異世界でダンジョンマスターになった私は、ガチャを回させています。 02
「ほら、おめえ勇気出して引いてみろよ。金はあんだろ?」
「け、けど……このお金は、僕の大切な貯金……」
「へっ、1万Gくれえぽんと出せなきゃ、冒険者とは言えねえぜ!」
高級ガチャの魔法陣の前で、冒険者のパーティらしき集団が何やら揉め事を起こしていた。
どうやらリーダー格らしき男性が、気弱そうな少年に高級ガチャを引かせようと無理強いしているらしい。
はっきりいって、少年にとって1万Gは非常に大金だと断言できる。
この世界の貨幣価値は、概ね1G=10円という日本育ちの自分には実に分かりやすいものだ。
小学生の子供に、10万円分の宝くじを自腹で買わせようとしている大人がいるといえば、事態は把握しやすいだろうか。
実は少年が貴族の御曹司、ということもあるまい。地道に苦労して、冒険者稼業で少しずつ溜めたなけなしの貯金が、その1万Gなのだろう。
ここで善人なら少年を助けるのだろうが、私はカウンターから様子を見守るだけだ。
少年の葛藤や苦悩といった感情もまた、ダンジョンマスターである私の糧となるのだから、止める必要がない。
それに――少年がガチャを引くのなら、彼の引く1回分以上の儲けを得る算段が脳裏に浮かんでいた。
「ほら、さっさとやれって! もしかしたら大当たり出るかもしれねえぜ?」
「いやいや無理でしょ? この子ったら運も才能もないんだもの!」
「だよなー、所詮俺らの荷物持ちくらいしかできねえ足手纏いだからなあ!」
ぎゃはは! と。下品な嘲笑が少年に向けられる。
少年と共にいる集団は、戦士の鎧に身を包んだ男性と、魔法使いの服装をした女性の二人だ。
おそらくはその二人組みの冒険者の荷物持ちや雑用として、少年は働いているのだろう。
そんな少年の扱いは、かなりひどいものであると思われる。
大人二人がそれなりに立派な装備を身に着けているのに対して、少年はぼろぼろの衣服を着ているのだから、傍目にもろくな扱いを受けていないことが分かる。
「ほれ、早くしねえと俺が代わりに引いちゃうぞ? お前の金でな!」
「やだー、アクト君ってばこわーい!」
元々気弱な気質もあることから、少年は諦めたようにガチャ装置の前に立った。
恐る恐る、といった様子で投入口にお金を投入していく。
今までこつこつと貯金してきた日々を思い返しているのだろうか、少年の瞳からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
さて、と私は気合を入れて、彼がこれから引くことになるガチャの当選確率を操作し始めた。
少年を覆い尽くしている絶望を吹き飛ばして、溢れ出る希望に溺れさせるために。
「うぐっ、ひっく……うぅ!」
ガチャン、とレバーが引かれる。それに反応して魔法陣が輝き始めた。
その光はやがて、白から緑へ、そして赤に変化して……さらに黄金の輝きへと昇華されていく。
それぞれ白がノーマル、緑がレア、赤がスーパーレア、黄金がハイパーレアと、それぞれ光の色で出現するアイテムの希少度を表している。
最上級はガチャの目玉となっているウルトラレア。これは虹色の光だ。
少年が引いたガチャは、黄金の光で変化が収まり、アイテムの形へと収束していく。
眩い光が収まった時、魔法陣の中心にあったのはマネキンに飾られた衣服だった。
無論、ハイパーレアの景品である以上ただの衣服ではない。魔法の付与で大幅に強化された、鎧にすら勝る防御力を宿した冒険者垂涎の装備品だ。
魔法の力で頑丈さを誇りながらも、装着者の動作を阻害しない伸縮性を兼ね備え、さらにはこの衣服の上からさらに軽鎧を着込むこともできる。
少なく見積もっても5万Gは下らない、非常に優秀な装備品だ。少年にとってはこれだけでも、賭けに見合う成果だと言えるだろう。
けれど、私はここで終わらせるつもりはない――溺れる程の希望とは、この程度では到底足りない。
「もう一回!」
魔法陣から、私が録音しておいた声が響く。
ガチャのシステムのひとつである、連続チャンスだ。アイテムの出現と同時に消失していた光が、再び魔法陣に宿る。
初めてガチャを引いたこともあって状況が良く分かっていないらしい少年の元に私は歩み寄り、直接説明することにした。
「おめでとうございます、連続チャンスです!
