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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【22】虚無の先に

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98.危機

「何か役立つ情報は見つかったかの」
 マシュー翁の呼びかけに本を読む手を止める。
「はい、それなりに」
 俺は静かにうなずき、彼が執務机へと戻っていくのを目で追った。
 干渉者協会の会長室に入り浸るようになってから、10日あまりが経過していた。モニカとノエルを含めた3人で読んだ本は、書棚の半分を超した。
 求めている情報とは違う内容の本もたくさんあったが、俺はそういった本までむさぼり読んでしまった。竜石の力でやっと読めるようになったレグルの文字、その喜びと、今まで自分から情報を求めることを許されなかった反動から、読めるものは全部読んだ。伝承から子ども向けのお話集、研究者の論文やそれらを纏めた一般向けの冊子まで、様々な本がいろんな角度で情報を提供してくれる。それが嬉しかった。
 肩が凝ると文句を垂れながらもノエルが探し当てたリアレイトの研究本には、2~3世紀前の“向こう”の歴史や日常生活、服飾などが記されていて興味深かったし、モニカが高い棚から引っ張り出した図鑑には、二つの世界の動植物を並べて掲載されていて、気の遠くなるような昔から干渉者が行き来していたことを知らされた。
 こんなに物語以外の本を読むのは人生で初めてだった。初めて本を読むことに抵抗を覚えなかったし、初めて本を読むことの意義を感じた。こうなる前にこの楽しさに気が付くべきだったなんて今は思うが、恐らく何もなかったら一生気が付くことはなかったかもしれないというくらい、俺は読書にのめり込んだ。
 目は疲れ、肩は凝る。それでもとにかく、何でも良いから情報が欲しかった。
「黒塗りの本をいくつか見つけました。そこにはやはり、あの本と同じような記述が見つかりました。詳細は……言えませんが、竜石のことが書いてありました。洞窟の奥底に眠るという……大量の竜石が必要だと」
 竜石にかの竜の力を存分に吸い取らせた上で、先の干渉者は自分の命を懸けて竜を封じた。かの竜の力は絶大だ。テラの力を閉じ込めた俺の竜石とは比べものにならないくらいたくさんの竜石が必要になるのは間違いない。
「ふむ。竜石のぉ……」
 言いながらマシュー翁は、自分の椅子にドカッと腰を下ろし、遠いところを見ながら何やら思案した。
「お主の石を探すだけでも相当苦労したと聞いておる。なにせ、洞穴には魔物が巣くっていて、戦いながら進まねばならぬ上、最後の最後、竜石の眠る場所まで辿り着くと、そこで魔物が番をしていたというのじゃ。光も届かぬ暗闇で息を潜めていたその魔物は、人語を理解したという。どうにかこうにか説き伏せて竜石を分けてもらったそうじゃが、大量の石となると……、果たして」
 長いヒゲを触りながら、マシュー翁は唸った。
「実際に能力者を洞穴に派遣したのはディアナ様じゃからの。彼女に直接聞いてみるのがいいのかもしれん。塔の魔女ならば、その洞穴には詳しいはずじゃ。同じ洞窟には竜の卵も眠っておるからの。頻繁に行き来しているはずじゃ」
 そういえば、テラの卵を寄越したのはディアナだった。見分けが付かないと言いながらも、美幸の竜だったテラの卵を俺に寄越したのだ。彼女にも直接、いろんなことを問いたださねばならない。
「わかりました、塔まで行ってみます」
 俺がそう言うと、静かに本を読んでいたモニカとノエルがにわかに本を閉じた。
「ディアナ様はお忙しいお方じゃ。事前に連絡を入れておくのが吉じゃと思うが」
 マシュー翁は警告したが、そんな悠長な時間はない。
 俺はゆっくりと目を閉じた。塔の魔女の部屋を頭に思い浮かべる。彼女のお香の煙を思い出す。
「お待ちください、私たちも」
 モニカとノエルがそれぞれ身体に触れたのを確認してから、俺は意識を塔に飛ばした。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


