行列のできるパスタ店
~前回のあらすじ~
痴漢されているところをクリスに助けられた。
「な、なんだよ、あんたは!」
クリスに手を握られたおっさんは元々赤かった顔をさらに赤くして……普通に酔いが回っただけかもしれないが……クリスに怒鳴りつけた。
「私はただの客ですよ。それより、おじさん。そういうの、あまりよくないですよ」
クリスがそう言うと、男は何か言い返そうとしたが、周りの客の視線が集まっているのに気付いたのか、舌打ちをして出て行こうとする。
ただし、千鳥足で。
俺は棚にあった薬をとってきてと、出て行こうとする男の手を掴んだ。
「あの、これ、酔い覚ましの薬です。今の状態だと危ないですから、飲んでください」
「あぁ?」
「お金は結構ですから」
「……ふん」
男は俺から薬を奪い取るように受け取ると、その薬を飲み干し――まるで酒をかっくらうかのように薬を飲んだ。
すると、真っ赤だった男の顔から、赤みが抜けていき、それと同時に青くなって俺を見つめた。
「す、すみません! 酔っていたといえ、なんて失礼なことを」
「いえ。ありがとうございます。だって、ほら」
俺が店の棚を見る。
酔い覚まし薬は銅貨3枚と薬の中では安価なのだが、効果は抜群。
ただし、風邪程度では薬を飲まないこの世界において、酔っ払い相手に薬を飲ますという文化がなかったのか、あまり売れなかった。
でも、今の男の姿を見て、店に来ていた奥様方が興味を持ったようで、棚の薬に手を伸ばしていた。
「はぁ……あ、これ、薬の代金、きっちり払うからね……」
男は銅貨3枚を俺の手に握らせ、
「あと、ワシの心配をしてくれてありがとうね、お嬢さん」
「いえいえ、飲み過ぎて奥さんに怒られたときは、アクセサリーを買いに来てくださいね」
「ははは、あまり飲み過ぎないようにするよ」
そう言って、男は店を出て行った。うん、悪いおっさんじゃなかったな。
お酒を飲まないといい人なんですけど、の典型的な例だ。
「……あ、クリスティーナ様、先ほどは助けてくださり、ありがとうございました。私、本当は怖くて動けなかったんです」
「えっと、そんな風には見えなかったんですけど……あれ? 私のこと知ってるんですか?」
「はい、クリスティーナ様は有名人ですから。美人で剣術の達人の勇者が誕生したと町で噂になっていたんですよ」
自分で言っていて白々しすぎると思うお世辞だったが、クリスはその台詞に顔を緩めきっている。
褒められ慣れていないのだろうな。
でも、まぁ助けてもらったお礼だ。今日くらいはいい気分を味合わせてやろう。
「コーリーちゃん、お疲れ様。休憩に行っていいわよ」
メイベルから声がかかる。
「あ、はい、店長」
俺も笑顔で対応。ふぅ、とりあえず前半戦は終了かな。
「そうだ、クリスさん。コーリーちゃん、この町に来て日が浅いから、案内してあげてくれないかな?」
「コーリーちゃんって言うんですね。あれ? この町に来て日が浅いって、私が勇者になったのを町の噂で聞いたんですよね?」
「あぁ、私の町はラビスシティーの外にあるんですけど、町の外でもクリスティーナ様の武勇伝が届いている、という意味ですよ。あはは」
私は笑いながら、流石にこのウソは厳しいか? と思ったら、
「なるほど、そうなんですか。それはうれしいです」
と見事に騙されてくれた。うん、クリスがバカでよかった。
まぁ、俺がコーリーと等号で結ばれるなんて普通は思わないよな。
「では、いきましょうか、コーリーちゃん。町の裏の裏まで案内してあげますから」
「い、いえ、そんなアンダーグランドは教えてほしくないです」
「大丈夫です、裏の裏は表ですから!」
俺はクリスに引っ張られるまま、町へと出て行った。
昼前とあって、大通りは多くの人で溢れていた。
客引きを行う店員や、パンの詰まった籠を持って売り歩く女性。あっちの獣人の子供が売ってるのは魚か。湖で獲ってきたのだろう、琵琶湖で釣った魚に似ているラインナップだ。さすがにカンディルみたいな魚はいないだろうが。
ん? 鑑定できない魚がいる。
数センチの小魚で、売り物というよりは、網にかかって一緒に持ってきてしまった魚だろう。
そして、俺はその魚に見覚えがあった。
……まさか、俺以外に日本からの転生者がいるとは思わなかった。いや、違う、いるのは知っていたが、忘れていた。