無料でもう一度このガチャを引くことができますよ!
もちろん、今回当選した景品も、次に引く景品も貴方の物になります!
さあ、今一度貴方の運命を引き寄せてください、グッドラック!」
少年は慌てた様子で再びガチャのレバーを引く。
魔法陣に乗っていた景品は自動的に景品ストック置き場へと転送されて、新たな光が魔法陣の上で踊り始める。
再び回されたガチャの魔法陣は、再び黄金の輝きを放ち、今度は金色の宝箱を呼び出した。
「た、宝箱……? 中身は、一体」
「おめでとうございます! あちら、100万Gが内包されております!
後ほどお引き換えさせていただきますね!」
「……ひゃ、ひゃくまん? え、ええええ!?」
私の言葉に慌てふためく少年を余所に、再び魔法陣が光り輝く。
「もう一回!」
連続チャンス再びである。
幸運すぎて信じられない、という様子の少年の叫び声とガチャの様子に、周囲には観客という名の野次馬達が集まり始めていた。
少年を嘲笑っていた連れの男女は、唖然とした様子で野次馬の一部と化していた。
「ナイスフィーバー! さあ、もう一度引けちゃいますよ!
さらなる幸運を引き当ててください!」
「は、はいぃ!」
少年が再びレバーを引く。新たな景品が出現すると同時に、再び連続チャンスを示す音声と光が発せられる。
最早留まることを知らないフィーバーの模様に、無関係であるはずの野次馬達も盛り上がって歓声を上げていた。
まるで神様の祝福であるかのように――実際には私の仕込みだけれど――次々と訪れる連続チャンスと、増えていく景品の数々。
最初の衣服から始まり、剣に盾に軽鎧にブーツ、それから籠手。どれもハイパーレア止まりとはいえ、駆け出しどころか高ランク冒険者になってからでも十分に通用する装備品が集まっていく。
さらに宝箱には金貨が溢れんばかりに積み重ねられて、最早数えるのも億劫なほどだ。
夢でも見てる気分なのだろうか、少年は心ここにあらずな様子でレバーを引き続けていた。
そろそろ頃合だと感じた私は、長らく続いた連続チャンスを終わらせて、最後にとびっきりの景品が当選するように確率を変動させる。
確率操作が終わるのとほぼ同時に、ガコンと音がしてレバーが引かれる。
先程まで幾度となく続いていた黄金の光にまで一気に変化した後、さらに光は虹色に昇華される。
最上級レアであるウルトラレア当選が確定した証拠である。
派手な光の演出に場内が沸きあがり、やがてその光はひとつのアイテムを形成する。
虹の灯りの中から現れたのは――1枚のカードだった。
ウルトラレアであるはずのアイテムなのに、たった1枚のカードが出現したことに、周囲がどよめく。
今まで高額ガチャで出現したウルトラレアといえば、いずれも劣らぬ強力な武具の類だったからだ。
そのカードを引き当てた少年もまた、手に取って見てもそれがどんなアイテムなのか分からない様子だった。
別に野次馬や少年がアイテムに詳しくないわけではない。そのカードは、私が用意した新景品であり、この世界には存在しなかったアイテムなのだから。
「おっめでとうございまーす!
本日から実装された新しいウルトラレア景品、レベルアップカードの当選でございまーす!」
チリンチリン、とベルを鳴らしながら私は声高に祝福の言葉を送る。
そうすることで、このカードがウルトラレアクラスの景品であることは伝わったと思う。
多くの人が気になっているであろうそのカードの効力について、私は説明を始めることにした。
「こちらの景品には特別な魔法が施されておりまして、使用しますとたくさんの経験値を入手することができます!」
「け、経験値というと……レベルアップに必要なもの、でしたっけ」
少年が疑問の声を呟く。
私の生まれた世界では数々のゲームの中で慣れ親しまれた経験値は、この世界では現実に影響を及ぼす数値として存在する。
モンスターを倒す、訓練を積むなどの経験を積むことで数値は加算されていき、一定の数値まで蓄積されればレベルアップが起こって、能力が強化されるのだ。
ゲームのステータス画面のように確認することはできないが、冒険者ギルド等の施設に配置されている水晶玉で検査することで次のレベルまでに必要な経験値を確認できる。
そのため、駆け出しの冒険者どころか子供でも経験値の存在については知っている、というくらいにはこの世界の常識として人々の間で語られている。
「はい、その経験値です!」
「ええと……このカードでどのくらいの経験値が手に入るのでしょう? たくさんというくらいですし、1000くらいですか?」
「53万です」
「……ご、ごじゅ!?」
私が質問の答えを返すと、少年が驚きにあまりむせた。
ちなみに、一般的にレベル1から2にアップするために必要な経験地が500くらいとされている。個人差はあるが、概ねそれくらいが平均らしい。
レベルが上がる毎に次のレベルアップまで必要な経験値は上がっていくのだが、高ランクと言われるAランク冒険者で平均50レベル。そのレベルに至るまでに必要とされる累計経験値が約40万くらいだそうだ。
――つまり、少年の手に握られているカード1枚で、Aランク冒険者の経験値すら飛び越えてレベルアップできてしまうことになる。
少年のレベルが1だとしても、レベル60くらいまでは跳ね上がることになるだろう。
「皆様、本日のウルトララッキーボーイにどうか盛大な拍手を!
