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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【22】虚無の先に

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97.束の間の休息

≪レグルノーラは元々竜の棲まう地であった。
 多くの竜が自由に生き、自由に飛んだ。
 竜と人は互いに信頼し合い、共に生きた。
 しかし、これを良しとしない竜が存在した。
 かの竜は混沌を好んだ。
 レグルノーラに存在しないという白い身体を持ち、明らかなる劣等感の中で過ごした竜は、誰のことも信じなかった。
 白き竜は平和を憎んだ。
 平和とは、犠牲の上に成り立つものだと知っていたからである。
 様々な衝突も疑惑も曖昧に処理され、真実を知る者が口を閉ざしたことによって得られる不安定なものだと知っていたからである。
 白き竜は火種を撒いた。
 小さな火がやがて大きく広がり、レグルノーラを包むまで、さほど時間はかからなかった。≫


     ■━■━■━■━■━■━■━■


「救世主様は知らないと思いますけど」
 協会の会長室でいつものように本を読んでいると、モニカがトントンと肩を叩いてきた。
 彼女は何か嬉しそうに、ニヤニヤとしていた。
「ノエルは、救世主様のいない所では、あんな変な呼び方ではなく、きちんと名前でお呼びしていたのですよ」
 目を丸くした。
 本人を探そうとしたが、どうやら席を立ったらしく、姿が見えなかった。
「捻くれてる様に見えますけど、根は素直なんです。反抗期ですよ。救世主様には無縁かもしれませんが」
「いや、そんなことないよ」
 俺は竜の伝説が書かれていた本をそっと棚に戻して、モニカに向き直った。
「俺だって何年か前まで結構な反抗期で。まぁ、今もかもしれないけど。家では結構荒れてたかな。親にも迷惑かけたし」
「へぇ。意外です」
「年の離れた兄貴がいるんだけど、滅茶苦茶出来が良くてさ。俺は不器用だし、人付き合いも苦手だし、無愛想で評判も悪かったから、ものすごく周囲からも比較された。親は俺を立てようと頑張って優しい言葉をかけてくれたんだけど、それが逆に癪に障ってさ。兄貴の大事なモノを隠したり壊したり、わざと怒られるようなことをしたりした。今思えば、認めて欲しかったんだと思う。兄貴の弟としてではなく、一人の人間として俺を見て欲しかった。でもさ、もし俺が仮に一人っ子だったとしても、俺は常に誰かと比べられていたはずだって今は思うんだよね。たくさんの人の中で生きてるんだから、誰かと比較されるのはある意味仕方のないこと。比較した上で、それぞれ良いところ悪いところをどうしていくかが大事だって……あのときの俺はそんなことに気づきもしなかった。もっと大切に時間を過ごせば良かったな」
 ここまで言うと、モニカはハッとして顔を青くした。
「ご……、ごめんなさい、救世主様。“表”のことを思い出させてしまって。私、そんなつもりじゃ」
 “表”から完全に存在を消され、激しく打ちのめされて閉じこもってしまった数日前の俺を、彼女は思い出したらしかった。
「気にしなくていい。それより、俺もモニカとノエルのこと、もっと知りたいな。教えてよ。なんで俺にそんなに尽くすのか。ディアナの命令だから仕方なくってのは、きっとノエルの方だけで、モニカはどうも、それだけで動いているわけじゃないように見えるんだけど」
「えっ……!」
 モニカは一瞬詰まり、それから何かに怯えるようにして、キョロキョロと辺りを見まわした。誰も居るはずはないのに編に警戒しているのが気に掛かる。忍び足で入り口の扉まで進み、わざわざ鍵を掛けて帰ってきて、更に窓という窓の戸締まりを確認してから、とても深刻そうな顔をして長くため息を吐いた。
「私、失敗したんです」
 彼女の唐突な言葉にきょとんとしてしまう。
「そ、そりゃ失敗くらいあるよ。人間だもの」
 と言えば安心するだろうか。不器用な俺には失敗は付きものだったし、完璧主義でなければ何も心配することはないだろうに、彼女は俺のそんな気遣いでは立ち直れないくらいの失敗をしたらしく、まだ表情を沈ませている。
「『もう少し決断力と判断力があれば結果が違っていたかもしれない』と言われました。そうなれたら良いなと思って努力していたのに、最後の最後にそんなことを言われて、私の人生は失敗したなと思ったんです。この歳にもなるとお嫁のもらい手も少なくなってしまうし、塔のために少しでも役に立つ人生ならまだ救われるのかなと思っていたところに飛び込んできたお話だったので、二つ返事で引き受けてしまいました。動機なんて不純なものです。誰かの役に立つことで、私は自分の人生を肯定したかっただけなんですから」