俺と一緒にこの世界にやってきた生物、おそらくその子供がそこにいた。
俺と同じ日本から召喚された者、その名はブラックバス。
カンディルは殺していたが、生きていたブラックバスは、俺が目を覚ます前にルシルが放流してしまったと言っていた。
ルシルの迷宮200階層のため池に放流されたあと、姿が見えなくなったと思ったが、まさかこの町の湖で数を増やしているとは。
どういう手段で湖まで移動してきたのか全くわからないけど、奴の生命力には驚かされるな。
琵琶湖だと憎むべき敵だったが、ここでは数少ない同郷者だと思うと、愛らしい存在に思えてくるな。
「コーリーちゃん、もしかして魚が食べたいんですか?」
「え? あ、いえ、魚より今は麺料理が食べたいです」
「そうですか、じゃあお勧めのお店があるんです。そこに行きましょう」
クリスのいうお勧めの店とは、プラチナリングを売った宝石店のすぐ近くのパスタ屋だった。
俺は入ったことない。というのも、いつもすごい行列で並んで入るのが億劫だったから。
でも、今日はクリスと一緒だから、勇者特権で並ばなくてもいいか。
「この列なら、20分待ったら入れますね」
「え? 待つんですか?」
「はい、並ぶ価値はありますから」
当然、という感じでクリスは答えた。
「クリスティーナ様は勇者なんですから、勇者特権を使えば並ばなくても入れるのでは?」
「スーさんにも前に同じこと言われました。でも、ほら、みんな並んで待ってるじゃないですか。勇者の力って、横入りして食事をするためのものじゃないと思うんですよ」
「……クリスティーナ様って、損な性格だって言われません?」
「よく言われます」
恥ずかしそうにクリスが言う。うん、本当にバカ正直な勇者様だよ、お前は。
仕方ない、付き合ってやるか。
クリスの目算と違い、20分経っても半分進んだ程度、この様子だとあと20分は待たないといけない。
そう思っていた時だった。
「ひったくりだー!」
そう言って、巨漢の男がこっちに向かって走ってきた。
手には鞄が三つも持たれている。一度に三つも鞄を盗むなんて、豪気なひったくりだなぁ。
そう思っていたら、クリスが列から飛び出して、男の進行を塞いだ。
「止まりなさい!」
剣を抜かずに男を制しようとする。男は凄い形相でクリスに迫る。男の手にはナイフが握られており、ナイフはクリスに振り下ろされた。
何も知らない人が見れば、この後は、流血事件が起きると思うだろう。現に悲鳴もあがった。
だが、クリスは大男の腕を掴んで投げ飛ばした。その時に手首をひねり、ナイフを落とさせている。
男が地面に仰向けに倒れ、クリスがナイフを拾い上げると、周りの人達から歓声があがった。
見事な制圧術だなぁ。でも、あの男大丈夫か?
石畳の上で一本背負いされて……死んでないか?
一応、脈を確認しようかと男に近付くと、
「コーリーちゃん、ダメ!」
男が俺の首を掴んで起き上がった。あ、生きてたか。
そして、隠し持っていたナイフを俺の首に突き付ける。
「おい、姉ちゃん、さっきはよくもやってくれたな! いいか、そこを動くなよっ! 動いたらこの嬢ちゃんの首が――」
「もう、心配してあげたのに、この仕打ちはやめてよ」
俺はそう言い、男の腕を押しのけて着地すると、右足を掴んで上空に投げ飛ばした。
「なんだとぉぉぉっ!」
男が絶叫を上げる。
数メートルくらいしか飛ばなかったが、それでも落ちてくる男を左手一本で受け止め、
「クリスティーナ様、とりあえずこの人をギルドに連れていきましょうか」
俺がそう言うと、クリスは顔をひきつらせて「そ……そうですね」と呟いた。
やばいな、ちょっとやりすぎたか。
「……と思ったけど、重いので下ろしますね……あはは」
地面に下ろされた男は泡を吹いて倒れていた。
歓声はまだ起こらない。
~将来でコーマはこんなものを作ります~
スライムの核×地獄の大釜×死霊の王の魂
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修羅イム【魔法生物】 レア:★×9
修羅に身を置く炎のスライム。
その力は魔王をもしのぐという。
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コーマ「という夢を見たんだが」
ルシル「スライムに負ける魔王って情けないわね」
コーマ「だよな……だよな……ははは」