そして、彼が手に入れたものと同様のカードはまだガチャに残っています、この機会にどうぞ、当店おすすめのガチャをお試しください!」
私が周囲に呼びかけるようにそう言うと、野次馬達が歓声を上げながら我先にと高級ガチャへと殺到していく。
集団に飲み込まれそうになっていた少年を守りながら、私はカウンターまで退避した。
目の前で年端の行かぬ少年が目の眩みそうになる幸運を掴み取ったのを目撃していた彼らは『今日のガチャはきっと高設定なんだ、自分にも引けそうな気がする!』と浮かれた気分で列に並んでいた。
最も、既にガチャの当選確率は通常時の物よりちょっと高い、くらいに変更を終えているため、いつもよりちょっぴりお得ではあっても少年のような奇跡は起こりえないのだが。
「よーう、レン君? 随分と楽しんでたじゃないかよ?」
数多の幸運を掴み取り、夢見心地でいた少年を現実に目覚めさせる声が響く。
少年とパーティを組んでいた男のものだ。たしか、アクトといっただろうか。
レン、というのはこの少年の名前らしい。アクトはレンに馴れ馴れしく近づき、下種な笑みを顔に張り付けながら少年を睨みつけている。
「なあレン君? 俺達パーティなんだからよ、あの景品は俺らと山分けだよなあ?」
「……え、そ、そんな……」
「嫌だってのかあ!? てめえ、俺らが今まで面倒みてやった恩を忘れたのか、ああん!?」
「――い、嫌だ! これは僕のだ! 僕が掴み取った幸運なんだ!」
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ! ぶん殴られてえのか!」
アクトは最早堂々と脅している。これでは山分けどころか少年が手に入れた景品を難癖をつけて全て奪いかねない。
それでは、私が儲からない。だから私は少年を庇い立ち、アクトに微笑みかけた。
「お客様。当店のガチャにおいて当選した景品は全て、そのガチャを引いたお客様に所有権が存在します。
パーティメンバーであるという理由で、貴方が配分を決定する権利は御座いません」
「ああ!? んだてめえ、お客様は神様だろうが! 神様に楯突いていいと思ってんのかこらあ!」
邪魔をされて腹を立てたアクトが食って掛かってくる。しかし、私は一歩も引かずにまっすぐに見つめ返す。
「はい、お客様は神様です。……ですから神様に暴力を振るわれる方には、ご退場願っております」
これは何もアクトに限らず、他の全ての客に対しても変わらない。
他人が手に入れた景品を暴力で奪い取ろうとする人物は少なからず存在する。そういった時には、私は必ず景品の当選者の側を庇う。
そうでなければ、せっかくお金を払って景品を手に入れても奪われるとあってはガチャを引いてもらえなくなる。つまりは稼ぎがなくなる。
要するに当選者を守ることは私の利益に繋がっているのだ。
「なめた口を! おら、どきやがれ、てめ……!?」
私を押しのけようと肩に手を掛けたアクト。
しかし、どれだけ力を込めてもびくともしないことに驚いている様子だった。
別に、アクトが非力なわけではない。
アクトの知る由のないことだが、私はダンジョンマスターだ。
いざとなれば自衛を必要とするために能力の強化が必須であり、そのために必要なポイントは日々凄まじい勢いで稼げている。
つまりは、ルーキーを虐げることくらいしかできない、有象無象の底辺冒険者程度ではどうしようもない程度には、私のステータスは軒並み強化されているのだった。
「まあまあ、お客様。子供から景品を巻き上げようとしなくても、ほら……あちらのガチャをご覧ください」
今度はこちらがアクトの肩を掴んで、抵抗を許さずガチャの方へ振り返らせる。
私達が対峙している間にも客達は順番にガチャに挑み、幾人かは幸運を自らの手で掴み取っていた。
