饅頭
もふもふ。
「うまい。秀麗殿の愛がつまっているね」
昼下がりの府庫では茶会が催されていた。
「そいうバカなことを言ってると主上があらわれるぞ、楸瑛」
府庫の主人紅邵可の娘紅秀麗が手作りした山のような饅頭を前にコウ攸は呆れながら餡入りの饅頭を口にする。
どんどん二人の青年によって、饅頭は減っていく。
それはもちろん秀麗の饅頭が飛び切りおいしいからだ。秀麗は何を作らせてもうまい。毎週、二人が家へ通う程の腕前。
「旦那さまお茶がはいりました」
「ありがとう、静蘭」
邵可を筆頭にお茶がくばられていく。
王城を散策していた…実は職務放棄してきた、つまりさぼっていた劉輝の鼻をくすぐるものがある。
くん、くん。
この匂いは秀麗の…饅頭!!ではないか。
劉輝はきびすを返し、匂いのするほうへ競歩の勢いで誘われていくのだった。
「あー、おいしかった。秀麗殿にお礼を申し上げといてください。邵可さま」
「ありがとうございます、藍将軍。秀麗も喜ぶでしょう」
「私からもお礼を伝えといてもらえますか、邵可さま」
「ええ、コウ攸様伝えておきますよ」
邵可は微笑した。それにほっとしたようにコウ攸は続ける。
「それとですね…」
「秀麗の饅頭!」
しっとりとお茶を楽しんでいた一団に、ドアをけやぶる勢いで珍にゅうしゃが殴り込んできた。
「おまえら余にだまって何をしている」
すぐさま珍にゅうしゃ劉輝に楸瑛とコウ攸は問われる。蛇ににらまれながらも、楸瑛は答える。
「何って、邵可さま主催のお茶会ですよ」
さらりと流された劉輝はふくれ面をする。
「兄…静蘭もいっしょにか」
ずるいと呟く顔はのけものにされたせいか、捨てられた猫のようだ。
「秀麗の饅頭は?」
もちろん残っているのだろうと劉輝はあたりをきょろきょろとさせる。
「おかしいな余の分がないぞ」
「残念ながら、主上。お嬢様の饅頭は残っておりません」
静蘭の一言で雷に打たれたように撃沈した劉輝はあきらめていなかった。
「秀麗の饅頭〜」
くん、くん。鼻を利かせる。まだ饅頭の匂いがする。
「コウ攸、その包みはなんだ」
「これはあずかりものだ」
冷や汗をかきつつ、平然とした態度のコウ攸を見て、楸瑛はひそかに微笑を浮かべた。
「何やらいい匂いがする、余に見せてみよ」
「ダメだ」
小脇に抱えた包みを持ってコウ攸は退室しようとするが行く手を阻まれる。
「余にみせられぬとは秀麗の愛がかくれているのだな」
「ち、違う」
動揺したコウ攸から、すかさず小包みを奪い、劉輝は中をあらためる。
「やはり秀麗の愛を独り占めしようとしたな」
行儀悪く床に座って、小包みをとき、饅頭を頬張った瞬間、どこからともなく劉輝めがこて石が投げられてきた。
「秀麗と余の愛をじゃまするやつがまだいたか」
饅頭片手にひょいひょいとよけながらも饅頭をひたすら食う。敵もやさしくはなく、饅頭の数がへるごとに石数も増える。
最初は驚いていた一同もだんだんあきれはじめていた。
たかが、饅頭で…
時折、敵をあおるようにあっかんべーをしたり、愛がしみてると感極まったりする劉輝にも挑発に乗って投げまくる敵にも、コウ攸はため息を吐きたくなった。
とばっちりでよけながら、楸瑛はぼやいていた。
「私のきれいな顔に傷が付いては御夫人方が困るじゃないか」
そいうわりにかろやかな動きだ。
「大人気ない」
静蘭と一緒に座卓にみをひそめていた邵可が温和かに顔をだした。
すると、投石は止んだ。
「主上、人のものを盗み食いするとははしたないですよ。石を投げるほうもですが…」
しゅんとする劉輝にこんどからはやめましょうね、とあたまをぽんぽんとやさしくたたく。
「では、お開きで」
有無を言わさず微笑む邵可に楸瑛が主上をひきずり、静蘭も自分の職場へ戻っていく。あとに残ったのはコウ攸だけ。
「あの〜邵可さま…」
「コウ攸様、安心してお仕事に戻られてください。ほら、藍将軍がお待ちですよ」
邵可に保障されるとあとのことに安堵して、楸瑛と一緒に劉輝を執務室へ連れていく。実はつれていってもらってるのだが他言無用。
「入りなさい、藜深」
府庫をのぞく怪しげな人影がいた。扇を片手にしょんぼりとした姿は、叱られるのをわかっている子供のようだ。
「兄上」
コウ攸の養い親兼上司紅尚書は首をもたげ兄の顔さえ見れないでいる。
邵可は娘に父茶と恐れられている渋く苦いお茶を悪気もなく差出し、椅子を勧めた。
「よりによって、劉輝様に石を投げなくてもいいでしょう」
「秀麗の愛がこもった饅頭をあんな青二才ごときに…私の最愛の姪の饅頭奪われて許せますか」
扇をバンバンと手に打ち付ける。すさまじい勢いだ。
「秀麗に頼めばまた作ってくれるでしょう」
「兄上★」
輝きに満ちた目で邵可を見つめる弟。だが、兄は無慈悲なことを告げるのだった。
「自分で言うんだよ」
「そんな〜まだ挨拶もしてないのに…」
紅家当主紅藜深いまだ姪秀麗に伯父と名乗れずにいた。
撃沈する頭真っ白の藜深は父茶をおかわりすることは忘れず府庫をあとにしたのだった。
その後吏部の仕事が滞ったのは言うまでもない。
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