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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【22】虚無の先に

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99.次へ進むために

 ディアナは俺の真意を必死に探ろうとしているのか、瞬きもせずじっと俺の方を見ていた。その場にいた誰もが息を飲み、俺が放った戯れ言の意味を噛み砕いているようにも見えた。
「本気……なの?」
 隣に座る美桜が聞く。
「嘘だったらこんな話はしない。古い本を片っ端から読んだ。かつて白き竜を倒したという干渉者は、大量の竜石を用いたと書いてあった。彼が竜石にかの竜の力を閉じ込めたことで、かの竜は弱り、長い間姿を現せなかった。そのときは封じるだけで終わってしまったようだが、かの竜を倒すための一つの手段として有効だとは思わないか」
 美桜の方を向き、力強く訴えてみる。
 俺にしてはしっかりと救世主を演じて見せたつもりだったが、美桜は悲しげに目を潤ませ、じっと俺の目を見つめている。
「本当に世界を救おうとしてるのね」
 零れた言葉が胸を抉る。
「君が最初にそう仕向けた」
 思っていたこととは違う言葉が突いて出た。けど、本当のことだ。数ヶ月前、彼女に声をかけられたときには想像もしていなかったことが、現実になっていく。
「誤解しないで。責めてるわけじゃない。こうなったからには、かの竜を倒すしか道がないということ。大丈夫、上手くいく」
 死を前提にしていると悟られれば、みんな反対するに決まってる。
 あくまでも前向きな気持ちだけを見せる。その向こうにある絶望なんて、絶対にバレないように。
「――で、ディアナ。竜石を大量に手に入れるには、あなたの協力が不可欠だ。竜石一つ当たりの大きさの目安や、吸い込める魔力の量、洞穴の場所や出没する魔物の種類、運搬方法に至るまで、ありとあらゆることを相談しなけらばならない。俺のこの石――テラの力を封じ込めた赤い竜石をこれだけ持ち帰るのにも苦労したというんだから、俺の話にはさぞ度肝を抜かれたことだろう。かの竜が目立った行動をしていない今なら、どうにかこうにか様々な対策を取れるんじゃないかと思ったんだが……、塔はどの程度かの竜の動きを把握しているのですか」
 身体を正面に向け、ディアナの反応を待つ。
 表情が険しい。即答できないのか、しばらくの沈黙。
「時空の狭間にいるかの竜の動きを探るのは困難だ」
 吐き捨てるようにディアナは言った。
「半竜人が数体、魔物をそそのかしたり操ったりして都市部に現れるようになった。かの竜は半竜人たちを上手く使い、我々を混乱させようとしている。“表”に出没した魔物も、恐らくかの竜が放ったものだろう。わかっていても、さっき話していた通り手出しできないのが実情だ。いくら魔力を駆使しても、時空の狭間まで我々の力が及ばないことを、かの竜はよく知っている。よく知ってて、わざとそこに潜んでいるとも考えられる」
 キースという男に化けたかの竜の、あの冷たい笑みが目に浮かんだ。背筋が凍り、足がすくみ、嫌な汗を全身に掻いたあのときの笑み。『美桜のことを愛している』と言いながら、ヤツは“表”への攻撃を強めた。本当に、何を考えているのかわからない。
「今大人しくしているということは、いずれその力を放出するときが来るはず。その備えとして竜石を手に入れたい。洞穴の場所を……、教えてくれないだろうか」
 拳を強く握り、ディアナに懇願した。
 ディアナは即答しない。またキセルを咥え、どこか遠くを見つめながら肺の底からゆっくりと紫煙を吐いた。
「ディアナ様、コイツ、本気ですよ」
 大人しくしていたノエルが、ソファの横まで進み出て突如声を上げた。
「コイツ、本気でかの竜に挑もうとしてる。教えてやってください」