 何が、の部分を全く無視して、彼女は自分語りをした。彼女にしてはとても不自然な話し方だ。
 長いストレートの黒髪が、彼女の好きな黒いゴシックロリータの服装と相まって、しっとりと濡れているようにさえ見えた。
「何に、失敗したの」
 思い切って聞くが、彼女はすんなりとは話さなかった。
 何度かため息を吐き、「笑わないでくださいね」と念を押し、モニカは意を決したように口を開いた。
「塔の魔女になるための試験です」
 塔の……魔女?
 思わず目をぱちくりさせた。
 つまり、ディアナの後継者になるための試験ってこと?
「著しく秀でた能力があれば、次の魔女として採用される習わしです。私はその候補生として幼いころから塔の管理の下で訓練を受けてきました。けれど、私は塔の魔女にはなれなかった。私だけじゃない、何人もの女の子たちが同じように塔の魔女を夢見て訓練を受けていたのですが、誰もそこに辿り着くことはできなかったのです」
「俺から見たらモニカはかなり力があるように思えるけど」
 モニカは首を横に振る。
「絶大な力がなければ塔の魔女にはなれません。ディアナ様がそうであるように、この世界の全てを見渡し、力を隅々にまで行き渡らせ、その力を持って平和を保てるようでなければ塔の魔女とは言えないのです。決断力、判断力、将来を見通す力。そういったものを訓練を通して身につけるべく頑張っていたのですが……、私には向いていなかったのですよ。諦めきれずに何年も挑戦を続けましたが、無駄でした。昔はできたはずの“表”への干渉さえできなくなって、私は協会のランクも失いました。干渉能力のない単なる能力者は、塔の魔女にはなれません。いくら魔法が使えても、意味がないのです。塔の魔女になれなかった私を、塔はもてあましました。魔物との戦いにかり出されることはあっても、塔の魔女の候補生だった私は周囲に馴染めず、孤立していました。だからこそ、救世主様には感謝しています。私の居場所を作ってくださった、私という人間の価値を認めてくださったのですから」
 目を潤ませ、モニカはゆっくりと自分について語ってくれた。言葉の端々に辛かっただろう気持ちがにじみ出て、もらい泣きしそうになる。
「価値なんて、誰かが決めるものじゃないと思うよ」
 俺は、自分にも言い聞かせるように言った。
「周囲が期待するのは勝手だ。けど、期待したからと言って結果が残せるとは限らない。世の中は残酷だ。けど、そこに辿り着かなかったからと言って、人間の価値が下がるとは思わない。期待に添えなかったからって死ぬわけじゃないし、そこで何か大切なものを見つけることだって往々にあるはずだ。成長のための失敗だったって捉えれば良いだけのこと。相手に押しつけられてやるから変な後悔が生まれるのであって、自らそれを望んで全力で当たったのなら後悔はしないはず……だろ。モニカ、君は本当に塔の魔女になりたかったのかな」
「え?」
「本当は、もっと別の何かに憧れてたんじゃないのかな。だとしたら……、まだ遅くはないと思うよ」
 俺と違って、君はやり直せる。
 本当は付け加えたかったひと言を、俺はグッと飲み込んだ。
「遅く……ないですか」
「大丈夫」
「いえ。でも、やっぱり無理かもしれません。ごめんなさい、変な話して」
 今までの話を手でかき消すような仕草をするモニカ。彼女は一体、どんな夢を持っていたのだろうか。
「さし支えなければさ。教えてよ」
 言うと、彼女は益々顔を赤くした。
「言え……ません。言えませんよ。だって私、そんなこと言ったら、絶対救世主様に嫌われちゃいますから」
 反応がおかしい。首を傾げ、気になると合図。
「教えません、教えません。ぜぇ~ったい教えません。あっ、そろそろノエル帰ってきちゃうかな。鍵開けなきゃ」
 わざとらしく話題を逸らし、モニカは自らが掛けた鍵を開けた。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


≪レグルノーラとリアレイト、二つの世界を行き来する干渉者は、互いの世界で様々なものを学び、自身の世界へと持ち帰った。レグルノーラには多くのリアレイト人が訪れ、その数はレグルノーラからリアレイトへ旅立つ干渉者の比ではなかった。
 リアレイトは際限なく広がる世界であるのに対し、レグルノーラは小さく広がりのない世界であるため、いつしかリアレイトを“表”、レグルノーラを“裏”と呼ぶようになっていった。≫


≪干渉者の中には、それぞれの世界に入り込み、住人と同化して生活する者もあった。
 居を構え、服装を同じくし、その世界の人間として相応しい姿になることで、干渉者と悟られずにいられたのである。
 中には職を持ち、伴侶を得るものまで現れたが、その間に子供をもうけることは禁止とされた。二つの世界に歪みが生じ、混乱に陥ってしまうという噂が根強く信じられていたからだ。≫


