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ドアによる未来 作者:饗庭淵

三章 ドアによる戦争(上)

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(3-4)

4.
「やっとドアを使っての実戦になるわけか……」
 このたび、米統合特殊作戦軍・特殊部隊デブグルーは作戦行動のためオリジ
ナルドアを仮借。隊員の一人である彼は、現在までドアを用いた船舶強襲や人
質救出などの特殊作戦訓練、果てはドアを敵に回した立場での訓練まで受けて
きた。その訓練の成果が今、実際に試されるのだ。
「これより任務内容の最終確認を行う。これから向かうドアの先はロシアのド
ア研究施設だ。我々の任務はまず最優先にドアの破壊。次に研究者及び研究記
録の確保。ただし、後者についてそれが不可能な場合は殺害及び破棄を躊躇わ
ぬこと。作戦開始はこれより二時間後、現地時間〇四〇〇時。抵抗勢力の撃滅
ののち突入する」
 奇妙な響きだった。本来なら敵の撃滅のために突入するものだ。だが、ドア
があればそのようなリスクを冒す必要はない。先に障害を排除した上で安全に
突入できる。部隊本来の任務が奪われてしまったような気もした。
 現在は夕暮れ。ドアをくぐれば現地では早朝だ。ドアによる強襲では現地と
の環境差とその即時適応が問題となる。本作戦でも、気候についても現地と可
能なかぎりギャップのない出発地が選ばれている(もっとも、空調の効いた屋
内から屋内への移動ではあるが)。
 部隊の前にドアが設置される。あのリングをくぐるのか。隊員の彼は昂揚感
を抑えきれなかった。ドアはまだ起動していない。しかし、すでに数々の訓練
を遂げてきた彼には、すでにその向こうが見えていた。目標の研究施設はあら
かじめ隠密偵察によってその内部構造を完全に暴かれている。彼の脳にはその
情報が焼き込まれており、どこにどう動けばいいかのシミュレートを幾たびも
繰り返していた。
 ロシアは律儀に条約を守っているため、ドア研究施設はほとんどが極北に位
置している。本作戦の目標もその一つである。ドアなしにその地へ上陸しよう
としたらいったいどれだけかかるだろう? 時間だけではない。侵攻ルートは
北極海か。あるいは陸路か。いずれにせよ大回りになる。その際、ロシア軍と
の大規模な交戦は避けられない。空母、潜水艦、航空支援、特殊部隊……四軍
および各情報機関が総力を挙げて連携し、十分な情報収集と準備期間を経て成
功確率は何%か。多くの犠牲を払う覚悟も必要だろう。
 だが、ドアがあればそれらの悩みはほとんど無用だ。最新の情報を元に最善
の作戦を数日もかけずに立案できる。小学生にだってできる。成功もほぼ確
実。失敗要因の列挙に頭を悩ますほどだ。
 馬鹿げてる。彼は思わず苦笑した。ただ、不便がないわけではない。オリジ
ナルドアは射程において圧倒的なアドバンテージを持つが、ネックなのが口径
だ。直径はわずか一m。人間が通るにはとても最適とはいえない。この日のた
めに、彼を含め特殊部隊員はフラフープを潜り抜ける訓練を積んできた。まる
でサーカスのような、しかしこれは曲芸ではない。あくまで機能的に。できる
だけ速く、効率的に。
 雑念を捨て、集中する。時計に目をやる。あと五分。部隊は立ち上がり突入
の態勢を整えている。
 残り一分。そして、十秒前から秒読みがはじまる。
「突入!」
 一個小隊の兵士たちは順番に身を屈め、一人ずつ、しかし滑らかな動作で流
れ込むように敵国に侵入した。遊びのような訓練はたしかに功を奏していた。
すべての兵がドアを潜り抜けるまで、ものの数分もかからなかった。
 出口は施設内の廊下。武装警備員は事前に隠密のうちに殺害してある。敵な
どはじめからいなかった。ドアもまた装置内部を掻き回して静かに機能を停
止。研究者の制止を振り切り用心のため外部より爆発物を仕掛け完膚無きまで