「キャッ……!」
 いの一番に女の驚く声が耳に入った。
 ディアナじゃない。
 俺はそっと目を開ける。
 場所は間違ってない。塔の魔女の応接間。甘い香の匂いもする。
「驚いた。凌じゃないか」
 ソファにはキセルを片手に持ったディアナ。その向かいには、美桜……。ジークも居る。
「すみません、来客中に」
 美桜の前で号泣したことを思い出し、咄嗟に彼女から目を逸らした。
 なんで美桜がここに。
「いや、丁度いい。お前も呼ばなければならないと思っていたところだ。少々狭いが、お前も座れ」
 ディアナはそう言って、美桜の隣に座るよう合図してくる。マジか。
 困っていると、美桜が半分尻をずらして場所を空けた。上目遣いに座ってと目で訴えてくる美桜に根負けし、俺は渋々と彼女の隣に腰を下ろした。
 モニカとノエルがソファの裏側に立ち、ようやく話ができる空気になったところで、ディアナはキセルを吸い込み、ゆっくりと長い紫煙を吐いた。
「“救世主”の肩書きにはだいぶ慣れたか」
 ディアナは口角を上げ、俺をチラ見した。
「そうですね。否定はしなくなりました」
 差し障りのない返事。
 受け入れたくはなかったが、最早俺にはそういう生き方しかないのだ。
「召喚魔法でガンガン呼ばれてるそうじゃないか。市民部隊や能力者たちの手に負えないような魔物も救世主が一掃してくれるという評判は、私の耳にも届いている。日に何度も呼ばれることがあると聞いた。体力的に大丈夫なのか」
「お陰様で、大丈夫です。モニカとノエルのサポートも万全だし、ルラとセラもしっかり世話をしてくれます」
「……ならばいいがね。竜と同化した上、それを長い間維持し続けているんだ。少しでもおかしなことがあったら、直ぐに相談してくれ給えよ」
「わかっています」
 淡々と会話を続ける俺たちに、先に違和感を抱いたのはジークの方だった。
「先生、“召喚”……って、何のことですか」
 恩師であるディアナを先生と呼び、ジークはかしこまって尋ねた。
「協会と連携し、『倒せない敵が現れたとき、真にやむを得ない状況になったときには救世主を魔法で呼び出しても良い』と市民部隊と能力者たちに通知を出した。街でも郊外でも、とにかくあちらこちらで魔物が出る。ダークアイほど強力な魔物は今のところ出没しては居ないが、数が多いのだ。本人も了承の上で、この方法をとった。お陰で効率よく魔物は倒せている。凌にしたって、自分の役目を効率的に果たすことができるのだから、悪い話ではないだろうと思っていたが、ここ数日、特に召喚の頻度が上がったと聞いて少し心配していたのだ。元気そうで何より、安心した」
 ディアナは順を追って説明したが、ジークはあまり納得していなかった。あからさまに機嫌悪そうに、眉をヒクヒクと動かしている。
「魔法で呼び出すって……、獣や竜じゃあるまいし。凌もそれに応じるなんてどうかしてる。いくら竜と同化してしまったからって、この世界の人間に振り回される必要はないはずだ」
「ジーク、気遣いはありがたいが、これは俺が決めたこと。どんな形であれ、必要とされるならば応じるべきだと思ったんだ。それに、悪い気がしない」
「だからって……!」