     ■━■━■━■━■━■━■━■


「目つき悪いのって元々?」
 ノエルが聞いてきた。
 マシュー翁は協会の別室で会議中、モニカは用があると外出していて、偶々俺とノエルの二人きりだった。
「さぁな、どうだったかな」
 背の低いノエルは下から覗き込むようにして、本を支える腕の隙間から顔を見せた。
「その赤い目のせいじゃないな。その前からだいぶ悪人面だっただろ」
 資料を漁るのに飽きたらしく、手をかざしたり下ろしたりしながら、俺の顔をやたらジロジロと覗いてくる。
 俺は咳払いして邪魔だと訴えたのだが、ノエルはまるでわかっていないようだ。口をとがらせたり目を細くしたりしながら、一生懸命に気を惹こうと変な動きを繰り返しているように見えた。
「子どものころは可愛かった。らしい。親が言ってた」
「親かよ」
 ノエルが噴き出す。
「そりゃ、可愛くない子供なんて居ないだろ。馬ぁ鹿」
「あのさ、ノエル。あんまり馬鹿馬鹿言ってると、言ってる方が馬鹿になるぞ。そういうノエルこそ、口の悪いのは元々?」
「うっさいな。そんなわけないだろ」
 小学生のノリだな。戦ってないとき、難しい話をしていないとき、コイツはまだ子どもなのだ。
 本を一旦閉じて本棚に戻す。
 やれやれとため息を吐き、俺は両腕を組んでノエルに向き直った。
「こんな所で本読んでても、かの竜には勝てないと思うぜ」
 ノエルは俺を睨み付けるようにして言う。
「知ってる。勝てるなんて微塵も思ってない」
 先の干渉者だって、竜の力を得ても封印までしかできなかった。俺だって同じ、もしかしたらそれ以下かもしれないのだ。
 ノエルは俺の顔を見て何か感じたらしく、へぇと何度も首を上下させ、益々ジロジロと顔を覗いてくる。
「最近お前、妙に落ち着いたよな。“表”の仲間と会ってからだ。最初に塔で会ったときとは何かが違う。あのときはクソムカつく救世主程度にしか思ってなかったけど、あれから随分と様子が変わった。竜が取り憑いていたときとはまた違う、妙な雰囲気を持ってる。調べ物したいなんて言ったのもそのあとだし。何か……隠してるだろ」
 鋭い。
 表情や指先が少しでも動いたら、直ぐに疑うぞとノエルの顔に書いてある。
「隠しごとができるほど、俺は器用じゃない」
 余計なことは言わない方が良い。変な気遣いをされても困る。
「ま、いいけどさ。お前がどうなろうと、オレの知ったこっちゃない。けどさ、まるで自分の運命を全部受け入れたみたいな顔されると、周囲はものすごく不安になるんだよ。あんまり考えたくはないけど、まさか……死ぬ気じゃないだろうな」
 ――心臓が止まるかと思った。
 顔が紅潮していく。手に汗が滲む。
 だめだ、努めて冷静を装え。
「人はいずれ死ぬ」
 頬が引きつる。
「それがいつになるかの違いだ」
 俺の言葉に、ノエルは何か気付いてしまっただろうか。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


≪秘密に触れるな
 秘密に触れるな
 かの竜がお怒りだ
 全てが焼ける
 全てが消える
 空も大地も人までも
 大地が揺れる
 空が揺れる≫


≪巨大なる白き竜が天を覆い、その大きな口から炎を吐くと、町はあっという間に炎に包まれた。
 たくさんの竜と能力者がこれに立ち向かったが為す術なく、呆然と炎が消えるのを見守るだけだった。
 これに危機を感じた一人の青年が、竜石の力を使い、自らを竜と同化させ立ち向かった。遙か遠き地リアレイトの干渉者だった青年は、全てを失っても白き竜を止める覚悟だった。
 青年は、竜の力を閉じ込める竜石をもって白き竜を封印できないかと考えた。遙か洞穴の奥に眠る無数の竜石を掘り起こし、かの竜の住処へと運んだ。山のように積み上げられた竜石はかの竜の力を存分に吸い取った。青年は、赤々と光る石の天辺で、自らの命と引き替えに竜を封じる魔法を唱えた。力を失った白き竜は、巨大な身体を小さくし時空の狭間に封じ込められたという。≫


≪森の奥深くに竜の卵と竜の石が眠る洞穴有り
 卵は次なる主を待ち
 石は竜の力を求める≫
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