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葛飾、最後のピース 作者:ぐろわ姉妹

一英編(時:2010年)

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第19話 それぞれの理由

 結局、ジャスティーと絵梨香がデュエットし、テンポが上げられたやけにノリノリな夢芝居が店内に溢れかえる。

 テイクアウトの惣菜ができあがるのを大人しく待っているだけなのに、気づけば一英は、赤鉛筆片手の常連らしいオヤジに絡まれていた。

 ニッカポッカを履いたパンチパーマの小太りオヤジが競馬新聞を一英の鼻先に突きつけ、日曜にあるレースの予想を聞いてくる。

一英が「知りません。僕、競馬のことなんて解りませんから」とカウンターに突っ伏していると、店の引き戸が開き、恵と凛が入ってきた。

 恵がお立ち台でジャスティーと歌っている絵梨香を見つけ「今日早いね!」などと楽しそうに声をかける。

凛はカウンターで競馬オヤジと並んで座る一英を見つけ、その肩を叩いた。

「ちょいと井梶一英。
お前さん、今日で配達終わりって本当かい?」

 頷いた一英が身を起こし、夏季休暇も使い切ったし来週から自分の仕事に戻るのだと言うと、恵が「もう帰っちゃうの?」と寄ってきた。

「ヒーたん、どこに住んでんだっけ?」

「横浜」

「横浜かぁ。
それじゃ、仕事帰りにでもまた来てよっていうのはちょっと無理ね。
でもさでもさ、実家に帰って来た時には、また盛熊に来てくれるでしょ? 
私ヒーたんのスカートも作っておくから!」

 いやそれはと一英が困った表情を浮かべるが、恵はさっとメジャーを取り出し、勝手にあちこちを採寸し始める。

立たされてウエストを測られる一英に、凛も「いつでもお出でなさいな、その時はまた奢ってやろうじゃないか」と笑った。

 あまりごねても仕方ないので「こっちに来ることがあれば」と愛想笑いした一英だが、やはり少し顔色が曇る。

その理由をなぜかジャスティーが堂々とマイクで暴露した。

「ヒーローさんは実家に寄りつかないようにしてるのです! 
だから次いつ来るかは解りません!」

 エコーの利いた声に、凛が「どうしてだい」と一英を見上げる。

一英は、

「新小岩が苦手だからですかね」

と、街の柄の悪さを理由に苦笑いしたが、今度はマイクを置いた絵梨香が首を傾げた。

「そうなの? 
新小岩、いい街なのに」

「いい街!?」

 一英がそんなわけないだろと思わず言いかけてしまうくらいギョッとすると、絵梨香もその過剰反応にギョッとし、「私にとっては、ってことよ?」と条件を後乗せした。

一英が取って食わんばかりの迫力で「どうして」と迫ると、絵梨香は戸惑いながらも気圧され、言葉を続けた。

「だからその……
私ってね、いまの仕事する前は新宿しんじゅくで水商売してたの。
でもぜんぜん水商売に向かなくてね。
なんとか昼間の仕事がしたいと思って、一念発起して会計士の資格取ったんだ」

 真剣に頷く一英に、でもねと絵梨香は笑う。

「世間は冷たかった。
会計士の資格があっても、結局オカマだとどこも雇ってくれないの。
履歴書とか免許って、ほんと嫌い。
丸の内で働くのが夢だったけど、全敗しちゃったんだ」

 全敗に傷心した絵梨香は千鳥足で新小岩駅に降り立ち、ダメもとでもいいから地元の事務所も受けてみようと、涙ながらにあのしょぼい駅前で決意したのだという。

「そしたらあっさりすぎるほど無防備に雇ってくれちゃってね! 
なんのマイノリティ扱いもないの。
ホントに普通の女性として受け入れてくれたんだ。
これってすごいんだよ? 
その事務所が支店増やしたから、私はいま金町に勤めてるんだけどね」