に破壊。警報が鳴り響くなか、施設に浸透した兵士たちは研究者たちに銃を突
きつけ、その記録も合わせて奪い去った。任務を達成すればドアを通り速やか
に脱出。ロシア軍が駆けつけたころにはすでにもぬけの殻だった。
「呆気ないものだな。なんだか、訓練より楽だった気がするくらいだ」
 確保した研究員は八〇名。二名の研究員が執拗に抵抗したため射殺された。
 あらゆる困難や悪条件を想定していた訓練に対し、現実では想像以上に摩擦
は発生しなかった。今すぐにでも祝杯を上げたい気分だったが、懸念があっ
た。あまりにも簡単すぎる。今回の任務は訓練どおりに終わったが、海軍のリ
ッジウェイ提督だったか――彼はその訓練を無意味だと一笑に付したらしい。
逆に笑い返してやりたいところだが、彼の主張にもまた傾聴すべき点がある。
 敵もまた、ドアを持っているのだ。

 戦争は始まったが、民間人である崎島にとっては実感は薄かった。大統領は
演説によって懸命に国民の士気を煽っていたが、ドアの開発実態を知らない多
くの国民と同程度にしか崎島の心には響かなかった。米国という国は日本と異
なり第二次世界大戦以降も多くの戦争を体験している。その当時の米国人の気
分もこんなものだったのだろうか。日本にいたときと大して変わらない距離感
だな、と崎島は思った。
 しかし、実際には関わりがないなどということは決してない。事実は戦争の
主力となる兵器の研究開発を担当している身だ。そう思いながらも、やはり実
感は湧かない。防衛機制の一種か、それともまだはじまったばかりだからなの
か。すでに戦死者ともいえる人物が親しかったものの中から出ているはずなの
に、だ。
 オドンネルの死はショックだったが、仕事に支障を来すほどでもなかった。
しかし、この事件はずっと研究所にこもりっぱなしだった崎島に、外部の状況
へ関心を向けさせた。なぜこんなことになってしまったのか。誰が所長を殺し
たのか。その答えを求め、崎島はネットを探索した。
 そうして各種ニュースサイトを眺めながら脳内で世界情勢図を描いていた
が、その一方ですっぽり存在感が抜け落ちている日本のことが気になり始め
た。崎島は英語キーボードで日本語を入力するのに苦労しつつ、日本のニュー
スサイトを検索した。そのあまりに情けない状況に落胆し、せめてもの慰みを
求めて各国のドア開発状況もあわせて調べてみた。結果、気持ちはさらに落ち
込むばかりだった。そして、あの国のことはもう忘れようと思った。
 日本では、ドアの法運用をついに道路交通法基準に決定。なお、その際首相
が提示したフリップに記載された「doa革命」がスペルミスとして野党・マス
コミから指摘され、解散総選挙に追い込まれる。
 米国では、ドアの開発方針は大型高性能化、あるいは若干性能とコストを落
とした量産型とのハイローミックスを基本としている。すべての機能の向上を
目指しているが、強いていえば射程を優先しているといえる。また、大統領が
IDA発足時の記者会見にてIADAと呼んだことから「余分なA」について
様々な推測が囁かれたが、のちに単なる誤りであることが判明し笑い話となっ
た。
 中国では、技術がないため数を優先して開発している。先の実験失敗、及び
ドア開発の責任者であった共産党員の変死によって大慌ての状況にある。
 北朝鮮では、ドアによる暗殺と騒がれていた事件の実態が内部犯であったこ
とが判明。露中の主張に便乗し米国に罪をなすりつけるつもりだったらしい。
 EUでは、各国で共同開発していたがフランスが途中で降りて技術を持ち逃
げし独自開発をはじめた。
 その一方で、ロシアは……。

「待ってください。今、データを分析してる最中でして」
「緊要だ。すぐに引き渡してくれ」
「ですから、もう少し待ってください。小型化のために必要なデータです」
「もう少しだと? 緊要だと言ったはずだ。残念ながら数分も待てん。君と口
論している時間すら惜しいのだ」
「なら、せめて詳細をお願いします」
「なぜ話す必要がある? 国防に関わる重大な情報だ」