当選したアイテムの中には、少年が最後に引き当てたものと同じレベルアップカードも見受けられる。
そのガチャに集う人々の様子にアクトが釘付けになっている間に、私は少年レンを安全な場所に連れて行くようにと傍にいる部下にこっそりと命じた。
こちらの意図を察したバニーガール姿の部下が、レンの引き当てた数々の景品を運びながら彼をフロアの外へと連れ出した。
それを見届けながら、私はアクトの意識を少年から逸らすために話を続ける。
「あのように、ガチャにはまだまだ景品が溢れています。あちらで自力で手に入れた方が早いのでは?」
「き、気軽に言ってくれるじゃねえか。あれは高級ガチャだろうがよ」
「あらあらぁ? 1万Gくらいぽんと出せなきゃ冒険者とは言えない、なんて威勢の良いことを仰られていたのに……自腹を切るのは怖いんですか?」
「ぐっ……! て、てめえ……」
「お連れの女性の方は並ばれていますよ?」
「なっ、アメリア! てめえ何勝手に並んでるんだおい!」
アクトは今まで気付いていなかったようだが、彼と連れ立って少年を詰っていた女性はガチャの列に並んでいた。
既に彼女は投入口の前におり、今正に投入口に1万Gを投入しているところだった。
チャンスと見た私は、再びガチャの確率を操作する。
レバーが引かれて、魔法陣に生まれた光は黄金色を経て虹色に変わり……さらに激しく光が明滅を始める。
何事かと周囲が騒然となる中、やがて収束した光が紡ぎあげたのは……1本の鍵だった。
「ジャックポット! ジャックポット当選おめでとうございまああああす!!」
いつもより激しくベルを鳴らして祝福を送る。
ジャックポットとは、カジノにおいて遊戯で使用されたメダルが少しずつ蓄積されていき、ジャックポットの当選者に今までの累積メダルが全て支払われるというものだ。
宝くじのキャリーオーバーなどのように、当選時のタイミングにもよるが莫大な利益が得られることは確実となる。
「現在の当選枚数は……2567万枚! 本当におめでとうございます!」
「え、ちょっと待って、ここのメダルって確か一枚20Gよね……ええっと、ひのふの……。
ごごご、5億G!? きゃっはー!! うそやだ、ほんとに!?」
場内の照明が暗くなり、アメリアという名の女性にスポットライトが当てられる。
続いて盛大なファンファーレが鳴り響き、彼女の幸運を讃えた。
掴み取った幸運にハイテンションで喜ぶアメリアに、周囲からは羨望や嫉妬など、様々な感情が向けられる。
人々が紡ぎだす激しい感情の波は、ダンジョンマスターの私にとって5億G分のメダルを放出したところで惜しくない、膨大な熱量の糧となっていた。
「それでそれで、この鍵をどうしたらいいの?」
「そちらの鍵はVIPルームの鍵となっております。なにぶん、ジャックポットの枚数は莫大ですから。
メダル集計のためにお待ちいただく間にVIPルームでお過ごしいただこうと、お部屋をご用意しております。
もちろん宿泊も可能で、ジャックポット当選者の方は無料となっておりますよ」
「VIPルーム! いい響きじゃなーい! ね、ね! さっそく案内してよ!」
「畏まりました。係りの者をお呼びしますので、少々お待ちください」
「うむ、よきにはからえ!」
はしゃいで小走りにカウンターに駆けてきたアメリアは、私の説明を聞いて上機嫌で鼻歌を歌っている。
そんな彼女に、アクトは声を掛けた。
「よ、よくやったなアメリア。5億Gもあれば俺達、余裕で遊んで暮らせ……」
「アクト君? まさかこの5億Gを分けてもらえるとでも思ってるの?」
「なっ……!?」
あっさりと言われたアメリアの言葉に、アクトは言葉を詰まらせた。
アメリアはくすくす、と馬鹿にしたような笑い声を零しながら、アクトを見下していた。
「アクト君のそういうお馬鹿なとこ、可愛く思ってたけどー……ちょっと飽きてきたところだったし?
