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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【20】帰郷困難

89/125

89.和解

 激しく動くと傷口が開く。鎧の下、血で服が皮膚に貼り付いているのがわかる。ズキンズキンと頭は痛むし、意識はどこか朦朧としてきて、できるだけ早く止血した方が良いのは明らかだ。
 治癒系の魔法は集中力が要る。組織の再生をイメージするには、穏やかな心も必須だ。しかし、今の自分にそんなことができるのかどうか。この追い詰められた状況では、とにかく息絶えない様に意識を繋ぐのが精一杯。
 持てよ、俺の体力。
「圧倒的な強さでも見せてくれるのかと思ったけど、とんだ思い違いだった。姿形を変えただけで中身が一緒じゃ意味ないな」
 ノエルがフフンと笑う。
 笑っていられるのも今のうち。俺はデッキで悠々と事態を見守るノエルに一瞥をくれた。
 両手剣を構え、纏った炎の魔法で巨人の身体を切り裂いていく。背中へ、腹へ、それから腕にも。巨人の周囲を飛び、攻撃を(かわ)しながら剣を走らせる。斬った直後傷口から魔法が漏れ、しばらくすると塞がるのを繰り返す。巨人に絶対的なダメージが入っている様には見えない。
 この行動が無駄に思えたんだろう、ノエルは益々上機嫌に笑っている。
 それでいい。少なくとも、屋敷のデッキからはそういう風にしか見えないはずだ。これは術者と巨人の位置が近くないからこそできること。……成功するかどうかは別の話だが。
 身体では巨人をぶった切りながら、頭では違うことを考える。巨大な魔法陣を地面に描いていく。
 巨人を呑み込んでしまうくらい大きな魔法陣が必要だ。いつもの魔法陣10個分くらいの、とにかく巨大な魔法陣が。確実とは言えないかもしれないが、竜化した今ならできるはず。そう、信じて。
 剣を振り、次の行動へ移るまでの間に飛びながら魔法陣のことを考える。
 巨大な魔法陣を作れば、一度に発生する魔法も大きいはずだ。過去の世界でドレグ・ルゴラが描いた破滅の魔法陣もとにかくデカかった。空を覆い尽くさんばかりの魔法陣だったからこそ、魔法がレグルノーラ中に行き渡った。魔法陣の大きさが魔法を与える範囲や威力と比例するなら、きっと思い描いた通りの魔法を発動させることができるはずだ。
 地面に降りたり、また空中に飛び上がったりしながら、俺は巨人の足元に徐々に魔法陣を描いていった。大きいからか、ななかな時間がかかる。円の周囲をつぎはぎで描いていく作業をしながら攻撃するなんて、正気の沙汰じゃない。けど、やるしかない。
 横一文字に剣を振り、少し深めの傷を巨人に与えた。ブシュッと紫色の魔法が噴き出し、また傷が塞がっていく。
 魔法陣のベース、二重円が完成した。ここまでできれば。
 大急ぎで内側のダビデを描く。それから文字を刻んでいく。
 にわかに草地が光り出した。淡い緑色の光が徐々に白みを帯びて、更に強く光り始める。
 ガタリと、椅子の倒れる音。高みの見物をしていたノエルが、デッキの上に立っていた。
 逆光で表情は見えないが、巨人の動きがピタリと止まったところから想像するに、相当驚いているんだろう。
「何を、している」
 怒りと言うよりは絶望に近い様な声を発して草地に降り、こっちに向かって歩いてくる。
「悪人面! お前一体、何をしてるんだ!」