「答えて頂けないのでしたら渡せません」
「話せばすぐ渡すか?」
「はい」
「よかろう。ロシア機が数機、米国領空に接近中だ。レプリカでも対応できる
が、確実性を期すため精度の高いオリジナルを保険として貸し出したい」
「保険? たったそれだけのために?」
「君は米国が焦土と化してもいいというのか? 敵機には戦略爆撃機も含まれ
ているんだぞ!」
 空軍将校は強い語気で崎島を黙らせると、オリジナルドアを起動させ、その
まま基地へ持ち帰った。
 条約締結後――会議が延びたせいもあるが、ドアの性能はあっという間に規
格内に追いついた。しかし、これは本来の機能を満たしたものではない。加速
器偽装ドアがそのポテンシャルを発揮するなら直径二〇mの口径と射程一万k
mを実現できるはずだったのだ。
 オドンネルの死後、所長は交代し崎島は副所長の地位にまで登り詰めた。ま
た、頑なに軍を嫌っていた崎島だったが、オドンネルの死後その態度は一変し
た。開発計画では軍に協力的な姿勢を見せ、規制を抜けるための設計を積極的
に提案するようになった。たとえば、数に関する規制を抜けるため、装置は一
つだが複数の空間接続が可能となるドアの考案。技術的にはかなり効率の悪い
設計になっているが、規制対策には有用だった。
 だが、戦争が始まってしまえば条約など意味をなさず、自由にドアの研究開
発ができる。皮肉にも、戦争は崎島に理想的な開発環境を与えた。
「空軍には困ったものだな。防空など量産型で十分だろうに。しかし、その量
産こそが肝心だ。早くすべての軍をまかなえるだけの量産体制を整えなくては
……」
「どうした、アキラ。最近なんだか様子がおかしいぞ」
 崎島の変化を不審に思ったクリスは、そういって崎島に声をかけた。崎島は
その声に対しワンテンポ遅れて反応し、幽鬼のような動きで振り返った。
「……おかしい?」
 たったそれだけの返事に、クリスはぎょっとし、わずかに身を退いた。
「ああ。あれだけ軍を嫌っていたのに、最近はどうしたんだ」
「そんなことか。心配しなくていい。なにも変わっちゃいないさ。ただ、考え
方を少し変えただけだ。僕は軍から徹底的に予算を搾り取ることに決めた」
「? なにをいってるんだ」
「今は小型化が重要課題だ。リッジウェイ提督の要望に応えなくちゃならな
い。クリス、インターフェイスもより精密なものが求められるぞ。急ピッチで
進めないとな」
 崎島の表情は虚ろで、目の隈は深く、声も濁っていた。クリスはいよいよ悪
い予感が的中していることを悟った。
「アキラ、オドンネル博士のことがショックなのはわかる。こんな時期だが、
少し休暇でも取ったらどうだ?」
「リサはついに戦場に駆り出されてしまった」崎島はクリスを見ていなかっ
た。「今や研究用に彼女に触れることができるのは週に一回あるかないかだ。
軍の主張するように、今では十分にデータも揃っているから彼女の力に頼らな
くても研究を進められるのは事実だが……。彼女を取り戻すためには、彼女と
同等の機能をレプリカで実現するしかない」
「待て。リサ、だって?」
「このままではいられないだろう。戦争は始まってしまったんだからな。僕は
僕のできることをするしかない」
「そうじゃない。さっきなんていったんだ。リサ……まさかオリジナルドアの
ことなのか?」
「崎島博士。実験の準備が整いました」
「ああ。すぐ行く」
 崎島は駆け寄ってきた助手に呼ばれ、クリスに挨拶をしてその場を去った。
 クリスは、そんな崎島の遠くなった背中を見ていた。

「米軍は依然として世界最強です。ドア技術においても圧倒的に抜きん出てい
ることが明らかになりました。ドアは基本的に攻性の兵器ですが、防御も完璧
です。ドア防空の成果により米国領空を侵犯したロシア機を二四機、中国機を
一六機撃墜しています。こちらの被害はゼロ。高高度を飛ぼうが、超音速を出
そうが、ドアの前に航空兵器は無力です。彼らもそのことを思い知ったでしょ
う」