このお金があればもっと良い条件の男がいくらでも寄ってくるから、もうさよならしちゃおうかな」
「な、何を……俺のこと、好きだって……」
「うん、好きだったよ? まるで子供みたいに我が侭で怒りっぽくて、自分ではいけてる男だって思いこんでるアクト君って、傍にいるとけっこう楽しめたもの。
別に、恋はしてなかったけどねー。だからいっしょに遊んで暮らすとか……あ、り、え、な、い、よー♪」
信じていたものが崩れ去る時、人って本当に膝から崩れ落ちるんだなーなんて、目の前で崩れ落ちたアクトを見ながら私は他人事のように考えていた。
実際、他人事ではあるのだけど。私がしたことはレンとアメリアに幸運を与えただけで、アクトの現状は今までの彼自身の行いが招いたものなのだから。
「お待たせいたしました。VIPルームに案内させていただきます」
「あらやだ、イケメン執事にエスコートされるとか素敵じゃない♪ うふふ、案内お願いしますわね」
私が呼んでいた執事が到着してアメリアに声を掛けると、彼女はもうアクトのことなんてどうでもいいとばかりにすたすたと歩いていった。
執事に手を引かれて、お嬢様気分を味わいながらレッドカーペットを歩いていく彼女の脳裏には、最早アクトのことなど欠片も残っていないように思えた。
「ばかな……こんな、こんなことがあってたまるか……おれは……」
すっかり意気消沈した様子のアクトは、ぶつぶつと独り言を呟きながら跪き俯いている。
見下していた少年には圧倒的な力量差をつけられることになり、信じていた女性からはただ弄ばれていただけだという事実を突きつけられて、気付けば誰一人彼と共に立つ者がいない。
そんな絶望的な状況に陥った男性に、私はそっと近づいて、耳元で囁いた。
「……貴方も、幸運を引き当てれば、いくらでも取り返せますよ」
ぴくり、と男の身体が震える。
悪魔の囁きとはこのようなものだろうかと思いながら、私は躊躇うどころか微笑みすら浮かべて、アクトに囁き続ける。
「お仲間だったお二人だって、ガチャで幸運を掴んだだけなのですから……貴方が掴めないとは限らないじゃないですか」
「……そうだ。あいつら偉そうにしやがって……ただ運が良かっただけじゃねえか……!」
アクトが顔を上げる。その顔にはぎらついた欲望が宿っていた。
幸運を掴み取ってやる、そして自分を見捨てた奴らを見返してやる――そんな暴力的な強い意思が彼を奮い立たせていた。
「そうです。幸運の女神は挑む者にこそ微笑むのです。さあ、この逆境を覆すような幸運を、ぜひ貴方自身の手で引き寄せてみてください」
「やってやる、やってやる! あいつらなんて目じゃねえくらいの幸運を掴んでみせるぜおらあ!!」
意気揚々と、アクトは高級ガチャの列へと並ぶ。
彼が当たりの景品を得られないような確率操作は――行わない。
そもそも、通常時より当選確率を下げるような確率操作は、絶対に行わないと決めているのだから。
第一、そんなことをしなくても、アクトという男性が自分に糧を与えてくれることは確実である。
多少のレア、仮にウルトラレアを引き当てたところで、アクトはそれだけでは最早満足できずにさらにガチャを回すだろう。
彼の今の目的は儲けることではなくて、二人の元仲間を見返すこと、なのだから。その二人以上の幸運を引き当てない限りは満足せずに回し続ける。
しかし、片や何連続もの当選。片やジャックポットという年に一度あるか否かの大当たり。
それを上回る幸運など、自力では早々引き当てられるものではなく、引き当てられるまで資金が保てるという保障などどこにもない。
毎日少しずつ資金を稼ぎながら、余剰資産を投資としてガチャに回すのならばともかく。
今すぐにでも人並み外れた幸運を引き当てようと無茶をしたのならば、破滅は避けられないだろう。
「――あ、ああああ!? そんな、俺の、俺の全財産が……あ、あああああああ!?」
予想通り、というべきだろうか。
アクトの絶望の声が響き渡るまで、それほど時間を要することはなかった。
〇
幸運は、掴んだものを飲み込んでしまう沼に似ていると私は思う。
例えばアクトという男だけが破滅したように思えるが、他の二人だって危ういことに変わりはない。
あの二人の片足もまた幸運の沼に捕らわれて、破滅に向かって沈みかけているのだから。
一日にして強大な力を手に入れて、装備も金も手に入った少年レン。