 いつも生意気なことしか言わないノエルが、必死にかしこまってディアナに訴える。
 ディアナはもう一度長く息を吐き、眉をハの字にした。
「何も、教えたくなくて言わないわけじゃない。リスクを伴うから悩んでいたのだ」
「リスク?」俺が聞くと、
「言ったろう。『竜の許しを得なければ』と。洞穴の奥で番をしている竜が居てね。私も塔の魔女になってから何度か会ったことがある。あの頑固な竜をどう説き伏せるのか思案していた。頑固なだけならまだしも、やたらと強いからねぇ。私も同行できれば、上手い具合に話をしてやらないこともないと思ったのだが、今ここを離れるわけにはいかないのでね。どうすればいいかと」
「――なんだ、そんなこと」
 思ったほどのリスクじゃない。そう感じたのは俺だけじゃないはずなのに、ディアナは難しい顔をしたまま、「そんなことじゃない」と否定した。
「言葉の選び方一つで殺されるかもしれないのだぞ。大事な戦力を失う可能性があるというのに、どうして危険な場所に案内できよう」
「それなら、私が何とかします」と後ろでモニカ。
「丁寧に説明すればわかってくれる相手なら、私が何とかします。お願いです、ディアナ様。場所を教えてはくれませんか」
「モニカまで……! こりゃ、困ったねぇ」
 キセルを小箱に置き、ディアナは頭を抱えた。何度も顔をさすったり、ため息を吐いたり、落ち着かない様子で目を泳がせたりしたのち、「仕方ないねぇ」とひと言呟く。
「わかった。相談に乗ってやろう。そのかわり、こんな状態でまともに人も貸せそうにない。手助けできるのは本当に最低限となるだろうが、それでも良いか」
「ありがとうございます」
 俺とモニカ、ノエルはそれぞれに礼を言った。
 深く頭を下げる俺の隣で、美桜とジークが困惑のため息を吐いているのが耳に入った。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 俺たちの話が終わると直ぐに、美桜は“向こう”へと戻っていった。本当はもっと話したいことが沢山あっただろうに、彼女はとても苦しそうな顔をしていた。
 ディアナが事務方と少し話をしてくると席を立つと、俺たちは緊張から少しだけ解放された。モニカとノエルも用事があると部屋を出て、応接間には俺とジークだけが残された。
「完全に“救世主”の顔だな」
 ジークがソファの隣から無理やり顔を覗き込んできた。いたずらっぽく笑ってはいるが、目の下にはすっかりクマができていた。
「まぁね。こんな状態だから、ならざるを得ない。それより、“あっち”は大丈夫なのか。俺が古賀を逃したばっかりに……。寝てないんだろ?」
「ハハハ。寝てるよ。僕の場合は、“向こう”に行ってる間“こっち”では寝てるわけだから」
「ジークじゃなくて、他のみんなの話。美桜もぐったりしてたし、芝山も戦い通しだと言うし、須川だって慣れてないのに必死に頑張ってるんだろ。本当は戻って少しでも力になれれば良いんだけど」
 そう言うと、ジークはまた乾いた声で笑った。
「君は自分の使命を果たすべきだ。“表”のことはなんとかする。協会からの応援が来れば今よりずっとマシになるだろうし、僕らの体力もまだまだどうにかなるレベルだ。いよいよ限界になってきたら――、“異界からの救世主”としてご登場願いたいね。そういう事態にならないよう、全力を尽くすつもりだけど」
 そうか。“異界からの救世主”か。
 “表”から完全に存在を消されてしまった俺は、“向こう”に行けば自ずとそういう位置づけになると。額には変な石もくっついてるし、こんな格好だ。仕方ないっちゃ仕方ないが、何という皮肉だろうか。
「それに、古賀先生を逃そうが逃すまいが、結果は同じだったんじゃないかと僕は思っている」
「というと?」
