クリスと女二人旅~神子編~
神子は「みこ」と読みます。ルビ振ってなかったので一応。
~前回のあらすじ~
盲目の神子がやってきたそうだ。
ビル・ブランデには二つの宗派が存在する。
一つは教会による唯一神を崇める宗派。これには決まった名前はない。
なぜなら、この世界において神は唯一のものであるからだという。
だから、神にも名前はない。
神は“神”、神の言葉は“教義”、そしてそれ以外は全てが偽物であるという。
この教会というのは、ビル・ブランデだけではなく世界中に存在するものであり、ラビスシティーにある孤児院――それを経営している教会もまた同じ教えを説いている。
つまりは本来なら「宗派」という言葉すら存在するはずがないのだ。
だが、ビル・ブランデをはじめとし、多くの国にはもう一つの宗派がある。
それが精霊信仰だ。
万物には精霊が宿ると言われ、精霊を崇める宗教だ。
俺からしたら不思議な事に、だが、この世界ではあたりまえのようで、教会は、精霊信仰そのものを容認している。
神は唯一のものであり、人より上の位置に神が作った存在が精霊なのだから、精霊を崇めるのも神を崇めるのと同じなのだというのが教会の教えだ。そのため、精霊信仰者でありながら、教会で懺悔をする、なんてこともありなのだ。
日本でいうところの、12月24日にクリスマスを祝い、12月31日に寺でお参りをし、1月1日に神社に参拝する、というようなものだと思う。
リーリウム王国でも教会が大きな権力を持っているが、民の多くが木と水の精霊を信仰しているのもそのためだ。
そして、神子とは精霊の言葉を聞く乙女なのだと、俺は宿屋のおっちゃんに教えてもらった。
神によって最初に作られた人間は精霊の言葉を聞くことができ、不思議な力を得ることができた。
その人間こそが、神が直接生み出した子であり、全ての人間の祖先だ。
そのため、生まれつき精霊の言葉を強く聞くことができる子は神子と呼ばれ、教会や精霊信仰の間では一定の地位を得られるのだという。その地位は、小国の王にも匹敵すると言う。
神子について知らないと言ったら怪訝な顔をされたが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、旅の恥は掻き捨てだ。
ちなみに、クリスはというと、あいつはまだ寝ている。
クリスには昨日、睡眠薬入りのジュースを飲ませた。昼までぐっすりコースだ。
宿屋のマスターに多めにお金を握らせて、「疲れているので起きるまでそっとしておいてあげてください。私はすでに旅立ったと伝えてください」と言っている。ちなみに、俺の今の服装は、昨日までのスカートとは違い、男が着ても女が着てもおかしくない青い布の服だ。下着はもう男性用に変えてある。
宿屋の室内で男に戻ろうかと思ったんだが、考えてみればチェックアウトを見知らぬ男がしていたら宿屋のマスターに通報されかねないからな。
「ありがとうございました。あと、この後、コーマという、私と同じような服を着た男の人が来ると思いますので、その人が来たら彼女の部屋まで案内していただいてもよろしいでしょうか?」
「おう、そのくらいなら任せておきな」
店主が了承してくれたので、俺は笑顔で宿を出た。
これで男に戻れる。
「あれ?」
宿を出ると、多くの人だかりが見えた。
神輿に乗ったルシルくらいの年齢の黒髪の女の子。目は閉じられている。
あの子が神子さんか。
後ろで荷物を持った褐色肌で同じ黒髪の女の子が一緒に歩いているが、あの子も目を閉じている。
目の見えない神子と目の見えない従者か。
ちょっと興味が出たので、男に戻る前についていってみようと思った。
一行が向かったのは、昨日の町役場だった。
役場の周りには既に人だかりができており、何か話していた。
「聖女様なら当然だな」
「あぁ、聖女様なら当然だ」
と話しているのを聞き、
「あの、何が当然なんですか?」
と尋ねた。男二人は俺を見ると、微笑みかけて、
「あぁ、聖女様に精霊の涙が授けられるのさ」
「精霊の涙?」
「精霊様の力の結晶と言われてな、万病に効く薬が作れるアイテムなんだ。神子様が精霊様からお告げを受けて渡すもので、10日前に精霊様から神子様にお告げがあって、精霊の涙を渡すように信託があった。それから神子様をはじめとした多くの人が聖女様を探していたんだが、3日前にここより北の村で目撃証言があってから行方知れずになっていたんだが、この町に訪れたんだ。だから、精霊使いのスキルを持っている人が精霊の力を使って神子様に知らせた」
とても丁寧に説明してくれる男の話を聞いていると、隣の男も――
「町長の不治の病を一発で治したんだ。あの力は本物さ」
とまるで自分のことを自慢するかのようにそう語った。
へぇ、町長は不治の病だったのか。
「あぁ、医者からはあと一週間の命と言われていた町長が今じゃあの調子だからな。やっぱりオーラが違うよな」
「お前、最初は胡散臭いって疑ってただろうが」
「そんなこと言ってないって」
笑いあう二人だが、んー、精霊の涙か。
俺も見てみたいなぁ。アイテム図鑑に登録したい。
神子御一行が役場の前に立つと、門が開き、町長、聖女(偽)と勇者(偽)が現れた。
「お待ちしておりました、神子様」
「突然の来訪失礼いたします、町長、聖女様、勇者様。私は水の精霊様の声を伺い、聖女様に精霊の涙をお渡しすべく参りました」
幼いが、凛としたその声を聴き、野次馬達から「おぉー」と感嘆の声が上がる。
「ありがたき幸せです」
聖女がそう言うが、神子は思わぬ続きを言った。
「精霊様が言うには、聖女様は精霊の涙を使ってもできなかった、私の目を開かせることができるとのことです」
「……え」
思わず聖女は声をあげ、
「も、もちろんです。時間はかかりますが、神より授かりし聖水を使えば、神子様の目を開かせることも可能でしょう」
「そうですか。では、私の目が開き次第、精霊の涙を聖女様にお渡しいたしましょう。もちろん、聖水代はお渡しいたします」
聖女の顔がひきつるひきつる。今の会話で3キロは痩せたんじゃないだろうか?
