駄なことはしない。
「ふーん、ここは全然居ないんだね」
「ええ、女の戦闘奴隷は一番少ないですからね。同業はどこも同じだと思いますよ」
「男の方もだけど見た感じ、程々の強さしかないんだね」
「それはまぁ数が少ないというのがありますが騎士や冒険者、傭兵でもほとんどは下の方が借金奴隷であったり、犯罪奴隷になりますからね。上の立場であれば食い詰める心配もありませんから」
「それもそうか。うーんやっぱりここも特にないかな」
奏たちが最後に入ったのは大きく分けて女の性奴隷に分けられる部屋。そのためか先程よりも甘ったるい匂いがいくつも混ざり合い、胸焼けを起こしそうになるほど経った。
「ここ匂い酷くない?」
「ええ、お気持ちはわかりますが我慢してください。お気を悪くする方も多少はいますが、貴族の方などは香水などを使われてこれを気に入ったりしますので。本当にこれの何がいいのか甚だ疑問ではありますが」
奴隷商はやれやれと首を振って奏に答える。それは心からの声であるようだった。
先程の男の性奴隷と比べて奏を見てもその後反応する数はだいぶ少なかった。
「先程の男の性奴隷の時も思っていましたがやはり、女性に思われているようですね」
「ん、そう? まぁ、別に構わないけど。……やっぱり特にないかな」
「ふむ、そうですか。それは残念です。奴隷と言ってもあまり新しい物がすぐ手に入るというものではないですし。……仕方ありません。何かご入り用なものがあれば是非当店をご利用ください」
応接間に戻り恭しく頭を下げる奴隷商。
そこで奏は思い出したように声をかける。
「ありがとう。機会があれば寄るよ。……あっ、そういえば首輪とかってある? 契約魔法の付与とかされてないやつ。でも呪いとか他の付与魔法がついてるのなら見せて。できる限り頑丈なのが良いな」
「? 普通の首輪ですか? 呪いの類のものは流石に持っていませんが契約魔法以外の魔法が付与されたものなら幾つかありますよ。頑丈さは物によりますので期待しないでください。」
奴隷商が応接間から出て行き少し経ち戻ってくると複数の種類の首輪が奏の前に置かれる。薄いものから分厚いもの、細いものから太いもの、首輪の上の方から布が付いていて首輪が隠れるように細工されているものまで様々であった。更に『鑑定』で調べるとステータスダウンのものが幾つか。特に目を引いたのは装着者の魔力を吸い続ける物。その他にも色々。
「これで良いかな」
そう言って手に取ったのは着けた者の自重を最低でも1.2倍以上にするという付与がついたもの。上限は記載されていなかった。これは着けたもののみに作用するため例えば着けた者を担いだ場合、担いだ者には特に影響はないし、もし魔物に攻撃するときに重くなった分攻撃が重くなるといったことはない。
確かに魔力を吸い続ける首輪も気にはなったが、アリアには今、魔吸糸と硬糸で編みこんだローブを作ってもらっている。この二つの効果は魔力吸収と硬化で防具や魔道具にも見かけられるものである。魔力吸収はそのまま魔力を吸収するが、この場合着用者の魔力を常時吸い続け、魔力を貯蔵し、使いたいときに貯蔵しているものを使うことができるもの。硬化は魔力を通すと硬くなるもの。特に後者が防具に人気だが、いかんせん、そのようなものはたいてい高い。また、魔力吸収は魔力を開放するとき細く長く使うなど調整する必要があるが制御を間違うと一気に放出され貯蔵が0になるというリスクもある。
「これに決めたんだけどいくら? あと使い方も教えてほしいな」
「……使い方に関してはもちろん教えますが、いったい誰に使うつもりですか? もしかして既に奴隷を持っていたということですか?」
奏が選んだものが意外だったのだろう、奴隷商は頭に浮かぶ疑問を口にする。
「奴隷はいないよ。僕がある意味奴隷みたいなものだからね、着けてみようかなって。……いや、結構違うかな? どうだろう? まあ遊びみたいなものだよ。あとは特訓も少しはあるかな?」
「なるほど……? わかりました。それは魔力を通せば基本的に使用者のかかる重力を望む重さに切り替えられます。ただ、常に使用者の1.2倍の重さ以上になります。呪われているわけではないので着脱は自由です。一応言っておきますが犯罪などには使用しないでくださいね」
奏がお茶目な感じですウインクして答えたため、念を押して注意を促す奴隷商。それに対する奏の返事は軽いものだった。