「ですが、ドアは決して米国独自の兵器ではなく、敵国も同様に保有している
のですよね?」
「ええ。しかし問題はありません。先ほども申し上げたとおり、ドア技術にお
いて我が国と敵国の間には雲泥の差があります。すでに我々はドアを用いて敵
国本土に上陸し攻撃を開始していますが、一方、敵国はそれに対し一切為す術
がないのです」
「それは敵国も同じことができるということでは? まだできないというだけ
で、今後技術を獲得すれば……」
「まだできないということは、永遠にできないということです。我々の任務は
敵のドア技術を封じ込めることです。米国本土が戦場にはなることはありませ
ん。戦争は早期に終結するでしょう。米国の一人勝ちという結果でね。国民の
皆さん、どうかご安心を」
 従軍記者にマイクを向けられ、准将は得意満面の笑みでそう語った。ライマ
ンもまたABCニュースを通してその報道を観ていた。大衆向けの報道だが、
そこに嘘はない。嘘をつく必要がないからだ。強いて言えば、オリジナルの存
在を隠し「米国の抜きん出た技術」としているところか。
 戦況は明らかに米国の優勢だった。オリジナルドアをフルに活用して米国は
まず敵国のドア研究施設を破壊し、続いて次々に軍事基地や政治中枢を攻撃し
た。現地に工作員を送り込み、あるいは直接砲弾を叩き込んだ。反撃されるこ
ともなく、一切の被害者も出さずに一方的に敵戦力を削り取っていった。大国
同士の戦争だというのに、それはまるで石器で武装した野蛮人を重機関銃で蹴
散らしていくような壮観だった。こうして圧倒的な力を見せつければ、いずれ
向こうから停戦を申し出るはずだ。その目論みのもと、心理的な効果を狙い緩
急をつけて作戦は実行された。
 だが、ライマンは慢心していなかった。未だに条約締結や審査に対するロシ
アの静かすぎる態度がどうしても気になっていたのだ。ロシアも、条約会議の
初めのうちは米国に対しオリジナルドア疑惑をはじめ、米国主導の議会進行に
反撥していた。ライマンはかつて自らが唱えた仮説を反芻する。もしロシアが
もう一つのオリジナルを保有しているとしたら、その態度はパフォーマンスだ
ったのか。それは考えにくい。そこまでの自信があれば、はじめから大人しく
しているはずだ。しかし仮にそうだった場合、その態度はひどく不自然なもの
に映っただろう。では、やはり偽装のために形だけでも反撥したのか。いや、
不自然というなら急に態度を変えたことの方がよほどだ。偽装としては逆効果
といえる。
 ならば、別の解釈が必要だ。オリジナルを持ってはいるが、できるだけ有利
な条件を求めた。これも筋が通らない。というより戦争の始まった今、ロシア
がオリジナルを保有しているという仮説はほぼ否定されている。未だに出し惜
しみをする理由はないからだ。当初、米国ももう一つのオリジナルに警戒し攻
撃より情報収集を優先していたが、今となってはその警戒はほとんど解かれて
いる。
 ロシアの自信の根源は、オリジナルではない。だが、間違いなくなにかがあ
る。なにかがあったのだ。態度を変える直前に、ロシアの心境になにか重大な
変化があった。あるいは、なにかに気づいた。条約をそのまま通しても、一切
の有利を失わないなにか――。
「……タイフーン級だ」
 ライマンは思わず手を打った。海軍のリッジウェイ提督がドアの原潜運用の
アイデアを主張していたことを思い出したのだ。
 NATOコードネーム・タイフーン級原子力潜水艦。ロシアが保有する世界
最大の原潜だ。全長一七二m、全幅二三m。そのサイズは、米国の保有する原
潜が丸々二隻が収まるほどのものだ。しかし、これだけのサイズをもってして
もそのままは使えない。ドアを積むことはまず不可能だ。ロシアが公にしてい
る最小のドアでも、米国が開発に成功したサイズでも、とても収まるものでは
ない。だが、ロシアは現在少なくとも三隻のタイフーン級を保有している。い
や、保有していた。ならば可能なのだ。ドアを原潜に積むことも。そう、ドア
を使えば!
