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4章 死の記憶
4章 17話 白崎凛(7)
「まずは観念的な視点から。戦闘自体に意味を見出す文化が存在する、もしくは戦闘行為が儀式である可能性。戦闘民族的な習性を持つ生物であれば、その可能性は捨てきれません。そもそも亡霊が生物なのかどうかも怪しいですが、侵略を目的とせずに不合理な戦闘を繰り返す理由にはなります」
 凛の話を聞いて、優は昔テレビで見た少数民族の事を思い出した。崖から飛び降りて成人を認められる風習。そうした勇気、知性、実力を試す儀式は世界中のいたるところに存在する。しかし、優にはその解釈は無理があるように思えた。
「儀式的な意味があるとすれば、全滅しては意味がない気がします。基本的に亡霊は殲滅されますし、過去に生き残った亡霊は死んだ亡霊と比べれば本当に僅かです。儀式として成り立っていないと思うんですが……」
「そうですね。誰もが通過する形式的な儀式としては成り立ちづらいでしょう。ですが、選別が目的であれば別です」
「選別?」
 首を傾げる優に凛は頷いた。
「そう、選別です。例えば妊娠。一億を超える精子は子宮に辿り付く前にその九九パーセントが死滅します。競争原理に従い、優れた個を選別する儀式であれば亡霊の行動特性は自然なものとして捉える事ができます」
 妊娠。精子。子宮。凛の口から躊躇いもなく飛び出した言葉に優は顔が赤くなるのを感じた。しかし凛が別段恥ずかしがっている様子を見せない為、無理矢理平静を装う。気まずい気分を味わう優とは反対に、凛は淡々と話を続けた。
「儀式という考え方をとった場合、亡霊は王、もしくは将軍に類するものを選別していると考えられます。劣った個を落とす為の儀式ではなく、優秀な個を一意に絞る過酷な試練。そう考えれば、イーグルやホムンクルスは王候補だったのかもしれませんね」
 背筋が凍った。亡霊の王。もし選別が完了した場合、一体何が起こるのだろうか。王を中心とした亡霊の軍勢が白流島から飛び出すのだろうか。
「第二の視点として、亡霊にとって戦闘行為が必然的だった可能性が考えられます。例えば、捕食。戦闘行為によって生み出された何かが亡霊にとって必要なものだった。具体的には恐怖・興奮・哀愁といった感情。もちろん観念的な意味ではなく、そうした感情とともに分泌される物理的な特定のホルモンを何らかの方法で摂取する可能性が存在します。ホルモンの分泌に限らず恐怖という感情は大脳辺縁系の扁桃体の活動に密接な関わりがありますし、そうした脳活動における何かを亡霊が求めていれば、亡霊が大規模侵攻を行わずに不合理な戦闘を繰り返す理由になります。つまり、人間は亡霊の食料として生かされている、という考え方」
「でも、もしそうしたホルモンを摂取する方法があったとしても、やっぱり死んだら意味がない気がします。食べるという行為は生への執着ですよね。食事の為に殆どの亡霊が殲滅されるというのは……」
「確かに亡霊を個体群として考えれば違和感は拭えません。ですが、個々がただの道具に過ぎない、と考えれば筋は通ります。例えば、白流島のような巨大な本体が存在し、個々の亡霊は本体の腕やチャネルに過ぎない、と考えます。戦闘行為によって得た特定ホルモンは何らかの形で本体へ輸送され、不要になったチャネルは破壊される。一体何を、どうやって摂取し、どのように輸送するのか疑問が残りますが、こうした考え方をした場合、ホムンクルスを模倣した理由に説明がつきます。根源的なものへの恐怖心、そうしたものを煽る手段としてホムンクルスは非常に適した材料ですし、一般的な亡霊の姿も最も原始的な根源的な恐怖、つまり死を連想させるフォルムとして最適です」
 初めてホムンクルスを見た時、本能的な嫌悪感を抱いた事を思い出す。何らかの感情反応、つまりホルモン分泌を促す手段として亡霊の姿形が選択的であるとするならば、確かに亡霊のとった手段は効率的なものと言える。
「第三の可能性として……」
 凛が僅かに躊躇するように言う。
「亡霊自身が死を望んでいる可能性。不合理な戦闘の結果として亡霊の多くは死滅します。ただ死にたいだけならば更に不合理な方法を取るべきですが、そこに何らかの美学、例えば同戦力の相手に全力で殺される、といったものが存在するならば亡霊の行動特性に納得がいきます」
 三番目の考え方は凛自身、あまり信じていないようだった。可能性の話としてとりあえず喋ったのだろう。
「えっと、色んな可能性があるのは分かりました。白崎さん個人としてはどの可能性が一番高いと思っているんですか?」
 何気なく、好奇心から飛び出した疑問。しかし、その言葉を聞いた凛の目に何かが灯った。今までのような理知的な冷たい印象を受ける瞳ではなく、奇妙な熱を持った瞳が優を射抜く。
「全ては選別の為に存在するのだと私は考えています。全て、です。亡霊だけではない。亡霊に唯一抗う術を持ったESP能力者さえも、選別対象である可能性があります」
「白崎さん……?」
 凛の纏う雰囲気が一変した。凛の瞳に宿った熱は優に真っすぐと向けられている。
