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葛飾、最後のピース 作者:ぐろわ姉妹

一英編(時:2010年)

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第18話 傷心させる女

 配達後、盛の熊さん最寄りの駐車場でミニバンを停めた一英は、運転席に座ったまま開いた携帯に目を落とす。

瑠奈とは父が倒れた日に電話で話して以来、丸二日も連絡が取れていなかった。

 研修が忙しくて早寝しているのだろうとは思うものの、普段ならメールを一日に何度も送ってくる瑠奈のことだから、こんなに音沙汰がないのはやはり気にかかる。

時計を見た一英は、この時間なら仕事が終わったばかりだし、瑠奈も電話に出られるかもしれないと思った。

 先にミニバンを降りていたジャスティーが、まだ眩しい夕暮れ前の空を背に運転席の窓をノックする。

「どうかしました? 
寄ってかないんですか、盛熊もりくま

「……なんでもない、寄るよ」

 電話は帰宅してからにしようと思い直した一英は、携帯を閉じて運転席を降りる。

ジーンズのポケットにしまわれるそれを冷めた目でそっと見ていたジャスティーが、さぁ行きましょうかとプロフィールハットのつばを下げ顔を隠す。

 ◇

「今日もまた、テイクアウト下さい」

 一英がそう言って入った盛熊には、カウンターに一人座り、大将と話しながら飲んでいる若い女性客がいた。

洗練されたスレンダーなスーツに身を包み、あたかも洒落たバーにいるかのごとくグラスを傾けている。

 仕事帰りのキャリアウーマン然としている後ろ姿と、長い黒髪をゆるくアップしたうなじの加減からして、きっと美人に違いない。

一英がそう思っていると、彼女がついとこちらを向いた。

ぱちっとした大きな黒目が印象的な、フェネックみたいな顔立ちの美人であった。

「あら、ジャスティー」

 正統派な笑顔でひらひらと手を振る彼女から出た名前に、一英がうな垂れる。

(この店に来る女は、みんなこいつの知り合いか)

 外人席には相変わらずのイランがいて、今日はアフリカ系の連れとともに「タカサゴ、ニイジュク、カワセミ」とかなんとか言っている。

彼らは今日も、テーブル一杯に広がった地味な遊びに興じていた。

 親しげに「よぉ」と手を上げカウンターの女性に近寄ったジャスティーが、帽子を脱ぎ、実に嬉しそうな調子で一英を紹介する。

すると彼女はきれいに描かれた眉を上げ、多少アルトな声を高めた。

「この人が噂のヒーローさん? 
ほんとだ、それっぽい!」

 ジャスティーの肩を叩いてアハッと笑った彼女が、笑いを引きずりながらも乱れた髪を耳にかけ一英に謝る。

「ごめんなさい、
あなたの噂はジャスティーからフルコースで散々聞いてるから、
ついおかしくなっちゃって。
たしか、悪者退治がすごく上手いんだよね?」

 ふっと細くなった目が一英に微笑む。

清楚なのだが妙にセクシーで、鼻にかかった柔らかい声質が魅力的な女性であった。

 隣でうんうんと嬉しそうに頷くジャスティーを締め上げ、悪者退治がうまいって何だよてめぇ、一体どんな妄想をフルコースで流してんだ、と問い詰めたい一英だったが、穏やかそうな彼女の手前やめておこうと微笑んで見せる。

「悪者退治? 
それ彼の妄想でしょ。
俺のことじゃないよ」

 ジャスティーの知り合いなら凛や恵のようにちょっとした変人だと思ったのだが、目の前の彼女は至って自然に普通だった。

笑いながら会釈をする彼女に、唯一まともな客かもしれないと思い、この店に来て初めて上品さを感じる。

「私は奈良橋絵梨香ならはしえりか
ジャスティーとは小中学校の同級生なの」

「……え? じゃあ西新小岩?」

 たしか裕貴がジャスティーは西新小岩の出身だと言っていたことを思い出し、つい一英が呟くと、大喜びしたジャスティーが突然飛びついてきた。

「僕の個人情報、なんで知ってるんですか! 
調べたんですか! 
調べるほど僕のこと好きなんですか!」

 キモイと罵りたいところを「うるさい」に代え、一英がジャスティーを迷惑そうに押しやる。

むふむふと嬉しそうなジャスティーを見て、絵梨香はくすくすと笑っていた。

ジャスティーが親指で絵梨香をくいと指す。

「ちなみにこいつが葛飾のゴールドレンジャーです。
なんでかって? 
金町の会計事務所で働いてるからですよ」

 金町だけにね、という顔のジャスティーを無視して、一英が「会計士さんなの?」と尋ねる。

差し出された名刺と絵梨香を思わず見比べた一英は、真面目で誠実そうで、若いけれども信頼できそうな『先生』に感嘆した。

「会計士が必要な時は、気軽に声かけてね。
私で良ければ無料相談、いつでも大丈夫だから」

「ありがとう。
機会があればぜひ」

 にっこり笑う絵梨香につられ、一英も爽やかな笑顔を浮かべる。

 大将ができたての皿をカウンターに置けば、あら、と絵梨香がそれを振り返った。

「これ出すの? 私、持ってくよ」

「おう、すまねぇな。
でも熱いぞ、大丈夫か」

「大丈夫」

「気ぃつけろよ」

 揚げ出し豆腐の入った大皿を、絵梨香が外人卓へと運んでいく。

それを眺めながらカウンター席に座る一英が、いつの間にかカラオケのリモコンを連打していたジャスティーに言う。

「意外だな」

「なにがです?」

「あんたみたいな不審者の周辺に、あんな普通の人間もいたってことがだよ。
そのうえ会計士だなんて。
職人か商人しかいないような新小岩から会計士が誕生するなんて、ある意味奇跡だろ」