その後、神子様は従者の女の子と何か話し、護衛と思われる男二人と聖女(偽)と勇者(偽)を伴って役場の中に入って行った。
さて、あの聖女(偽)がどうやって乗り切るのか見ものだし、精霊の涙を見てみたかったが、クリスが起きる前に元に戻らないとな。
人の少なそうな場所を探して歩くと、俺は公園に行きついた。
公園というよりかは、町の中にある森みたいな感じだ。木々が鬱蒼に生い茂り、川もある。
森の中に入って行き、俺は小さく息を吐いた。
「あの、何かご用でしょうか?」
振り向くと、木の陰から褐色肌の少女が現れた。
神子の従者をしていた子だ。
「気付いてた?」
「あぁ、幸い便利なスキルを持っていますので」
索敵眼鏡を吸収して得た索敵スキルにより、尾行しているのはわかっていた。
「私に何かごようでしょうか?」
「……不自然」
「え?」
「あなたの言葉遣いが不自然」
少女がはっきりと言うので、俺は頭をぽりぽりとかき、
「どういうこと?」
「あなたの心と言葉があっていない。あなたの心の言葉はもっと男っぽい」
「あぁ、そんなに不自然だったか?」
そう尋ねた。
正直、俺自身時々自分の喋り方がキモイと思っていたこともあったんだが、他人にそう言われたのは初めてだ。
「そっちのほうが自然」
「そうか。なぁ、あんたは目が見えないんだよな?」
「見えない」
「よく俺についてこれたな」
「目が見えなくても音は聞こえる。風は感じる。振動は伝わる。問題ない」
「……マジかよ」
心眼ってやつか?
人間が得る情報の9割は目から入る物だっていうんだが、残りの1割を極めることによって目の代わり、もしくはそれ以上のことをしているのか。武術の達人みたいなやつだな。
「私も聞きたい」
「なんだ?」
「あなたが聖女様?」
少女が訊ねて、
「違う、俺は聖女じゃない」
「ん……じゃあ、私の目を治せる?」
「それは聖女様に頼め」
まぁ、あの聖女(偽)じゃ無理なんだが。意地悪言わずに治してやるか。そして、とっとと逃げようか。
「あの人は偽物」
「……気付いていたのか?」
「精霊が、あの人じゃないって言ってる。泉を治したのは、あなただって」
少女は俺を指さして言う。
泉を治した?
あぁ、そうか。10日前、俺が水浴びをするために水を注いだ泉は、もともとは水の精霊が好きな場所だって言ってたっけ?
