ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
7章 存在理由
エピローグ
 闘争が終わり、私にとって短くない年月が経過した。
 私は亡霊対策室司令官という役目を終え、新たに用意されたポストに就く事もなく、静かに表舞台から身を引いた。
 休みたい。引き止めてくれた部下や、上田中将、山岡中将たちにはそう説明した。
 偽りではない。本心から、休みたいと思った。時間が欲しかったのだ。
 私は今、旅をしている。当てもなく、国内を見回っている。私が守ろうとしてきた世界を、彼が守った世界を、この目で見たいと思った。
 あの日から、彼は、桜井優は姿を消した。ESP能力者になった私は、彼の持つあまりにも巨大なエネルギーを感じる事ができたが、その位置を特定することは不可能だった。時折、海外の紛争調停や国内の反乱分子鎮圧騒動に彼の影が見え隠れすることがあったが、彼の姿を見る事は一度たりとも叶わなかった。
 彼が何故姿を消したのか、私にはわからない。
 私だけではない。誰も、知らないようだった。
 だから、旅に出た。
 当てもなく、国内を回った。
 季節が廻り、世界が動いていく。
 様々なところを、回った。
 そして、五日前。
 国内の政情が安定し、小さくない経済的疲弊に希望の光が見えた時、突然上田中将から連絡があった。
 彼はある場所を告げて、連絡を断った。それが君の目的地となるだろう、と一言残して。
 何故、今になって。
 疑問は尽きなかったが、私は今、バスを乗り継いでその場所を訪れている。
 田んぼに囲まれた、のどかな田舎町だった。
 年季の入った一軒家が並ぶ中、私は温かな日差しを楽しみながら、目的地へと急いだ。
 道の向こうで、蝶々が舞っていた。翡翠の色に輝く、鮮やかな蝶々だった。蝶々は踊るように羽ばたき、のどかな道を進んでいく。私は、釣られるようにその後を追った。
 蝶々が、一軒の庭の中へ消えていく。私は、そこで足を止めた。
 中将から知らされた目的地。
 古びた一軒家。
 かつて、上田孝義と上田秋穂、そして上田沙織が暮らしていた家。
 広い庭には、無数の鮮やかなアゲハ蝶が舞っていた。
 その奥。
 玄関が、開いていた。
 私の訪問に気付いたように、人影が現れる。
 琥珀色の髪が、風でふわりと揺れた。
 私は、息を止めた。
 蝶々が一斉に舞いあがる。
 その向こうに、桜井優が立っていた。
 あの日と変わらない姿。
 幼さを多分に残した身体。しかしながら、どこか憂いを帯びた瞳が、妙に大人びて見える。
 時間が止まったように、私と彼はお互いを見つめたまま、動きを止めた。
 言いたいことが、山ほどあった。
 でも、何から言えばいいのか、わからない。
 私の視線は、全く成長していない彼の身体に釘付けになっていた。
 理解が、始まる。
 同時に、私はある事に気づいて、安堵の息をついた。
 そして、口を開く。
「私が一番乗りみたいね」
 彼は少し驚いた様子を見せた後、困ったような笑みを浮かべた。
 周囲の蝶々が舞いあがっていく。そして、玄関への道ができた。
 私は、石畳の道をゆっくりと歩み始めた。
「もし、迷惑でなければ」
 前置きして、言う。年甲斐もなく、胸がときめいていた。
「私は、貴方と永遠を分かち合いたい」
 彼の戦いは、終わっていなかった。
 ならば、私の休暇はこれで終わりだ。
 彼は少し迷う素振りを見せた後、柔らかな笑みを浮かべた。
「良い子にしていて、良かったです」
 彼はそう言って、手を差し出した。私は迷わず、その手を取った。
 気の遠くなるほど長い闘いが、これからも続いていく。
 庭の端では桜が咲き、春の到来を知らせていた。
 冬は当分、廻ってきそうにない。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。