かみてん ~神様が俺を転生させた理由~
この世に生を受けて20余年。幼い頃は毎日が冒険だった日々も、代わり映えのしない灰色の日々の繰り返しになってしまった。
手入れもろくにされないスーツを身にまとい、コンビニ弁当を片手に独身寮へ帰宅する。昨日は豚の生姜焼き弁当、今日は半額だった天ぷら弁当。彼女くらいいれば多少は色づいた日々を暮らせるのだろうが、同性の同僚との会話にすら苦労するような男だ。好き好んで相手する女なんているわけがない。
すっかり暗くなった夜の裏路地を、ちかちかと明滅する街灯が照らす。見上げればぶんぶんと小さな羽虫たちが飛び交い、黒々とした点がランプにへばりついている。偽物の光を目掛けて進んだ末路がアレだろう。ただこれといって感慨を覚えることもなく、ただ気持ちが悪いなぁとか、ちゃんと手入れしとけよとかどうでもいいことを思いつつ、角を曲がった。
路地を抜けた先の大通りを越えれば寮はすぐそこだ。二両車線の太い道路ともなればしっかりと整備された綺麗な街灯が立ち並ぶ。オレンジ色に染められた道路にいつもどおり足を踏み出す。日中は灰色の道路が暖かい橙色になっている。俺の人生も、これくらい色づいていたらと一人愚痴る。その時。視界までが真っ白に染まった。
鼓膜を割るようなクラクションの音。閑静な街中に響き渡り、直後どんと鈍い音がした。
人気のない通りを軽快に飛ばしていた大型トラックと、注意散漫になっていた人間。その衝突の結果は考えるまでもない。男の肉体は鈍い音と共に軽々と宙に放り投げられ、硬いアスファルトの上を二度三度と跳ねたのだ。
冷たいような、暖かいような感覚が男の全身を包む。打ち付けられた全身は確かに痛むし、急スピードで発信する車のエンジン音も聞こえる。ただすべてが夢の中の出来事のように思えた。
つぅと額を伝う液体の感覚だけがリアルだ。
――残念、俺の人生は終わってしまった。
運動神経も良くない、成績だって良くない、要領さえもよくない。うだつの上がらない平凡な男の人生なんてこんなもんだ。
「というわけでの、お主の、その、寿命をだな、勘違いしておったのじゃ」
気がついたとき、男は閻魔様の前に引っ立てられていた。
閻魔様といえばどっしりとした体格の赤ら顔の強面と思っていたのだが、目の前にいるのは朗らかなご老人だ。絹糸のように真っ白なヒゲを引きずるくらいに蓄えて、シワだらけの顔にさらにシワを足すようにくしゃりと笑いふぉっふぉと分かりやすい声を上げる。
「かといって、一度死した者。おいそれと蘇らせるわけにもいかなくての。そこで、じゃ。モノは相談だが、お主に望みはあるかの?」
閻魔帳と思しき長い巻物をするすると戻しながら赤ん坊のようにつぶらな眼を男へと向ける。
「……転生」
「ふぉ?」
「物語なんかによくある、テンプレート的なやつ」
男の口をついて出たのはそんな言葉だった。
老人は耳元に手を当ててすっとんきょうな声を出した。
「はて、“てえしえ”とは何じゃったかの? 聞いた覚えはあるんじゃが……すまんな。神といえど年をとると、耳も遠くなっていかん」
「て・ん・せ・い。新しく生まれ変わりたいの!」
「おお、すまんすまん。……転生か。なかなか、謙虚な若者じゃの。その……“ちょこれいと”という、西洋の甘味じゃったかの、に転生したいのじゃな? ハイカラじゃの。可愛らしいおなごの手に渡るよう、取り計らってしんぜよう」
神様と名乗る老人はすらすらと新しい巻物に何かを書き付ける。
「ち、ちがう! テンプレート! おじいちゃん、耳、聞こえてる!?」
「ああ? テン……プ……? あい、わかったわかった。そないに大声を出さぬとも、ちゃあんと聞こえておるわ。若衆に人気があるらしいからの、よぉく心得ておるぞ。なかなかナウイのお主。ちょべりぐじゃ、ばっちぐーじゃ」
神様ともなると時間の概念がやや大雑把なのだろう。死語を並べながら子供のような笑みを浮かべる。
先ほど書き記した字をべったりと塗りつぶすと、その脇に新しく書き付けた。今度こそ、転生先が決まったようだ。
「普通ならば徳に応じた転生にするところじゃが、此度はこちらの手違い。特上の転生にしてやろう」
「とびっきりのやつを頼む」
「はて、トビが良いのか? 確か大工……」
「違う! すっごくいい転生先を用意してくれよ!」
――神様って本当にいたんだな。
そんな思いを胸に抱きながら、新たな生に目覚める時が来る。
期待と不安。絶望と新しい希望。
全てが渾然一体となり、暗くも暖かな渦へと飲まれていく。
その者は飴色のマグマより生まれし者。
赤い鎧を纏いし一族より選ばれし者。
かの者金色の鎧をまとい、白銀の世界へ降り立つ。ぎゅっと引き締まった真っ白な身に赤い文様を持つ凛としたその姿はあらゆる者を惹きつけ、比類なき覇者の風格は世界中の美食家たちをうならせてきた。
開店当時から継ぎ足し続けられたの秘伝のたれが掛けられ、からっと揚がった衣にじゅわっと染み込む。
「へい、特上エビ天丼お待ち!」
天ぷら一筋100年の老舗丼亭“ますのや”。佇まいこそ寂れてはいるが知る人ぞ知る超一流の料理人が今日も腕を振るっている。
中でも創業以来守り続けられてきた味がこの海老天丼だ。エビ自体は決して高級な代物ではないが、神の手を持つ当代シェフの手によりとれたての伊勢海老にも負けない究極の美味へと生まれ変わる。
さくさくとした衣は口の中ではじけ、きらきらと輝く白米の甘味と、ほのかな辛味を持つ秘伝のタレと調和し、エビの甘味を口いっぱいに広げる。鼻から抜けるは磯の香り。一切の臭みを持たないその香りはそっと目を閉じれば桃源郷へ誘われたよう。
客はエビの尻尾まで食べ尽くすとほうとため息をつく。
「ごちそうさま。やっぱここの天丼が一番だね」
こうして男の転生は終わった。
かみ天 ~神様が俺を転生させた理由~ 完食
妹「神様転生系って流行ってるじゃん」
私「そうだね」
妹「神転って略すと天ぷらっぽいよね」
私「神様が手違いで人間を天ぷらに転生させる物語?」
妹「何それ読みたい」
そんなこんなで書きました。
反省はしてないけど天ぷらは美味しいです。