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葛飾、最後のピース 作者:ぐろわ姉妹

一英編(時:2010年)

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第15話 三日の恐ろしさ

 朝、一英がタンスを開けると、裕貴が溜め込んでいたはずの服が一切なかった。

眼鏡をかけて美洋を探し、見つけたベランダに声をかける。

「姉ちゃん、俺の服知らない?」

「洗ったわよ。
長いことタンスに入ってたのもあるから、
一回きれいにしたほうが気持ちいいかなぁと思って」

 一英が横浜で見つけたスタイリッシュな服たちを、美洋がパンパン叩きながら次々ハンガーへとかけていく。

「……全部洗ったの?」

「そうよ、全部。
気の利く姉ちゃんでしょ」

「今日着るのないじゃん……」

 ありがたいけど抜けてんだよなと思う一英が、デリケートなニットまでが美洋にビンタされる様子に肩を落とす。

夏服だけならまだしも、なぜ冬服まで洗う必要があるのか。

今さら事態に気づいた美洋は、「裕貴に借りるか、昔の着て!」とすまなそうに謝った。

 往生際悪く干している最中の洗濯物を触ってみるが、やはり乾いているわけもない。

きっとあのニットは縮むか伸びてんだろうなと嘆きながら時計を見ると、急がなければならないほど出発の時間が迫っていた。

 仕方なく昔の服を着て慌ただしく朝食を済ませた一英は、工場にいた裕貴に声をかけ、二人で時間指定のものを確認しながら納品箱を積んでいく。

「兄ちゃん、不審だぜ?」

 と裕貴に笑われても、きょろきょろとジャスティーが来ていないことを確認した一英は、昨日よりも早い時間に工場を飛び出していった。

 一件目の配達先に向け快調に走るミニバンの中で、昨夜のうちに叩きこんだ配達先の地図を頭に描く。

一英は今日こそ迷う訳がないと確信しつつ、毎日同乗させるなんて約束守ってられるかよと呟いた。

 だが環七通りを亀有に向かう途中、青砥あおと駅近くの六叉路で信号待ちしていると、突然街路樹の陰から現れたジャスティーが助手席の鍵を開け、前髪をポンパドールに留めた満面の笑みで乗り込んできた。