 絵梨香の話に、一英より早く恵が感嘆する。

「そうだったんだー! 
その話、初めて聞いたかも。
泣ける話~」

 すると突然、外人卓のイラン系がずいずいとやってきて、野太い声で話に割りこんできた。

「カズヒデ、ワタシの話も聞いてクダサイ。
ワタシはムハンマド・アリヴァコベッシュ、イラン系アメリカ人ネ。
日本が、そう葛飾が大好きデす。
ワタシも新小岩のイイトコ知ってマス。
コレハ、ワタシが香港旅行した時のハナシ。
そのツアーには、
四国育ちと新小岩育ちの若い女性二人が同乗していましタ。
とてもアクドイ、
大変強引なモノウリをするミヤゲモノヤに連れてイカレた時に、
ワタシとても驚きマシタ。
四国育ち、ノーと言ってるのに店員が全然聞かない、
だからオドオド、ビクビク、
店員にイラナイモノ無理やり買わされソウでした。
それを見てワタシ、
やっぱり日本人、ハッキリしないと思いました。
でも新小岩育ち違ッタ、
四国育ちと店員の間に立ちハダカって、コウ言いまシタ」

『日本語わかんねぇフリすりゃ買うとでも思ってんのか! 
この子はいらねぇっつってんだろ! 
日本人がみんな金持ってると思ってんじゃねぇぞ、馬鹿野郎が!』

 それは任侠映画の好きなムハンマドが惚れ惚れするほど、どすのきいた巻き舌であったという。

それでもまだ食い下がる店員に新小岩育ちは「ああッ!?」とひと吠えし、その場は彼女の気迫勝ちとなった。

 その後も四国育ちは、路上で販売していた激安シルク下着を買おうか迷っていたが、新小岩育ちは

「七枚千円なんてやめときな、偽物に決まってる。
本物ならこんな路上でこそこそ販売なんかしない」

と諭していたという。

「ワタシは素晴らしいと思いまシタ、
平和ボケしていると言われるこノ日本で、
こんなにもインディアンなフテブテしさと、
チャイニーズな用心深さが身にツイテいる日本人がいるコトに! 
新小岩娘は、発展途上国民と同じ土台に立ッテ交流できていまシタ。
上でも下でもナク、同等でシタ。
これはナント賢いことデショウ!」

 ムハンマドは「イェー!」と叫び、アメリカ人らしい高調子でジャスティーとサムズアップ、ハイタッチをする。

一英もそれらを強要されながら、ムハンマドの言うことは『賢さ』ではなく、単に『育った環境で培った柄の悪さ』だと思う。

四国育ちの故郷は相当のどかなのだろうと思うと、普通にそれがうらやましかった。

 イェーイェー言いながらジャスティーはまたもリモコンを連打し、絵梨香を引きずりこんで『キューティーハニー』なんかを歌い始める。

恵も凛もムハンマドも、競馬新聞のオヤジまでもが独自のセクシーダンスに興じ出し、一人カウンターに取り残された一英は、大将からそっと目の前に出されたレジ袋に会釈する。