「長官。係留されていたタイフーン級の行方が知れないことをご存じです
か?」
 ライマンはさっそく自らの考えを長官に伝えることにした。
「妙な言い方をするな。ロシアの説明では、ドアの開発費欲しさに巡航ミサイ
ル原潜としての改装を諦め、ようやく解体に踏み切ったとのことだが?」
「ロシアはタイフーン級を使うつもりです」
「ドアを積んでか? 馬鹿いえ。いかにタイフーン級といえども積めるサイズ
じゃないだろう。それに、射程を伸ばすには大型化が必至……」
「だから、射程を伸ばす必要はないんです!」
 先の仮説が外れたこともあり、長官はライマンの言葉に対し慎重な態度をと
っていた。
「聞かせてもらおう。私には想像の埒外だ」
「簡単なことです。ドアが大きすぎて原潜に積めないのなら、ドアが積めるだ
けの巨大な原潜を用意すればいいのです」
「話が見えんな。そんな開発計画があればなにか動きを察知しているはずだ」
「ロシアが開発した例の失敗作を思い出してください。口径の拡大を欲張りす
ぎて射程が疎かになったために使い物にならないとされた、あのドアです。あ
れがすべての伏線だったんですよ。我々はロシアの秘密研究所の存在ばかりを
疑ってきました。ですが、いくら諜報を続けてもそのような情報は一切得られ
なかった。彼らは秘密研究所を持っていません。代わりに、彼らは秘密造船所
をつくったのです」
「なに、造船所? いったいどこに……」
「内陸に、それも地下にです。例の大口径ドアは、原潜さえも、タイフーン級
さえも二隻は同時に通過できるほどの巨大なサイズを有しています」
「なに、いやまさか……本気でいっているのか?」
「タイフーン級は横に繋いでできたものです。今度はこれを縦に繋ぐ。これに
より通常の四倍ものサイズの巨大な原潜が完成します」
「馬鹿も休み休みいえ。ついに頭でもおかしくなったか? そんなものをいっ
たいどうやってつくるというんだ」
「ドアです。ドア工法を用いれば、それだけの物体をつくることも容易になり
ます」
「そんな無茶な兵器があるか。仮想戦記の読みすぎじゃないか?」
「その無茶な兵器がドアなんですよ」
 その一言には、長官を黙考させるのに確かな説得力があった。長官は一端ラ
イマンの考えを受け入れ、その先へ議論を進めることにした。
「ふむ。しかし、いかにその――便宜的に新タイフーン級と呼ばせてもらうが
――新タイフーン級を用いたとしても、条約によるドアの限界射程は二〇〇〇
kmだ。彼らがそれ以上のものを持っているとは思えない。SLBM(潜水艦
発射弾道ミサイル)の射程の方がよほど長いではないか」
「射程だけの問題ではありません。ドアは索敵・偵察にも使用できるのです。
アクティブソナーだってリスクなしで使用できます。これはかなり強いです
よ」
「だが、結局は接近しなければ無意味だ。旧型の、しかもそんなデカブツの原
潜だ。そんなものに本土接近を許すほど米国海軍も無能ではあるまい?」
「ドアを装備した原潜をいったいどうやって止めるおつもりですか」

 米国海軍リッジウェイ提督はドアを原潜で運用するにあたり、ドアの小型化
を主張した。しかし、情勢としてドアは大型高性能化が主流であり、小型化は
技術的にむずかしいとされた。それでも彼は諦めず各方面に根回しし、原潜運
用を前提とせずとも利便性の向上に小型化は欠かせないとされ、ついにその方
針が決定した。そして米国は、研究者たちのたゆまぬ努力により、原潜運用に
は届かぬまでもかつては不可能と思われたサイズまでドアを小型化することに
成功した。
 一方ロシアは、原潜のサイズを巨大化した。大口径ドアで内陸に秘密造船所
をつくり、世界最大の原潜であるタイフーン級二隻をもとにその二倍の体積を
持つ巨大原潜を開発したのだ。それは、四本の耐圧殻と四基の原子炉を持つ、
あまりに奇怪な構造をした原潜だった。被弾しても外殻とバラストタンクがた
っぷりある。耐圧殻のどれか一つでも無事ならとりあえず航行できる。ただ
し、故障率も四倍だ。他に類を見ない、非常に不安定で頑丈な原潜だった。
「なんだ、この音紋はオハイオ級四番艦か? なぜアクティブを打っているん