 立場が変わっても、ジークは変わらず接してくれる。変にかしこまられたり、変に期待を抱かれたりするのよりは気が楽だ。けど、彼には俺の気持ちはわかりっこない。
「何か、この二人と大事な話をしていたんでしょう。話を続けてください。俺の話はその後で結構です」
 俺はディアナに視線を戻し、ディアナもそれに気が付いて、わかったと目で合図を寄越した。
「“表”の異変について、私たち“裏”の人間は、殆ど干渉できないという話をしていた。“裏”では干渉者の存在は広く認知されているが、“表”は違う。“裏”どころか並列して存在する別世界の存在や、魔法、魔物の存在も否定されてしまっている中で、私たち干渉者がどう干渉していけば良いか。“裏の干渉者”が“表”へ積極的に干渉しなくなった原因はそこだ。勿論、“表”の異変の原因はわかっている。かの竜の力が増大し、徐々に“表”へ侵食してしまっているのだろう。かといって、このまま見過ごすわけにもいくまい。できる限り“表”で被害が広がらぬうちに、事態を収束させねばならない。そうしなければ、“裏”であるレグルノーラの存続すら危ぶまれる」
 ――一体、何の話をしている?
 ディアナは真剣だ。
 ジークも美桜も、顔色が優れない。
「けど、“裏”の協力がなければ、恐らく事態は収拾しません。先生の方から、協会に掛け合っていただけませんか。優秀な干渉者を数人、“表”に派遣していただければ、何とか秘密裏にことを収めます」
「しかしな、ジーク。お前のように好き勝手“表”に行き、“向こう”の文化を知り尽くしているならともかくだ。多くの“干渉者”は能力を持っていながらも実際は殆ど“表”への干渉実績がないのだぞ? こんな差し迫った事態になってから、それじゃ行きますよと言われて、果たして何人が賛同、協力してくれるのか」
「そういうことを言い出したらキリがないでしょう。“表の干渉者”だって、“裏”のことを何一つ知らない状況でこの世界に飛び込んでくる。“裏の干渉者”だって同じこと。“表”の人間たちには僕が何とか誤魔化しますから、能力の高い干渉者を派遣してくれるよう、掛け合っていただきたいんです」
 会話の内容は、何やら不穏な空気を漂わせていた。
 ハッキリとはわからないが、“表”で何かあったらしい。
 美桜は唇をギュッと閉じ、ただただ何かに堪えるように震えている。
「言いたいことはわかる。わざわざお前がそんなことを言い出すのだ、かなり危険な状況になってきているということなのだろう。そうでなければ、私のことが苦手な美桜まで付いては来ないだろう」
 ディアナはそう言って、困ったような顔で美桜を見つめた。
 美桜は涙を浮かべ、「ごめんなさい」と小さく呟く。
「今までどうにかなっていたのは、もしかしたら凌が居たからかもしれない。私は自分の力を過信していた。困ったときには側に凌が居て、どうにかしてくれていたのに、私は自分の力でやり切ったとばかり思っていた。ディアナ、お願い。力を、力を貸してください……」
 肩をすぼめ、深々と頭を下げる美桜。
 どうなってるんだ。俺はぎょっとして、ただただ、二人の妙な様子を隣で眺めるしかない。
「“表”で何かあったのですか」と後ろでモニカが聞く。
 ディアナは無言でうなずくだけ。

