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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【19】侵食

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83.決死の覚悟

 テラの言う“昔”が、どれくらい昔なのかはさておき。
 もしその言葉が本当なのだとしたら、かの竜は混沌を望んでいる。
「“表”と“裏”の区別が付かなくなったら……、どうなるんだよ」
 言いながら、自分の顔が引きつっていることに気付く。
 テラはそんな俺の顔とリザードマンを鋭い目で交互に見ながら、
「“こういうこと”が、日常的に起きるようになるのではないか? 私の認識が正しいならば、本来“表”では魔法も使えなければ魔物も存在しないはず。“ここ”が本当に“表”なのだとして、今こういう状況に陥っていること自体が、かの竜の望む姿に近づいているのではと、私はそんな気がしてならないが。君は、どう思う」
 確かに、テラの言うとおりだ。
『以前より“こちら”で力が使いやすくなったような気がするの』と美桜も言っていた。『かの竜が現れたことと、“あっち”でも“力”が使えるようになっていることと、何か関係があるんじゃないのか』と、リザードマンに変化(へんげ)する前の古賀が言った。『かの竜の力は確実に、その血を引く美桜にも影響を与えてる』と、俺も陣に話した。
 “二つの世界の混沌”を望むかの竜は、着実に力を増大させ、その血を引く美桜にも影響を及ぼし、ゲートを広げ、手下を送り込んでいる。
 ゆゆしき事態だ。
 額からあごに向けて、つうと汗の滴が垂れた。
「“表”だけでも“裏”だけでも問題は解決できない。一つずつ解決していくしかないってことじゃないの」
 美桜が言う。
 全く、その通り。
 言うだけなら簡単だ。問題は、それをどう実行するかで。
「まずは、目の前の敵を」
 サーベルを杖代わりに、よろよろと芝山が立ち上がる。
「須川さんも、力を貸してくれる? さっき来澄の魔法陣に力を注いでたみたいに、ボクや美桜にも力を分けてくれたら嬉しい」
 ズレた眼鏡を直しながら須川に頼むと、彼女は俺の直ぐ隣で、戸惑いながらも深くうなずいていた。
「フン。頭数ダケ揃っテいても、勝てルとハ限らナいゾ……?」
 無表情のリザードマンが、ニヤリと笑ったように見えた。
 ブンと空を斬る音と共に、敵の槍先が円弧を描く。避けようと後方に仰け反ると、うっかり須川に肘が当たった。体勢を崩した須川が窓枠に腰をぶつけるのが見えた。
「うわっ、ゴメ……」
 謝るタイミングもそこそこに、次の攻撃。高速で槍を突いてくる。右に左に咄嗟で避け、これ以上須川に攻撃が行かないよう、徐々に窓際から離れる。
「来澄、退()け!」
 丸腰の俺を見かねてか、ボロボロの芝山が前に出た。サーベルの剣先が槍を払う。――突く、が、リーチが足りない。装甲を掠めるのみで、まるでダメージが入らない。懐にでも上手く入らなければ、確実にダメージを入れることは難しいだろう。できれば、の話だが。
 と、今度は美桜がリザードマンの後方から斬りかかる。が、気配を察知し、敵は上手く攻撃を(かわ)した。またも長い槍が大きく動く。ビリッと音がして、美桜のスカートの裾が切れた。怯まずもう一撃。しかし、やはり体格差でまったく攻撃が当たらない。
 動けば動くほど、体力を削られるだけに見える。魔法をブッ放つにしても、部屋が狭すぎて限界がある。この間の美桜の部屋みたいに異空間と繋がって奥行きがあるようならともかく、今回は会議室という閉じられた空間、しかもこの大人数。どう考えても手詰まりだ。
 テラを目で探した。
 力を注げと言われて必死に両手を芝山と美桜の方に向ける須川の側で、テラは周囲の様子を覗っていた。竜の姿に戻れば会議室を塞いでしまうし、あんななりをしておきながら、人間の姿では戦力にならない。呼んでおきながら、果たしてどうやってこれから形勢を逆転すべきか迷ってしまう。
