第三幕 黒い猫
沈黙を破る、調子はずれな電子音。
来るべきものが来た、そんな思いで静かに席を立った。
いつもより広く感じる玄関で、一瞬足が止まる。
小さく息を吐いた。
覚悟を決めたようにゆっくりと目蓋を上げると、ドアノブに手をかけた。
…もう、終わりね…
ドアを開ける。
眩しい午後の日差しが、開いた隙間から一筋の光となって灰原を照らす。
逆光の中に、一人のシルエットが浮かび上がる。
「阿笠さん、お届け物で〜す」
「えっ?」
立っていたのは、茶色の小包を抱え、緑色の制服を着た…宅配便の人。
「お嬢ちゃん、はんこ、お願いできるかな?」
「はんこ…ね」
気を取り直して、目の前に置かれた小包を見つめる。
『取扱注意』の札と、割れたグラスの絵が貼られた箱。
開く前に、耳を当ててみる。
…時計の音はしない…。
時限式でなくても、光反応式やらいろいろ考えられたけど、
「その気になれば、夜のうちにこの家ごと木端微塵にすることだってできるのよね」
そう呟いて、かまわず開くことに決めた。
ガムテープを剥がすと、中から白い包装紙に包まれた何かが出てくる。
丁寧に、包み紙を開いていく。
その白い紙の下から顔をのぞかせたのは、黒猫の置物。
背中に貼られたメモ用紙には、
サイドテーブルの上、電話の横に
小さな青い字で書かれていた。
そのメモ用紙を剥がして、ゴミ箱に捨てる。
小さくはない置物を、両手で持ち上げてみる。
思っていたよりも重かった。
「…盗聴器…?」
間違いない。
不釣合いに大きい台座。
よく見ると、小さな穴が幾つか開けられている。
その黒猫を、そっと床におろす。
何も言わないまま、寂しげな目で木の床に座った黒猫を見つめる。
こんなものを、誰にも言わずに、ここに置いて良い訳がない。
もっと…多くの人が、消される危険に陥れられる…。
そして、その行為は、今まで一緒にいた、工藤君らへの裏切り…。
でも…。
私はどうなっても構わない…元々私はここにいるべきではない存在だったのだから。
ただ…ここに置かなければ…博士や円谷君たちが…。
思い出されるのは、全ての始まりを告げた手紙。
その最後3行。
誰にも言わず、シェリーがちゃんと言うことを聞いてくれたら、
余計な人の口を塞ぐのは我慢してあげるよ。
だって、シェリーは僕等にとって、必要な人だもん。
破滅の運命を、一瞬だけ長引かせるだけかもしれない。
単なる甘えなのかもしれない。
堕落を誘う、甘美な果実。
それでも私は…、もう大切な人が、死ぬのを見たくない…。
ねえ、一体…どうすればいいの…?
つぶることなく開かれたままの瞳から、はらりと涙が零れ落ちた。
|