「信じられないことだと思うが、“表”の“ゲート”付近に魔物が湧くようになってしまった」

 ジークが言った。
「魔物?」俺が聞くと、
「レグルノーラで見かけるのと同じ種類の魔物だ。美桜の部屋がゲートで覆われそうになったときと同じようなことが、他のゲートにも発生してる。特にゲートの多い翠清学園の中は相当ヤバいことになってきてて、僕と美桜、シバが交替で見張っているが、一人では太刀打ちできないようなレベルの魔物もちょくちょく現れる。このままでは……、ゲートが広がるのも時間の問題。もうすぐ2学期が始まる。そうすれば、否が応でもみんな巻き込まれてしまうだろう。そうなる前に手を打ちたかったんだ」
 ジークは額にしわ寄せ、力強く訴えてきた。
 美桜の部屋がとんでもないことになったあのとき――、穴からどんどん骸骨兵が這い出して、それは“表”とは違う世界に来てしまったのではないかと錯覚するほどだった。同じようなことが学校でも起きている。確かにこれは、ゆゆしき事態だ。
「“表”の人間の多くは“裏の世界”の存在を知らない。だけどこのままじゃ、知らないでは済まされなくなる。力を持たない多くの一般人が犠牲になる可能性がある。“表”では力を発揮しきれなかったシバも、少しずつ魔法を操れるようにはなってきたし、怜依奈も僅かではあるけれど力を使ってゲートの拡張を抑えることはできるようになってきた。けれど、四人だけじゃどうにもならない。凌が居れば――事態は違っていたかもしれないが、“表”から存在を消され、救世主としてレグルノーラで活躍し始めた君に、僕たちは過度な期待をすることはできない。だからこそ、こうやって先生に相談しに来た。まさかここに凌が現れるなんて考えもしなかったけどね」
 ジークの半笑いはあまりにも辛そうで、俺はなんと声をかけるべきか迷った。
「もしかして、ここに芝山が居ないのは、向こうで必死に戦ってるから、とか?」
 恐る恐る尋ねると、美桜が強くうなずいた。
「芝山君は二次干渉者だから、本来の力を発揮できるのは一次干渉者の側だけ。今は体育館裏で気を失った私を守りながらゲートの広がりを抑えているはず。須川さんと二人で、どうにかこうにか止めている間に相談に行くよう諭されたのよ。彼も……、無理してる。この間の傷が完全に癒えたとも言えないのに」
「この間? まさか、ミノタウロスに受けた傷が“表”の身体にも?」
「そうよ。魔法で応急処置はしたけれど、完全に治るまではまだ時間がかかりそうなの。“表”と“裏”で身体は繋がっている――だからなるべく傷付かないようにって忠告していたのに。芝山君、無理してるのよ。あなたが居なくなってから、芝山君、人が変わったみたいに戦いにのめり込んでしまって。今だって、どうしているのか……!」
 クールフェイスの芝山が、そんなに熱くなるなんて。確かにアイツ、様子がおかしかった。テラに乗っ取られたとき、『砂漠の果てまで行こうと思う』とか『執着してどこまでも追いかけていく覚悟だ』とか、ヤツにしては熱すぎる言葉を口にしていた。目の前で起きた出来事があまりにも酷すぎて、ヤツのタガが外れてしまったのだろうか。それともアレが、ヤツの正体なのだろうか。
 どっちにしろ、無理をしすぎて取り返しの付かない事態になってしまったら大変だ。間に合うなら、どうにかなるなら今からでも“表”に――。
「仕方ない。こちらの防御が薄くなるのは忍びないが、“向こう”に何人か派遣するよう、協会に働きかけよう。そのかわり、ジーク、上手く誘導してくれ給えよ。優秀な干渉者の代わりは早々居ないのだからな」
 ディアナは紫煙を吐きながら、苦しそうに目を細めた。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げるジーク。美桜も半泣きのまま、何度も頭を下げている。
 困ったねと頭を掻き、ディアナはゆっくりと俺に目線を移した。
「事と次第によっては、凌にも“表”へ戻ってもらわねばならないかもしれない」
「え?」
「事と次第によっては、だ。必ずではない。嫌な予感がするのだ。『いずれ“表”と“裏”の区別が付かなくなる』というお前に聞いた言葉が、どうにも引っかかってね。何もなければいいと思っていたのだが、これではいよいよ……。いや、これ以上はよそう。それより、何か用事があって来たのだろう。彼らが居て都合が悪いようなら、もう少し待ってもらいたいが、どうだね」
「あ、はい。それは……大丈夫ですが」
 チラリと脇の二人の顔を覗く。彼らの前であの話をしたところで、俺の行動の意味が推測できなければ、特に差し障りはないだろう。
「竜石の……話です。できる限り大量に手に入れたいと考えているのですが、塔の魔女ならばどうにかできるのではないかとマシュー翁に聞いたもので」
「マシュー翁? 協会の会長のことか」
「はい。彼曰く、竜石と卵の眠る洞穴に、塔の魔女なら頻繁に行き来しているはずだと」
 ほぅと、ディアナは感嘆の息を漏らし、足を組み直した。相変わらずむっちりとした太ももが赤いドレスの間からチラ見えする。
「竜石は簡単に手にするような代物じゃない。竜の許しを得なければ、手に入らない貴重なものだ。長い間地に蓄えられた竜の力の結晶。鉱物に宿った竜の魂だという話もある。レグルノーラの大地の下には竜石が石畳のように広がっているという話も聞いたことがあるが、そんなのは単なる伝説だ。洞穴の奥深くで透明に光る結晶は、相当な貴重品だぞ。お前はそれを、何に使うというのだ」
 機嫌悪そうにキセルを上下させるディアナ。
 ジークが見ている。美桜も見ている。
 できる限り装飾せず、シンプルに目的を話す。そう、余計な心配をかけないように。

「竜石に、かの竜の力を閉じ込めます。勿論、かの竜を倒すために」

 ディアナの眼が見開いた。
「倒す……だと? 本気か」
「当然」
 口角を上げ、自信たっぷりに笑って見せた。
 これが単なる悪あがきだと、絶対に見破られないように。
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