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34話 殲滅

 アリア達が短剣使いの盗賊達と戦っている頃、奏も残りの盗賊達を相手にしていた。


 奏は短剣使い達がアリアとミユの方へ行くのを空中で確認してから目の前で展開される魔法を見ていた。

 そして顔に笑みを浮かべる。


 奏が短剣使いから上へ避けたのは簡単な話地面に設置した緩んだ糸を引いたことによって張った勢いで飛んだだけだった。大男の体勢を崩したのもこれだった。


 その糸を回収する。盗賊が魔法を展開している時にしていたことはそれだけだった。盗賊達も空中では体勢を整えられず奏のとった行動は悪手だと思っていた。


 盗賊から様々な魔法が放たれる。それは威力こそ弱いもののその分数で補っており当たればひとたまりもない。


 魔法が着弾し、風が巻き起こる。水と火、風と土がぶつかり熱が、土煙が発生する。視界が遮られるが初弾が防がれたようには見えず、あとは死体を確認するつもりでいた。


 しかし突然魔力を感じて土煙が収束する。


 その中心から少しずれたところに視線を向ければ四肢がボロボロで欠損していた奏がいる。だがその体は再生していく。

 その顔には痛みに歪んでもいるが先ほどよりも深い笑み。


 そして奏の周囲には十数本の氷柱が形成される。それらが同時に射出され、魔法使いは詠唱が間に合わず防ぐ手立てを見出せず貫かれていく。勘で避けた者達でも無傷でいられたのは僅かばかり。体にかすっただけでも避ける勢いと氷柱の速度により肉が千切れる、抉られる。


 しかし盗賊もやられてばかりでもない。太った女魔法使いを含めた無傷で済んだ数人は奏が地面に降り立った時に詠唱を終えて反撃をする。その中でも女魔法使いはだけはこの中で格が違った。

 女魔法使いだけは奏の魔法に対応してきた。対応したとは言っても数秒もたせただけで防御は崩れたが他とは一線を画していた。


 盗賊達は奏へと魔法を放つとともに前衛が数人で連携をとって攻めては逃げるの繰り返しというスタイルに変更し、奏の隙や疲労を狙うとともに残りの前衛で鎖で縛る用意をしている。

 奏などのように体の回復が速かったり再生する相手のための戦術へと変えてくる。

 盗賊達の目には最早油断はなかった。

 しかし詠唱速度から魔法では勝てないと察して焦りが出る。


 奏はヒット&アウェイの戦い方に対応するだけだったが


「……飽きた」


 その一言で攻めの姿勢をとる。盗賊達が鎖を巻きつけて動きを封じてくるが、鎖を『火纏』で溶かす。手が灼けた鉄で赤くなるもすぐに白い肌に戻る。そして手に持つ2つの氷剣で近づいてきた盗賊に斬りつける。それを皮切りに周囲の盗賊へと襲いかかる。盗賊達は奏をギリギリでかわしたり腕を犠牲に避けたりする。それが何度か繰り返され、とうとう盗賊たちの剣が刃こぼれをによって限界を迎えて折れる。