 俺は慌てて滑空し、ノエルの真ん前に降りたって右手に剣を握ったまま両手を広げ、道を塞いだ。
 人間の姿をしていたときより大きくなったシルエットに驚いたのか、ノエルはビクリと肩を震わせ、数歩後退る。
「危ないから、ここから先は」
 気を遣って言ったつもりだったが、ノエルはますます不安そうな顔でこちらを見上げている。
 ズシンズシンと地鳴りがし、振り向くと、巨人が目を覆って悶えているのが見えた。魔法陣の光が強くなり、暗闇に慣れた目がくらんだらしい。これ以上動いて魔法陣から外れたらマズい。
「悪いが、片を付けさせてもらう」
 右手に握った両手剣を杖代わりにして魔法を魔法陣に注ぐ。
 ――“無数の武器よ、同時に巨人を切り刻め”
 この位置からじゃ見えないが、一文字一文字、相変わらずの日本語で刻んでいく。一文字一文字が力強く光を放つと、巨人は益々悶え苦しんだ。
 全ての文字が刻み終わると、地面から様々な武器が這い出してくる。剣、斧、槍、棍棒、弓。無数の武器という武器が宙に浮く。俺の頭に浮かびうる、いろんな場面で見たいろんな武器を、必死に具現化したもの。緑色の光を帯びたそれらの武器は、それぞれが意思を持っているかの様に、一斉に巨人に刃を向けた。
「や……、やめろ」
 ノエルが背中で呟いた。
「なんだよ、それ。反則じゃないか」
「反則?」
「こんなの反則だろ? 見たこともない、こんな奇妙な魔法。一人でこんなに……武器を操れるのなんて」
 ノエルの小さな手が、俺の左腕を掴んでくる。
「あいにく、俺はこの世界のルールを知らない」
 俺は勢いよく、剣を振り下ろした。
 魔法を帯びた無数の武器が一斉に巨人に襲いかかる。
 剣は裂き、斧は斬り、槍は突き、棍棒は叩き付け、弓は多くの矢を放った。魔法陣の光にやられ、悶え続ける巨人は為す術もなく、無数の傷を一度に浴びる。勢いよく噴射する魔法。傷の癒えるまもなく、次から次へと攻撃が続く。
「嘘だ……こんなの、嘘だ」
 ドン、ドン、とノエルは小さな身体で俺の背中に体当たりした。あまりにも非力な攻撃。こんなことで竜化した俺を止めることなんてできないとわかっているはずなのに。
「オレが、オレの巨人が負けるなんて……こんなの、嘘だ」
 小さな拳で更に殴ってくるが、痛みを感じる様なレベルではなく。
 同時に多数の武器で攻撃された巨人は、風船が破裂する様に勢いよく破裂した。そこから噴き出した風が広い庭を通り、開け放した掃き出しの窓を通り、屋敷の中の家具を壊した。ガラスの割れる音、モノが落っこちる音が静寂に響く。
 目的を果たした武器たちは動きを止め、やがて光の粒になって闇に消えた。
 暗く静かな庭の中に、俺とノエルだけが立っていた。
「満足したか」
 俺はおもむろに振り向き、小さな少年に語りかけた。
「巨人を倒して見せろと言っただろ。お望み通り、倒してやった。これで満足か」
 息が辛い。また、口の中が血でいっぱいになる。
「お前、馬鹿か」
 ノエルが言った。
「なんで、勝ったのにそんなに血だらけなんだ。お前、馬鹿なのか」
 鼻をすすり、肩を震わせて。
 暗くて顔はよく見えない。けど、俺には何だか目の前の小僧が急にかわいらしく見えてきてしまう。
 思わず頬が緩むと、口に含んでいた血が漏れた。
「馬鹿だよ。悪かったな」
 竜化した左手でノエルの頭をぐりぐり撫でる。逃げるかとも思ったが、ノエルは案外素直に撫でさせてくれた。
「髪が、乱れる」
 言いながら泣きじゃくる姿は、小さな只の子供だ。

