クリスと女二人旅~偽者編~
~前回のあらすじ~
聖女様と勇者様が町に来ているらしいと聞いた。
聖女と勇者がこの町に来ている。
聖女(俺)と勇者(クリス)にとってはもちろん寝耳に水の話なんだけど。
盗賊を冒険者ギルドに連れて行って、そこそこ高額だった報奨金(計銀貨32枚銅貨31枚)を受けとった。
どうやら賞金首が混じっていたらしい。
そして、手続きをしている間にも、勇者と聖女の噂は耳に入ってきて、クリスが呟いたのだ。
「へぇ、私以外にも勇者と聖女っていたんですねぇ」
「本気で言ってる?」
「え? 何がですか?」
あぁ、そうですね。クリスはそういう人ですね。
「今の話を聞くと、どう考えても私達の偽物がいる感じですよ」
「え!? 本当ですか!?」
「ま、本当だと思いますけど」
「でも、私達の噂が広まったのって10日ほど前の話ですよね? なんでもう偽物が?」
「10日だけだからでしょうね」
「見に行ってみます?」
正直、ちょっと面白そうだと思った。
別に正体を暴こうとかそんなことをするつもりはない。普通に興味本位でのことだった。
「そうですね、偽物がどんな人か、正直言うと私も興味あります」
「あはは、勇者様もそのあたりは俗人ですね」
「聖女様だってそうじゃないですか」
「うっ、その呼び名はやめてください」
思わぬ意趣返しにあい、げんなりした口調になる俺の手をクリスがとり、俺達は勇者と聖女がいるという町役場へと向かった。町はラビスシティーほどではないが人口5千人が住む大きな町で、冒険者ギルドもあれば、普通に商店もある。
とりあえず、元の身体に戻ったらクリスと合流する前にラビスシティーでは買えないアイテムをまとめ買いしよう。
役場に近付くつれ、周りから「聖女」という言葉が時折聞こえるようになってきた。聖女様のおかげで怪我が治っただの、聖女様のおかげで体調がよくなっただの、聖女様のおかげで毛が生えてくるだの。
んー、最後の人、毛が生えたって言ってるけど、見た限り、まだスキンヘッドのままだ。
「聞く限りでは、良い人っぽいですね」
「あぁ、話を聞く限りな」
でも、もちろんそれだけとは思えなかった。
何しろ、聖女様に見てもらった、という人達のほとんどが、金を持っていそうな良質な服を着ている男達だったから。
中には、「たった金貨3枚で治療してもらえるなんて」などと言っている男もいたくらいだ。
だが、俺が見る限り、さっき治療してもらったと言っていた、腕に包帯を巻いている男の腕は決してよくなっていない。状態が鎮痛になっている。
おそらく、麻酔っぽいもので痛みを一時的に消しているに過ぎない。
ということは、薬袋の中に入っているのは鎮痛剤か。
毎日飲み続けたらよくなるとでも言われ、薬が切れたころには……か。
骨折を治療するには、最低でもエース級のポーションが必要になるが、鎮痛剤なら材料さえそろえば普通のポーションくらいの値段で用意できる上、ある程度の錬金術スキルがあれば用意できるからな。
役場に着いたときには人だかりができていた。
なんでも、治療を終えた聖女様が、これから町長と食事に行くらしい。
ここに集まってる人達は、一目でも聖女様を見てみたいという野次馬のようだ。
待つこと僅か三分、役場の扉が開いた。
俺達が来たのはちょうどいい時間だったようだ。
最初に出てきたのはちょび髭の男。この町の町長らしい。
町長が先導役とは、聖女様はかなり好待遇らしいな。
そして、次に出てきたのが――、
「うっ……」
ふくよかという表現にはおさまりきれないほどの肉の塊――もとい年齢不詳の女性だった。特注品であろうシスターが着るようなローブはそれでもぴちぴちになっていて、歩くたびに地面が揺れている。
「おぉ、聖女様! なんと神々しいお姿だ」
「聖女様ぁぁぁっ! こっち向いてぇぇっ!」
聖女様と声を掛けられ、聖女(偽)は手を振って民衆に応えた。
あと、俺が予想していた通り、聖女(偽)は錬金術スキルを持っていた。レベル3。
クルトよりも低いレベルだが、レシピさえあれば簡単なポーションや鎮痛剤、解毒ポーションや解呪ポーションくらいは作れるはずだし、錬金術で作られた薬がこのあたりにあまり出回っていないのだとしたら、奇跡の薬と称して治療をすることはできるだろう。
ただ、毛生え薬は作れなかったはずだ。あれはレア度4の薬だから。
そんなことよりも、今は聖女(偽)の姿を見て俺は肩を落とした。
女姿の自分を揶揄されるのは別に構わないと思っていたが、さすがにショックだ。
涙が出そうになる。
「コーリーちゃん、元気だしてください」
項垂れる俺にクリスが声をかけた時だった、
「勇者様だ! 勇者クリスティーナ様が出て来たぞ!」
「おぉ、本当だ、なんと凛々しい御姿。閃光の御姿にぴったりだ」
こっちは勇者だけでなく名前まで使っているのか。そういえば、クリスはもともと結構名の知れた冒険者だったからな。
