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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【19】侵食

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82.不可能を可能に

「滅茶苦茶だな。かの竜と俺、比べる対象を間違えてる」
 汗を掻くどころの話ではない。震える。
 美桜はかの竜のことを知らないのか。ディアナがわざと情報を遮断していたのだという予想は付くが、それにしたって……!
 見たことのないもの、想像しにくいことに関しては恐怖を抱きにくいってのはわかる。俺だって、巨大な白い竜の姿を目にするまでは、心のどこかでなんとか出来ると思っていた。
「深紅なら、きっと知恵を貸してくれるわよ。さぁ、わかったら召喚して。ここは私と芝山君で食い止める。――芝山君、武器を出して」
「え? あ?」会議室の隅で、芝山が間抜けな声を出す。
「武器、出して。狭い室内だし、飛び道具は止めてね」
 美桜は芝山にも平然と無茶振りをする。
「え、ちょ、武器? “こっち”で?」
「ええ。今」
「それはちょっと無理があるんじゃないかな……っていうか、“表”じゃ“力”は」
「私も凌も、力は使えてる。要は気合いの問題。帆船の(おさ)は普段、武器は何使ってるの? 剣の種類は?」
「サ、サーベル……」
「サーベルね」美桜は一度うなずいて、「受け取って」パッと芝山に左手の手のひらを向けた。
「え? あ、うわぁああっ」
 芝山の声と同時に、金属音が会議室に鳴り響いた。その足元には、美しい装飾を施した銀のサーベルが。
 すごい。具現化するまでのスピードが半端ない。
「凌、何見てるの。召喚は」
 目を丸くして一部始終に釘付けになっていた俺を、美桜はギリッと睨み付けた。
「わ、わかってる」
 窓際まで下がり、一旦会議室の中をグルッと見まわす。
 入り口を塞ぐようにしてリザードマン。芝山は倒れたホワイトボードの直ぐそばの壁に。美桜は部屋の中央からやや外れた場所で剣を握り、須川は窓際の隅っこでどうしたらいいのかわからず頭を抱えて丸くなっている。
 こんな狭いところにテラを召喚しろだなんて、美桜はやっぱりイカれてる。けど、この追い詰められた状況では必要なことなのかもしれない。
「――行くわよ、芝山君」
 言うやいなや、美桜は足を蹴り出し、リザードマンめがけて剣を振るった。乱れる長い髪、盾で剣が弾かれる音。
「動きづらい……! こんなことになるんだったら、可愛い格好なんかしてこなきゃ良かった」
 吐き捨てるように美桜が言う。くるぶしまでの長めのスカートが足に絡まり、思うように動けないらしい。
 もしかして、先に解決すべきはそっちか。自分の服装なら替えることはできたけど、同じ要領で良いなら。
 右の手のひらを美桜に向け、思いっきり力を込める。
 次の瞬間、美桜はレグルノーラでのいつものスタイル――丈の短い灰色ワンピースとスパッツ姿に。
 美桜が一瞬動きを止める。俺の方をチラッと見て、もしかして凌がやったのかと目を丸くしている。強くうなずき返してやると、美桜は小さくありがとうと呟き、リザードマンの方に向き直った。
「え? あれ? 美桜?」
 何の前触れもなく服装を変えた美桜に驚き、呆然とする芝山。サーベルを握ったまま立ち尽くしているのを、美桜が叱る。
「芝山君、動いて!」
「は、はい!」
 居眠り中突然先生に声をかけられた生徒みたいな返事を出して、芝山はようやくサーベルを構えた。(おさ)のときと違ってタッパが足りないのか、何となくバランスが悪い。
 リザードマンの正体が正体だけに、芝山は腰が重そうだ。わかる。わかるけど、足止めだと思って頑張ってくれ……!
 俺はようやく、テラを召喚するための魔法陣を床に描き始めた。まずは直径1メートルほどの二重円。内側の円にダビデの星を描く。
 部屋の隅で縮こまっていた須川がふいに立ち上がり、空っぽの魔法陣を覗き込んだ。
「ねぇ、何、してるの」
 集中力が途切れそうになる。できれば話しかけて欲しくはないが、かといって足蹴にするわけにもいかない。
「下がってて。成功するかどうかわからない」
 手で須川を制止して、意識だけは逸らさないよう心がける。
 ――“従順なる我が竜を(あるじ)の名においてレグルノーラより召喚する”
 この命令文で大丈夫かどうか。まずはやってみるしかない。
 全ての力を魔法陣に注ぎ込む。文字を刻み終えると、魔法陣は一層光を増した。
 できるのか……、本当に。
 第一ここは裏の世界レグルノーラじゃない。俺たちがいつも生活している地球。本来ならば魔法の影響なんて全然受けない世界だ。