 ――パン、パン、パン。
 誰かが遠くで手を打った。
 屋敷の方角だ。
 明るめのランタンが複数、闇に浮かんでいる。

「救世主様!」
 モニカの声。ランタンを掲げて走ってくる。
 他にも数個のランタンが、人影と一緒に近づいてくる。
「大丈夫ですか、お怪我は……キャッ!」
 俺のシルエットがハッキリ見えたところで、モニカは一瞬足を止めた。しかし、恐る恐る近づいて顔を確認すると、今度は血だらけの俺を見て悲鳴を上げたのだった。
「治癒魔法、得意?」
 モニカは無言で何度もうなずいた。
「内臓がやられた。頼むよ。実は、立っているだけで――」
 ふと、力が抜けた。
 身体が前のめりになって、小さいノエルに押しかかる。
「え、おい! ちょ……」
 ダメだ。自分の身体を押さえきれない。
 たくさんの足音が聞こえる。

 俺の意識はそこで途絶えた。










     ■━■━■━■━■━■━■━■










「課題は、力のコントロールですかな」
 年寄りの男性の声が耳に入った。
「強大な力を手に入れてしまったとしても、肉体は“表”の非力な人間。器と力が釣り合っていないことから生じる、様々な違和感を徐々に取り除いていく必要がある。そもそも、竜との同化できる人間は稀なのだから、手探りなのはいか仕方ないじゃろうな。その文献にある過去の事例を参考に、少しでも力を発揮しやすい様サポートしていくのが側近のつとめ。力試しをして、本物かどうか見定めるなんて愚かなことは、側近かどうかに限らず、するべきではないこと。まだ若いとは言え、認められた力を持っているのだから、キッチリと自分の役割を肝に銘じねばならんの」
「はい……」
 しょぼくれたノエルの返事。
「で、手当は終わりましたかの、モニカ」
「はい。いくつかの臓器にかなりの損傷がありましたが、なんとか。完全に回復するまでにはもう少し時間がかかりそうです」
「休養らしい休養も与えてやることができないのじゃ。あとは本人の回復力に任せるしかあるまい。自然治癒力を高める魔法を教えてやるといい。このままでは戦う度に瀕死の重傷を負いかねない」
「わかっています」
「ノエルも、彼の懐の大きさに気が付いたところじゃろう。ディアナ様が何故お前を宛がったのか、しっかりと考えるのだぞ」
「はい、マシュー……」
 随分と絞られたのだろう、ノエルの声に覇気はない。
 耳元で更に別の声。今度はモニカとは別の女性だ。
「本当は、魔法ではなく手術などしてしっかり直すべきだと思うわ。けど、残念ながら彼の立場上、それは許されない。時間がないの。今回のことは仕方なかったにしても、きちんと側に居て支えなければ、役目を果たしたとは言えないわね」
「その……通りです。私が、しっかりしなければいけなかったのに」
「ノエルったら、言葉で言っても通じないんだもの。そこは救世主の彼もわかっていたのだと思うわ。あまり自分を責めずに、前を見て」
「はい……」
 参ったな。
 俺が無茶をしたせいで、二人とも相当怒られたに違いない。
 テラの代わり、新しい相棒としてディアナが無理やり寄越したとはいえ、彼らには何の選択権もないんだから、もっと俺が気を使うべきだったのに。テラの声が聞こえないことを言い訳にして、身体が限界値を超えるまで戦ってしまった。ヤバいと思ったら後ろに下がる勇気も必要なのかもしれない。そうしないと、俺じゃない誰かが迷惑を被ってしまうらしい。
 これが“救世主”って肩書きの弊害か。
 面倒だな。
 妙な期待だけで済んでいた頃はまだ気が楽だったのかもしれない。うざったい、重苦しいと感じたら悪態を吐けば良かった。ところが今はそうはいかない。テラと同化して戦っていたことが原因か、変な石を埋め込まれ完全に“救世主”に祭り上げられた。自分の望む未来ではなかったのは間違いないが、今更逃げようとは思わない。思わないが……、こんな風に二人が落胆するのは面白くない。
「わかっていて彼は、術者であるノエルを直接的に攻撃しようとはしなかった。それはお主を気遣ってのこと。これで彼を全力で守ろうという覚悟ができただろう。今まで出会ってきたどの術者よりも、彼はお主のことを人として見てくれたのだから。のう、救世主殿」
 老人に話しかけられ、つむったままの目がピクリと反応した。
「とっくに目を覚ましていたのだろう。我々の会話に耳をそばだて、感じたこともあっただろうし、少し話をしてはくれんかの」
 薄目を開けた。
 丸眼鏡をかけた白ヒゲの老人が、にこやかに俺を覗き込んでいた。つるつるの頭がヤケに潔く、深く刻まれたシワからは人の良さがにじみ出ていた。