「大丈夫、大丈夫。そんなことしないよそれで料金のことなんだけど」
「それは金貨3枚ですね」
「金貨3枚? 思ったよりも高いんだね」
「なにぶん、効果が効果でしてね、あまりないものなんですよ」
「成る程ね。確かにそうだ。ま、それくらいなら……はい金貨3枚」
「はい、確かにいただきました。おい、ナスル! お見送りしなさい!」
「はーい、少々お待ちください!」
奴隷商の言葉にやや遅れて壁越しに返事が来る。
「別に見送りなんていいのに……」
「いえいえ、最初も言った通り、あくまで勘ですが将来が期待できる方には少しでも良い印象を持ってもらいたいので是非させてください」
「……それって将来の期待出来ない人はぞんざいに扱うってこと?」
「いえいえ、そのような方にも丁寧には接しますよ。少々サービスが落ちるだけで」
最後の方は小さく言っていたが奏にはしっかり聞こえた。奏はそれを聞き、感心した。
奴隷商が説明をしているうちに奏より少し年上といった感じの青年が部屋に入ってくる。
「お待たせしました。確かお見送りでしたよね」
そう言って現れたのはパーマのかかった茶色の髪にそばかすが印象的な青年--話の流れからナスルであろう--だった。
「初めまして。私はナスルって言います。ここでは見習いとして働かせてもらってます。さ、行きましょうか」
ナスルについていく奏。後ろでは奴隷商が恭しく頭を下げている。
「ではまたのお越しをお待ちしています!」
ナスルの声が奏の背中越しに響いた。外に出れば既に太陽が傾き空はオレンジになっていた。周囲には店をしめる人や帰路に着く人がちらほら見える。逆に夜が近づいてきたからと活気付く店も。生ぬるい風が奏たちにまとわりついてそのまま過ぎていく。
「ふぅー、そろそろ帰ろうか」
奏の言葉に了解とでも言うようにキチキチと音を立てるアリア。
宿に帰ると既にミユがいた。
「ただいま、早かったね」
「おかえりです。私は矢の補給と薬学書を探しに本屋を寄っていただけですから」
「そうなんだ、僕たちも武器屋とか本屋に寄ったけど会わなかったね?」
「そうなんですか? 行き違いだったんですかね。カナデさんは他にはどこかに行かれたんですか?」
「うん、奴隷商人のところに」
「…………」
奏の軽い受け答えにミユは口を開いて驚く。
「奴隷って……、別に構いませんが、やっぱりカナデさんもそういうお年頃ですし」
だんだんと声が尻すぼみになっていくミユ。
「勘違いしているところ悪いけど、道に迷って裏道に入って奴隷商人に捕まって、せめて見るだけでもってせがまれただけだよ」
「そ、そうなんですか。では何も買わなかったんですね」
「いや、首輪をひとつ買ってきたよ」
「首輪、ですか?」
「そ、一応僕はミユの奴隷ってほどではなくても従者だし……」
「別に首輪なんて着けなくてもいいんですが、というか従者に必要ないですよね」
「や、効果が面白いのがあってね。……これ、着用者の自重を最低でも1.2倍にするんだって。なかなかに使えそうでしょ」
「……えっと、どのような用途で使うつもりなんですか?」
奏の無邪気な笑顔に不吉な予感を感じたのだろう、ミユが尋ねる。
「もっちろん、自分の訓練だよ。他に何があるの?」
「いえ、そうですよね」
視線を逸らしつつ奏の質問に答えるミユ。そこで奏はあることを思い出した。
「そういえば本屋でなんか奇妙な本を買ったんだけど」
「奇妙な本、ですか?」
「そ、これなんだけど、魔力を放出してるでしょ。これが何なのか気になって」
そこで取り出すは本屋で買った本。ミユはそれを受け取り軽く見ると、
「ああ、それは魔法書ですね」
「魔法書?」
「ええ、名前の通り魔力のこもった本ですよ。魔石と同じですよ。魔法書の場合ほとんど効果があるわけではないでしょうけど。でも研究で媒介にしたりするのに使うことはできますよ。なかには魔法陣などを描いたものを指すこともあるらしいですよ」
「ふーん、これは……使えない?」
「はい、それはただ魔力がこもったというだけで特に使い道はありません」
「ま、いっか。とりあえずアイテムボックスに入れておこっと」
残りの時間は買ったばかりに絵本をアリアに読み聞かせしてゆっくりして過ごした。アリアは絵本を気に入ったようで何度も奏にもう一回とせがんできた。