122 村人と王
ゼイル王国が北に領地を広げ始めること数十日。
目立った障害もなく、彼らは順調に北の端まで到達していた。
西寄りの魔人が出る土地はレーン王国に、それ以外はすべてがゼイル王国に帰属することになるだろう、と言われている。
フォンシエはその日も魔物を切り倒し、あちこちを飛び回っていた。
「高等魔術:土」が使えるのは彼くらいのものだから、補修などを行わねばならず、定期的に巡回しているのだ。
そんな彼は南方にやってきたところ、盛り土があるだけでなく、市壁が作られ中は街の様相を呈している都市があった。
「いよいよって感じだね」
彼と一緒に来たフィーリティアが微笑む。
「そうだね。でも、まだ始まったばかりだよ」
「ここだけじゃなくて、北のほうも発展していけばいいね」
二人は街中を見ていくと、少なくない人々がいる。兵たちだけでなく、移住してきた者たちがあるのだ。
そこには獣人たちの姿もある。そして目立ちはしないが、これといった職業が与えられなかった者たちも。
北は獣人であるフィーリティアと、村人であるフォンシエが開いたという話が広まっていた。その影響を受けて、彼らはやってきたのである。
「……俺にもできることがあるんだなって、実感するよ」
「誰にもできない、魔王討伐をやり遂げるフォンくんが言うこと?」
「そうだよ。鍛冶をやらせれば鍛冶職人の職業を得た人のほうがうまいし、統治するなら君主の職業を得た者のほうが上手にやるだろう。別に、魔王を倒したから偉いってわけでもないよ。ただ、やれる人が少ないってだけ。別に違いはないと思うよ」
彼がそう思うようになったのも、成長の証かもしれない。
以前は村人であることを疎ましく思い、勇者に憧れていたのだから。
そんな彼を見てフィーリティアは、尻尾をぱたぱたと振った。
「それを言ったら、私だって。戦うことしかできないよ」
「でも、先頭に立って人々を導くのが勇者の役割だよ」
「フォンくんだって、勇者のスキルが使えるじゃない」
「村人だけどね。……やっぱりさ。畑でも耕して、豚でも飼いながら、暮らしていくのが一番合っていたんじゃないか、とも思うんだよ」
コナリア村にいたときとは、まるで違う生活になった。フィーリティアも、フォンシエも。
お互いに、それなりの職業を得て、それなりの日々を送ると思っていたのだが、厳しい戦いに身を投じることになった。力を得たからには、それなりの責任もある。
「じゃあ、田舎で暮らしてみる?」
「一生、剣を取らなくても済む土地があるならね。でも、そうじゃない。だから、そんな日がくるまでは、俺は戦うよ」
「頑張ろうね、フォンくん」
フィーリティアは満足そうにしていた。そんなこと無理だとは言わずに。
それから二人は、今日の予定をこなそうとするのだが、修理のために兵のところを訪れると、人だかりがあった。
「なにかあったんですか?」
「はい。国王陛下から、首都に赴くよう、連絡が来ております」
ここに集まっている者は、その使者としてやってきたらしい。
確かに武装した兵ではなく、文官と思しき者が見られる。
「それは大変ですね。お勤めご苦労様です」
「いえ、こちらは我々に宛てたものではございません。フォンシエ様とフィーリティア様にもご同行を願いたく存じます」
「はて、俺はなにか、陛下の機嫌を損ねることをしただろうか?」
「今後の北の統治について、話を伺いたいとのことでございます」
「……ここのことか」
フォンシエは少し考える。
彼に用事があるのだとすれば、これから土地の警備および魔物の駆除をどうするのか、誰か「高等魔術:土」が使える大魔術師がやってきて、彼の代わりに拠点の修繕を行うのか、そもそも彼がいつまでこちらにいるのか――といったことが主だろう。
しかし、別の考えもすぐに浮かんできた。
(レーン王国となにか揉めたのか?)
