リセマラ
「お願い…殺さないで」
涙を流しそう懇願する明日の私を、私は容赦なく撃ち抜いた。空薬莢が乾いた音を立て地面に転がる頃には、もう明日の私の姿は消えていた。
私の名前は武藤理世。将来の夢はマラソン選手だ。そのために毎日トレーニングをし、どんなに忙しくても一日一時間は走ることにしている。本気で目指すのであれば、その努力は一日たりとも欠かすことはできない。だからたまの息抜きに友達と遊びに行こうとしていた明日の私を、私は殺すことにした。これで明日もマラソンに集中できる。まず最初の敵を排除して、私はホッと胸をなでおろした。
でも、これで終わりじゃあない。私は直様次の標的の下へと走った。高層ビルに入ると、私は一目散に屋上へと向かった。屋上で見晴らしのいい街の景色に出迎えられながら、私は早速スコープを覗き込んで次の獲物を探した。
…いた。三年後の私だ。
三年後の私はスーツに身を包み、何やら忙しそうにオフィス街を小走りに駆け抜けていた。大方次の仕事のことで頭が一杯なのだろう。マラソンのことなどすっかり忘れているに違いない。「それで楽しいの?」私は思わず独り呟きながら、三年後の私の頭に照準を絞った。
サプレッサーの効いた静かな振動が、午後のオフィス街の片隅で小さく音を立てた。照準スコープの向こう側で、三年後の私があっけなく崩れ落ちた。狙撃成功。三年後の私は、なぜ自分が撃たれたのかも分かっていないだろう。私は急いでその場を後にした。
次の標的は、一週間後の私だ。情報によると、一週間後私は自宅でストレッチをする予定だった。一週間後の私はとある大会を控えているのだが、結果は散々だったようだ。私はクローゼットに身を潜め、舌打ちした。結果の出ない努力ほど、無意味なものはない。結果の出る努力だけをすればいいに決まっている。自分に都合の良い結果の出る、努力だけを。それ以外の無駄な「道筋」は、全て排除する。
暗闇に身を潜め、私はちらりと携帯の画面に表示された時刻を確認した。もうすぐ一週間後の私が帰宅するはずだ。あと八分。五分。三分…。
「えっ?」
突然、クローゼットの扉が向こうから開け放たれ、私は驚いた。扉を開けたのは、私だった。私は私を怖い顔で睨みつけ、やがてゆっくりと右手をあげ銃口を私に向けた。私は動揺を隠せないまま、私に敵意を向ける私を見つめた。一週間後の私は、まだ帰宅していない。では、目の前の私は…。
「それで楽しいの?」
私はなぜ自分が一週間前の私に撃たれたのかも分からないまま、胸を熱いもので貫かれていた。