「徐々に“表”でもおかしなことが起こってきていた。怜依奈のこともそうだけど、君が言うところの“黒いもや”美桜の言うところの“変な臭い”、つまりは“悪魔”の気配が一層強くなってきていた。君が竜と同化して戻れなくなったのは一つのアクシデントであって、僕たちにとってはかなりの痛手だった。けど、それがあってもなくても、かの竜の力は徐々に強まっていて、“表”に侵食しつつあったんじゃないかと。古賀先生のことはその中でも顕著な例で、もしかしたら僕らの知らないところでもっと以前からかの竜は“表”に何かしらの罠を張っていたのかもしれない。僕らはそれに気付かなかった。だからどんどんあちこちで歪みが現れてきているのに対処できていない。君は何も気に病むことはない」
「けど、俺がこんなことにならなかったら“表”で戦えた」
「――いいかい、凌」
 ジークは指を一本立て、そっと俺の口に添えて言葉を遮った。
「君は僕の思惑通り、間違いなく“救世主”たる器だった。自分に自信が持てなかった過去の君とは違う。前を向け。自分が今やるべきことだけを考えるんだ。これは僕だけじゃない、みんなが思っていることだ」
 透き通るような青い瞳は、力強く俺を諭した。
「消えたと思っていた君が“こっち”で本物の“救世主”として戦っている。その事実がどれだけ僕たちを勇気づけたか。美桜が必死に魔物を倒しているのも、シバがその手助けをしながらも帆船で砂漠の果てを目指しているのも、怜依奈が懸命に穴を塞いでいるのも、全部全部君という存在があってこそ。勿論、戻ってこれるなら戻って来て欲しい気持ちもある。けど、やるべきことをぶん投げてまで来て欲しいだなんて、そんなこと誰も望んでいない」
 向けられた人差し指が、僅かに震えていた。
 俺はそっと手をやって、彼の腕をゆっくり下ろした。
「わかった。けど、本気でヤバいと思ったら魔法陣で呼んでくれよ。地の果てからでも飛んでいく」
「馬鹿だな、絶対に呼ばないってわかっててそんなこと言うなんて。一つの保険として、頭の片隅に入れておくよ。――それにしてもさ。君は、変わったな」
「へ?」
「あの学校に潜入し初めて君を見かけたとき、僕は君に運命的なものを感じていた。どこかで出会ったことがある様な気がしたし、微量ながら力も感じた。けど、どうにもスッキリしなかったのは、君が内向的で排他的だったからだ。美桜も君に目を付け、僕に君を紹介した。その時点で僕は、君のことを単なる“表の干渉者”程度にしか見ていなかったが、徐々に君は成長した。“表”で力を使い、先生の魔法で“力を解放”され、竜と契約し、様々な魔法を操れるようになっていった。武器の具現化も素早くなっていったし、どんなにやられても立ち向かえるほどのタフさも身につけていった。短期間でどんどん成長し、“救世主”に相応しい器となった君と巡り会えたことを誇りに思うよ」
 ……ん?
 何か引っかかるぞ。つまり?
「もしかしてあのとき、ジークはもう俺のことを知って……?」
「そう。美桜がまだ半信半疑だったとき、僕はもう君に目を付けていた。彼女はアレでいて、本当に内気で臆病なんだ。君に声をかけるのに、どれだけの勇気が必要だったか」
「え……ええぇ……?」
 勇気を振り絞ってアレだったのか。どういうことだよ。
「勘違いしてると思うけど、美桜はホントは弱い子なんだよ。彼女の生い立ちを知った君なら理解できるだろ? ああやって虚勢を張らないと生きていけないんだよ」
 虚勢、ねぇ……。
 そう聞くと、何だか合点がいった。
 彼女はいつも上から目線で、俺のことを軽くあしらって、なのにやたらと求めてくる。
 甘え方を知らない彼女は、どうすれば自分のことを理解してもらえるか必死だったに違いない。初めで出会った同じ能力を持つ“表”の人間。唯一喋れるクラスメイト。急に『男女の仲』と言ったのも、そうでもしないと俺が離れて行ってしまうとでも思ったのかもしれない。人との距離が測れなくて、近づきたい相手にどう接すれば良いかわからなくて、困った挙げ句の果ての行動だったのかも。
 美桜が愛しい。
 やっと心を砕いて話してくれるようになったのに、俺は彼女の側には戻れない。
 全部終わったら?