 奏はそんなことも構わず氷剣を振る。盗賊は体術で応戦しようとするが速さにおいて奏を上回ることがで きるのはいない。気づけば残っているのは魔法使いである後衛のみ。


 しかし奏が前衛を相手にしていたおかげで詠唱を終わらせることができた。


「〝魔力吸収(マジックドレイン)"」


 魔力を吸収して奏を行動不能に追い込む。

 魔力はお腹の状態や疲労などと似たものであり、減っていくと魔法が使えなくなるだけでなく、命を落とすまではいかないが段々と動きが鈍くなっていく。

 動けなくなるというわけではないが、それで命を落とす者も少なくない。

 むしろ初級の冒険者や上級の冒険者でも高難度の依頼の帰りでこれが原因となることが多い。


 奏も例外ではなく奏の体には魔法使いたちの手から伸びた半透明の線が張り付き一瞬動きが遅くなる。


 遅くなるがあくまで一瞬。奏は体をふらつかせてそのまま前に倒れそうになるが踏ん張りそれを起点に魔法使いへ肉薄する。


「なっ!?」


 それは誰が出した声であるのか。もしかしたら奏を除いた全員であるかもしれない。少なくとも奏と相対していた魔法使いの気持ちは全員同じだろう。


「一瞬急に吸われすぎてくらっときたけど、その程度、可愛いアリアのおかげで慣れてるよ」


 剣士たちと違って魔法使いは接近戦は基本鍛えられておらず抵抗する間もなく斬り伏せられる。


「〝彼のものを縛れ 縛鎖の土(アースロック)"!! これで捕らえたはずです」


 詠唱と共に奏の体には幾重もの土でできた鎖が巻き付き、奏の動きが止められる。その後に土でできた槍や剣に体を貫かれ『魔力吸収』で魔力を吸われる。


「……うぐぅ」

「あなたたちの目的を聞かせてください。……ああ、おかしな真似はしないでくださいね。あなたたちほど手練れですからやはり街から雇われてきたのでしょうか?」

「…………フフ、違う……よ。ただ……の暇つぶ……しと……お金になり……そうなものを……貰いに来……ただけ」

「ッ!!」


 女魔法使いは絶句した。なんせここまでの被害を与えらてその理由がただの暇つぶしなのだから。


「で、では話を変えましょうか。ここからは私事ですが私は気になることは解消しないと落ち着かないものでして。あなたは空中に跳躍しているとき魔法が効いていなかったことと〝魔力吸収(マジックドレイン)”が効かなかったのは何故ですか?」

「……そんなの、……慣れてるから」

「……慣れて、いる? ……ッ!!」


 女魔法使いが疑問を口にするのと一拍遅れて、体から力が抜けた感覚が起こる。そしてそれと同時に奏に巻きついていた、刺さっていた鎖が、槍が、剣が瓦解する。

 奏は一度地面に倒れるが体を起こすと土を払い深呼吸。その間に体の再生が始まり、体に空いた穴が塞がっていく。


「……ふぅ。落ち着いた。あーあ、また穴が開いちゃった。これ直すのアリアなんだから。あとでいっぱい頭撫でておこう」


 女魔法使いは己の身に何が起こったのかを考える。いや、何が起こったのかは分かっている。魔力を持つものであれば必ず一度は経験したことがあるものであり、魔法職には馴染み深いものだからだ。それよりも必死でそうなった原因の究明をする。女魔法使いがそんなことを考える中で奏はまったく別のことを考えていた。


「これは〝魔力……吸収”? でも……詠唱も……なし……に? まさ……か『無……詠唱』の……スキルが?」

「違うよ。これは魔法でも、ましてやスキルでもない。ただのアイテムだよ。」

「アイ……テム……?」

「そ。世の中にはさ、魔力を食事に生きる魔獣がいるでしょう? 僕の可愛い可愛い愛娘のアリアもその中の1つの魔吸蜘蛛(ドレインスパイダー)でね。慣れているのはそのおかげだしあなたの力が抜けたのはそのアリアがくれた魔吸糸を付けただけだよ」

「そ……れで」

「それと跳んだときの魔法は確かに効いたよ。ただ再生系のスキルを持っていたからあまり意味はなかったかな。でも痛みは感じるから良いとも言えないね。……これであなたの知識欲も満たせたしもう未練はないよね? じゃあこれで終わりにしよっか」


 奏は手に持つ糸を巧みに動かすと糸が女魔法使いに体に食い込み、皮膚が裂けて血が滲む。あるいは数本の糸が体を突き破り貫通する。女魔法使いは悲鳴を上げるが奏は微笑みを崩すことも手を緩めることもない。


「どうして僕がこんなことするのか教えてあげるよ。僕がアリアと二人でいたときに気付いたんだけどさ、血には魔力が含まれているみたいで、外側から吸い上げるよりこっちの方が効率がいいみたいなんだ。最後に魔法使いとして、それも魔力吸収を使うものとして良い勉強になったんじゃないかな」

「……」


 奏の独白に対して何も返ってこない。女魔法使いは魔力切れと痛みによって既に気を失っていた。奏は一瞥して手を閉じると糸が食い込む力が増し横に振動して肉が削げる。骨があらわになり血が大量に流れて、魔法使いの体が痙攣を起こすが、それも直に止まる。そこにあるのはただの肉塊。


 奏は腕を振り、糸に付いた血を飛ばす。


 振り返るとすぐ傍にアリアがいた。


「お疲れ様。あんなにたくさん相手によくできたね。ごめんだけど服が破けちゃったからまた縫ってくれる? ふふ、ありがとう」


 アリアを抱き上げて頭を撫でる。アリアも奏に褒めてもらいうれしそうだ。奏のお願いも仕方ないなぁという仕草で応じる。


「じゃあその前にここのリーダーのところ行こうね」

「あ、あのカナデさん。すみません、私足を引っ張ってしまって」

「ん? あぁ、気にしなくて良いよ。そもそも最初から期待はしていないから。レベルとか見てもかなりの差があるって訳じゃないから、こんなものでしょ?」


 ミユとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだったが奏の思わぬ言葉に何も言えなくなり、口をつむぐ。