だ」
 米国第三艦隊・改ロサンゼルス級原潜のソナー員は不審な音を耳にした。
 潜水艦の使用するソナーには大別して二種類ある。一つはパッシブソナー、
彼がいま耳を傾けているものだ。海中の些細な音でも拾い上げ、特にスクリュ
ー音から敵艦船の存在を探知する。もう一つがアクティブソナーであり、これ
は自ら音を出しその反響で目標までの距離を測る。確実性は高いが、そのため
に自らの位置を晒してしまう。そのうえ、一般にパッシブの聴音範囲の方が広
い。よって、現代の潜水艦は索敵にアクティブソナー用いることはない。そん
な、本来使用されるはずのない、そして使用する必要もない味方の探信音。ソ
ナー員は聞き間違いかと思ったが、データベースの識別判定は嘘をつかない。
彼自身も些細な音でも識別できるよう訓練されている。
「艦長。オハイオ級四番艦の探信音を感知しました」
 なにはともあれ、とりあえず報告するしかない。
「機械の故障かも知れませんが……」しかし応答がない。「艦長?」
「こちら発令所。艦長は現在お休みになっている。報告があるならこちらで聞
くが……」
 ただ、状況は異常事態。直接艦長の耳に入れ、判断を仰ぐべきだ。しかし、
あいかわらず通信では応答がない。部屋で休んでいるにしても熟睡が過ぎる。
不審に思った乗員は艦長室をノックしたが、やはり返事がなかった。
「失礼!」
 無人。残っていたのは、ベッドの上の体温だけだった。
「副長、艦長が行方不明です!」
 次に彼らは発令所へ副長を求めた。しかし――。
「副長ならトイレだ。今は代わりに私が指揮を任されている」
「何分前に?」
「一〇分くらい前だったかな。言われてみれば苦戦してるのかも」
 トイレを捜索。副長もいない。このことを報告するため再び発令所へ戻る
が、そこにもやはり誰もいなかった。

「不審な探信音を感知したと思ったら、今度はなんだ。なぜこちらからもアク
ティブを打った。そんな命令した覚えはないぞ!」沖を潜航している警戒待機
中の同第三艦隊オハイオ級原潜では、艦長の怒声が艦内に響いていた。
「いえ、こちらからは一切操作をしていません。ですが勝手に……」
「そんなことがあるか。操作ミスではないのか?」
「誓ってそのようなことはありません」
「ならば機器の故障か。ただちに原因を究明しろ。それより、探信音の発信源
はまだわからないのか」
「発信源に接近していますが、一向に目標は見えません」
「どうなっている。こちらからも打ってしまった以上向こうも気づいているは
ずだ。さっき打ったアクティブでもなにもなかったのか」
「はい。なにも」
 ここは退くべきか。それとも先制すべきか。いや、後退は許されない。今は
戦争中だ。領海に侵入しようとする不審船は敵艦と見なし攻撃したとて誰から
も咎められはしない。だが、その敵艦の姿が見えない。
「間もなく発信地点……のはずです」
「逃げたのか? いや、それだけの速度を出したのならスクリュー音を感知で
きないはずがない。航跡は?」
「確認できません」
「ロシアの新型原潜か? アクティブを使用しても位置が暴露しない? 考え
られん。トム・クランシーでもそんな非常識な話は……いや、待て。ありう
る。たしか提督が――」
「艦長!」
 突如、宙空より現れた拳銃。艦長の後頭部に突きつけられ、銃口が火を噴い
た。

「銃声……?」
 オハイオ級の護衛として進路上の索敵をしていたロサンゼルス級原潜は、味
方艦の方向から探信音に続き、再び不審な音を耳にした。それも、一発や二発
ではない。
「まさか艦内叛乱……?」
 だとしたら、あまりに由々しき事態だ。状況が理解できぬまま報告だけはし
なければならない。
「艦長。艦内で不審な人影を見たとの報告が相次いでいます」
 一方、発令所では同時にある噂が議論の対象になっていた。
「不審な人影? なんのことだ」
「冗談めいていますが、幽霊のようななにか、とのことです。なんでも身体の
一部だけが浮いているとか」
「その与太話は、この状況においても一考に値すると?」
「はい。乗員たちは真剣そのもので、決してジョークではありません」