「──桜井様、上をお目指しください。遥かなる上を。貴方は、王になるべき存在です」
 狂信の炎を轟々と燃やし、白崎凛は言い放った。無限の敬意と信頼の眼差しを受け、優は思わずベッドの上で凛から距離をとろうと後ろに手をついた。ベッドが軋む音。凛が身をかがめて優の瞳を覗くように顔を近づける。
「亡霊の出現に示し合わせたように現れたESP能力者。ESP能力者もまた、選別の対象にあると考えるのが自然です。人の理解を超えた力、ESP能力。それを授かった私たちESP能力者は王の候補として選ばれたのです。二つの陣営において最も優れた者が最後に戦い、王として君臨する。効率的な、優れた選別システム。ESP能力者において、貴方が王である事は間違いありません。後は、亡霊の王を倒すのみ。それで、貴方は王になる。全てを統べる王に」
 凛がベッドの上に片膝を乗せた。優との距離が詰まる。凛の細い腕が伸びて、優の頬に触れた。優は自分を見つめる漆黒の瞳に魅入られ、動けなかった。全てを吸い込む、虚無の闇。そこに燃える炎は激しく、あまりにも純粋で、ただ美しかった。人形のように整った凛の顔がゆっくりと近づいてくる。漆黒の瞳に狂信の明かりを灯し、爛々とその整った顔を赤く染めていく。
「桜井様、私がお手伝いします。私の全てを貴方様に捧げ、覇道を妨げる者を全力で排除します。上を、お目指しください。遥かなる高みへ。私はその為に全てを懸ける覚悟があります。いえ、桜井様の為に全てを懸ける覚悟があります。もし、桜井様が望むのならば──」
 凛の熱い吐息が顔に触れる。
 優の頬に触れていた指が離れ、凛の胸元に向かう。
 漆黒の瞳に宿る炎の種類が変化した。
「桜井様──」
 その時、凛の囁きを阻害するようにノックの音が室内にこだました。凛が素早くベッドの上から降り、何事もなかったかのように傍に立つ。直後、開いたドアから準と響が姿を見せた。
「あぁ、すまん。先客がいたか」
 凛の姿を確認した準がバツの悪そうな顔をして引き返そうとする。しかし、横にいた響はそんな事を気にせずに優に向かって走り始めた。
「おい、響!」
 準が慌てたように叫ぶが、響はそれさえも無視して優に抱きつくようにベッドの上に飛び込んだ。
「さくらい!」
 小動物のように身体を摺り寄せてくる響を受け止めながら、優は困ったように凛に視線を向けた。凛の瞳に灯った激しい炎はいつの間にか姿を隠し、いつもの冷え切った漆黒の闇が瞳を支配している。
「長居しすぎました。そろそろ私はお暇します。お身体ご自愛下さいませ」
「あ、えっと、お見舞いありがとうございました!」
 いきなりの言葉に優が反射的にお礼の言葉を述べると、凛は一度だけ響を一瞥してからドアの前に突っ立ている準の横を通り過ぎて部屋から出ていった。準は戸惑ったようにバタンと閉じたドアを見てから優の元へ足を運んだ。
「すまんな。邪魔したか?」
「いえ……逆に助かりました」
 準が眉を寄せる。優は緊張の糸が切れたように深く息をつき、響を抱きかかえた。
「さくらい、びょうきなの?」
「大丈夫、僕は元気だよ。ちょっと休んでるだけ」
 心配そうに尋ねてくる響に優は笑みを浮かべた。
 準がベッドの横にある椅子に腰をおろし、響と優のやり取りを眺めて微笑む。
「怪我はもう治ったのか?」
「はい。起きた時にはほぼ完治していました。経過を見るだけなので、すぐに退院できるみたいです」
「それを聞いて安心した。何か欲しいもんないか? 売店で売ってる物なら買ってきてやる」
 準が立ちあがる。優は少し悩んでから屈託のない笑みを浮かべて口を開いた。
「アイスが欲しいです。できればバニラで」
「あいすー!」
 響が優を真似て楽しそうに言う。準は僅かに顔をしかめた。
「風邪ひくぞ」
「ちょっと身体に悪いものが食べたいんです。健康的な病院食ばかりで、このままだと逆に身体壊しちゃうかも」
 冗談っぽくそう言うと、準は呆れたように笑って何も言わずに背を向けた。
 部屋から出ていく準の姿を見送ってから、優は何となく窓の外に目をやった。二階である為、枯れ木がいくつか見える。風に吹かれて僅かに残った木の葉が散っていくのを眺めながら、優は選別という言葉について考えた。
 優秀な個を見出す為の選別。その可能性は大いにある。しかし、凛の言うような王を決める選別である保証はどこにもない。逆に、生贄に相応しい個を見出す為の選別である可能性もある。しかし、凛はその可能性について触れなかった。
 凛の瞳に宿った漆黒の炎を思い出す。凛もまた──
 優は小さく息をつき、腕の中で心地良さそうに目を瞑る響を抱きしめた。
 結局、全ては推測でしかない。凛の出した答えが全て違う可能性もあるし、その全てである可能性もある。
 だけど、と優は窓の外で散りゆく木の葉を見ながら思った。亡霊の目的が選別であれば、その先に待つものは何なのだろうか。この長い闘争を経て、その先に相応しい対価が存在するのだろうか。優には、そんなものが存在するとは到底思えなかった。


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