 奏たちは広間の奥、数ある通路のうち、入ってきたところから見て右手にある通路のうちの一つに入る。通路を進むと木製の扉があった。扉からは悲鳴とも嬌声ともとれる声が漏れている。

 どうやらお楽しみというやつなのだろう。


「昼間から元気だね。攻められても出てこないのは頭の中がそれでいっぱいなのか、攻められても大丈夫だという部下への信頼があるからなのか、 それともここまで攻められても一人で絶対に勝てるという自信なのか、どれだろう?」


 そうぼやきつつ奏は扉に手を掛ける。


「ッ!?」


 奏が無遠慮に扉を開けようとしているのを見てミユは止めようとする。

 しかし、どうしたことか声が出ない。


 奏は躊躇い無く扉を開くと中には一人の男とたくさんの女がいた。男を除いたそれは、全員が裸であることと体には泥や精液が付いていること、姿形が整っているという共通点を挙げれば他は少女から熟女まで年齢はばらばら、もはや諦めた様子で横になっている者や泣いている者、ひどく痩せた者や体が腫れたり痣ができている者、腹がふくれている者やブツブツと何か呟いている者、焦点の合わない者、ひたすら笑っている者など様々であった。


 皆自分のこと以外は気に掛けていないようで誰も奏たちに気付いた様子はない。


(すごいなぁ、ここまでしてもし足りないって。しかもここにいるのが全員じゃないんだし。……臭くて気分悪くなってきた。早く終わらせよっと)


 奏は足早に男に近づくと頭に片手を添えて詠唱。その際にスキル『無音(サイレント)』を解除する。

 男の頭が氷結する。男の動きは2、3回腰を動していきやがて完全に止まる。頭が凍ったことで心臓から脳への血液供給が詰まり、首が段々と紫に変色していく。


 周囲の女は最初状況が飲み込めず呆然としていたが、何が起こったのか理解しようとすることで『隠密』を使っていた奏の存在に気付く。


 奏は身を翻して部屋を出る。見ているだけで動けなかったミユの隣を通る際には、


「僕は中を漁るからフォローとかお願いね」


 そう言い残して部屋の外に消えていった。


 ミユは最初女たちを見てどうしたものかと考えた。彼女たちの様子から見て肉体的にも精神的にも疲弊し、すり減らしている者が多い。


「あ、あの! 私は冒険者で、ここにいた盗賊を討伐に来ました。皆さんのこれからの安全は私たちが保証します。ですので……」

「……遅いのよ!!」

「……え?」


 ミユが説明している途中、ミユとしては予想もしていない言葉が飛び出て一瞬何のことかわからなかった。言葉を放ったのは最初状況を理解できず呆けていたがミユの説明で理解し、今までに気持ちが爆発したように涙とともに溢れていた。


「あ、あの、それってどういう……?」

「今更助かったって遅いっていってるのよ。私のパパは殺されてあたしはこんなところでずっと気持ち悪いやつの相手されて!!」


 ミユに文句を言うのは見た感じでは未だ20に届かないくらいの少女であった。


「今更助けに来て何偉そうにしているのよ! 冒険者ならさっさと助けにきなさいよ。雇った冒険者も役に立たないし。冒険者は穀潰しなだけじゃない!」

「おい! それは、聞き捨て、ならないね。あの人数、相手にたった数人、じゃ何ができたって言うんだい?」


 少女の叫びに小さく息も絶え絶えながら低く鋭い言葉が放たれる。その言葉の主の体には切り傷や痣がたくさんついており化膿している部分も所々目立ち、喋るのも辛そうであった。


「何よ、事実じゃない! あんたたちのせいであたしはこんな目にあったんじゃない!!」

「あんたらが、金をケチったせい、だろうが。むしろ巻き込まれたのは、こっちだって、言いたいよ。あんたらが、勝手に、森に入った、せいで、盗賊に捕まったんだよ。わかっているのかい?」