今回の作戦は、レーン王国とゼイル王国が共同で行っている。
レーン王国では西方の魔人の駆除を手伝ってもらったことにより、魔王モナク旗下の残党を効率的に仕留めることができた。勇者たちにとっては、上位個体といえども、警戒する必要もさほどない。
そしてゼイル王国は北方の安全と膨大な土地を確保した。
(……考えられるのは、土地かな)
両国で分割する必要があれば、必然的に交渉が行われることになる。その際、少なからず問題は発生するだろう。
(両国にとって、俺は都合がいいはずだ)
レーン王国では、戦いの後、勝利の象徴として民の前に出ることになった。もしかすると、ゼイル王国でも同様に、彼を北の開拓の象徴としたかったのかもしれない。ひとたび英雄と持ち上げた以上、レーン王国も彼を糾弾できやしない。ゼイル王国を守る盾になるだろう。
(考えすぎかな)
たかが村人に期待することでもない。
「どうか、ご一考いただければ幸いです」
「構わないよ。俺は暇だからね。ティアは?」
「フォンくんが行くなら、一緒に行くよ」
「ありがとう。頼りになるよ」
二人はそういうことになると、早速南に戻っていく。王のところに案内されるため、駆けていったほうが早いのだが、形式的に馬車に乗ることになる。
「これは随分と立派な馬車だね。きっと、これだけで俺が一生生活できるくらいの金がかかっているんだろう」
華やかな装飾があしらわれた内装を見て、フォンシエが呟くと、フィーリティアは彼を小突く。
「もう、お金の話ばかりしてたら、品がないって笑われちゃうよ」
「仕方ないだろ。偉い人たちみたいに、教育を受けているわけじゃないんだから」
「ほんと、フォンくんは変わらないなあ」
フィーリティアはフォンシエを尻尾でぱたぱたとはたきながら、懐かしそうにしていた。
そうして彼らは時間をかけてようやく首都に到着する。
レーン王国から直接北に行ったため、ゼイル王国に戻るのは久しぶりだった。
街中を行く間、民は沸きに沸いている。魔王を倒し北を開拓するという、前人未踏の偉業が成し遂げられたからだ。
すぐさま王のところに案内されることになったフォンシエは、
(ティアの言うように、作法くらい学んでおけばよかったかもしれない)
と思うのだが、この謁見が終わればもう忘れる程度にしか、重要と思っていなかった。
やがて彼は王の前に出ると、
「フォンシエが参りました」
精一杯の礼をする。
フィーリティアは優雅であるが、彼はなんとも無骨だ。
「長旅ご苦労であった。此度は来てくれたこと、誠に感謝する」
王はそして、すぐに用件を切り出した。
「貴公の活躍は目覚ましく、民は誰もが尊崇している。そこで我々も偉業を称え、授爵しようと考えている」
それはこの国の貴族になるということ。今後、活動のたびに国に縛られるということだ。
ただの村人が貴族になるなんて、誰も思ってはいなかっただろう。夢のようだと飛びつくべきものなのかもしれない。余生を過ごすための、この上ない厚遇かもしれない。
しかしフォンシエは、首を縦には振らなかった。彼はそこまで精神的に老いてはいられなかったから。
「陛下、お言葉ではございますが、私は一介の村人に過ぎません。貴族としての生活は肌に合いませんし、国のためにもならないでしょう」
そうは言ったが、その「国」というのはどこのことか。
ゼイル王国だけで活動するのであれば、権限があったほうが間違いなく動きやすい。だから彼が言うところは、すべての「国」、すなわち人の領域を示しているにほかならない。
要するに、彼はゼイル王国以外でも活動するぞ、と言っているのである。
王は渋面を作りそうになったが、すぐに代替案を出した。
「では、それは保留としよう。代わりに貴公の名の下に、北の統治を行わせていただきたい」
中身は大差ないが、とりあえずこちらが本命だったようだ。彼を使えば、北の問題の諸々は丸く収まる。
面倒なことだとは思う。けれど、北の統治は彼が願ったことでもあった。
「……では、陛下。お約束していただけますか」
「述べよ」
「私はこれから、あの土地を離れ、新たな魔王を倒しにいきます。その間、魔物が襲ってきたとしても、決してその土地を見捨てはしないこと。獣人たちなど人種の違いや、職業の違いなどを理由に差別しないことを誓っていただけますか」
フォンシエの言葉は、いささか無礼であった。
けれど、それは彼にとって譲れない部分だ。
かつて昆虫の魔物に備えて開拓村を作ったとき、彼が味わった敗北でもある。二度とそんな人が出ないように、彼は戦いを決意したのだ。
「相分かり申した」
彼の名を使えることを考えれば安い取引だったのか。あるいはその理想があの土地には相応しいと思ったのか。
いずれにせよ、王は首肯した。
そうなると、フォンシエは大臣たちから、詳しい話を聞かされることになる。
政務にはとんと詳しくない彼であったが、うんうんと頭を唸らせながら、考えることになる。
「フォンくん、大丈夫?」
フィーリティアはそんな彼を心配する。魔物と戦っているときよりも不安そうに。
「大丈夫だよ。これで少しは、魔物に怯えずに済む人が増えるんだから、へこたれてなんていられない。さあ、これから忙しくなるぞ」
「そうだね。この次のこともある」
「ああ。頑張ろう」
今もきっと、どこかで魔物に襲われている人がいる。
おそらく、人の領域を目指して動き始めている魔王がいる。
その侵略をことごとく退けねばならない。
フォンシエはこれからの日々を思い描いた。
次話から舞台が変わります。
今後ともよろしくお願いします。