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6章 反逆の
6章 10話 オーディン(3)
「十日が経過しました。爆破事件の報道において、ESP能力者が絡んでいる事は明らかにされていない。何故、真実を公開しないのだろう?」
 広い事務所に、オーディンの声が響く。
 広瀬理沙は同年代の少女たちに囲まれながら、前方で演説するオーディンを見つめていた。
「その真実が広まるのを、彼らが恐れているからだ。だから都合の良い情報だけを公開し、大衆を操作しようとする。私達には紛れもない優位性があり、それに全てのESP能力者が気づくことを、恐れているんです。私達は人間よりも、優れている」
 オーディンはそう言って、にこりと笑った。
「多くのESP能力者が、亡霊との闘争に投入されてきました。戦う力がある。それだけの理由で、君達と同じ、まだ未成年の、あるいは年下の女の子たちが銃を渡され、戦え、と命じられてきました。人間の大人たちは、安全な場所で、頭ごなしに命令を飛ばすだけ。おかしい、とは誰も言えない。何故ですか? ESP能力者が、圧倒的小数だからです。逆らえず、戦わされる」
 オーディンはそこで一旦言葉を切って、ふと遠くを見つめるように動きを止めた。
「……そもそも、法というものがそうでした。奪われるのは、怖い。殺されるのは、怖い。だから、大多数が取り決めを作った。身を守る為に全員が団結し、取り決めを破るものに対し、集団で一方的なペナルティを与えた。法そのものに同意していない者に対しても、罰則を与えた。自分たちの利益を守る為に大多数が団結し、強制的な契約を迫った。歴史において、司法というものは少数民族を弾圧する正当な裏付けに利用されてきたことも、あった。それが、法。だから、私はこれを破ります。我々の要求を通す為に、罪を犯します。私はこれから、正しいことをするのでは決してない。私達に、正義はない。それを、理解しておいてください。そして、願わくば納得して欲しい。私は、全てのESP能力者の保護に全てを注ぎ、全てのESP能力者の自由に全てを捧げます。子ども達に、無償の愛を」
 周囲の少女たちが、一斉に歓声をあげる。それに呼応するように、オーディンの背中から光翼が広がる。
 理沙はそれを眺めながら、怖いと思った。
 呆れるほどの、馬鹿げた理想。
 正義を捨てた、飾らない理想。
 この美しい男には本当にそれを実現する力があるのではないか、と根拠なく思わせるほどの何かをオーディンは確かに持っていて、理沙はそれに強く惹かれるのを感じた。
 一方で、それを怖いと、と思う。
 この男は、あまりにも綺麗すぎる。
 オーディンの容姿、あるいは声、その雰囲気そのものが美しすぎる為に、その理想に追随するであろうあらゆる泥臭さが消え去ってしまっている。
 この男がやっているのは、ただの大量殺戮だ。
 その恐ろしさが、払拭されてしまっている。
 感覚が麻痺したように、高揚感だけが広がっていく。
「私は、ESP能力者に特権を与えようというわけではない。ただ、自由と、司法における保護を求めます。先人たちが少なくない犠牲とともに勝ち取ってきたように、私も血塗られた自由を求めます」
 司法における保護と自由、という言葉が理沙の胸にゆっくりと広がっていく。
 ――話を聞いていた限りでは、正当防衛に思えます。過剰防衛かもしれません。でも、それを判断する司法は、多分正常に働かないです。そんな状況で広瀬さんが捕まって、不当に裁かれるのは納得できないです。正しくないのはわかってますが、状況が変わるまで逃走を支援したいです。それで、いつか今の体制が良くなったら、自首して、ちゃんと裁かれるべきです。
 かつて桜井優はそう言って、逃走を手伝った。
 彼は、子どもだ。
 オーディンのように理想を能動的に叶えようとするのではなく、いつか誰かが体制を変えるだろう、という希望的観測のもと、理沙を逃がした。
 その後も、彼は迷っていた。
 逃走後に再び会った時、彼の瞳には強い後悔の色が浮かんでいた。
 彼は、オーディンのように救世主じみた存在ではない。
 でも、と理沙は思った。
 理想だけを見つめ続ける救世主よりは、そっちの方がよっぽど良い。
 前に立つ指導者がオーディンではなく桜井優であったなら、理沙は迷わずその理想に付き従ったかもしれない。
 そう思い、だからこそ広瀬理沙はオーディンによる支配を完全に受けることはなかった。
 オーディンの掲げた理想が巨大なうねりとなって場を呑みこんでいく中、彼女だけが取り残され、別の理想に支配されていた。