「う、うるさい。雇われてるくせに依頼ひとつこなせないなんて何のために生きているのよ」


 ミユは魔法で治癒しつつ悩んでいた。これが本心にしろついでてきた言葉にしろ雰囲気は最悪、周囲でもこれに感化されたようにすすり泣きや罵声が強くなる。だがそれも一部のみ。


 しかしその心配も不要だった。女たちは全員すぐに力尽きたように動かなくなった。聞こえるのは荒い呼吸だけ。


 キチキチキチ


 音の正体にミユが顔を向けると、そこには奏と一緒に行ったと思っていた一匹の蜘蛛が。その口元を見るといくつもの糸がつながっているように見える。

 女たちはここでは最低限の食事しか与えられていない。その理由は単純明快。抵抗されたときのリスクを考えてのことであり、当然女たちはほとんど飢えを感じている。そんな中魔力を吸われてしまったのであればもはや気力が持たない。


「ひっ!?」

「ま、魔物!?」


 アリアに気づいた者たちは大きくないながらも声を上げる。しかし動くことができないために焦る。


「大丈夫です。その魔吸蜘蛛は先ほど私と一緒にいた方の従魔です。基本的に害はありませんよ。……アリアさん、場を納めてくださってありがとうございます。とりあえず皆さんはここから近い街に送ります。話はそれからです」


 女たちは抗うこともできず、従うほかなかった。



 奏はアジトの探索をしていた。陵辱された女はミユに押し付け、アリアにはどうするか尋ねたら残ると言っていたため、一人での移動になっていた。ここは奏たちが戦った広場からいくらか部屋に続く通路があるといっても、盗んだものを保管する保管部屋、食料庫、寝室、鎖や錘のある牢屋あとは先ほどのプライベートルームを除けば出入り口が幾つかあるだけだった。寝室や食料庫、牢屋に隠れていた盗賊の残党は始末した。

 保管庫にあるものは可能な限りアイテムボックスに入れた。アイテムボックスにも入れられる量に限界はあり、大きすぎるものや生き物を入れることはできない。しかしアイテムボックスは魔力量に依存するため人によって様々である。

 奏は詰められるだけ詰めて保管庫を出た。


 牢屋にも女がいたが最初に会ったものたちよりも状態がひどい。体中の傷はもちろん、四肢が無い者も一人や二人ではなかった。中には顔の整った少年などもここにはいた。男娼もここにはいたらしい。最初奏に怯えていたがこちらは軽く回復魔法をかけると大人しくなった。腕を失っているものはまだしも、足を失っている者たちは奏や他の者が支えて広場まで連れて行った。


 広場には既にミユたちがおり、食事をしていた。どうやら食料庫から胃に優しいものを選んで食べていたようで、しかしかなり空腹であったためかたくさん食べていた。奏が連れて来た女たちも遅れてそれに戻る。体力の回復をするために移動するのは後日に改め、治癒と睡眠をとるようにした。

 お腹に盗賊たちの子を宿した者たちは奏が"共鳴”で解決させた。その際一応そのことを聞いたら全員了承していた。また、気が触れてどうしようもないものも同様に処分した。


 奏たちが元アジトで体力回復をして数日、あまり無理をしなければ大丈夫というくらいまで回復したため街へ向かうことにする。


 ペースとしてはだいぶ遅く、また、盗賊がいなくなったことで魔物を間引く者がいなくなったためそれにも注意しなければならないためそれが進行をより遅れさせる原因となっていた。魔物が現れると怯えていた女たちも奏やアリア、ミユの実力を目の当たりにし、安心するようになった。盗賊に捕まった冒険者達もたまに勘を取り戻すために手伝うようになった。


 だいぶまとまったとはいえ集団の中には和を乱す者もいるわけでここでも例外ではなかった。騒ぐ者達、ミユや冒険者に文句を言った少女を筆頭に自分の家が貴族であったり大商人であったりと親がそれなりの地位にいた者達である。最初は他の女達も絡まれたら相手にしていたが今となっては慣れない移動に体力を温存するため無視するようになっていた。