だから、精霊から神子に、聖女に精霊の涙を渡すように伝えられたわけか。
そして、神子なら、精霊の声を聴くことができる彼女なら、本物と偽物の区別も容易いということか。
「……さすがは神子様だな。あの神子様は君の影武者か?」
「そう。変な薬を飲まされたら危険だからって」
たしかにそれはそうなんだが、こんな森の中――いや、公園なんだけど、こんなところまで一人で来る方が危ないだろ。
と思ったがそうでもないか。
彼女のスキルを見て、俺は最初からこっちが本物だって気付いていた。
【精霊導:Lv10】
初めてみるスキルだ。精霊使いというスキルなら何人か持っていた人を見たことがあるが。
そのレベルがMAXレベル。
どんな能力なのかは、あとでスキル図鑑でゆっくりと見るが、精霊使いが精霊の力を借りて魔法に似た奇跡を起こすものだとしたら、精霊導はその上位スキルなんだろう。
【HP90/90 MP784/820 死目】
MPは神子たる所以か、とても高い。少し減っている理由はわからないが。
死目か。これも今日初めてみる状態異常だが、影武者の少女も同じ状態異常だった。
「ほら、これ飲め」
俺はアイテムバッグからアルティメットポーションの入った薬瓶を取り出して、彼女に渡す。
彼女は迷うことなく、その薬を飲んだ。
危ないものを飲んだらいけないと言われていたのに、この無防備さはなんなんだ。
「で、治ったか?」
「うん、見える」
「感動薄いな」
「とても感動している」
全然そうは見えないんだが。
まぁ、いいや。
「あと1本頂戴」
「あぁ、あの女の子の分か。ほらよ」
俺はアイテムバッグから2本のアルティメットポーションを取り出す。
「1本は町長にくれてやれ。あいつ、不治の病らしいからな」
アルティメットポーションなら治せるだろう。それで無理なら知らない。
「主犯」
「だろうな。偽聖女と偽勇者を仕立て上げて、あんたから精霊の涙を騙し取って自分の病気を治そうとしてるんだろ」
あの町長、HPが残り1桁だった。あんな状態で笑顔で案内できるなんて、どんな胆力だよ、と昨日は思っていた。
鎮痛状態でもなかったし。
「あいつらがどんな罪になるのかは知らないけど、見殺しにするのは流石に後味悪いからな」
「甘い」
「悪いか?」
「ううん、目を治してくれてありがとう。あと、これ、お礼」
それは――ゼラチンみたいに柔らかい物質だった。
七色に輝く球体状のそれを見て、俺は呟く。
「……精霊の涙……」
……………………………………………………
精霊の涙【素材】 レア:★×7
精霊の力の塊。多くの薬の材料になる。
本物の精霊の涙ではないので、精霊を泣かさないで。
……………………………………………………
あぁ、これからもエリクシールが作れるのか。
そして――魔力の神薬が作れるらしい。
今後、他にも何か作れるものが増えそうだ。
「じゃあな、本物の神子様」
「ん、さよなら、本物の聖女様」
「だから、俺は聖女じゃねぇって」
そう言って、手を振って別れ、彼女がいないところで性別反転薬を飲んだ。
久しぶりに戻った自分の体を見て俺は、たぶん涎を垂らして寝ているであろう本物の勇者様を起こすべく宿屋に向かった。
※※※
「ミューは見えない」
『そりゃ、僕は精霊だからね。誰にも見えないよ』
「残念」
『それにしては嬉しそうだね。やっぱり目が見えるようになって嬉しいの?』
「久しぶりに聞いた」
『え?』
「久しぶりに日本語を聞いた」
『…………もしかして、あの子も君と同じ転生者だったの!?』
「かもしれない」
『なんで言わなかったのさ!? 元の世界に戻るヒントがあったかもしれないのに!』
「彼とはまた会うから」
『彼? 彼女じゃなくて?』
「うん、彼」
※※※
「うぅ、コーリーちゃんにちゃんとお別れ言いたかったです」
クリスは結局昼過ぎまで寝ていた。おかげで俺は元の姿に戻ってからゆっくり買い物をすることができた。
元の姿に戻った俺と一緒に早めの夕食をとることにした。
「お前が寝坊なんてするからいけないんだろ」
「それはそうですけど」
「ほら、今日は俺が飯奢ってやるから」
「なんか、コーマさん今日は優しいですね」
パスタを食べながら、クリスはそんなことを言う。
別に罪滅ぼしとかそういう意図はないし、お礼というわけではない。
「だって、お前、コーリーから護衛料もらったんだろ? 借金返せるじゃないか」
「うっ、そうでした」
クリスは素直に、俺が昨日渡した金貨の入った袋を俺に差し出した。
領収書をクリスに渡し、俺は鳥のトマト煮込みを食べる。うん、うまい。
飯を食べていて耳に入ってきた情報だが、聖女と勇者が偽物だったことがばれたらしい。そのうえで、町長がグルだったこともバレたそうだ。
本物の聖女が現れて、神子の目を治し、さらに町長の病気を治したことで事件が発覚。
町長は全ての罪を認めていて、騙し取った金は全て返すそうだ。
ただ、勇者特権の関係から勇者の名を騙るのは身分詐称の罪になるらしく町長と聖女(偽)も共犯として三人とも冒険者ギルド預かりになった。
聖女(偽)と勇者(偽)は町長に唆されただけだと騒いでいたが、一人、病気が治った町長だけは晴れやかな顔をしていたという。
「俺は最初から怪しいと思ってたんだよ」
「お前、やっぱりオーラが違うよな、みたいなこと言ってなかったか?」
「そんなこと言ってないって」
と隣の席の会話を聞きながら、クリスの話にも耳を傾けた。
「それでですね、コーリーちゃんはとってもいい子なんですよ。コーマさんとは大違いです」
「それは悪かったな。じゃあ大違い扱いされた俺は、お前の肉を奪いとる」
「あぁ! それ、後で食べようと思って置いてたのに!」
クリスが怒るのを聞きながら、俺は久しぶりに自然体で彼女と語り合った。
これにてクリスと女二人旅は終わりです。
TS嫌いな方はすみませんでした、コーリーちゃんは暫くでてきません。
さて、ここで出てきた謎の神子(神子という名前ではありません。神子という名前の少女はヤンデレの魔王です)は暫く出てきませんが、今後は結構重要な人物になる予定です。ていうか、本当はここで出す予定じゃなかったんだけど。
次回は、二つ前の章でやる予定だった話の一つ、コーマがギルド試験を受ける話です。