 自分だってやったことのないようなことを、美桜は俺に強制した。干渉者が二つの世界を行き来できるのとはわけが違う。竜なんていう、現実世界には存在しないモノを召喚するだって? 俺はとうとう頭がイカれちまったのか?
 いつもより魔法陣の反応が遅い。迷いがあるからか。ありえない、できないと頭のどこかで思ってしまっているからか。
 テラは、レグルノーラでは俺の元に直ぐに駆けつけてくれる大事な存在。見た目はアレだが、忠実な(しもべ)だ。もし仮に、本当に“こっちの世界”に来てくれるなら百人力……!
「須川も力、貸して」
 こうなったらやれるだけやってみるしかない。声をかけると、須川は嬉しそうに寄ってきた。魔法陣のスレスレまで来ようとするのを、もうちょっとだけ下がるように注意する。
「この魔法陣に、力を注いで欲しい」
「え?」
「簡単なこと。手のひらをこうやって向けて、魔法陣にどんどん力が注ぎ込むのをイメージする。あの化け物をやっつけるためだ。できるな」
「“竜を召喚する”って書いてあるけど、できるの? 凌」
「さぁね。やってみなくちゃわからない」
 ――と、リザードマンの槍先が魔法陣の真上に現れた。芝山が体勢を崩し、攻撃を防ぎきれなかったのだ。
 すっ転び、腰をさする芝山。やはり、(おさ)のときのようにはいかないのか。
「何ヲしていル」
 リザードマンが目を光らせて近づいてくる。
「ホォ……、魔法陣ニ日本語とハ。凄まジいセンスだ。ククク……。“竜ヲ召喚”? たわけタことヲ」
 放っとけよ……。あと少し、あと少しなのに。
 ヤバい。集中力が途切れそうだ。
 早く、早く来い、テラ。
「こ……、古賀先生。相手を間違ってますよ」
 芝山がよろよろと立ち上がり、リザードマンを威嚇する。“向こう”では戦闘なんでもござれの凄腕船長も、“こっち”じゃ運動苦手なガリ勉君。サーベルを構える手がプルプルと震えている。
 ぐるんと半回転し、リザードマンは芝山の方に向き直った。魔法陣の真上を長い尾が通過する。
「相手? お前ガ俺ノ相手ニなるトでモ?」
 ケケケと笑いながら、リザードマンが芝山に向かう。今の隙に。
 魔法陣は少しずつ光を増していた。いつもなら、こんだけ力が集まればきちんと魔法が発動するのに。やっぱり異世界からの召喚は、そう簡単にはいかないのか……!
 俺の力が弱いわけでも、須川の力の注ぎ方がおかしいわけでもない。なのに、どうしてなかなか出てこない。
 美桜が炎の魔法を自らの剣に纏わせ、リザードマンに斬りかかった。上手く攻撃を(かわ)され、なかなかダメージが入らない。美桜は芝山の剣にも同様の呪文をかけた。二人で挟むようにして、狭く足場の悪い会議室の中で剣を振るう。
「テラ……、頼む。お前の助けが必要なんだ……!」
 口に出したからって、レグルノーラに居るテラに届く訳なんてない。けど。
「来い、来い来い来い来い来い来い……!!」
「やはり竜なド召喚できナいようダな」
 気が付くと、真ん前にリザードマンの顔があった。
 魔法陣をはさんだ直ぐそこに、爬虫類が冷たい表情で立っている。
 あまりの至近距離に、須川がヒャッと甲高い声を上げて尻餅をついた。
 芝山は完全に息が上がってしまったのか、仰向けに倒れたまま動かない。美桜一人で必死に戦っていたようだが、肩で息をし始めている。
「かの竜ハおっしゃっタ。“表の干渉者”ノ中には、未知の力ヲ秘メた者が存在すル。生かすべキか、殺すべキか見極めル必要がアると。来澄凌……、お前のことハ生かシておくべきダと、かの竜ハおっしゃっタ。だガ、傷つけてはいけナいとはおっしゃらなかっタ。さっき、お前と陣ハ俺ニ何ヲした。二人デ何ヲ企み、我ガ(あるじ)たる偉大なかの竜ノ行く手ヲ阻もうとしテいたのだ」
 槍の先が俺の頬に当たる。
 少しでも変な動きをすればかっ斬ると、そういうことか。
「お……俺たちを集めたのは、こんなことをする為じゃないんだろ。俺たちの正体を探りたかった。違うか」
「フッ……。まァそんなところダ」
「それに、俺のことは生かしておくべきだなんて、かの竜は俺の命を狙っていたわけじゃないのかよ」
「さァ。かの竜ノお考えハ俺にハわからナい。ガ、俺ハお前のことガ許せナい。このままでハ計画ガ台無シだ。今すグにでモ、敵対勢力ハ排除スべきダ」
 リザードマンはピタッピタッと、槍の側面を何度も俺の頬に叩き付けた。
 流石に悪寒が走る。槍を半回転すれば、頬はザックリだ。
 まだか。魔法陣はまだ、発動しないのか。
 焦りと不安で、心臓がバクバク鳴る。
「やめなさい……。化け物。卑怯にも私たちを散々動揺させて。一体あなたは、かの竜は何がしたいの?」
 美桜がリザードマンの背後で叫ぶ。が、反応することもなく、敵は俺の方ばかりじっと見ている。
 なんなんだ。
 かの竜は一体、コイツにどんな指示をした。
 奥歯がガタガタと音を立て始めた。また身体中に汗が滲んできていた。
 ふと、足元が暗くなる。魔法陣の光が消えた――!!
 失敗、した。
 すまない、美桜。みんな――!