「いつまで歩かせる気?あたしを誰だと思っているの? 私を背負いなさいよ!」

「まだ着かないのー? ムーちゃんもう疲れたんだけどー」

「……汗かいて気持ち悪い。……水浴びしたい。……着替えたい」

「俺は腹が減ったぞ!!」


 終始このような態度に奏はイライラしていた。こうして助けたのは金とコネのためもあるしミユが放っておけないと言ったためだ。

 それを体力的な問題から進行についていけないなら我慢は出来るものの、こんな態度を取られては堪らない。


「……分かったよ。君たちの願いを叶えてあげるよ」

「えっ! 本当?」

「やったー」

「ただ準備があるから少し待っててね」

「準備?」


 奏の言葉に少女たちは嬉しそうに声を上げる。奏は少しその場を離れる。集団はその場で奏の帰りを待つことにする。


 待つことしばらく、集団が体を休めている間も少女たちは煩かった。彼女たちが休んでいるところに複数の気配を感じた。戦える者たちは即座に臨戦態勢を取り、戦えない者たちは彼女たちの後ろへ回る。

 息を潜める彼女たちに対して気配がようやく姿を見せる。それは奏によって捕まえられた灰狼が数匹。彼女たちは安心して力を抜く。


 奏に捕らえられた灰狼はもがくが体を糸で縛られ動けない。

 奏は灰狼を地面に置くと木の棒を灰狼と同じだけ取り出し、糸で灰狼の背に括り付けた。その間他のみんなは何をするつもりなのかわからず様子を見ている。

 奏は文句を言う少女たちにも素早く近づくき、糸を括り付ける。そしてそれを棒へとつなげる。繋がれ少女は地面から足を離し。灰狼からはギリギリで届かない絶妙な距離を保っていた。

 状況を理解した少女たちは泣き叫ぶ。


 しかしこれに奏は取り合わず水浴びしたいと言った少女を捕まえ、氷で作った半球状のボウルを大きくしたようなものを作り、そこに水を入れて少女を放り込んだ。水は氷で冷やされ、外が暑いとはいえどんどん体温が奪われる。


 次にお腹が空いたという少年には体を縛りつけたまま草や土枝を口いっぱいに詰め込み、糸で顔を覆った。


 奏は氷で円状に柵を作ると灰狼を解放する。

 灰狼は目の前にある獲物を必死に食らおうとするも、ギリギリのところで届かず苛立ちを募らせる。どうにかできないか振り回すが糸が切れることはなく、振り回された勢いで吊るされた少女が氷壁や木にぶつかり、怪我をする結果に終わる。

 やがて学習したのか自分の目の前にある獲物は諦めて他の獲物に狙いを定める。他のものの獲物を狙うことで自分の獲物が狙われた灰狼と一悶着あったが、察したのか互いに互いの少女を差し出す。


 一方氷水に入れられた少女は寒さで青褪め、、唇が紫に変色していた。なんとか脱出しようとするが寒さで力が入らない上に氷が滑る。


 口に異物を詰め込まれた少年はもがくが体にも顔にも巻かれた糸はビクともしない。


 これを見ていた他の女たちは流石にと思ったが言葉にすることはなかった。彼女たちからしても悪い印象しかないのだ。せっかく助けた奏からしたら苛立ちはそれ以上の者だろう。


 灰狼に足を噛みつかれそうになったところで流石にミユが助ける。助かった少女は恐怖からかはたまた助かって緊張が解けて安堵したからか失禁していた。ミユはその後氷水に浸かった少女や糸で羽交い締めにされた少年の方も救出した。


 そのままミユは彼女たちに魔獣の毛皮で作った毛布を与えて火を起こして暖をとらせる。回復魔法をかけたり、水でうがいをさせる。

 ミユとしては奏は相変わらずやりすぎな気はするが、彼女たちの態度にも問題があったため、考えた末にとりあえず慰めることにした。


「大丈夫ですか? カナデさんにも悪意は……ないとは言えませんが、思うところがあるのでどうか許してください」

「ふ、ふざけないでよ‼︎ こっちは危うく死にかけたのよ‼︎」

「すごく痛かったんだからー」

「ペッペッ。クソ、絶対に後悔させてやる!」

「……寒い」


 誰もミユの話など聞いておらず、顔を赤くして憤慨していた。


「あれは無視していこうか」


 奏は彼らを一瞥しただけで背を向けると女たちに声をかけて歩き出す。

 それが相手にされてないと分かり更に怒りが増す。

 しかし彼らだけでは魔獣に出くわした時の対処法はないため、遅れないように渋々ながらついていく。


 雰囲気が良くないまま進み、しばらく、ようやく街が見えてきた。街が見えると目に見えて喜びや安堵が広がる。疲労もあり、進みも遅かったがそれすらも我慢して進む。


 街には簡易な検閲所が3つ並び、商人用、貴族用、一般用と別れていた。貴族用は空いており、商人用は2組並び、一般用は今が夕方であるため、冒険者たちで並んでいた。奏たちは一般用に並ぶ。