「そうはいっても見当もつかんな。オハイオ級から響いた謎の銃声と我が艦に
出没する幽霊……関連性はあると思うか?」
「わかりません」
 考えても答えなど得られるはずもない。
「艦内を捜索させろ」
 そう命令するしかなかった。
「人影ってのはなんだ。しかも上半身だけ? どういう想像力してるんだよお
前は」
「実際に見たんだよ。とにかく探そう」
 艦長の命令を受け、乗員は半信半疑に捜索していた。しかし、なにを探せと
いうのか。とはいえ命令は命令だ。機関室、ソナー室、食堂。あらゆる場所を
念入りに調べ回った。
「思うんだが、まさかこれってあれなんじゃないのか」
「なんだよ」
「ドアだ。海兵隊の連中がこういう訓練受けてるって……」
「なにいってんだ。お前、ドアの現物見たことないのか?」
「もしかしたらこれも訓練かもな。今後はこういうことも起こりかねない」
「いたぞ。こっちだ」
 魚雷発射管室にて彼らは不審な影を発見。なにもない空間から腕だけが伸び
ていた。話によれば、ライトを当てたり音を立てるとたちまちいなくなってし
まうという。彼らもそれに従い慎重に近づいたが、それとは無関係に腕は引っ
込んでしまった。
「ちっ、逃げたか。だが、なにをしてたんだ?」
「おい! これは……」
 気づいたときには、艦内の急所――魚雷、スクリュー軸、バラストタンク―
―に複数の爆弾が仕掛けられ、亡霊が艦から撤退すると起爆装置が秒を刻みは
じめた。

「方位2-9-0より破壊音! 味方艦が撃沈された模様です」
 本土沿海の防衛に就いていたヴァージニア級原潜はより不快な音を拾ってい
た。歴史上、原潜はその登場以来戦闘によって撃沈された記録は一度もない。
訓練以外でこんな報告を口にする機会があるなど思ってもいなかった。
「さっきのアクティブといいなんだ。なにが起こっている。攻撃を受けたの
か?」
「わかりません。ですが、そうとしか」
「いったいどこから攻撃を……敵影は探知できなかったのか?」
「周囲には味方しかいません。ここは我が国の領海、それも沿岸付近なんです
よ」
「事故か、それとも叛乱か……?」艦長は疑念を振り払いたい衝動を抑えなが
ら顎に手を当てた。
「それだけでなく、魚雷を撃たれた形跡すらありません」
「なにぃ?」その報告にはさすがの艦長も思考が止まった。「本当に撃沈され
た音だったのか?」
「間違いありません」
「艦長。ソナーシステムが異常を来しています」立て続けに、今度は別の乗員
から報告がなされた。
「異常? もっと具体的に報告しろ」
「それが、ないんです」
「ない?」
「ソナー室が、乗員もろとも行方不明になっています」
「なにをいっている。ここは深海二〇〇mだぞ」艦長はマイクを手に取り艦内
放送をはじめた。「こちら艦長。ソナー員は遊んでいるのか? 場合によって
は軍法会議では済まされんぞ。五秒以内に応答しろ。五、四、三、二……ん?
 なんだ、静かにしろ!」
 静かだった。振り返ると、発令所の乗員までもがその姿を消していた。

 長い混乱のあと、米海軍もようやく気づく。
「ドアだ」と。ライマンの予言が現実のものとして襲ってきたのだと。
 ロシアの新タイフーン級は沿岸を防衛していた米潜水艦を次々と無力化し
た。ドアを通じてソナーを使用し、敵の位置を確認。米潜水艦は幽霊のような
探信音だけを感知する。誘き寄せてもいいし、こちらから向かってもいい。あ
との料理は自由だ。内部に侵入し乗員を直接射殺してもよし。爆発物を仕掛け
て撃沈してもよし。機材をいじくり回して混乱を招いてもよし。敵艦付近に出
口を開いて古典的に魚雷で攻撃してもいい。潜水艦に積める魚雷の数には限り
がある。ゆえに、どうしても潜水艦の攻撃力には限界がある。だが、ドアを手
にした潜水艦はそのかぎりではない。その多種多様な攻撃は、まるで新しい玩
具を手にした子供が遊んでいるかのようでもあった。原潜から乗員がいなくな
れば、あとは戦略核の発射コード、暗号システム、命令系統情報、最大潜航深
度や魚雷の射程など米原潜が保有する機密情報をまるごとかっさらう。あるい