 終わったら待っているのは死だ。
 竜石と共にかの竜を封じる。命を捧げる。俺はそういう運命らしい。
「美桜に伝えてよ。俺も頑張るから、待っててくれって」
 思いもしない言葉が口から出た。
 待っていたところで行けるかわからない。そんな不確定なことは言うべきでないのに。
「さっき言えばよかったじゃないか」
 ジークは呆れたように肩を落とした。
「ごめん。俺も、相当なコミュ障なんで」
 申し訳ないと頭を下げると、ジークはまた乾いた笑いをしてゆっくりと立ち上がり、スッと手を差し出してきた。
「面倒くさい同士、惹かれあってしまったんだな。了解了解。じゃ、またな。無事に竜石が手に入ることを祈ってるよ」
「ありがとう。そっちも、無理しすぎて倒れないように」
 俺も立ち上がって手を差し出した。がっしりと握られる手と手。ジークの手は相変わらずデカい。
 握りしめた手を数回上下に振って、それから手を離した。
 それぞれの世界で、それぞれに戦おうという誓いの握手。
 応接間を後にするジークの背中を、俺はじっと見つめていた。
 ジークの気配が遠ざかっていく。そして消える。“表”へと戻っていく。
 俺もできるならば。――いや、戻れない。ゆっくり息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
 そうこうしているうちに、応接間の扉が開き、ディアナが戻って来た。一人残った俺を見て、「ジークは戻ったようだね」と軽く微笑みかけてくる。
「今、干渉者協会の方に連絡を取って、“表”に何人か派遣できないか掛け合ってきたところだ。お前が入り浸っていることもあって、悪い返事は寄越さなかったよ。善処すると。とりあえず、何人か選定して声をかけてみるそうだ」
 言いながらディアナは向かいのソファにもどり、ドカッと腰を下ろした。
 俺も彼女の真ん前にゆっくりと座り、いつでも話が再開できる態勢であることをアピールする。
「モニカとノエルは、竜石を持ち帰るための車両と道具の手配をしている。もう少し待てば戻ってくる」
「ありがとうございます」
 仕事が早いのは助かる。実際、ゆるりと構えている場合じゃないから、そうでもしてもらわないと困るわけだが。
「それにしても、まさかお前から竜石のことを言い出すとは思わなかったね。方法の一つとして知ってはいたが、実際問題成功するかどうかもわからない、ある意味大きな賭けだというのに」
「やらないよりはやった方がいいと思ったまで。最終的には倒すつもりでいますが、最悪封印ができれば御の字。100%を期待しているわけではありません」
「……へぇ」
 ディアナの顔が曇る。
 前のめりになって手前のローテーブルに腕をつき、俺の顔にグイと身体を寄せる。
「なぜ確証もないのに竜石を求める。竜石を使えば、かの竜を倒せるわけではないというのか」
「竜石はあくまで竜の力を封じるもの。倒すためのものではないというのは、ディアナ、あなたが一番ご存じのはず」
 と、ディアナの手が急に俺のアゴを掴んだ。
 まるでワイングラスの中身を吟味するかのように、俺の顔をまじまじと覗き込む。
「生意気さがなくなったと思ったら、随分気持ち悪くなったな」
「は……?」
「丁寧な言葉遣いで従順さでも表現しているのか。自分が納まるところに納まったことで、妙な安定感が出たのか。お前を失って己を見失ってしまった美桜も見苦しいが、“救世主”として自分の運命をすっかりと受け入れて“らしさ”を失ったお前も十分見苦しい。単に私が竜石を埋め込んだことが原因ではないだろう。何がお前をそこまで追い詰めた。竜石を必要とする本当の目的は何だ」
 肌の黒いディアナは、紅潮していてもあまり色が変わらない。その代わりに、目が血走っているのが良く映える。ギリリと噛んだ奥歯まで、ハッキリと黒い肌から浮き出て見える。
「嘘は言ってない。かの竜を封じるために竜石は絶対に必要だ。たくさんの竜石を手に入れ、確実にかの竜を封じる」
「お前の言い方には含みがある」
 全部言い終わる前に、ディアナはセリフを被せた。
「本をたくさん読んだと言ったな。私たちには読めない黒塗りの言葉も、お前は読んだのだろう。真の救世主でなければ読めないあの箇所に、一体何が書いてあった」
 聞かれたところで。
 俺は眉間にしわ寄せ黙りこくった。
「ひとつ、聞いても?」
「何だ」とディアナ。

「あなたが救世主として俺を選んだのは偶然じゃない。違いますか?」

 ディアナの手が、俺のアゴからそっと外された。
「な……何?」
 身を引き、ゆっくりと自分のソファに戻っていくディアナ。心なしか、少し震えている。

「俺は都合の良い人間だった。干渉能力を持ち、孤独で単純で、実に扱いやすい人間だった。その上、幼いころに死にかけた過去を持っていた。目印のないはずの金色竜の卵を俺に宛がい、同化を促した。本当は、金色竜のテラが人間と同化して戦うのも知ってたんじゃないんですか。美幸の時には同化しなかった。それは彼女が身籠もったからだ。竜と同化して戦う人間がいずれ言い伝えにある救世主となっていくことを、あなたは知っていた。同化したまま時空を超えれば同化が解けなくなる恐れがあると知っていながら、あなたは俺を放置した。竜石を埋め込んで力を押さえ込み、さも偶然に救世主を見つけたように取り繕った。最初から決まっていた。俺はあなたの呪いか、それともこの戦いか、どちらかで必ず命を落とす。遅くとも心臓に呪いをかけたあのときに、俺の運命は決まっていたんだ。そうですね、塔の魔女ディアナ……!」
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