 奏たちが並んでしばらくして問題が起きた。


「おー、今日は結構狩れたなあ」

「今日は奮発して飲めるな!」

「ギャハハ、今日は娼館で楽しめるぜ」

「……ねぇ、僕たちたちが並んでいるから後ろに並んでくれない?」


 たった今街へ戻ってきた冒険者が奏たちの前へ割り込んできていた。


「ああ゛!? お前ら何人いると思ってんだよ? 俺らは4人なんだからいいだろ?」


 彼らの言う通り奏たちは全員で30人ほど。そらだけいれば確かに時間はかかるだろう。


 しかし、


「あんたらに譲ったら次以降も譲らなくちゃならないでしょう? そんなんじゃいつまでたっても街に入れないよ。諦めて後ろに行きなよ」


 その間にも後ろには人が並び列は長くなる。


「うるせえな! 今後ろ行くと面倒だろうがよ! 痛い目みたいかよ? 片目怪我してるけど片目だけじゃすまねえぞ? 例え女だろうと容赦しねえぞ?」


 冒険者の3人は凄んで奏たちを脅すが残りの1人は先程からアワアワと慌てていた。彼からしたらパーティメンバーの行動は己の望んでいるものではないものではあるがメンバーの中では1番発言力がないようであった。


 奏たちが騒いでいると衛兵が2人やってきた。


「なにを騒いでいる?」

「い、いえ、ただこいつらが俺たちが列を割り込んだと言って少しでも列を早めようとするんですよ」

「……こう言っているが本当か?」

「この人たちが割り込んできただけだけど」

「いやいや何を言ってるんだ。嘘はいけねえよ。ねえ兵士さん?」


 そして冒険者が衛兵の手を掴む。衛兵の手には銀貨が握られていた。それに気を良くした衛兵が口を開く。


「ふむ、そうだな。嘘はいけない。私からの見解では彼らは割り込んでいない。そのままでいい。君たちもあまり騒ぎを起こさないことだ。これからは気をつたまえ」


 冒険者たちも衛兵もニヤニヤと笑っている。


「やれやれ嫌なものを見たな」


 その言葉は衛兵たちの後ろから放たれた。

 声を聞いた途端衛兵の顔色が青くなる。

 声の主は長身痩躯で肌が健康的に焼け、金色の髪と金色の瞳を持っていた。衛兵と似た様な軽鎧を着ているが彼らよりも華美であった。

 その服装と衛兵の態度から上役なのだろうことがわかる。


「サ、サール様、これは」

「何も言わなくていい。言葉でどう取り繕っても今更だ。君たちには後で話がある。さて、君たちのことについてだが……先程のことを見る限り君たちが割り込みをしたことになる。悪いが君たちは後ろに並んでもらおう」

「ああ゛! ふざけんじゃねえぞ。何様のつもりだ? 調子に乗ってんなよ」

「話が聞けないのであれば強制的に実力行使、一晩はそのまま拘束させてもらうが?」

「ごちゃごちゃうるせえよ‼︎」


 そう言って冒険者はサールと呼ばれた男に襲いかかる。しかしサールは相手でもないという様にあしらい、一撃で冒険者たちを沈める。


「君はどうする?」


 その言葉が向けられたのは3人と共に行動していた冒険者。


「い、いえ、彼らが悪いことしていたのは明らかですし、元々僕も望んでいないことなので抵抗しませんよ」

「そうか。協力感謝するよ。さて、彼らが迷惑をかけたね。彼らにはきちんと厳重な処罰をしよう。どうかこれで引いてくれないか?」

「別にしっかり処分してくださるのであれば構いません」

「助かる。私はサール・ドルフだ。何かあれば衛兵の詰所に来るといい。ではこれで」


 そう言ってサールは衛兵2人と冒険者たちと共に去って行った。気絶した冒険者はサールと衛兵が担いで行っていた。


 奏たちの番になり、奏が事情を説明する。衛兵は一人が詰所へ連絡に行った。しばらくして戻ってきて全員分の許可をもらい、冒険者ギルドへ向かう。冒険者ギルドは人で溢れていたが、事前に衛兵が連絡していたおかげで、ギルドの職員3名と共に訓練場の一部を借りて報酬や女性たちのことの話し合いが始まった。

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