「おはよーございます! 
あっ、今日はなんて素敵な下町ファッション! 
お似合いですよ!」

 予想していなかった出来事に一英は呆気にとられ、井梶家からはだいぶ走ってきたというのに、こんな場所で追いつくというジャスティーの不審な能力に閉口した。

裕貴からもらったのか、それとも勝手に作ったのか、とにかく合鍵を持っていることも、もし後者なら超怖い。

 一英が後続車のクラクションで青信号に気づき、急発進する。

運転席からの迷惑そうなオーラをよそに、ジャスティーは真っ黄色のスカートをさばきながら足を組んだ。

「今日はどこから行きましょうか?」

 ジャスティーの足元を見た一英は、ベランダにあるようなつっかけサンダルがラインストーンでキラキラに飾られていることを大層うざったく思いながら、ぶっきらぼうに言う。

「今は朝九時、今日は十五件の配達。
今日こそはちゃんと時間厳守の箱を確認したし、
余裕を持って回れるルートも自分で考えた」

「ヒーローさんすごいじゃないですか! 
ナイス向上心!」

 目を見張る成長に感嘆したジャスティーが、胸元に黄色いハートが描かれたアイラブTシャツを揺らして拍手する。

その腕や首でもチャラいアクセサリーが揺れた。

だが一英の作ったルート表を見た途端、ジャスティーは困ったように何度もうなり始める。

「なかなかですけど、でもこれちょっとキツくないですか? 
葛飾の端から端までを往復するような配達も何件かあるんですけど」

「無理だって言うのかよ」

「いや、ギリ行けるとは思いますよ。
思いますけど、もうちょっと効率のいいルートも……」

 ムッとした一英がジャスティーからルート表を奪い返す。

「ギリ行けんだろ? 
じゃあいいじゃねぇか、君もう用なしだから降りていいよ」

「さぁ、今日も張り切ってナビるぞう! 
まずは亀有ですね。レッツゴー!」

 楽しそうに拳を突き上げるジャスティーに、一英の盛大な溜め息が響く。

 ミニバンはまるで、蒸し上げてくるアスファルトから逃げるかのように走り続け、しばらくして亀有の配達先に着いた。

納品箱を抱えた一英が、少しは慣れた様子で事務所へと向かっていく。

肌着のような黒Tシャツに作業着を羽織り、裾の擦り切れたジーンズに弟の草履という、ぐだっと感マックスな一英の後ろ姿を、ジャスティーがにやにやと車内から見送る。

 一英は出てきた工場の人間に会釈すると、納品箱を渡して事務所のドアを閉め、ハンコが押された書類が戻ってくるのを、外の日陰で汗を拭きながら待ち始めた。

その姿にジャスティーのにやけ顔がふと真顔に戻っていく。

「やっぱり工場には入んないか……」

 神妙な面持ちで呟いたジャスティーの耳に、またもバイブレーションの振動が届く。

運転席のシートで震えている一英の携帯に目をやり、呆れたジャスティーは溜め息がてら、「よくもまぁ、平気で携帯忘れてくよね」とそれを手に取った。

まるで私物のように開き、届いたばかりの瑠奈からのメールを読む。

左利きのその手首には、円盤型の飾りがついた革製のブレスレットが巻かれていた。

『ゆうべは電話出れなくてごめーん。
お風呂入りながら居眠りしちゃって。
気づかなかったよ。
寝ちゃうなんて疲れてんのかなぁ? 
お昼休みに電話くれる? 
声だけでも聞きたいし。。。
夜までなんて待てないよ。
もし電話くれなかったら、
ルナ、ほかの誰かとお昼行っちゃうよ?』

 絵文字の踊りまわる画面を冷めた目で見下したジャスティーが、「嘘つけ」と低く笑う。

「白々しいメールよこしやがって。
どうせ勝手にすねてわざと出なかったんだろ。
悪いけどあの人が新小岩にいる間は俺のターンなんだよね。
いま君に出てきてほしくないの」

 またも勝手に返信ボタンを押したジャスティーは、

『そんなわがまま言わないでよ。
今日はずっと人と一緒にいるんだから、昼に電話なんて無理無理』

と打ち殴り送信する。

そして昨日と同じように、瑠奈からの受信メールとこちらから送信したメールをきっちり削除し、携帯を運転席に戻す。

 しばらくして何も知らない一英が戻り、存在に気づいた携帯をポケットに戻して座る。

一英の携帯などちらとも見ず「おかえりなさ~い!」と弾んだジャスティーは、一英に両腕を突き出しキャーッとファンじみて手を振った。

 ◇

 二件目の配達先を目指し、ミニバンは西新小岩界隈を走っていく。

流れていく車窓を頬杖で流し見るジャスティーが、不服そうにぼそぼそと口を開いた。

「一件目亀有からの二件目西新小岩ってルート、
やっぱり逆でもよかったんじゃないですか? 
出発は新小岩なわけですし、先に亀有行った意味が解りません。
時間指定があったわけでもないし、完全遠回りでしょ」

「うるさい」

「ルート選択のセンスないです」

「あんたのナビなんかいらないんだよ」

「そうですかァ?」

 一英が昨夜叩きこんだ通りのルートを頭に描き、細い路地を左折し奥まった中へと侵入する。

しかしそれは見事に私道で、先の見えないカーブを曲がったところであえなく行き止まりとなった。

民家の玄関前を掃除するばあさんに怪訝な目を向けられながら、一英が悔し紛れの額をハンドルに打ち付ける。

 慌てて地図を開き始めた一英にジャスティーはくっくと笑いながら、袋小路に入った時にすべきことって知ってますかと問う。

するとその薄い唇は一英が答えるのを待たず、

「もと来た道を戻ることです。
入口が出口なんですから」

と口角を上げた。

あまりの正論に、一英は無言のままミニバンをバックさせる。

 袋小路を出たミニバンが小学校を過ぎ、小さな交差点に差し掛かったところで、一英はその角にどこか見覚えのある公園を見つけた。

通り過ぎながらスピードを緩め、ジャスティー越しにその公園を覗く。

 見ているうちにおぼろげだった記憶が鮮明になっていき、やはりそうだという確信が湧きあがる。

一英の視線の先に気づいたジャスティーが、あぁと微笑んだ。

「この公園ですか? 
さすが正義の味方、お目が高い。
ここは春になると痴漢が出ることで有名な公園です。
でも実は一年中出ます。
オールシーズン・ロックオンです。
こういう公園こそ、僕らがビシッとパトロールせねばならぬのです」

