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4章 死の記憶
4章 47話 川上沙耶(2)
 桜井優が病室から出ると、ドアの前に立っていた保安部の中村俊之に勢いよく衝突した。
「わ、ごめんなさいっ!」
「大丈夫ですか?」
 がっしりと受け止められ、優は上を見上げた。相変わらず大きい。少し身長を分けて欲しい、と無理な事を考える。
「はい、本当にすみません」
 後ろに下がり、頭を下げる。
「どこかに出かけられるのですか?」
「えっと、友人が入院してる部屋に行こうと思って」
 中村は表情を変えず、お気をつけて、と言った。はい、と頷いて、廊下を進む。
 戦闘から一日が経過し、優は病院内であれば自由に動ける許可を得ていた。本来なら入院する必要もないのだが、様子見の為に一週間ほど病院で過ごす事になっている。ただし、中隊員の多くも同じ病院で入院している為、本部で過ごすのと変わらない暮らしになりそうだった。
 女子病棟に足を踏み入れると、各部屋の前にスーツ姿の女性が数人立っているのが見えた。その中に保安部の小町美知子の姿を認め、優は美知子の元へ向かった。途中、美知子が優の来訪に気付いて、にっこりと笑みを浮かべた。
「どなたのお部屋をお探しですか?」
「えっと、華ちゃ――篠原さん、宮城さん、長谷川さんのお部屋です」
「第一小隊は奥のお部屋に固まっています。確か、篠原さんは奥から二番目のお部屋にいらっしゃいますよ」
 優は頭を下げ、美知子の前を通り抜けた。各部屋から話し声が漏れ、廊下まで届いてくる。奥の方に行くと、その傾向はより顕著になった。
 美知子に教えられた通り、奥から奥から二つ目の扉をノックする。間髪おかず、中から複数の声が届いた。ドアノブを回し、扉を開ける。途端、喧騒に包まれた。
「お、桜井じゃん。全然無事みたいだな!」
 優はパチパチと目を瞬いた。ベッドが六つある事から六人部屋である事が分かったが、部屋の中にはどう見ても二十人近い中隊員が入っている。中央にいた川上沙耶が優の方を見て、にい、と笑みを浮かべた。
「丁度いいや。入ってこい!」
「皆集まって何やってるの?」
 言われるがまま、部屋の中央に進む。その際、戸口付近にいた望月麗が道を開けてくれた。
「クリスマスパーティーの事でね、色々変更しなくちゃいけなくなったんだって」
 華の声。キョロキョロと辺りを見渡すと、奥のベッドの上で上半身だけを起こしていた。ベッドの横には京子と愛の姿もあった。
 変更というのは多分、場所の問題だろう。中隊の半分が入院する事態になった為、本部でパーティーする訳にはいかない上、病院内部で騒ぐ訳にもいかない。
「変更って? 日程ずらすの?」
 首を傾げると、沙耶は不敵な笑みを浮かべた。
「クリスマスにやらなきゃ、クリスマスパーティーじゃねーだろ」
 沙耶の後ろで深海百合が気怠そうに、もう忘年会とセットにすればいいんじゃない、と呟く。優もそう思ったが、どうやら流れ的にクリスマスパーティーを決行するつもりのようだった。
「それで、具体的にどうするの? 病院のどこかの部屋を借りるの?」
 尋ねると、何故か全員の視線が優に集まった。

