指輪と指人形の勘違い
~前回のあらすじ~
ベリアルは怖いそうです。
森の中、涼やかな風、さえずる小鳥の声、金木犀のような花の香り。
木々から伸びる枝葉の隙間から注ぐ太陽の光が心地よく、読書をするか昼寝をするか、なんて思ってしまう。
まぁ、こっちの世界に来てからは研究書などを流し読みしたりはしたが、物語は読んでいないからなぁ。
翻訳機能で文字は読めるけれど、面白い本とかあるのかな。
本を読みそうなのはフリーマーケットの従業員くらいだが、女と男じゃ好みになる本は異なるからな。
やおい物とか薦められたら困る。
誰か男で……本を読む知り合いは……あ、そういえばジョー……ジョー……ジョーなんたらって奴なら面白そうな本を知っているかもしれない。
また聞いてみるか。
まぁ、そういうことで、本を持っていないから、昼寝でもしたいのどかな陽気なのだが。
「アルファ、異常なし。三時の方向に獣の匂いがしますけど、小動物――ウサギだと思われます」
「ベータ、異常なし。川で魚が跳ねている」
俺の目の前にいる二人は全くのどかじゃなかった。
コメットちゃんがアルファでタラがベータか。
ていうか、コメットちゃんってこんなキャラだっけ?
あぁ、グーの部分が強くでているのかな。鼻がかなりぴくぴく動いている。
「二人とも落ち着いて、飯でも食わないか?」
アイテムバッグからゴザを出し、そのうえに布を広げる。
俺はアイテムバッグを置き、昨日作った料理の残りを出した。
皿の上には肉とパンが載っている。
アイテムバッグの中は時間が止まっているので、できたてのようにほかほかだ。
「毒見します」
「パンは異常ありません」
コメットちゃんはナイフとフォークを器用に使ってステーキの切れ端を食べ、タラはパンをちぎって口に入れた。
「毒見って……それ、俺が作ったんだが」
俺がそう呟くと、二人は毒が入っていないことに気付いたようで、
「では、警備に戻ります!」
「じゃなくて、普通にしてくれ。流石に二人に立ってられると落ち着かない――ん?」
「「……っ!!」」
二人が身を潜めた。
いや、そこまでしろと。
「主、誰か近付いて来ます」
「……人間のようです……女性ですね」
臭いでそこまでわかるのか……コメットちゃんと仮に結婚するようなことがあれば、絶対に浮気はできないな。
暫くして、本当に人間の女性が出てきた。
というか、俺のよく知る女性だった。
「……コーマ様っ!? どうしてこのような場所に! まさか、これは運命!」
一人で盛り上がる茶色い縦ロールの髪の女性、エリエールだった。
いつもは青いドレスを着ているのだが、今日は青い上着と白いズボン……腰には細剣が。
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シルフのレイピア【魔法剣】 レア:★×6
風の精霊の加護を受けたレイピア。
魔力を込めることで風の力を纏い、剣の威力を上げる。
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中々の業物のようだ。
「あの、コーマ様、どうしたのですか?」
「いや、エリエールさんの戦闘用の服を初めて見たから。よく似合ってますよ」
男装の麗人みたいな服だと思ったのは、言わないでおこう。
エリエールさんは、俺の見え透いたお世辞にも、本当にうれしそうにしてくれているからな。
いい人だ。
「コーマ様、お知合いですか?」
「あぁ、フリーマーケットの隣で、サフラン雑貨店を経営しているエリエールさんだ」
そして、俺は二人を紹介しようとして、どうしたものかと思った。
「お二人は護衛の方かしら」
エリエールが訊ねてきたので、それに乗っかることにした。
「あ、ああ、そうなんだ」
「そうなのですね。コーマ様はフリーマーケットのオーナーを引退なさったとはいえ、人質に取られるようなことがあれば、メイベルさんなら店の資産を全て出してでも助けようとしますからね」
「ははは、だといいんだが、メイベルは店が自分の命より大事なところがあるからな」
「いえ、必ず出しますよ。もしも出さないのなら、もしくは足りないようなことがあれば、わたくしが出します。例え店を売り払っても」
「お気持ちだけ頂いておきます……あの、エリエールさん、顔、近いですよ」
本当に近い。このまま俺が一歩前に出たらキスしてしまう……前に鼻がぶつかる。
「も、申し訳ありません。わたくしとしたことが。コーマ様は世界でも類を見ない鍛冶師ですから。コーマ様が御造りになられた剣の数々、とても感動致しました。一本だけ普通の銅の剣が混じっていましたが、それ以外はまさに業物でした」
その一本が俺にとっては成功作で、残りの剣は全部失敗作なんだけどな。
……げっ、横でコメットちゃんが凄い形相でこちらを見ている。
仕事の話ばかりして退屈させたのか?