 一英はジャスティーに生返事で頷きながら、きっと改装されたのだろう、その公園が記憶よりもずっときれいなことに少し驚いた。

「この公園がなにか?」

「いや。別に」

 再び前を向いた一英は思い切るようにアクセルを踏む。

素知らぬ顔で再び窓に頬杖ついたジャスティーは、遠ざかる公園を意味ありげな目で見送っていた。

 ◇

「次は細田ですね」「次は堀切」「はい、次、金町かなまち!」

 配達は一英の作成したルート通り順調に進んでいったが、ジャスティーの言う通り移動距離が半端ないケースが相次ぎ、ミニバンのがさつな振動が作成者本人の尻を痛めていく。

時刻は正午を過ぎていた。

「ありがとうございました、失礼します」

 五件目の配達先を出た一英は、尻を擦りながらよたよたと路駐のミニバンへ戻る。

ドアを開けると、食欲をそそる和だしのいい匂いがした。

「おかえりなさい。
もうお昼すぎてます、食べましょ!」

「どうしたんだ、これ」

 ジャスティーがいそいそと広げた紙包みには、稲荷寿司や海苔巻、おこわのおにぎりなんかが幾つも入っていた。

緑茶のペットボトルまで差し出し、もう一つの包みには大福や串団子もあるのだと、ジャスティーが頬を上気させる。

「そこの商店街で調達してきました! 
ほら見てください、この完っ璧なビジュアル」

 と、つまんだ海苔巻を中身が見えるよう一英のほうに向ける。

「和菓子屋のかんぴょう巻きって異常にうまいですよね~、
なんなんでしょう、このプレシャス感!」

 ぱくっとひと口で頬張ったジャスティーは、とろけるような顔でうんま~と身をくねらせる。

一英もつまんだかんぴょう巻きをホントにうめぇと思いつつ、財布を取り出した。

「俺のぶん、いくら?」

「あ、いいです。
僕が我慢できなかっただけなんで、今日は奢ります。
僕、腹ペコプレイって苦手なんですよね。
空腹を我慢できる人、尊敬します」

 ぱくぱくと猛烈な勢いで海苔巻を口に放り込みながら、ジャスティーが時計を指さす。

「それよりほら、次は時間指定。
のんびりしてると遅れます」

 その言葉に一英は稲荷寿司をガボッと頬張り「次行くぞ」ともふもふ言いながらアクセルを踏んだ。

 揺れる車内でも簡単に食べられるのだから、日本の握り文化というのは最高である。

例えそれが変態スカート男の手渡してくるものであっても、食欲に負け次々と食べてしまっていた。

 次の配達先を目指す一英が、ジャスティーからおこわおにぎりを受け取って首を傾げる。

「それって奥スポんとこ曲がんの?」

「そうです、そうです!」

「じゃああれだ、もう一件のはえんま様んとこか」

「知ってますねー! さっすがヒーローさん!」

 葛飾に生まれ育ったくせに区内にはとんと疎い一英だったが、それでも実家からほど近い場所はすぐに察しがつき、地元臭ぷんぷんの簡略化された単語でもジャスティーとは通じ合うことができた。