 俺が武器を持って戦うとしても、古賀の肉体を傷つけすぎて命に関わるようなことになってはいけないという妙な牽制がかかるだろう。そしたら結局、美桜や芝山みたいに自分の体力を消耗することしかできない。これじゃ堂々巡りだ。
 こういうとき、どうする。
 相手を殺さずして、封じ込めるような策はないのか。
 おい、テラ!
「同化しているとき以外は口で言え、口で」
 目線に気付いたらしい。赤い目でギロリと睨み返される。
「相手に気付かれないようにと思ったんだよ。策はないのか、策は」
 そろりそろりと会議室の隅まで移動し、テラに耳打ち。それを、須川も手を止めてこっそり……、寧ろわかりやすいように身を乗り出して聞いている。
「半竜人を倒すなら心臓を狙うしかない。装甲ごと身体に大穴を開ければ良い」
「できるならそうしてる。問題はそこじゃなくて、どうしたら相手を殺さずにこの場を収集できるかってこと」
「……意味がわからない。完全に息の根を止めなければ、また襲ってくる可能性が高いのだぞ」
「“表の人間”の中にリザードマンが入り込んで身体を乗っ取ってる状態って言えばわかる? しかも犠牲になってるのが、よりによってウチの学校の先生だった。家族も居る。“裏”みたいにはいかないんだ」
「面倒だな」
 チッと舌打ちし、テラはリザードマンを睨み付けた。
 少なくとも、テラは半竜人の存在を知っているらしかった。そして、倒し方も。とくれば、何か彼らの弱点を知っていても不思議じゃない。きっと知っているに違いない。
「リザードマンの急所は?」
「さぁ、どうだろう。さっきも言ったとおり、心臓をひと突きすれば倒せるんだが」
「それじゃダメなんだよ。せめて、古賀とリザードマンを引き離したい。……なんて、無理か」
「リザードマン単体なら、レグルノーラに魔法で強制送還させる方法もある。問題は、君と私のように分離可能な同化なのか、それとも引き剥がし不能な状態――要するに彼そのものが変化(へんげ)している状態なのかどうかということ。前者ならば引き剥がした後にリザードマンを送り返せば良い。後者ならば、その方法は難しい」
「……クソッ」
 思わず口から漏れた。
 結局これじゃ、どうにもできない。
 本物の古賀がリザードマンで、かの竜の手先だなんて。しかも、俺たちが余計なことを知られまいと取った行動で、完全にブチ切れている。戦闘面で頼りになる陣はレグルノーラに戻ってしまうし、美桜と芝山の体力も限界に近い。
「今の状態でレグルノーラに送ったらどうなる?」
 恐る恐る尋ねると、テラは大きく目を見開き、
「まさかあの状態で送り返そうと? どうだろう。やったことはない。通常、干渉者は元居た世界に本体を置き去りにする格好になるはずだが、まさかその方法を使って無理やり引き剥がそうとしているのではないだろうな」
「その、まさかだよ」
 言った口が震えていた。けど、他に方法が思いつかない。
 とにかくこの場をどうにかしなければならない。
 リザードマンと化した古賀にどう魔法をかければ良いのか、果たして大人しく魔法にかかってくれるのか、さっぱり予想が付かないのは本当だ
「『やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が良い』か。美幸の口癖だった。了解。君に懸けよう」
「で、具体的にどうすれば」
 と、ここまで言ったところでテラの姿がふと消えた。かと思うと、身体が急に重くなる。
『私と君とで半竜人の動きを止めるしかあるまい』
 なるほど。そういうこと?
 “裏”でもないってのに、テラは何の躊躇もなく俺の身体に入り込んだ。けど、不思議なほど違和感がない。寧ろ待ち望んでいたかのように、受け入れ体勢は万全だった。
 身体がすぐに竜化していくのがわかる。初めて魔法陣を教わったときのように、身体の内側から指先に向け、両腕がまず鱗で覆われた。上半身が盛り上がり、Tシャツが破ける。背中にもビリッと亀裂が入ったところを見ると、どうやら背骨のあたりにはヒレが生えたらしい。太ももが膨れあがり、足の形が変化した。ジーンズが堪えきれずにビリッと破ける。つま先が鉤爪に変わり、スニーカーが破裂した。