もしかしたら、この町に偽物が来る前から、聖女と一緒に行動をしている勇者がクリスだということが知られていたのかもしれない。
そして、出てきたのは、長身で細身、レイピアのような細剣を鞘に入れて持ち、ブルーメタルの金属を身にまとった――40歳くらいの男だった。無精髭も生えている。
「え、男!? 男ですよねっ!?」
流石にクリスも驚いたようで、俺に同意を求めたが、周りから止められた。
「静かにしろ。クリスティーナ様は、女二人だと盗賊に襲われる危険があるからと、あえてあのような男装をなさって護衛をしているのだ」
「そうだぞ。聖女様を守るためとはいえ、性別まで偽られるとは、なんと立派なお方だ。私は感動して涙が止まらない」
という設定らしい。クリスはやけになったのか、渇いた笑いで二人を見ていると、赤子を連れた女性が前に飛び出した。
「聖女様! お願いです、この子を――この子の治療をしてください! 病気がだんだん進行していき、昨日から泣くこともできないでいるんです」
涙ながらに、布にくるまれた赤子を出す女性に――勇者(偽)は、
「で、金はいくらある?」
「これだけ用意しました」
彼女は布袋を差し出すと、勇者(偽)はそれを奪い取り、中身を見ると、
「なんだこれは。銅貨ばかりではないか」
男が布袋をひっくり返すと、数枚の銀貨と三百枚近い銅貨が零れ落ちた。
「聖女様に見てほしければ少なくとも金貨を用意しろ」
そう言い切り、布の袋をその場に捨てた。
「おやめなさい、クリス。ですが、申し訳ありません。私の扱う薬は神から頂戴したお薬、この薬を差し上げるには神への寄進が必要なのです。申し訳ありません」
そう言って、聖女(偽)は頭を下げようとするが、肉が邪魔で頭を下げることができないようだった。
そして、二人は町長とともに歩き去って行った。
民衆もほとんどは三人についていってしまい、残されたのは、先ほどの赤子を抱えた母親と俺達だけだった。
クリスは彼女の傍に落ちていた小銭を拾い、袋に入れて女性の前に渡す。
だが、女性は泣き崩れてもうそれを受け取る気力もない様だ。
さっきの銅貨、汚れたものがほとんどだった。きっと少ない日銭の中から貯めていたものなんだろうな。
「コーリーちゃん、この子の症状はどうなんでしょう?」
「えっと……ちょっと待ってください……あ」
俺は赤子を見て、この子の症状を確認し、思わず声をあげた。
虫毒だ。
かつてアンちゃんがかかっていた毒。目が見えなくなり、ゆくゆくは死に至る毒。
解毒ポーションがあれば消せる毒だが、それでももし、この子の目が見えなくなっていたら、見えなくなった目は治らない。
目を開けている赤子の前で手を軽く振ってみる。
だが、小さな瞳は全く反応していない。もう光さえ捉えることができなくなっているようだ。
「あの、お願いです。私達のことは黙っててくださいね」
そう言って、俺はエリクシールを取り出した。
アルティメットポーションを飲ませるのが面倒だったのと、ユグドラシルの葉を大量入荷したことによりエリクシールが結構たくさんあるから使うことにした。
エリクシールを赤子に一滴垂らした。
すると――赤子の目に光が灯り、突然の変化に、泣き始めた。
「これで大丈夫ですよ」
「え? あなたはもしや」
「私はただの薬師です」
すると、女性は泣き止まない赤子を見て、大粒の涙を流して俺に感謝した。
「あの、せめてこれを――」
お金の詰まった袋を俺に渡そうとするが、俺は首を振って、
「このお金で栄養のあるものを食べてください。病気の治療は終わりましたが、この子は病気の間に栄養不足になっているみたいです。お母さんが栄養のあるものを食べて、栄養のあるお乳を出してあげてください。それができなければ、私が助けた意味がなくなっちゃいます」
俺はそう笑顔で言うと、女性は「ありがとうございます、ありがとうございます」と頭を下げた。
うん、一件落着。
「コーリーちゃん、流石ですね」
「いえいえ。メイベル店長に怒られる事案が増えただけですから」
あくまでも薬はフリマからの持ち出しという設定にしてある。
「それで、あの偽物はどうしましょう?」
「放っておきましょう。大体、偽物というのは放っておいても酷い目に合うのがテンプレですから」
「てんぷれ?」
「神様は悪事を許さないってことです。それより、さっき冒険者ギルドで乗合馬車の時間を見たら、明日まで出ないそうなんです。クリスティーナ様もコーマ様を待たないといけないんですから、宿屋の確保が先決です」
「あ、そうですね」
そう言って、俺たちは宿屋の部屋を確保(シングル二部屋)。
その日はこの町の名物料理という鶏肉料理を食べて寝ることにした。
そして翌日。
「大変だぁぁっ! 盲目の神子様御一行がいらっしゃったぞ!」
そんな声で俺は目を覚ました。