◇◆◇

「内閣不信任決議案が否決された?」
 長い廊下を進みながら、山中少佐は前を歩く上田中将に疑問を投げかけた。
「そう。最早解散は秒読みだ」
「不死鳥に勝てる、と?」
「まさか。負ける為に、否決させたのだ」
 上田中将は興味なさそうに言って、ある扉の前で足を止めた。そして、扉が開かれる。
 そこは、それほど広くない研究室だった。壁際に機材が乱雑に積まれ、数人の男が個別にディスプレイと睨み合いをしている。
 山中少佐はさっと辺りを見渡してから、一歩踏み出した。そこに、横から声が投げかけられる。
「こんにちは」
 振り向くと、若い女が立っていた。上田中将が山中少佐の隣に進み、唸るように声を発する。
「彼女は白崎蘭。チームの協力者だ」
「よろしく」
 女が手を差し出す。山中少佐は一拍遅れて、その手を握った。
「陸上自衛軍中部方面隊、例の機甲中隊に属している山中と申します」
「ああ。カルネアデスの舟板を実際に動かしたのは君か。どうだった?」
 握っていた手が離れる。
 山中少佐は思っていた事をそのまま口にした。
「扱いが楽でした。準備に人の手を割く必要がない上に、殆どの作業を機械が補助してくれる。正直、驚きました」
 蘭がクスりと笑う。
「システムを人が統合するのではなく、システムをシステムによって統合する。プロジェクトリーダーである伏見さんの考えなんだ。このままカルネアデスの舟板へ移行が進めば、ESP能力者の緊急処置や回収を担っていた機動ヘリや哨戒艦艇を無人機に差し替えることもできる。そうなれば、戦術データリンクによってあらゆる情報が共有化され、発見から識別、進行ルートの推定、迎撃、その流れ全てが自動化されることになるだろう。ヒューマンエラーの排除はもちろん、これによって意思決定による応答時間の短縮が可能になる」
「応答時間の短縮? 今でも、それほど応答に時間がかかっているようには思えません」
 山中少佐が尋ねると、蘭は頷いた。
「そう。現状では問題ない。だが、我々は白流島への攻撃も視野に入れている。敵の本拠地近くで冗長な応答時間を確保することは不可能だ。だから、索敵能力、それに基づく判断能力、迎撃能力を統合し、機械による速やかな意思決定を行わなければならない。人は保守作業やモニタリングのみに集中することができ、前線に出る必要は完全になくなるだろう」
「機械が、自動で戦うと?」
「完全には無理だろうが、その方向性をとっている。今考えているのは、戦術データの蓄積と分析だ。亡霊の細かな動きを全て記録し、意思決定能力そのものへフィードバックを行う。全てが、統合される。時間はかかるが――」
 山中少佐は不意に得体の知れない寒気に襲われた。
 ESPエネルギーに似た何かを用いて、敵を自動で索敵し、攻撃する。
 それはまるで――
「亡霊みたいですね」
 一瞬、白崎蘭の動きが固まった。
 奇妙な沈黙が場を支配する。
 蘭はゆっくりと顔を上げ、小さな笑みを浮かべた。
「これはそんな高度なものじゃないよ。戦術データリンクを通して情報が蓄積されていき、そこから統計的な推定を行いながら攻撃する。それだけの機械だ。もちろん、それを実現するのが大変なんだけど」
 最後に蘭は苦笑しながら、そう締めくくった。
 山中少佐の胸に広がった得体の知れない不安感は、一向に払拭されなかった。