◇◆◇

 十二月二十五日。クリスマス当日、優は自室の扉を開け、そっと外の様子を窺った。
「どうなさいましたか?」
 廊下にいた中村に声をかけられ、優はビクッと肩を震わせた。
「な、何でもないです! 今から寝ようと思うので、誰か来ても通さないようにお願いしますっ!」
 中村は一瞬怪訝な表情を浮かべ、腕時計に目をやった。まだ十七時。寝るには些か早すぎる、と考えたのだろう。
「どこか、具合が悪いのですか?」
「いえ、その、ちょっと疲れてるだけです!」
「わかりました。ごゆっくりお休みください」
「はい。おやすみなさい!」
 そう言って、優は逃げるように自室の扉を閉めた。扉に背を預け、ふう、と息をつく。
「よし!」
 一人呟いて、優はベッドに向かった。サイドテーブルに積んであった本を数冊適当に取って、ベッドの上に敷き詰める。その後、着替えの服を次々とベッドの上に並べ、その上から毛布を被せた。毛布がこんもりと膨らみ、まるで誰かが中で寝ているようになる。優はその具合を確認した後、用意していた大きな紙袋を二つ手に取り、部屋の明かりを消した。
 真っ暗になった部屋の中、優は外の光が差し込む窓を全開にした。強い風が吹き込む。優は小さく身を震わせ、ベッドの中に入れていたカーディガンを手探りで取り出し、上から羽織った。次に開いた窓に片足を掛け、意識を背中に集中する。一瞬で光翼が背中に現れ、優は窓から飛び降りた。同時に大きく光翼を羽ばたかせる。優はそのままゆっくりと職員用の駐車場に舞い降りた。緊急外患用の入り口も近くにあるが、一般病院ではない為、人影は全く見当たらなかった。殆ど車が止まっていない駐車場を、優は外壁に沿って駆けた。
 女子病棟の下まで辿りつくと、優は持っていた紙袋を地面に下ろし、再び光翼を羽ばたかせた。そのまま、四階の窓まで高度をあげる。そこが病棟の端から二番目の部屋である事を念入りに確認してから、優は窓を小さくノックした。すぐにカーテンが開き、華が顔を見せた。目が合い、優と華はどちらからともなく笑った。窓が開く。
「ちょっと、ドキドキするなぁ」
 華が言う。優は、そうだね、と言って窓枠に両足をかけ、華に向かって両手を広げた。華が恥ずかしそうに優の胸に飛び込む。優はしっかりと抱きかかえて、窓枠を蹴った。後ろ向きに羽ばたき、ゆっくりと高度を下げていく。
「ちょっと寒いね」
 そう言って、華は腕の中で控えめに身を寄せてきた。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫大丈夫」
 地に足がつく。華は名残惜しそうに優から離れ、一歩後ろに下がった。
「先輩、次お願いしまーす!」
 上空から麗の声。見上げると、先程の窓から麗が顔を出して手を振っていた。
「僕、タクシーじゃないんだけど」
 そう呟くと、隣で華がクスりと笑った。

◇◆◇

 五部屋に散らばっていた三十人の中隊員を全員裏手の駐車場に下ろす作業が終わると、優達は暗闇の中を駆けた。人数が多い為、嫌でも目立ってしまう。病院の塀を超えて、優達は出来るだけ暗い路地を走った。幸い、病院が郊外に位置していた為、大通りを通らずとも目的地まで誰とも会う事はなかった。
「先輩先輩! これって映画みたいな大脱走ですよねっ!」
 後ろから麗の弾んだ声。
「仮釈放は確実になくなるね」
 舞が楽しそうに言う。優はクスりと笑った。
 細い路地を抜け、一行は河川敷に繋がる階段まで辿りついた。足を止め、息を整える。
「この先だよね?」
 優は振り返って、一向に尋ねた。全員が頷く。優は階段を見上げ、ゆっくりと上り始めた。
 強い風が吹く。マフラーが大きく靡いた。
 階段を上り終えると、河川敷から大量の煙が上がっているのが見えた。そして、煙の根元には多くの人影。すぐに本部から集まった中隊の女の子達だと分かった。優は河川敷に繋がる階段を下り始めた。食欲をそそる香りが鼻をつく。
 階段を最後まで下りると、河川敷に集まっている女の子達が優達の存在に気付き、手を振った。
「さっさと来いよ! もう始めてんぞ!」
 遠くから沙耶の声。優は苦笑して、傍まで駆け寄った。
「煙、出すぎじゃない?」
「良いんだよ。下手に上手く隠れるより、こうやった方が大目に見てもらえるかもしれないしな。あ、これ、いるか?」
 沙耶はそう言って、肉の乗った紙皿を優に手渡した。素直に受け取り、辺りを見渡す。バーベキュー用の足つきコンロがいくつも並び、その周りに人が密集していた。
「これ、運ぶの大変だったんじゃない?」
「まあ、それなりに。あ、これ、箸な」
 未使用の箸が差しだされる。それを受け取った時、後ろから京子の声が響いた。
「華! 桜井! こっち場所とってるよ!」
 振り返ると、京子の横に愛もいた。他に第一小隊の数人。
「少し寒いが、まあ、たまには良いだろ。雪が降れば良かったんだけどな」
 沙耶がそう言って、空を見上げる。優も同じように空を見上げた。まだ十八時過ぎの筈だったが、空は真っ黒に染まっていた。
「んー、降らしてみよっか?」
「はあ? 何を?」
 沙耶が怪訝な顔を浮かべる。優は悪戯っぽい笑みを浮かべ、右手を真上に向けた。ESPエネルギーを練り、指先から上空に向けて撃つ。
「あ、おい――」
 沙耶の焦った声。直後、上空に向けて撃たれたESPエネルギーの塊が弾けた。粉々になった光の粒子がゆっくりと空から舞い降りはじめる。辺りから静かな歓声があがった。
「そういうのは、忘年会まで取っとけ」
 沙耶が降ってくる光の粒子を見上げながら苦笑する。
「隠し芸は絶対にやらないよ」
 そう言って、優は京子達が待つ場所へと歩き始めた。
 賑やかな喧騒が優を包んだ。
 お腹が小さく鳴る。
 優の琥珀色の髪を冬風が優しく撫でた。


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