 一英は立ち上がって財布を取り出し、カウンターの向こうで黙々と作業している大将に声をかけた。

「大将って、家この辺なんすか?」

 ねじり鉢巻きの大将は皿に料理を盛り付ける手を止めぬまま、目だけをこちらに上げる。

「今は青戸に暮らしちゃいるが、俺は生まれも育ちも葛飾四つ木だ。
お凛も四つ木でな、お互い小さい頃から知ってるよ」

「大将もお凛さんも、ずっと区民ってことですか?」

「そうだな」

 一度も葛飾を出て暮らしたことはないという大将に、一英は呆れとも感心とも取れるような溜め息をつく。

「この店に集まる人は、
みんな葛飾が好きなんすね」

 それだけで自分とはもう住む世界が違うなと思っていると、大将はふふっと笑い、別に好きで住み続けているわけではないと言った。

その意味を聞き返す一英に、大将は仕上げの青ネギを散らしながら言う。

「どんな理由があってかは知らねぇが、
とにかく俺はこの土地に生まれ落ちた。

だったら俺は、この土地でしっかりと生き抜いてみてぇと思うだけのことよ」

「……そうすか」

 大将は出来上がった盛り付けを確かめながら、美しい光景を見るように目を細めた。

大将が漂わせる静寂を侵害するように、カラオケ組のけたたましい笑い声が店内に響く。

 だが、彼らの騒がしさにも大将の静けさは破られず、その至福に満ちた横顔が一英のほうを向いた。

「それにな、やみくもに住むところ変えたって意味ねぇだろ。
結局どこ住んだって同じだ。
住む場所で『自分』が変わるか?」

 やや哲学めいた大将の言葉に、財布に指を突っ込んだままの一英はでもと返答する。

「よく言いますよ、
新しい街で新しい自分に生まれ変わる、とか」

「そりゃあ大人の逃げ口上だ」

 威勢よく笑った大将は、まるで未熟な子供を愛でるように一英を眺めたあと、ひげに囲まれた口元を意思強く引き上げる。

「生まれた街でだって生まれ変われる。
俺に言わせりゃ、
自分が今居る場所で生まれ変われるかどうか、
ってことが一番大事なんだ」

 大将のまっすぐな瞳に言葉を失った一英は、泳ぐ視線を財布に落とし、思い出したように小銭をかき回す。

また「でも」という言葉が口をついた。

「でも俺は……
やっぱ横浜が好きです」

 一英は爽やかぶった笑顔で惣菜の代金をカウンターに置き、微笑んだ大将は「そうか。それもいいじゃねぇか」と背を向け、大皿の入った食器棚を開ける。

一英は向こうを向いたままの大きな背中をしばし見つめると、「いつもごちそうさまでした」と一礼し、引き戸を開けた。

「毎度!」という声がかけられ、一英が暖簾をくぐっていく。

 するとその肩に、凛の呼び声がかけられた。

カラオケの大音量が開け放しの引き戸から外へと漏れ出すのも気にせず、凛はつかつかとやってきて目の前にデンと仁王立ちする。

「井梶一英。
お前さん、四十八茶百鼠って知ってっかい?」

「始終……ハッチャ、ひゃく寝ず?」

 一英のきょとんとした答えに呆れた凛は、溜め息して天を仰ぐ。

「お前さん、
新小岩を狭いなんて言ってるらしいけど、
本当に狭いのはなんなんだろうねぇ? 
案外、お前さんの視野と、度量のほうなんじゃないのかねぇ?」

 なんのことですかとは聞かないまでも、意味が解らず眉間にしわを寄せた一英が戸惑う。

だが凛は一英の肩をバンと叩き、「お疲れさん!」と言って店に戻っていった。

 ◇

 瑠奈からの返信が何もない携帯を確認しながら、一英は井梶家の玄関を開けた。

先ほどから何度も電話をかけているのだが、やはり瑠奈が出ることはない。

 これはいよいよ怒っていると確信した一英は、夏季休暇に婚約のご挨拶に行こうと約束していたことを思い返した。

喜んでいた瑠奈の顔を思い出すと、先延ばしになってしまったことに少なからず不満を持ったのではと思える。

 だが、父の病状を自然と気遣ってくれていたのも嘘ではないだろう。

きっと怒っているとは言っても、挨拶が先延ばしになったからではなく、瑠奈に対する自分の配慮が欠けていたから、それに怒っているに違いない。

 こんな時くらい待たせて当たり前と、どこかで思っていた自分を一英はなじった。

 瑠奈に連絡が取れない以上すべてが推測なのだが、それでも思い悩む一英に、美洋がキッチンから顔を出す。

「おかえり。
今日で終わりね、ごくろうさま」

 顔を上げた一英が携帯を閉じ「配達員見つかった?」と惣菜を渡す。

美洋はそれを受け取り、「おかげで間に合ったわ。ほんとにありがとう」と笑みをこぼした。

そして幾分しんみりした声で言う。

「こんな時だけど、
あんたこんな時にしか帰ってこないんだから、
父さんも母さんも嬉しいはずよ。
何も用事がないなら、今日も泊まって行けない? 
明日みんなで父さんのお見舞いに行きましょ?」

 手の中の携帯を握りしめながら、明日は名古屋まで瑠奈に会いに行こうと思っていたことを言い淀む。

 姉の言う通りこんな時でないと実家に戻ってこないのは自分なのだから、両親とももう少しくらい話をしてから横浜に帰ったほうがいいのかもしれない。

瑠奈のことは全部俺の考えすぎかもしれないし、本人と連絡がついてからでも遅くないはずだ。

 そう思い、一英は携帯をポケットにしまい込んだ。



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