「ここは奇跡の星、地球ですよ。
奇跡なんか日常です」

 そう言ってスタンドマイクを持ったジャスティーに、一英は疑惑の目を投げかける。

クラシックロックなイントロが流れ始めていた。

「ほんとにあんたの同級生なの? 
新小岩育ちとは思えないくらい清楚だし、どっかのお嬢様みたいじゃん。
うちの姉ちゃんなんか、キングコングみたいなのに」

 白いワンピースなんか着たら間違いなく似合うだろう絵梨香の立ち振る舞いに釘づけとなる一英を見て、ジャスティーが「へぇー」とにやついた。

「なんならあいつと浮気でもしてみますぅ?」

 などと小突かれ、そういう意味じゃないと一英が歯を剥く。

 へらへらと笑ったジャスティーが妙ちくりんなダンスを踊り出すと、エアロスミスと思しきカラオケに外人卓が反応を示し、拍手喝采でともに歌い出す。

スティーブン・タイラーもドン引くくらいのエロかっこわるいダンスに、イランとアフリカが友好的に爆笑していた。

 見れば、絵梨香は大将となにかを話しながら、少し残った自分のグラスを飲み干すところだった。

顎が人形みたいに細く、上下する喉はなだらかな輪郭を描く。

その様子をぼんやり見つめていた一英は、目が合った絵梨香に微笑まれ、『浮気』などという言葉をかき消すように、無難かつ曖昧な笑顔を返す。

絵梨香からは甘くフローラルな香りがした。

 思わず一英の心拍数がぐっと跳ね上がったところで、ジャスティーの調子はずれなシャウトが響き渡る。

歌い終えたジャスティーは大また二歩で駆けてきて、単なる女友達以上の馴れ馴れしさで絵梨香にしがみついた。

 一英が、もしかして二人は付き合っているのではと思った瞬間、ジャスティーから信じられない言葉が出る。

「なぁ、デュエットしよデュエット! 夢芝居! 
寛太郎かんたろうは女のパートでさ!」

「……か……?」

 急に飛び込んできたその響きに、一英の脳内には北風小僧しか出てこなかった。

(いや、きっと耳が麻痺してたんだ)

 と思う一英が、ジャスティーがなんと言ったのかを今一度落ち着いて反芻しようとするが、無情にもその前に、絵梨香が重たそうにジャスティーの腕から抜け出し、口を割る。

「なんで本名出すのよ、今このタイミングで」

「だって事情を知らない若者が、
お前の毒牙にかかりそうなものだったから」

 一瞬きょとんとした絵梨香が、はっと驚いて一英を見る。

 カンタロー? カンタロー? カンタロー? と、頭の中がカンタロー一色になり、信じられないといった表情で固まっている一英に、絵梨香はジャスティーの背を思い切り叩いた。

「もう! 
気づかなかった人はそのままにしといてって、いつも言ってるでしょ! 
しかも夢芝居デュエットじゃないし、超イヤミ!」

 打たれた背を痛がるジャスティーが、

「いい夢見れたじゃない、
ちょっとの間でもチヤホヤされて」

とげらげら笑うと、絵梨香はさらにその背を打ち、

「チヤホヤの瞬間、私その場にいなかった!」

と膨れた。

 悔しそうにジャスティーをボコボコ叩くその仕草も、「バカバカバカ!」といった感じでかわいらしく、一英の目にはいちゃいちゃしているカップルにしか見えない。

 こんなにも自然にかわいい女子がオカマだなんて嘘ですよね、誰か嘘だと言ってください。

そんな気持ちの一英がギシギシとした動きで厨房を見ると、大将が労をねぎらうような顔をして、無言でナッツを差し出してきた。

 先ほどジャスティーがシャウト交じりに繰り返していた『Dude(Looks Like A Lady)』の歌詞が、和訳となって強烈なアッパーを食らわせてくる。

 ほんと、なんて超イヤミなんだ。

一英は宙を舞いながら気を失い、リングに叩きつけられるボクサーのごとく遠い目となった。

 絵梨香の素性を知っていたらしい外人組もげらげらと笑い、イランが英語なまりの日本語で話しかけてくる。

「カズヒデ、元気ダシテ! 
ワタシモ最初、同じ目にアッタ!」

 笑い者になっている一英に、絵梨香がすまなそうな顔で近寄ってくる。

「ごめんね、驚かせて。
もと男だって解ると怖がる人もいるから、初対面の人には黙ってるんだけど、
ジャスティーがすぐああやって意地悪するの。
もし井梶君さえ平気なら、普通に接してくれると嬉しいんだけど……」

「あ、俺? 全然平気だよ」

 しおらしい絵梨香に即答でそんなことが口をつく。

ホントはちょっと平気じゃなし、なぜだか解らないが妙に傷ついたような気がする。

 そんな一英の思いも知らず、絵梨香は「良かった」なんてけろっと笑い、いつものことといった割り切りぶりで配膳された真鯛のカルパッチョに歓声を上げた。



補足
登場したエアロスミスの曲、「女だと思ってイイ事しようとしたら、女みたいな男だったぜバッキャロー」って内容の曲です。
+注意+
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