 思った以上の肥大化に驚いていると、
「キャア……ッ! な、何コレ……!」
 須川の悲鳴。
 そういや、帆船の甲板で同化したときも、船員たちに悲鳴を上げられた。よっぽど禍々しく見えるんだろう。ふと窓ガラスに目をやると、うっすら自分の姿が映っているのに気付く。
 顔の形は殆ど変わりないが、首から下はまるで目の前のリザードマンと瓜二つ。ヤツと違うのは鱗の色。向こうは深緑に鉛を足したような色だが、こっちはテラがベースだからか金色だ。あとは、完全に化け物の姿をしているか、半端に化け物になったように見えるってことか。
 初めて……同化した姿を見た。ヤバイな。動揺する。こりゃ確かに、(おさ)が『お前が“悪魔”じゃないのか』と言うわけだ。悔しいが納得した。
『どうした、凌』
「いや、ちょっと。ほんのちょっと驚いただけ」
 そうさ。どうせ元々容姿には自信がない。人相が悪いと散々言われてきたんだ。今更何を言われたって気にするべきじゃない。
『後ろから羽交い締めにし、動きを封じる方法でどうだ』
 テラの声が頭に響く。
「ラジャ」
 うんと足に力を入れ、思い切り踏み切った。背中に小さく羽があるらしく、空を斬る感触がある。バサバサッと軽く羽を動かして勢いを付け、一気にリザードマンの真後ろへ。
 敵は気付いていない。このまま脇の下に手を入れ、羽交い締めすれば。思ったが、
「凌……? なの?」
 美桜が動きを止め、俺を見てしまった。剣を落とし、目を丸くし、青ざめた顔をして。
 しまった。
 思ったときにはもう遅かった。
 リザードマンがグルッと後ろを振り向いた。
「ン? 来……澄? 何ダ、そレは」
 動きを止め、身体を前に倒してまじまじと俺を見ている。
 芝山も……、同じか。帆船では背中の羽だけだったが、今回は全身。やはり竜化は奇異に映るらしい。見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。
「何ってそりゃ、アレですよ。奥の手ってヤツ。ここぞってときにしかやらない必殺技的な?」
 半笑いしながら誤魔化した。こっちだって的に手の内を全部は見せたくないわけで。
「凄いな。“こっち”でも“同化”できたってこと?」
 芝山だけは容姿ではなく、今同化できているこの事実を認めてくれた。これはせめてもの救い。
「“同化”? つまリ、竜トの融合? “表”デそんナことガできるヤツが居ルなんテ、俺ハ聞いてナいゾ……」
 明らかにリザードマンは動揺していた。槍先が力なく下を向いた。これは、チャンスか。
 グッと腰を落とした。そのまま勢い付けてリザードマンの懐へ入り込み、右肩からタックル。決まった。相手がひっくり返り尻餅をついたところで、すかさず腹へ蹴りを食らわす。グヘッと声を出し、唾液を散らすリザードマン。やはり、腹部は弱いか。もがき苦しみながらも立ち上がろうとする。その後ろへサッと回り――ようやく、後ろを取った。両腕をリザードマンの肩に回し、締め付ける。
「ナ……、何ヲする! 離セ来澄!」
 リザードマンはなおも抵抗した。太い尾で俺の足をバシバシ叩く。けど、こんなのに負けるわけにはいかない。両足に力を込める。床に散らばった椅子がなければ、もう少し踏ん張りやすいのだが、そんなのに構っている余裕はない。
 魔法陣だ。
 転移魔法をかけなければ。
『あれもこれもは難しい。美桜に頼め』
 わかってる。最初からそうするつもりだった。
「美桜! 転移魔法だ! コイツをレグルノーラに送り返せ!」
 どうした。なぜ直ぐに反応しない。
 美桜は両手で顔を覆い、首を横に振っているだけ。
「美桜!」
 なにしてんだ。どうしてそんな顔をするんだ。
 眉を八の字にして。目を潤ませて。耳まで赤くして。
「早く!」
 腕が、痺れてきた。竜化しても基礎体力が極端に上がるわけじゃないのか。やっぱり、レグルノーラとは違う。イメージ先行の世界と、現実の世界とじゃ、同じことをやったとしてもどうしても差が出てしまう。