彼が本来の気質を保ちまっすぐに成長するのであれば何も問題はないだろうが、幸運は時に人を狂わせる。
もしも彼が今回の件で、真面目に努力するなんて馬鹿らしい。世の中所詮は運と金と力だ。なんて思うようになれば、彼は第二のアクトとして自分より下の人間を見下して虐げる存在になるかもしれない。
そうでなくても、彼の得た能力と財産を目当てに近づく不届きな輩は現れるだろう。私のダンジョン内なら庇うのも吝かではないが、遠く離れた場所で厄介な輩に絡まれた時、彼は自分で自身を守らなければならない。
結局のところ、どれだけ力を得て装備を整えても、彼の心が強くあろうと変わらなければ格好の獲物として毟り取られる可能性はなくならないのだ。
ジャックポットを引き当てて、一夜にして莫大な富を得た女性アメリア。
彼女は確かに一生遊んで暮らせそうな大金を得たのだが、それはある程度の節度を守った遊びに留めたらの話だ。
娯楽の中にはそれこそ億単位で金を要するものも少なくはない。そういったものに手を出せば、下手をすれば5億Gという大金も瞬く間に消えてしまう。
もしも仮に彼女が資産を失ったとして、再び冒険者として地道に働くことができるかは甚だ疑問だ。
一度知った優雅な暮らしはいつでも脳裏を駆け巡り、どうしても大金を手に入れたいと願うはずだ。
その時、私の用意したガチャで得た富は必ず彼女の頭に思い浮かぶ。
ガチャでもう一度幸運を引き当てれば、あの豪華絢爛な暮らしに戻れるかも――そう思ってもらえたのなら、常連客が一人増えることになるだろう。
そうしてギャンブルで稼ぎ続けようとすれば、いずれ破綻がくるのだとしても、一度賭博で成功した記憶というものは拭いがたいものとなる。
記憶に残る成功の記憶に引き摺られて、人は何度でも勝負に興じることになるのだ。
その幾度もの勝負の先に、破滅が待ち受けていたとしても。
「さあ……また1万、稼いできたぜ……もう一勝負……もう一勝負……!」
幸運の先もまた破滅と隣り合わせだと知って知らずか、それでも人は幸運を掴もうと勝負する。
ぶつぶつと独り言を呟きながら、アクトは今日も高級ガチャに向かっていく。ここ最近の見慣れた光景だ。
そんな彼に、私は最初の一度だけは当選確率を引き上げて大当たりを引かせる。
ジャックポットや何十連もの連続チャンスとまではいかずとも、普通なら十分すぎるくらいの大当たりだ。
今日も、本日最初のガチャに高額景品の当選を行う。今日は100万Gの詰め込まれた宝箱。
魔法陣から出現した宝箱に刻まれた刻印から、中身が100万Gであることを確認したアクトは。
「きた……! これで、あと100回も回せる……! 今日こそ、今日こそは……!」
最早その100万を貯金に回す、などと考えずに、全額をガチャに注ぎ込むつもりのようだ。
私はここから先は手を加えない。
彼が100万Gを浪費するか、見事に自力で幸運を掴み取るのかは、私の知るところではない。
どちらにせよ、私の元には彼を含めた人々の感情から生み出される糧が集まってくる。
それだけは確かなことだ。
少年が一日で高レベル冒険者まで駆け上がっても。
女性が桁違いの金貨を掴み取ろうとも。
一人の男が破滅しようとも。
世界とガチャは今日も変わらず回り続けている。
「うふふ……今日も、ご馳走様です」
そうして巡り回る世界と、人の感情が生み出す希望と絶望の渦中で、私は今日もほくそ笑む。
前作ではたくさんの感想、ありがとうございました!
おかげで2作目を作る気力が湧きました、感謝なのです!
もしこの作品を連載する場合、決めないといけないことが多すぎたため、ひとまずは短編でのシリーズ的な感じでいくつか書いていけたらな、と思ってます。
連載化するなら
①主人公は何故ダンジョンマスターになったのか
②主人公の目的は何か
③物語のゴールはどうするか
④主人公の行動によって周囲の世界や人々はどのように反応するのか
等々……ぱっと思いつくだけでも決めるべき項目が多すぎて眩暈がしそうです(汗)。
あとは単純に、連載できるほどネタが続くのか、っていうのも難しいところですね。基本ガチャを引かせてるだけですし、他の商売に手を出すならタイトルから変えないとかもですし。
ひとまずは気軽に、短編形式であと1つ、2つくらいは書いてみたいかなと考えてます。もしよろしければご意見ご感想、よろしくお願いします!