 ピシャンと蛍光灯の弾ける音がした。
 室内が薄暗くなって、急激に密度が増した。
 何かが視界を塞いだ、ということはわかった。けど、それがなんなのか理解するまでには少し時間がかかった。
 キシャーッと甲高い獣の鳴き声が室内に響き、俺も須川も耳を塞いだ。
 ぶわんぶわんとデカい団扇で煽ったような鈍い風が室内を巡り、それからミシミシと天井や床がひび割れた。
 リザードマンは風と崩れ落ちる天井壁を防ごうと手の盾を構え、何かに怯えるようにして腰を落とした。
 女子二人はキャッと声を上げ、それぞれ頭を抱えて地面に丸まる。芝山は、ウウッと声を上げながら、動かない身体を転がして何とか逃げようとした。
 その大きな何かはまた一声高く鳴いて、より一層身体を大きくし、またバタンバタンと音を立てながら風を起こす。
 稲穂色の巨大なそれは。

『呼んだか』

 頭の中に聞き慣れた声が響く。
 俺はハッとして顔を上げた。
「テラ!」
 しまった。よりによって竜の姿のまま召喚してしまったのか。
 久々に竜の姿を見た。身を屈め、窮屈そうに頭を下げてこちらを見ているところをみると、テラ自身もこの現状を申し訳なく思っているのではないかとさえ思えた。
『なんだここは。(あるじ)の呼びかけに応じて来てみれば、なんと狭苦しい』
 長い尾がバシンバシンと動く度に、壁面が傷つき凹む。
「竜ダとぉ……? まさカ」
 窓際に追い詰められたリザードマンを、テラは長い首を伸ばして覗き込んだ。
『何故かの竜の兵士がここに居る。ここは……どこだ』
 右を見ても左を見ても、見覚えのないものばかり……だよな。
「悪いな、テラ。ここは“表”。俺たちの住む世界だ。にしても、まさか竜のままだなんて」
『私だって突然の召喚に驚いた。――おおっと、このままでは美しい女性を踏みつぶしそうだ』
 セリフが終わるか終わらないかのうちに、竜の身体は光を帯びた。全身が光に包まれたかと思うと、パンと光が弾け、いつもの銀髪男が姿を現した。
「不本意ながら、この姿もだんだん気に入ってきた」
 テラはニヤリと白い歯を覗かせた。
 右腕にぎっしり幾何学模様の刺青をしたテラは、待ちに待った正義の味方と言うより、ようやく登場した敵方の中ボスみたいな黒さがあった。赤い瞳も、短く刈り込んだ銀髪も、両耳にずらりと並んだピアスやゴツゴツとした装飾の太い指輪も、とても真っ当なことをするような人物には見えない。
「深紅……! 来てくれたのね!」
 美桜が目を潤ませ、テラに駆け寄る。左足を引きずっているように見えるが、気のせいだろうか。
「美桜。凌。これはどういうことだ」
 テラ自身がぶっ壊したモノも結構あるんだが――それにしたって、酷い有様だ。結界を張ったことで、外部から箱の惨状が見えない、わからないようになっているだけで、実際はとんでもないことになってしまっている。魔法で直せる状態なのかどうか、今の俺には判断が付かない。
「人ニ変化(へんげ)すルとは。上位竜か。こレが来澄ノ(しもべ)……?」
 頭をブルブルと振るって、リザードマンは息を整えた。
「おい、本当にここは“表”なのか?」
 テラは眉間にしわ寄せ、俺と美桜、それから芝山と須川を交互に見た。
「半竜人なんて“向こう”でも滅多に会うことのない――できれば接触さえしたくない相手。半竜人の殆どは“かの竜の兵士”、つまり手先だ。こんなのが“表”に現れてるってことは……、いよいよ本当に近いのかもしれないな。“世界の終わり”が」
 大げさだな。
 テラの言葉を聞いて初めはそう思った。
 腕で汗を拭い、それからフンと笑い飛ばしてやる。
「竜も冗談言うんだな」
「いや、冗談じゃない。真面目な話」
 テラの表情は硬い。

「いずれ“表”と“裏”の区別が付かなくなると――そんな話を聞いたことがある。遙か昔、昔のこと。そんな戯言を信じる者などどこにも居なかったが……、かの竜だけは、こう言ったそうだ。『私はその混沌を見てみたい』と」
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