◇◆◇

 桜井優のESPエネルギー保有量は、その後も増え続けた。
 ただ、上昇量は初めの頃のように急速なものではなく、それに伴う体調不良も鳴りを潜め、生活の上で特に支障をきたすこともなかった。
「ねえ」
 食堂で昼食を食べていた時、京子が何気なく話を切り出した為、優は食事を中断して顔を上げた。
「明日ってさ、バレンタインだよね」
「……うん」
 優が頷くと、横にいた愛が身を乗り出した。
「明日、朝一番に談話室に来て」
「談話室?」
「皆で作ったチョコ渡す」
 愛の言葉に、優は小さく驚いた。
「皆で作ったの? 楽しみにしてるね。でも、朝一じゃなくても――」
「朝一番に、起きたら談話室に真っすぐ来て」
 真剣な顔で、愛が繰り返す。
 困って京子と華に目を向けると、二人とも愛と同様に真剣な顔で優を見つめていた。
「……うん、わかった」
 雰囲気に押されて承諾すると、三人はあからさまにホッとした様子を見せた。何かドッキリでも用意しているのだろうか、と想像する。
「そう言う訳で、絶対に忘れないでね」
「うん。ちゃんとアラームセットしておく」
 念を押してくる京子に苦笑し、優は食事を再開した。
「そういえば」
 華が思い出したように言う。
「最近、亡霊見ないね」
「あれだけ大規模な攻撃してきたんだから、暫く充電が必要なんじゃない?」
「うーん。かなぁ」
 京子の返答に、華は納得しない様子を見せる。
 二人の会話を聞きながら、母に扮した亡霊のことを思い出し、不快感と不安感が湧き起こる。それを悟られたくなくて、優は何も言わず黙々と昼食をとった。
「まあ、亡霊が出てきても、私達には関係ないかも。何とかの舟板とかが出来たみたいだし、前みたいに誘導するだけになるとか」
「そうなると、私達クビになるかも……」
「ああいうのって、量産されたりするまでは時間かかるでしょ。予備として、暫くは残されるんじゃない? その間に特別年金の受給条件満たせる事が出来たら最高なんだけどなあ」
 昼食を食べ終えた優は無言で箸をおいた。それに気付いた華が優に視線に移す。
「あ、お茶とってこようか?」
 いつの間にか、優以外の三人は食べ終わっているようだった。
「それくらい自分でとってくるよ」
 優は笑って、立ちあがった。
 そして、食堂の隅にあるコップを取りに行く途中、食堂に入ってきた詩織と目が合った。
「桜井さん、こんにちはー!」
 詩織が駆けよってくる。
「おはよ。今から昼食?」
「はい。ちょっと図書室寄ってたら、時間忘れちゃって」
「勉強?」
「いえ、あの、小説見てて……」
「また面白いのがあったら、教えてね」
「はい!」
 話しながら、コップにお茶を注ぐ。それから三人の待つテーブルへ向かおうとした時、詩織が静かに口を開いた。
「そうだ。桜井さん。明日、楽しみにしててくださいね」
「明日? バレンタインデー絡み?」
 振り返ると、詩織は微笑を浮かべて頷いた。
 詩織の柔らかな黒い瞳が、優の瞳を正面から射抜く。
 何故か、その笑みを怖いと思った。
「皆で、チョコを用意したんです。きっと気に言ってもらえると思います」
「皆で?」
「はい。皆です。本当は一人で作って渡す予定だったんですが、皆で作る事になったんです」
「そうなんだ。楽しみにしてるね」
「はい」
 詩織の柔らかい笑みから視線を外し、テーブルに戻る。
 その途中。奥のテーブルから視線を感じ、優は何気なくそちらを見つめた。
 小山千夏と、目が合う。
 ほんの一瞬、千夏は深い笑みを浮かべ、それから何事もなく千夏は隣の沙耶たちと話を始める。
 そこで再び視線を感じ、優は辺りを見渡した。
 何人かと目が合う。
 絡みつくような視線。
 薄い寒気を覚え、優は視線を無視してそのまま席に戻った。
 二月十三日、昼。
 明日のイベントに一抹の不安を覚えながら、優は不穏な空気を無視して一日をいつも通りに過ごした。


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