episode16-10 ヘッセ (八年前)
漫画好きの真山に『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』『ドン・キホーテ』の本と『車輪の下』と、同じヘッセの作品で『春の嵐』も一緒に渡した。
ヘッセは俺の好きな作家の一人だ。
「人は自分だけのために生きるより、他人のために生きる場合のほうが、満足が大きい」
『春の嵐』のこの件の部分にとても感銘を受けた。やっぱり、俺は委員長体質なんだな、と改めて思ったりもした。
始め、五冊の本を机に置いたときの真山は口には出さなかったが、うへぇ、という顔をした。でも、次の日、『トムソーヤーの冒険』を一気に読んだらしく興奮して話してきた。
「すっげー面白かった!ドッキドキで一気に読んじまった」
そんな真山を見て、本を持ってきた甲斐があったと俺も喜んだ。畑山とも、本の話をして少しずつ仲良くなっているようだ。よかったではないか。
俺はと言うと、その後も田崎の家へプリントを届け続けていた。最近は、母親が応対してくれるので、初めほど苦でもなくなっていた。あれ以来、田崎の姿は見ていない。アレは何だったのか。
「佐々木のヤツも最悪だよな―――お前に面倒押し付けてさ」
真山が、お使い役の俺に同情する。
「いいさ、別に」
頬肘をつき、いつものように本を読みながら言った。
「気をつけろよ。言わなかったけどさ、アイツ包丁で母親に切り付けたりして暴れるらしいから」
声のトーンを落とし、真山が表情を曇らせながら言った。
「―――本当か、それ?」
本から真山に視線を移し、言葉を失った。真山は、無言で頷く。
―――家庭内暴力。
だから、あの母親あんなにやつれていたのか。
「今日も行くんだろ?」
真山を見ながら頷いた。
「俺が届けてやってもいいけど、部活と塾があるからな―――悪い」
「ありがとな、大丈夫さ。渡してすぐ帰るだけだしさ」
すまなさそうにしている真山に、ありがたく思いながら笑顔で答えた。
学校が終わり、いつものように田崎の家へ向かう。そしていつものように、母親にプリントを渡せば終わりだ。そう思っていた。しかし、家へ行ってみると様子がいつもと違っていた。
二階の窓ガラスが割れていて、庭に物が散乱している。インターホンを押しても、応答がなかった。嫌な予感がして玄関のドアを開け中に入ると、廊下はガラスの破片や本、服が散乱していて足の踏み場もなかった。
何があったんだ―――。
二階から、呻き声が聞こえる。まさか―――。真山に聞いた話が頭を過ぎった。家庭内暴力。慌てて階段を駆け上がると、田崎が床に突っ伏していた。母親と妹の姿は見えない。ほっとして田崎の背中を見つめた。
また―――泣いているのか?
「た、田崎―――」
声をかけると、田崎がすごい勢いで体を起こした。
「何で―――お前がここにいる」
涙で濡れた顔で、俺を睨んだ。あの獣の目だ。闇く鋭い目。田崎はゆっくりと立ち上がり、俺に近付いてくる。
――――まずい、逃げなきゃ。
そう思うが、恐怖で足が思うように動かない。
「帰れっ!」
思い切り突き飛ばされ、左肩を床に強く打ち付けた。
「ってぇ」
田崎は俺の胸ぐらを掴み、壁に押し当てる。
「ぐっ」
壁に思い切り頭をぶつけ、激痛が走る。
「お前だって、お前らだってみんな――――いらないと思ってるんだろ!?」
田崎は、涙を流しながら叫んだ。悲痛な叫び。哀しそうに顔を歪めながら、大粒の涙を流し続けている。
「俺に―――関わるな!出て行け!」
田崎は俺を放すと、そのまま奥の部屋へ入っていった。
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