 その奥に、髪を乱したノエル。反対側にはモニカと、もう一人中年のふっくらとした女性が。
 ベッドの上に仰向けに寝かされた様だ。背中に違和感がないことから察するに、竜化は解けている。
 俺は小さくうなずき、老人と目を合わせた。
「ちぃと腰をかけさせてもらう。最近腰が痛くてな」
 ギィと耳元で床の擦れる音がして、老人は俺の視界から一瞬消えた。改めて右側に頭を傾けると、老人はニコリと口角を上げて、俺に微笑みかけてきた。
「貴殿が、塔の魔女ディアナから救世主の称号をもらった少年で間違いないのじゃな。……と、聞くまでもないな。額には赤々とした竜石が輝いておる。貴殿の竜の瞳と同じ色の石じゃ。石の強大な力に耐えたということは、やはり我々が待ち望んでいた“救世主”に違いないということなのじゃろう。湧き上がってくる力は強く、しっかりとしておる。様々な苦難を乗り越えただけのことはある。正式に鑑定すれば、S以上のランクに相当するのではないかな」
 なんだ。出会っていきなりランクの話か。
 この世界の人間は、どうにもよく分からない。
「干渉者協会、というのを聞いたことはあるかね。“表”の人間には馴染みが薄いから、もしかしたら噂で聞いた程度かもしれないが、儂はそこの会長をしておる。とは言っても、力は貴殿にとても及ばない、普通の干渉者でね。気軽にマシューと呼んでくれたまえよ。協会では“マシューじいさん”で通っておるのじゃ。あまりにも威厳がないもんだから、そこのドリスからはいい加減にしなさいと始終怒鳴られておるが、この歳になれば威厳よりゆったりと過ごす方が健康に良いのではと思っての」
 マシューはそう言って、またニコリと目が見えなくなるまで微笑んだ。
 ゆったりと身体を包み込んむ服は、細かな装飾と高級そうな布地からしてどこかの宗教のお偉いさん風で、とてもセリフとつり合っている様には見えない。むしろ、本当は厳格な正確で、俺に気を使わせない様にそんな言い方をしているのじゃないかなどと邪推してしまう。
「鑑定は、不要です」
 俺はゆっくりと首を振った。
「今更鑑定などしても、到底かの竜には及ばない」
「当然、そうじゃろうの。この世界最強で最悪な竜は、例え伝説と言われた救世主であったとしても、容易く倒すことはできないじゃろう。300年前は“表”と“裏”の力を全てぶつけたとしても、封じ込めるのがやっとじゃった。完全に消滅させなければまた復活してしまうのは目に見えておるだけに、その肩にかかる責任は計り知れん。それでも、期待せずにはおれんのだよ。わかるじゃろう」
 青と緑の混じった様な柔らかい瞳は、俺の中の壁をいとも簡単に壊していく。
 だが、ここでわかると言ってどうなる。期待されても思う様に力が使いこなせずに、いつもギリギリのところで戦っている。
「自分の力を査定されたくはないという気持ちは、わからなくもない。あの(むすめ)も相当渋っての。できることなら鑑定させてもらえないかと頼み込んだが、遂に首を縦に振ることはなかった。自分の本当の力がどのくらいなのか知ることから全てが始まる。儂らは自分の師匠にそう習ってきたし、それが真理だと思っておる。貴殿はどうかの。これまで様々な敵を倒し、様々な経験をして、自分の力というものについて興味は持たなかったかの」
「それは……」
 言葉に詰まる。
 そう言われると、ぐうの音も出ない。
「どんな経緯であれ、貴殿はレグルノーラへ来て、力を手に入れた。見たところ、竜石を操るのにも手こずっているようじゃし、他にも困っていることがあるのじゃろう。己の力を知り、きちんと操ることができる様になれば、或いは心配事は解決できるのじゃあるまいか」
 思わず、反応した。
 心配事が解決……? テラの、ことも?
「本当、だろうな」
「嘘は吐かんぞ」
「竜石がコントロールできる様になるってことは、俺の中に溶け込んだ竜の意識を切り離したり、竜化やその解除に手間取らなくて済む様になったりするってことで間違いない?」
「恐らく、じゃぞ? なにせ竜との同化など、長い歴史の中でもほんの少ししか事例がないのじゃ。儂らとて、興味半分で提案しているわけじゃあない。この世界の未来がかかっておるのじゃ。真剣に、救世主殿に協力申し上げたい。その前段として、まずはその力、鑑定させてはくれんかの」
 マシューはまたニコリと笑う。
 ベッドの上で皆が見守る中、俺は唇を噛みながら、強くうなずいた。
+注意+
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