「ね……、どうして」

 期待している言葉とは真逆の言葉が、美桜の口から紡がれる。

「一体何があったの。私の知らないうちに、どうしてこんな風になってしまったの」

 何が。
 今は、それどころじゃ。

「レグルノーラの呪縛に捕らわれるのは私だけで十分だった。勿論、助けて欲しいと思ったし、凌なら世界を救ってくれるんじゃないかって期待もあった。だけど。こういうんじゃないの。違う。何かが違う。ねぇ凌。あなたの中で何があったの。何があなたをそんな風に変えてしまったの」

「馬鹿か! そんなのどうだっていいんだ。早く、早く転移魔法!」
 畜生め。全然、通じない。
 目の前に分厚いガラスでもあるんじゃないかと思えるほど、俺の言葉が届いていない。
『シバに頼むか?』
「ダメだ。アイツは“こっち”じゃまだ力を使えない」
 限界だ。限界。
 腕は痺れるし、竜化に堪えきれなくなってきたのか、身体がギシギシ言う。
 こうなったら自分で何とかするしかない。
 魔法陣だ。空っぽの魔法陣を、俺とリザードマンの真下に。

「『竜と一体化して戦う』って、こういうことだったのね。私てっきり、竜騎士のように背に乗って――ううん、わかってたはずだった。戦ってるところは見たことなかったけれど、深紅はそういうタイプの竜じゃなかった。私、何を見ていたんだろう。凌の何を見ていたんだろう。こんなにも追い詰めてしまったのは私。姿形を変えてまで戦うなんて。しかも“表”で。全部私のせいだ。凌がこんな風になってしまったのは、全部私の」

 よし。魔法陣が光り出した。後は文字を刻む。
 ――“リザードマンをレグルノーラへ送り返せ”
 大急ぎで文字が崩れがちだが、仕方あるまい。あとは、力を。
「芝山! 須川! 力を貸せ!」
 竜化の方に力を取られて、自分一人で魔法を発動させるのは難しい。
 頼む。
「し……っかたないなぁ」
 立っているのがやっとのクセに、芝山は格好付けて髪を掻き上げた。手のひらをこっちに向けて力を込めている。
 須川も。怯えながら、だけど恐る恐る手を伸ばしてくれた。そうだ。それでいい。
 とにかく今は、力が欲しい。頼りの美桜がどうにもできないこの状況では、これがベストに違いないんだ。
「止メろ。来澄。このままデは、俺だケじゃナい、お前モ魔法ニ巻き込まレるぞ」
 脅しのつもりか。けど。
「そんなの関係ないね。それに、そっちはそっちで俺のことが目障りだって言ってたじゃないか。なら丁度いいだろ。このまま“向こう”に飛んで、続きをするって手もある」
「正気カ……ッ」
 残念ながら、正気かどうかなんて全然わからない。
 今すぐにでもこの危険な魔物を“裏”に連れて行かなければならないんだ。
 美桜には頼れない。陣も居ない。俺がやらなきゃ、誰がコイツを。
『このまま飛ぶ気か。厄介だぞ』
 厄介なんて百も承知だ。
 レグルノーラに命を捧げると契約してしまった俺には、どのみち残された選択肢など、ないに等しいんだから。
 魔法陣が強い光を放ち始めた。リザードマンも俺も、光に包まれていく。

「止めて! 凌! そんなことしたら……!」

 美桜が叫ぶ。そんなことをしたら、どうなる?
 知るか。
「悪いけど、これしか方法がない。それに、こうなったのは美桜のせいじゃないから。全部俺の意思。俺が決めたこと」
 俺の声が届いているのかどうか。
 光で目の前が白くなる。
 身体が分解されていく。
 落ちていく。
 身体が溶けて、“裏”の世界へと――。
+注意+
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