「え、エリエールさん、仕事に関する話はやめませんか? エリエールさんとは仕事より、(コレクター仲間として)プライベートの付き合いをしたいから」
「(恋人として)プライベート……ですか、そうですね。わたくしもそろそろそういう関係性のほうがいいと思っていました」
「ですよね、(パーカ人形の)交換とかもしたいし」
「(指輪の)交換ですかっ!? そ、それは流石にまだ早いと思いますわ」
早い……くっ、確かに、俺はパーカ人形を集め始めたばかりの人間。パーカ迷宮の場所を最初から知っていた彼女と交換なんてまだまだ早いか。
エリエールが小声で、「で、でもコーマ様がどうしてもとおっしゃるのなら、わたくしとしましては準備を」などと呟いている。
「いえ、確かにエリエールさんの言う通り早いな。もう少し時間が必要だ」
俺が言うと、エリエールは「そ……そうですわね」と少し残念そうに言った。そうか、エリエールさんも本当は人形の交換したかったのだが、俺のために心を鬼にしてくれたのか。
本当にいい人なんだな。
しまった、コメットちゃんの顔が鬼の形相になっている。角が、角が見えるぞ!
「……エリエール様、私は現在コーマ様の護衛をしているコメットと申します。エリエール様はコーマ様の知り合いのようですが、どうしてここに? もしかして尾行なさったのでしょうか? だとしたら、私達としたら、危険人物として警戒しないといけません」
「スト……そんなこといたしませんわ!」
「では、どうして?」
コメットちゃん、怖いよ。タラがひいてるよ。
「コーマ様、わたくしがここにいる理由は……コーマ様、今からすることは仕事の話になりますが、よろしいですか?」
「……あ、あぁ」
「わたくしがここに居る理由は、ギルドからこの国の教会にある手紙を届けるためです」
「……同盟の話か?」
「流石、御存知だったのですね」
「同じ手紙をクリスが王城に届けた。その時にそこの女王から話を少し……な」
その時、同じ手紙が教会に届けられた、と話していたが、その配達人がエリエールだったのか。
エリエールが次に語ったのはこの国の現状だった。
この国は南西が海に面する国であり、イグレシア大陸の玄関口としても有名である。
イグレシア大陸は教会の本山のある大陸であり、リーリウム国の港が最初に宣教師が降り立った地であるらしい。
そのため、この国では教会が強い権力を持っているらしく、2年前まで王族派と教会派で政治が分裂していたほどだったそうだ。
でも、エリエールによると、それを裏で解決し、教会と王族とを仲立ちしたのがクリスであるらしい。
……その裏の立役者はきっとサイモンという男なのだろうな。何者なんだ? サイモンって。
「答えになっていませんよ! エリエールさん、どうしてここにいるんですか? コーマ様の匂いを辿ってここまで来たのでは?」
「わたくしは犬ではありません! コーマ様の匂いなんてわかりませんわ……」
エリエールはそう言って、俺の匂いを嗅いでみる。そして頬を赤らめて、
「これが殿方の香り……はぅ」
「コーマ様! やっぱり彼女は危険です! すぐに離脱しましょう!」
「いやいや、確かに危ないかもしれないが……で、エリエールさん、なんでここに?」
俺をエリエールから遠ざけようコメットちゃんの意見をとりあえず却下し、彼女に尋ねた。
「わたくしがここに来たのは、この先に迷宮が現れたという噂を聞いたからです」
「迷宮が? でも、迷宮って、ラビスシティーにしか存在しないんじゃないのか?」
俺の常識が、根幹から覆された、そんな気がした。