episode13-8 ジャンケン
いつもより早めの出勤をすると、若林がすでにいた。そういえば、昨日も早くに出勤したな――この人もやっぱり真面目なんだな。席に着くと、若林が話しかけてきた。
「修平、ジャンケンで何が好き?」
「え?えーと、グー?」
訳も分からず答えると、若林はニッコリ笑いながら言った。
「俺パーが好きなんだよね。だから俺の勝ちね。コーヒー淹れて」
「何ですかそりゃ。普通に言ってくれれば淹れますよ、コーヒーくらい」
おかしくなって笑いながら、コーヒーを淹れに立った。でも、今日にも野中を追いつめる物証を見つけなければと張り詰めていた緊張が、少し楽になった気がする。これが、この人のやり方なのかもしれない。コーヒーを淹れていると篠原と田村も部屋に入って来た。四人分のコーヒーを用意して、配っていると篠原の電話が鳴った。
また新たな事件か!?全員に緊張が走る中、篠原が電話をとる。俺たちは篠原の前に集まり電話が終わるのを待った。出勤してきた里見も、その様子を見てすぐに俺たちのところに寄ってきた。受話器を置くと、篠原がため息をつきながらイスにもたれかかった。
「学校に聞き込みに言った捜査班からだ。野中から朝、学校を休むと電話があったそうだ。もしかしたらK中学の誰かが、警察が来たことを報せたのかもしれない」
下手に動いて逃げられては困るので、至急、野中の家に張り込みがつくことになったそうだ。
「俺たちも行きます」
若林はそう言うと、俺たちを促して部屋から出て行く。K警察署から送ってもらった、野中の顔写真を持って現場の聞き込みにまわったが、目撃者もなく収穫は得られなかった。人に見られないように、細心の注意をしていたのだろう。
「くそっ」
「落ち着け。どうせ逃げられん」
田村はいつもの無表情で言った。
「でもこのままじゃ――」
「ヤツは凶器をまだ持っている。しかも警察が張り込んでいるんだ、捨てに行くことはできない。俺たちは、確実にヤツを追いつめている」
―――そうだ。凶器を持っているんだ、まだ。しかも手元に必ず置いてるはずだ。その時、俺の携帯が鳴った。電話は若林だった。
「ビデオ班が、野中を見つけたぞ」
第四現場付近のコンビニの防犯ビデオに、犯行時刻直前にタバコを買っている野中が写っていた。職場からも自宅からも離れているコンビニに、深夜行った理由は何か。野中を参考人として署に呼んで話がきける。今、野中邸で張り込んでいた捜査員が、野中を任意で中央署まで運んでいるらしい。今頃、家宅捜査令状も申請しているはずだ。家から凶器が見つかれば逮捕できる。急いで中央署に戻ると、野中が自供していた。逃げられないと思ったのだろう。
その日のうちに、家宅捜査令状が発行され捜索すると、彼の仕事部屋のクローゼットから新聞紙に包まれた包丁が見つかった。押収したスニーカーからも、ルミノール反応が出た。事情聴取は連日行われ、S県の事件の全容も明らかになった。
深夜帰宅途中、前を歩いていた被害者が後ろを歩いていた野中を、変質者呼ばわりしてきて言い合いになった。
「気持ち悪いんだよ」
吐き捨てるように言って背中を向けた被害者に、カッとなって運悪く持っていた包丁で背中を刺してしまった。ロッカーに置きっ放しになっていた包丁を、忘れないように鞄に入れたのが運の尽きだった。すぐに自分のしたことに気付き、救急車を呼んだが被害者は亡くなってしまった。自首する勇気がなく、いつ捕まるかとビクビクしながら毎日を過ごしていた。だが、結局捕まることはなかった。それでも怖くてS県を離れた。
C市で教師をやりながら、問題のある生徒や横暴な保護者、ことなかれ主義の上司などにストレスが限界に達した時、K市の事件を思い出した。被害者を刺した後の爽快感を――。そして一人、二人と刺していった。もう罪悪感もない――どうせ警察には捕まらない。そんな気持ちが彼を犯行へと向かわせた。そして四人目の時は、コンビニでタバコを買う余裕すらあった。結局それが仇となったのだけれど。
だが、昨日のK中学の同僚からの電話で、野中は驚愕した。
「今日、警察がきてお前のことを聞いていったぞ」
そんな・・・警察が俺を怪しんでいる――。足許から這い上がってくる恐怖に怯えた。嫌だ――捕まりたくない!家族だっているんだ。嫌だ――捕まるのは・・・嫌だ!捕まるのは・・・怖い・・・。色々な事が頭を巡り結局学校を休んだ。凶器を捨てようにも、警察が見ているかもしれない――そう思うと捨てられなかった。
そして――家のチャイムが鳴った。
もう――おしまいだ。
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