ミニバンは環七へと差し掛かる。

 大型トラックがひしめく渋滞の環七にはまり、しばらくした頃、車内にはジャスティーの本気の歌声がびんびんに響いていた。

携帯からカラオケを流しての熱唱真っただ中、手にはマイク代わりの串団子を持っている。

ジャスティーは十五分ほど前に「おいら達の青春でも流しましょうとか」とかなんとか言ってから、ミスチル全盛期の曲を勝手にリピートしていた。

「ステェーーーーーエエエーーイ!」

「うるさいっ! とめろ、それっ!」

 ずっとしかめっ面だった一英が、渋滞の苛立ちも重なりとうとう怒鳴る。

「えー? この曲好きなのになぁ。
夜中自転車で疾走しながら歌うと、めっちゃ気持ちいいんですよぉ?」

 その言葉に数日前実家の前を通り過ぎていったステーイを思い出し、一英は「てめぇかよ」と毒づいた。

そのまま無言で携帯を取り上げる。

 諦めたジャスティーが窓の外を眺め始め、無音になった車内はしばらくの間、静寂を保っていた。

だがほどなくして、串団子を大人しく食べているジャスティーにも油断したころ、一英は無意識の失態を犯す。

 青信号でアクセルを踏んだと同時に、ステーイの鼻歌が飛び出してしまったのだ。

 ジャスティーがぷっと笑い、一英がまずったという顔を象る。

 二分後、二人はとろとろと進む車内で遠慮なく大音量のカラオケを流し、ともにミスチルを大熱唱していた。

 ◇

 午後になり数件の配達を終え、今度は渋滞のない道をミニバンは快走していく。

大福を頬張るジャスティーが、口の周りを粉っぽくさせながら言い張った。

「だから、お凛さんがレッドレンジャーなんですよ」

「なんだそれ。
女がレッドっておかしいだろ」

「職人キャラでピンクってほうがおかしいでしょ」

「おかしいのはあんたの頭ん中。
つか、戦隊なのかよ、あんたの妄想ヒーローは」

「妄想じゃありません。
お凛さんは四つ木担当です」

 馬鹿馬鹿しいと笑いながら頭を振った一英に、ジャスティーは次の道順を指示したあと、思い出したように膝を叩いた。

「ヒーローって言えば、あれ見てました?」

 ジャスティーの口から出た二十年も前の戦隊名に、一英が思わず郷愁をそそられる。

「うわー、超懐かしい。
子供ながらに、こりゃあ大人向けだろと思いながら毎回見てたわ」

 それは、なぜか主な視聴者であるはずの子供を完全無視した、異色な作りの戦隊ものだった。

ヒーローが仲間内で恋愛関係を持ち、こじれにこじれるというストーリー展開が今でも伝説となっている。

日曜の朝からそんなものを見せつけられた当時の子供たちは、純真無垢な心に陰りを落とし、「大人って大変だな」と妙に考えさせられたものだった。

 その中でも一番の伝説である、不可解すぎる最終回を見たかとジャスティーが尋ねる。

「見た。
衝撃すぎて、テレビの前で叫んだ。
マジあれなんなの」

「トレンディーです」

「出た、トレンディー」

 ヒーローなのに引ったくりに刺されて死ぬという結末を、当時の大人はトレンディーと呼んだ。

トレンディー、それはまだ子供だった彼らを翻弄した、謎のジャンル。

大人になった今でもいまだに解せねぇよなと笑い、二人は顔を見合わせた。

 うっかり花を咲かせてしまった会話はその後も様々な懐かしネタを引きずり出してしまい、十五件あった配達が終了するころには、一英はジャスティーと二人、柴又の山本亭でまったりと一服なんかしている事態となっていた。

 見事な日本庭園に目を細め冷やし抹茶を飲んでいた一英が、ハッとして口元を抑える。

(やべぇ、俺、コイツに慣れてきてる……!)

 テーブルを挟んで目の前に座るジャスティーをちらりと見る。

 まったくどうでもよいと思っていたが、ジャスティーの着るアイラブTシャツは完全に油性マジックで手書きしたと解る代物で、しかもアイラブに続くのが『NEW LITTLE ROCK』という頭の痛いものだった。

 裕貴の友人とはいえ、こんな男に対しだいぶ警戒を解いていた自分にがっくりくる。

決して居心地がいいわけではない。

だが、初めは電波で不審なスカート男だったのが、今は単なるヒーロー&葛飾オタクに思えてきていて、案外普通の会話もできる普通の同年代にすら思えている。

最悪だ。

 ジャスティーは山本亭を後にしながら敬礼し、

「今日も葛飾のパトロール終了、お疲れ様でした! 
さぁ、アジトに行きますよ!」

とはしゃぐ。

それを見て萎えた一英は、

「そういうことをデカイ声でいうのだけは、勘弁してくれ」

と、じりじり熱い太陽を背に、自らの正気を案じた。

 父が倒れたのは火曜日、そして今日は木曜日。

配達を始めてから三日目となっていた。

なんとかは三日で慣れるという言葉の恐ろしさが身に染みる。



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