は、そのまま乗っ取ってしまってもいい。熟れて余裕が出てくると、敵原潜の
床に出口を開いて落とし穴をつくり、手当たり次第に乗員を生け捕りにした。
内部容積に余裕のある巨大原潜は、米軍の機密情報や電子機器を得てさらに強
化されていった。
「ロシア製ドアの最大射程は?」
 艦隊司令部のリッジウェイ提督は、最悪の劣勢に苛立ちながらも指揮を執っ
ていた。
「例の失敗作に予算をつぎ込んだ影響で、最後の査察では射程優先の小口径ド
アでも一〇〇〇kmにも達していないはずです。研究所の強襲により奪取した
情報でも大きな違いはありません」
「多く見積もって最大で一〇〇〇kmか。それだけあれば十分すぎるほどの脅
威だ。居場所も特定しようがない。くそ、だから私はいったんだ」
 しかし、提督にもタイフーン級二隻分の巨大原潜など思いも寄らないことだ
った。提督は額を打ち、顔を上げると怒声を張り上げて司令を通達した。
「母港で寝てるやつらを叩き起こせ! 第七艦隊とも連絡しろ! 総力を結集
してやつをなんとしても取り押さえろ!」
 原潜の隠密性とドアの攻撃力。その組み合わせは最高のパフォーマンスを発
揮する兵器となる。リッジウェイの主張は皮肉な形で証明されることとなっ
た。
「ふん。連中のドアの射程は約四〇〇kmといったところか。いくら馬鹿でか
いとはいえ、原潜に積めるとなればせいぜいその程度だったようだな」
 米海軍は海底ソナー監視ラインSOSUSによって敵潜水艦のアクティブソ
ナーの発信源をプロットし、見事に一つの円を描き出した。ならば、その中心
点付近に敵はいると推測できる。すでに移動はしているだろうが、まるで居場
所を特定できなかった敵に対しこれは大きな情報だった。
「ロシアも案外詰めが甘いな。そんな巨体では機動性も隠密性も落ちる。逃が
さんぞ」
 実際には、射程内で円状にソナーを使っていたにすぎなかった。さらに、新
タイフーン級はSOSUSに対抗するためにドアを通じてデコイを撒いた。本
来魚雷回避に用いるデコイは自艦の発する音を真似たものだ。情報に基づく指
令を受けたシーウルフ級原潜はいるはずのない敵を求め、誘い込まれるように
撃沈された。
 次に、新タイフーン級は移動しながら大きく円をつくるようにソナー使い、
今度は最大射程を過大に偽装した。米海軍の混乱は極め、錯綜する情報の中で
なにを信じていいのかわからくなっていた。
 ロシアの攻撃によって、米原潜は四隻が為す術もなく撃沈ないし無力化。二
隻が拿捕。戦死者五七六名、捕虜二〇三名。一方、新タイフーン級は無傷のま
ま米国本土の沿岸にまで到達した。

「早くこの場を離れるぞ! 避難所からドアが繋がっている!」
 地上の居住エリアで眠っていた崎島は、どこからか響いた轟音に目を覚まし
た。そのもとに大慌てでクリスが駆け込んできた。
「なんだ、なにが起きた。支度をするから待ってくれ」
「そんなことはあとでいい。早くしろ!」
「って、避難所から? ドアならここにもあるだろう?」
「もうないんだよ! ドアは……研究所は攻撃を受けた!」
「なんだって? クリス、もう一度はっきり言ってくれ。なにを言っているの
かよくわからない」柄にもなく、クリスはひどく混乱しているようだった。
「攻撃だ! 研究所が攻撃を受けた。まるで、地下に直接砲撃を受けたかのよ
うに……」
「地下に直接? 攻撃だって? わかった。とにかく逃げよう。だが、この研
究施設は軍が警備を固めているはずだ。応戦の音が聞こえないようだが……敵
からの攻撃を受けているんじゃないのか?」
「違う! いや、違わないが、とにかく攻撃を受けた。地下研究施設が直接、
オリジナルドアもろともだ!」

 ライマンの訴えもむなしく、巨大原潜は実現の可能性が疑問視され、なかな
か相手にされなかった。そうこう揉めている間にロシアが先に動いた。米国は
完全に虚を衝かれ、オリジナルドアを管理していた研究施設を含め四カ所のド
ア研究施設への攻撃を許してしまう。米国の有利は奪われ、戦争は膠着状態に
突入する。
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